31話
その女性は身長160センチ位。
背中まで伸ばした金色の髪をゆったりと三つ編みにし、右肩の上に乗せている。
緑と白を基調とした衣服に身を包んでおり、目はやや垂れ気味、しかも細目の為に瞳が何色かまでは確認出来ないものの、かなり整った見た目をしている。
年齢は20歳位で長い耳を生やしている事から、女性はいわゆる亜人、その中でもエルフと呼ばれる種族の様だった。
その為、皆の視線が耳や顔に集まる…かと思いきや、ほとんどの者達が胸を注視していた。
と言うのも、女性は衣服の上からでも翡翠のより大きいと分かる程の立派なものをお持ちだったからだ。
『破壊力は抜群』とばかりに強調したそれに美羽達は圧倒され、雫に至っては黒いオーラを放ちながら両手をわきわきと動かしている。
雫の視線に気付いた女性は「どうして怖い視線を自分に向けているのだろう」と、左手を頬に当て、不思議そうに首を傾げる仕草を取った。
その際、左手が胸に当たった反動で弾んでしまい、雫は更に嫉妬の炎を燃やす様になる。
美羽達はそんな雫に若干引きつつ、興味津々な様子で女性の所へ向かった凛と翡翠に視線を移す。
凛が何故女性の存在に気付いたのか。
それは改良したサーチを介し、女性をマーキングしていたからと言う理由が挙げられる。
凛はサーチを弄り、(魔物を含め)こちらに対して好意を持つ者を青、
害意がある、或いは与えようとする者を赤、
無関心な状態の者を白、
亡くなった者を灰色、
そして興味を抱いている者を緑色の丸で表示する様に調整した。
調整の切っ掛けとなった出来事は、自身と紅葉の進化だった。
紅葉は鬼姫となった影響で他者の感情に少し敏感となり、報告を受けた凛がサーチに転用出来ると判断。
その日の内にサーチの改良も行っていた。
そしてサーチの改良を終えてテストしてみた所、サルーンにいるガイウス達が好意的な感情を向けているのが分かった。
サーチはそこで一旦閉じられるのだが、当時はサーチの範囲内に女性はいなかった。
しかし昨晩再び展開した際、女性の存在が初めて確認出来たにも関わらず、こちらに関心がある『緑』で表示された。
その表記された場所と言うのは、凛が保存食を置いた建物の中だった。
ガイウスやゴーガンがあれだけ喜んだ食べ物や飲み物だ、恐らく誰が口にしても似た様な反応を示すだろう。
にも関わらず、何故保存食を置いたのが自分だと分かったのか。
凛はその点が気になり、彼女の存在を心に留めてはたまにサーチで動向を探っていた。(女性に気を取られる余り、スプリガン達に遅れを取ってしまったとも言う)
そして今朝は屋敷から少し離れた位置にある木の上で休んでいるのが、昼食の用意をしている時は遠くから様子を窺っているのが分かった。
因みに、サーチを知っているのは凛とナビだけで、美羽達ですら存在を知らせてはいない。
サーチの便利さに慣れ過ぎた結果、何らかの手段で不意を突かれた時に対処が難しくなるのではと凛が判断したからだ。
マクスウェルとの最終試験の際、凛は消えたマクスウェルを空間認識能力で探そうとし攻撃を防いだと思った直後、別な所から攻撃を受けたと言う苦い経験を持つ。
その為、マクスウェル程の使い手とまず遭遇する事はないにしても、自分の認識外から攻撃を仕掛ける手段は幾らでもあると考える様になった。
実際、先程のゴブリンアサシンも(殺気を放っていた為に丸分かりではあったが)『気配遮断』と言うスキルを所持しており、密かに凛を驚かせた。
この事から、自分の知らない隠蔽スキル保持者が出るだろうと判断し、「サーチの説明は先延ばしになりそうだな」との考えに至る。
凛自身、サーチを使うのは1日数回程度に留め、残りは空間認識能力を発動する等して感覚を研ぎ澄ませている。
女性の所に着いた凛と翡翠は自己紹介を行い、女性ことリーリアもそれに応えた。
