29話
「(うわー、多いなぁ…。)」
途中から(凛から教わった)気配を殺した移動に切り替え、集落の南側が見える木の影に到着した旭が最初に思ったのはそれだった。
南側は外から魔物が来やすいのを考慮してなのか、西側と東側に比べて守りが厚くなっている。
面積も(東西南北に中央を含めた中で)最も広く、その中にオーガ5体、それとトロール3体がいる様だった。
「(って言うか、ここを1人で落とせとか酷くない?いや、暁様からやれと命令された以上、やるしかないんだけどさ…。)」
旭は溜め息混じりにそんな事を思いつつ、静かにやる気を漲らせた。
そして出来るだけ気配を消し、オーガ達の様子を窺う事に。
旭は集落が滅ぼされた際、(親が兵士だった為に無理矢理ならされたとは言え)怖くて隠れる事しか出来なかった自分を恥じた。
だが、凛や美羽を見て扱う武器を2本の小太刀とし、2人の真似をしながら訓練や討伐に臨んだ結果、暁達の中で最も素早い動きが出来る様になった。(他は性格故になのか、サボり癖があったりするが)
強さも紅葉、暁に次ぐ3番目となり、これ位の規模の敵なら暁達や凛達の相手をする方が全然キツいとの考えから、特に気負わずに済んでいたりする。
やがて、1番近くにいたオーガが背を向けた所で旭が駆け出すも、別の位置にいたオーガが旭の存在に気付いて雄叫びを上げる。
その行動により、旭が目標とするオーガも体の向きを変えるのだが、振り向いたタイミングで何かが首に刺さった事に気付く。
オーガが視線を落として見たもの…それは旭が先程まで左手に持っていた小太刀だった。
旭はオーガの行動を予測して小太刀を投げた後、万一防がれたとしても大丈夫な様に追撃の構えを取りながら進んでいた。
小太刀は狙っていた場所へ見事に刺さり、オーガは原因が判明した事で痛みが増したらしく、両手を首へやりながら苦しそうにする。
その間に旭はオーガの所へ到着し、首に左手を伸ばして小太刀の柄の部分を掴むと、そのまま捻る等して一気に首を斬り落とす。
「(まずは1体…!おっと。)」
旭は倒れていくオーガを横目で見た後に視線を正面へ戻すと、2体のオーガが棍棒と斧で攻撃して来るのが分かった。
旭はオーガ達の攻撃を左右の小太刀で受け、新たに右方向から現れたトロールによるジャンプ後の叩き付け攻撃を、後ろに跳躍する事で避ける。
すると今度は左側にオーガとトロールが1体ずつ、右側へ50メートル程離れた位置にトロールが姿を現した。
旭は数が少ない右側から先に片付けようとして移動を始めるのだが、その途中で待ち構えていたオーガにより横腹を殴られ、住居の1つに向かって吹き飛ばされてしまう。
「(痛ってぇ…。)」
旭は吹き飛ばされた住居の壁をぶち抜き、反対側の壁に激突した所で止まった。
そして苛立った様子で上体を起こし、面倒臭そうに体のあちこちを払いながら立ち上がる。
「(油断し過ぎた罰って訳ね。…良いぜ、なら本気を出してやるよ。)」
そして自らを律した後、ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらに歩いて来るオーガへ挑んだ。
オーガは最初こそ勝てると思い込んでいたが、やる気になった旭からあっさりと武器を持った腕ごと斬り落とされて戦意喪失。
その場から逃げ出すも、すぐに追い付かれ、呆気なく止めを刺された。
旭はオーガを倒して建物から出ると、残り全てのオーガとトロールが待ち構えていた。
「(…やれやれ、1箇所に戦力を纏めるとか勘弁して欲しいんだけどなぁ。あちらさんもやる気って事か。)」
旭はオーガ達を見ながら肩を竦め、最大まで身体強化を行い、全力で駆け出した。
オーガ達も応える様な咆哮の後に走り出し、旭と先頭を走るオーガが接触する。
旭が持つ右の小太刀それとオーガが持つ大剣が交差し、2体はつばぜり合いの状態になる。
そんな中、旭は他のオーガ達が自分に攻撃を仕掛けて来るのが分かり、咄嗟にオーガを蹴り飛ばした。
そして他の5体による武器の振り下ろし、横薙ぎ、振り上げ、突きと言った攻撃を、左右の小太刀で捌き、そこへ蹴り飛ばしたオーガも合流し、更に苛烈さが増す。
「(危なかった!暁様、後で恨みますからね!)」