リーリアはほわほわ、はんなりとした雰囲気を纏っており、それは受け答えに関しても同じらしく、常に間延びした喋り方となる。
これにエルマとイルマは苦笑いを浮かべ、火燐はせっかちな性格故になのか、段々と苛立った様子を見せ始める。
するとリーリアのお腹から、「くぅーー」と可愛らしく自己主張する音が聞こえて来た。
これに凛達はきょとんとし、リーリアは両手を腹部にやりながら少し恥ずかしそうにする。
凛はゴール◯ンカレーの様なスパイシーなカレーが好きなのだが、今回は初めてのカレーと言う事やこちらに興味を向ける意味を込め、敢えてバー◯ントみたく甘めのものを用意した。
凛はリーリアが恥ずかしがる素振りを見てくすりと笑った後、丁度立ったままだった事もあってすぐにカレーを用意し、スプーンも添えてリーリアに差し出した。
リーリアはぱぁっと笑顔を浮かべ、凛から受け取ったカレーをスプーンで掬い、くんくんと香りを嗅いだ。
「あ~!やっぱりカレーだったぁ~!」
そして口の中に入れ、「んー!」と言った後に出たのはそれだった。
リーリア以外の者達は揃って「ん?」と疑問を浮かべ、凛が代表で尋ねてみる事に。
「…もしやと思ってはいましたが、貴方はカレーの存在をご存知だったんですね。」
「そうなのぉ~。あ、でもぉ~、こっちに来てからは初めてなんだけどねぇ~。」
「…え?」
リーリアはカレーを見ても驚かないどころか、反対に提供した側である筈の凛が驚いてしまう。
凛はどう言う意味かとリーリアに追及するも、リーリアは久しぶりのカレーを堪能するのに夢中で答えようとはしなかった。
美羽達の「早く続きを!」と言いたそうな視線も無視され、火燐が怒った様子で立ち上がろうとしたり、それを楓と紅葉が抑えたり、リーリアが事ある毎に一部分を揺らす為に雫が嫉妬の視線を向けたりと、収拾がつかなくなり始めた。
凛は嘆息し、このままだとカレーが冷めるからとの理由で昼食の続きを摂る事となった。
20分後
リーリアがカレーを食べ終えたのを合図に話が再開し、5分程経ってようやく話が纏まった。
要約すると、リーリアは(凛と同じ様に)自分の寝室で寝ていた筈が、知らない場所で目覚めたそうだ。
彼女の視界に移ったのは、金髪碧眼で長い耳を生やした見知らぬ若い男女、更に自分のものだと思われるやたら小さい手だった。
リーリアはまさか赤ん坊になってしまったのかだったり、その割にやたら意識がはっきりしているだったり、言葉も自分の国とは違うもののどこかで聞いた事がある(リルアースでは日本語が主体)と言った感じで混乱したものの、父親があやす為に使った風魔法を見て、ここは地球とは違う世界にいるのだと分かった。
リーリアは自分を見て楽しそうにする両親を他所に、良く分からないが第2の人生を楽しもうと心に決める。
しかし、現実は中々思う様にいかないらしい。
3歳頃から運動や魔法の訓練を始める等し、家庭での生活を送る分には問題なかった。
ただ、どうやら自分は偉い立場で生まれたらしく、家を出れば周りの者達から畏敬の視線を向けられるか頭を下げられる為、非常に居心地が悪かった。
だからなのだろう、大人は自分を腫れ物に近い感じで扱い、子供達は大人が近付かない様にと厳命しているらしく、集落内に友達と呼べる者がいなかった。
唯一、護衛として付けられた少女がそれに近い位で、半ば孤立している状態とも言えた。
リーリアはいつまで経っても環境が良くならない事に業を煮やし、10年程前に我慢の限界を越え、護衛の女性にすら黙って集落を出た。
それから気ままに旅をしながら世界を回り、今に至る。
因みに、リーリアは転生者だが、前世の全ての記憶がある訳ではなく、何となく覚えている程度のものだったりする。
リーリアは自分の名前すらも覚えていない様だが、この世界でエルフとして生まれる前はアメリカにいた。