旭は冷や汗をかきながらそれら全てを捌き、隙を見付けて距離を取った結果、何とか擦り傷だけで済ませる事が出来た。
そしてこの場にいない暁に不満を漏らしつつ、敵の攻撃を往なすのとは別に、上手く誘導して仲間に当てる事を何回か行った。
するとオーガ達は自分の攻撃が味方に向かうのを恐れ、旭に当たる少し前の所で攻撃を中断する様になる。
旭はそこを突き、1体、また1体とその数を減らしていった。
最後にオーガとトロールが1体ずつ残り、2体は目配せの後に正面から振り下ろしによる同時攻撃を仕掛けて来た。
旭はそれを左右の小太刀で受け止め、少しの間膠着状態が続く。
やがて旭が前へ進みながら力を抜き、2体の攻撃が地面へ吸い寄せられる様に叩き付けられた…と思いきや、オーガ達は苦悶の表情を浮かべ始めた。
どうやら旭は2体の攻撃を往なしただけでなく、踏み込みの後に腹部を思いっきり殴り付けた様だ。
オーガ達は小刻みに体を震わせ、持っていた武器を落としたのを最後に、旭が持つ小太刀によって首を切断された。
「(…全く。俺がここへ来たから良かったものの、これが月夜や小夜だったらどうなっていたやら。だから暁様は俺をここへ向かわせたんだろうけど。)」
旭は小太刀を左右の腰にある鞘へ収め、複雑な表情で再び溜め息をついた。
集落の中央では、暁と紅葉、それとグレーターオーガ達による睨み合いが行われていた。
しかし、紅葉が前に出た事で状況が動き出す。
「当事者である貴方の方が相応しいでしょうし、あの方々のお相手は私が致します。」
「はっ。ありがたき…。」
「…が、(今回の戦いを)凛様が見ていらっしゃいます。皆まで言わずとも分かりますね?」
「心得ております。姫様…失礼、紅葉様。差し出がましいとは思いますが、お気を付け下さいますよう…。」
「ええ、勿論です。」
そう言って紅葉が後ろを向くと、今がチャンスとばかりにグレーターオーガの1体が紅葉に斬り掛かった。
それを見た藍火と玄が「あっ」と漏らすのだが、紅葉は後ろを向いたまま帯に差した圷を左手で抜き、前に構える。
すると、キィンと言う音を響かせて圷とバスタードソードがぶつかったかと思うと、紅葉だけでなくグレーターオーガも動きが止まった。
グレーターオーガは必死の形相を浮かべており、何とか紅葉に攻撃を当てようとするも、微動だにしなかった。
「…それではあちらも準備が整った様ですし、私は行って参ります。」
「はっ!」
暁は頭を下げながら後退するのに併せ、紅葉は同じく帯に差した颯を右手で抜く。
そして颯を前に翳したかと思うと、颯の先端から突風が生じ、ドゴォッと音と共にグレーターオーガを吹き飛ばした。
グレーターオーガは強制的に元いた場所に戻されるのだが、その衝撃は凄まじかったらしく、身に纏った鎧の腹部だけが大きく凹んでいた。
グレーターオーガは苦い表情を浮かべながら体を起こし、他の3体に藍火と玄を加えた5名は、大きく口を開ける形で驚きを露にする。
紅葉はそんな彼らを他所に微笑みを浮かべ、左右の手に颯と圷を持ちながら歩き始めた。
グレーターオーガ達は紅葉の余裕な態度を見て恐ろしくなったのか、揃って後退りをする。
グレーターオーガ達は紅葉の余裕な態度を見て怯んでしまったものの、立っている状態の3体の内の1体が、自分達は集落内で選ばれた存在だと言うのを思い出した様だ。
自らを奮い立たせる様にして吼えた後、紅葉をギンッと睨んで走り出した。
他の3体もはっとなってから遅れる形で続き、最初の1体が再び紅葉に斬り掛かる。
これに対し、紅葉は更に笑みを深め、颯ごとゆっくり右手を上げ、魔力を纏わせた。
すると颯の先端よりも先に、1メートル程の大きな風の刃が生まれる。
グレーターオーガは初めて見る光景に驚きつつ、最悪自分が犠牲になれば時間稼ぎ位は出来ると思い、武器を両手で持ち直して斬り掛かった。
しかしそんなグレーターオーガの思惑も虚しく、風の刃はバスタードソードごとグレーターオーガを切断。
そのまま紅葉の手元から離れ、オーガキングの住処に向かって行った。
これにはグレーターオーガだけでなく、他の3体のグレーターオーガも予想外だった様だ。
最初の1体は目を見開いたまま左右に分かれ、他の3体は急ブレーキ後に急いでその場から飛び退いた。
風の刃はオーガキングの住処の一部を破壊し、反対側から外が見えた頃に消滅。
破壊された部分から、身長3メートル以上はあるオーガキングが、身を屈めながら出て来た。
オーガキングは大きな両刃斧を持っており、正に怒り心頭と言う感じだった。
オーガキングは立ち上がり、グレーターオーガ達の方を向く。
そして「お前達は何をやっているんだ!」とでも言う様な、かなり大きな怒号を飛ばすのだが、グレーターオーガ達は身を竦ませるだけで何も言わなかった。
オーガキングはそんな彼らを見て更に不快な表情となった後、ひとまずこの怒りを紅葉達にぶつけてから考える事にした様だ。
視線をグレーターオーガ達から紅葉に移し、猛烈な勢いで突進し始める。
グレーターオーガ達はオーガキングの迫力に負けて道を譲り、オーガキングは勢いそのままに紅葉へ斬り掛かろうとするのだが、そんな彼の前に暁が立ちはだかった。
「お前の相手は俺だ、よっ!」
暁はいつの間にか両手に持った不動でオーガキングの攻撃を防ぎ、短いつばぜり合いの後に斧を弾くと、軽く跳躍して着地からの回し蹴りを放った。
「グボァ!」
回し蹴りはオーガキングの腹部に当たり、呻き声を上げながら来た方向とは反対側に吹き飛んでいく。
オーガキングはそのまま自身の住処に突っ込んだ為、ただただ穴を増やすだけの結果となった。
暁は追撃しにオーガキングの後を追い、すぐに住処の中から剣戟の音が響き渡る様になる。
「さて、あちらも戦いが始まった様ですし…私達も再開する事に致しましょうか。」
「「「…!」」」
紅葉はそう言ってふわりと微笑み、優雅に歩き出した。
これにグレーターオーガ達は、示し合わせたかの如くビクッと体を震わせ、倒された仲間を見た後に紅葉へ視線を戻す。
そして自分達もあっさりと倒されるのではと思い、紅葉の歩みに合わせて後退りをする。
しかし、このままだと住処を破壊されたとの理由で、どのみちオーガキングから処分されるだろう。
彼らの内の1体はそう判断し、歩みを止めた。
それを合図にグレーターオーガ達は顔を見合わせ、アイコンタクトを送る様になる。
やがて、全員で紅葉に挑んで捕らえる事が出来れば、もしかしたら汚名返上に繋がるかも知れないとの意見に至った。
グレーターオーガ達は意を決した表情で頷き、オーガキングが戦闘を終える前に紅葉を弱らせようと、一斉に攻撃を仕掛け始める。
紅葉はそれらを2本の鉄扇で往なす、或いは弾いたりして捌き、時には避けたり突っ込んだグレーターオーガを飛び越える場面もあった。
グレーターオーガ達は自分達が良いように遊ばれている事に驚くも、このままだと埒が明かないと判断。
それまで固まったり時間差のやり方ではなく、紅葉の正面や左右へ移動し、同時に攻撃を仕掛ける事にした。
紅葉は右、左の順番で攻撃を弾くのだが、左からの攻撃を強めに弾いた。
これにより左側にいるグレーターオーガが大きく体を仰け反る形となり、紅葉は攻撃を続けようとする。
しかし正面にいた個体が鎖の様なものを取り出し、それを紅葉に投げ付けた。
紅葉はぐるぐる巻きの状態となり、軽く驚いた表情を浮かべる。
そこへ、先程鎖を投げた個体が、今度はバスタードソードの腹部分を紅葉に打ち付けて来た。
紅葉は慌てる事なく後方へ跳び、颯から小さな風の刃を呼んで鎖を切断。
グレーターオーガ達は驚いた様子で鎖が落ちていくのを目の当たりにするのだが、紅葉はそんな彼らがいる方向に圷を突き出した。
するとグレーターオーガ達の足元から槍状に尖った土の塊が生え、首から下の至る所を貫かれてしまう。
彼らは揃って血塗れとなり、その内の2体は即死だった。
残る1体も何とかして一矢報いる為、体に力を入れて抜け出そうとする。
しかし結局それは叶わず、首だけをがくっと動かして息を引き取った。
その頃、暁はと言うと、オーガキングとの打ち合いを続けていた。
オーガキングは暁から虚仮にされたと捉え、物凄い形相で斧を振り回し、暁は冷静に捌き続けた。
それがかえってオーガキングの怒りに火を点け、もはや住処の事等どうでも良いとばかりに破壊しまくっている。
「はぁ。自分が住む家だってのに、本人の手で破壊しちゃ世話ないな。」
一旦距離を取った暁が、呆れた様子で呟いた。