裕福な家に生まれ、両親からの愛情を一身に受けた結果、立派に、それはもう立派に成長した。(自分1人では身の回りの事が何も出来ないまでに)
そして30歳を過ぎてしばらく経った頃、寝ていた筈がふと気付けば白い世界におり、目の前には白い女性が微笑みながら立っていた…らしい。
今となっては朧気になってしまったものの、リーリアが自分がどうしてここにいるのかと尋ね、睡眠中に息が止まり、そのまは亡くなったのだとの説明を女性から受ける。
その後も女性の説明は続けられるのだが、リーリアはショックによる影響で全く耳に入っていなかった。
女性は途中でそれに気付いたらしく、適当な所で話を切り上げた後、未だに呆然としたままのリーリアに1つのスキルを施し、下界に降ろした。
そのスキルは『風舞』と言い、風の適性と親和性を上げ、(魔法を含め)風に関するものの魔素消費量を抑えるものだ。
更にリーリアは、身分だけでなく生まれながらにして風属性の才能も持ち、スキルの効果も合わさって『風に愛された者』と敬われる事に。
「…それで、旅の途中でその風の精霊に会って意気投合し、行動を共にする様になったと言う訳なのですね。」
「そうなのぉ~。」
凛が締めくくり、リーリアが肯定する。
そして彼女…ではなく右方向にいる翡翠の方を向くと、美羽達も釣られて視線を動かした。
「~♪」
「あははっ!もー、くすぐったいよー♪」
そこでは、翡翠に懐いたのか、彼女の周りを風の精霊が飛び回り、ひたすらじゃれている姿が映った。
風の精霊は低位精霊ではあるが、それでも見るのは初めてとして皆一様に珍しそうにする。
「少し前にこれを見付けてねぇ。まさかこの世界にあるなんて思わなかったからぁ、驚いちゃった~。」
そう言って、リーリアは服のポケットから凛が用意した非常食、それもカ◯リー◯イトもどきを取り出した。
「風の精霊さんがキミの魔力だって教えてくれてねぇ、こうやって会う事が出来たんだぁ~。」
「成程…。」
凛は考え込む様にして答えたのだが、美羽達は揃って『精霊、便利過ぎる』等と思っていたりする。
その間、リーリアの膝の上には玄がずっと座っていた。
どうやらリーリアはカレーを食べた後に改めて凛達を見た所、その中に玄が見えて気に入った様だ。
玄を自分の所に呼び、頭を撫でる等した結果向こうからも気に入られ、ご満悦となった。(藍火が羨ましそうな視線を向けても気付かない位に)
「リーリアさんはこれからも旅を続けるんですか?」
「そうねぇ。そう思っていたんだけどぉ、風の精霊さんが翡翠ちゃんと仲良くなっちゃったみたいだしぃ、離れるのも悪いかなって思うのよねぇ。私も玄君と離れるのは寂しいしぃ…。」
リーリアは寂しそうに玄をギュッと抱き締める。
「翡翠は風の大精霊の子供みたいなものですからね。風の精霊と相性が良いのも当然と言えば当然かと。」
「そうなのぉ~?全然そんな風には見えなかったわぁ~。」
「それと、リーリアさんが良ければですが、これからは僕達と一緒に行動しませんか?」
「ん~でもぉ、私戦闘が苦手でねぇ…。お邪魔するのも悪いかなってぇ。」
「戦闘が嫌なら戦わせる事はしないので大丈夫ですよ。ただ、強くなる気があるのであればお手伝い致します。あちらにいる紅葉達はゴブリンからのスタートでしたが、今は立派に成長してくれましたしね。」
凛は言葉の最後に紅葉達を指し示すと、彼女達はいきなり紹介されて照れ臭そうにする。
美羽達はそんな紅葉達に微笑ましい表情を向けた。
それと、リーリアは戦闘を苦手と言っていたが、それは近接戦闘での話。
金級の強さを持ち、自身の隣に置いた弓、それと魔法や風の精霊との連携を駆使して戦う。
凛の言葉が止めとなり、リーリアと握手する形で一緒に行動する事が決まる。
そして2人は再び話をし始めるのだが、凛はそれまでリーリアの方が年上だと思い、敬語で話していた。