これにオーガキングは盛大に馬鹿にされたと思ったらしく、上を向き、空気を震わせる程の雄叫びを上げる。
そして力を最大限にまで解放して暁の元へ向かい、大斧による横薙ぎ攻撃を放った。
ギャリイィィィン
暁は不動に炎を纏わせ、オーガキングの斧を斜めに切断。
オーガキングは刃の部分が半分程となった斧を顔の前にやりつつ、無意識の内に後ろへ数歩下がっていた。
「…お前自身は強いんだろうが、攻撃に重みが全くない。だから俺に通用しないんだよ。」
暁は逆袈裟の構えのまま呟いた後、ゆっくりと体勢を戻した。
そして右手に持った不動を前にやり、纏わせた炎を更に大きくすると、オーガキングは恐れをなしたのか小さく呻き声を上げる。
オーガキングは進化を終えてからも成長を続けた結果、今では黒鉄級中位にまで強くなった。
それに対し、暁は敢えて黒鉄級に届く前の状態で留めている為、本来であればオーガキングの方が有利となる。
しかし、オーガキングは暁を見て強そうに見えないと油断して掛かったのに対し、暁は凛達から指導やアドバイスを受け、自分よりも高いレベルの持ち主である凛達が魔物へ挑む様を観察していた。
こうして、暁は観察するのが癖となり、いつもみたくオーガキングの動きを見ながら対応した結果、オーガキングは身体強化を使った経験ない上に動きが荒い…つまりこれ以上学ぶ事はないのだと判断する。
そして分析終了と同時に斧を切断し、戦いにいつまでも時間を掛けていられないと歩き出し、一気に距離を詰める。
オーガキングは暁の足の速さにぎょっとした表情を浮かべ、咄嗟に攻撃を行う。
しかし暁の斬り上げによって跳ね返されただけでなく、持っていた斧まで弾き飛ばされる事に。
オーガキングは驚きの余り固まってしまい、その隙に暁が踏み込んでからの蹴りを放った。
オーガキングは再び吹き飛ばされた後に壁へ叩き付けられ、血を吐きながら床に倒れた。
暁はゆっくりとオーガキングの元へ向かうのだが、オーガキングは暁に勝てないと悟った様だ。
ボロボロとなった体を震わせながら起こした後、命乞いをし始める。
暁はそんなオーガキングを見てふざけていると思ったらしく、目が点になると同時に「は?」と声を漏らし、歩みを止めた。
「…お前達は命乞いどころか、無抵抗の者達を問答無用で殺しただろうが。何を今更…。」
そして怒り狂いそうになるのをどうにか抑えようと額に左手を当て、低い声で呟く。
しかし暁が言い終える前に、オーガキングは今がチャンスだと判断し、再び攻撃を仕掛けようとする。
しかし、そんな彼の瞳に映ったのは、ゴミを見るかの様に冷たい目を向ける暁だった。
オーガキングは今度こそダメだと思い、最初こそ勢いが良かった足取りも力ないものとなった所へ、暁から放たれた横薙ぎにより真っ二つにされてしまう。
「この状況下で油断する訳がないだろうが。だからお前はこの程度なんだよ。」
暁は不動を腰に差した鞘に収めてオーガキングを一瞥した後、もはや興味ないとばかりに視線を戻し、外へ向かって行った。
5分後
凛達はオーガキングが住まう家の前にいた。
そこには攻略を終え、戻って来た紅葉達の姿もある。
「お疲れ様ー。皆とても良かったよ。」
「「ありがとうございます。」」
「「(ありがとうございます。)」」
凛が紅葉達を労い、紅葉達もお辞儀で応えた。
「さて。皆も気付いていると思うんだけど、小夜がまだ戻って来ていない。」
『………。』
凛が告げた通り、ここに小夜はいなかった。
これに紅葉達が黙る中、月夜は心配そうな表情となる。
「これから皆で、小夜を探しに…っ!」
凛は話しながら、小夜の様子を探る為にサーチを展開しようとする。
そこへ、(凛から見て)右側から何かが飛んで来るのが分かり、急いでビットを展開。
縦3メートル、横10メートルの間隔でビットを配置して障壁を張ると、すぐに複数の矢や中級魔法らしきものがぶつかって来た。
飛んで来たのはフレイムスピア、アイシクルスピア、ゲイルスピア、ロックスピア、ダークスピアの5種類。
攻撃はしばらく続き、その全てを凛は防いでみせる。
「…そう言う訳か。」
煙が晴れ、視界の先にゴブリンらしき集団がいた。
それとその中に捕らわれた状態の小夜がいるのが分かると、凛は苦い表情を浮かべるのだった。