しかしリーリアは自分が加わらせて貰う立場だからとの理由で、皆に敬語ではなく普通に話して欲しいと告げ、皆もそれに了承する。
そこへ、風の精霊を連れて翡翠が戻って来た。
凛は顛末を話し、翡翠と風の精霊はこれから一緒に過ごすと知って喜びを露にする。
続けて、翡翠がリーリアに詰め寄り、興奮した様子で弓に関しての話をしようとする。
どうやら、一目見た時から(同じ弓使いと言う事で)気になっていたらしい。
リーリアは下手ではないものの、話が盛り上がれる程に上手くもなかった。
その為申し訳なさげにしていると、ならば自分が教えると言ってリーリアの腕を掴み、リーリアの「あらぁ~~?」との声と共にこの場からいなくなってしまう。
「あらら、やる気を出しちゃったか…。余程嬉しかったんだね。」
一同が呆然とする中、凛は苦笑いで呟いた。
その後、凛達はデザートを軽く食べて片付けを終わらせ、呼びに行こうかと話した頃に2人が戻って来た。
翡翠は嬉しそうな反面、リーリアはどこか疲れた様子だったが。
ポータルで屋敷に戻り、暁達は帰宅したと言う安心感からか眠そうな表情となる。
凛は暁達へ休むよう告げると、暁達はもはや当たり前となりつつある地下室に向かって行った。
「わぁ~、ふかふかぁ~♪」
「~♪」
リーリアと風の精霊は例に漏れず、そわそわとした様子で後ろを付いて来たのだが、ソファーを見るや否や真っ直ぐ突っ込んで行った。
今はそれぞれ寛いだり、跳び跳ねる等しながらソファーを楽しんでいる。
「それじゃ、僕はサルーンの街へ行ってくるよ。美羽も一緒に来る?」
「もっちろーん♪」
凛はリーリアを見て微笑んだ後、火燐、美羽と視線を移して話した。
これに美羽は満面の笑顔で答え、凛も頷いて応える。
「ガイウスさんと色々と話をしたりするから…戻るのは多分5時位かな?遅くても6時過ぎには戻って来る予定だよ。」
「分かった。それまではリーリアみてぇに…は流石に無理だな。適当に寛ぎながら待つ事にするわ。」
凛は追加で説明を行い、火燐は話しながらリーリアの方を向く。
しかしだらけきってるリーリアを見て真似出来ないと思ったのか肩を竦め、凛は苦笑いを浮かべた。
凛た美羽は屋敷を後にし、ナビが提案に答えながら歩いて進む。
やがて門の近くに到着し、門番の男性から声を掛けられた。
「こんにちは。」
「こんにちは。今日は冒険者ギルドと、ガイウスさんに用があって来ました。」
「そうでしたか。誰か案内に付けましょうか?」
「いえ、多分長くなると思うのでお気持ちだけで十分です。」
「そうですか…。」
「あ、それと。今日の夕方か明日に、僕と美羽以外で14人位来るかも。先にお伝えだけしておきますね。」
「「じゅっ!?」」
「それでは、僕達は失礼させて頂きますね。」
そう言って、凛と美羽は2人へ会釈し、街の中に入って行った。
凛の相手をした男性は、凛達が遠ざかったのを合図に相方へ文句を言い始める。
「…ばっか!お前が変な事言うから本当の話になっちまったじゃないか!」
「ちょ!俺のせいじゃないだろ!不可抗力だ不可抗力!!つかお前こそ、今は冒険者ギルドが慌ただしい状況だって伝えそびれてるじゃないか!」
「そうだった!…なぁ、これって後で長や隊長に怒られるんだろうか?」
「知らん。俺に聞くな。」
男性は相方からの素っ気ない返事に困り、上手い言い訳を考えようとするも全く浮かばず、1人で頭を抱えていた。
一方、凛達は街を進むにつれ、何やら人々が不穏な様子で話をしているのを目にする様になる。
2人は顔を見合わせては不思議そうにし、結論が出ないまま冒険者ギルドに到着した。
「「…!」」
冒険者ギルドの中には、大勢の怪我人や冒険者達がいた。
冒険者は怪我人に手当てや回復魔法を使って治療を行っているのだが、凛達はその光景を見て驚きを露にするのだった。
リーリアは宇◯ママこと◯崎◯さんみたいな感じだと思って頂ければ。
 




