289話
「体験してみて如何でした?」
「最高の1言です。それ以外に、当てはまる言葉が見付かりません。」
凛の問い掛けに、ほわほわとした雰囲気から一転。
ここまでの気合の入れようは初なのでは…?と思わせる位、真剣な面持ちになるオリビア。
「よくぞ…よくぞ実現して下さいました。女性の憧れの場である『美容室』を設けて頂き、感謝の念に堪えません。」
「そんなに!?」
「ええ。そんなに、でございます。タリアちゃ…獣王妃も同じ想いですとも。ええ、間違いなく。断言致しますわ。」
神妙な面持ちで頷き、かと思えばキメ顔でそんな事を宣う彼女。
そのあまりの剣幕や勢いに、シエルを除く全員がえぇ…と当惑したのは言うまでもない。
「たかが化粧であろう?少々騒ぎ過ぎでは━━━」
「貴方、後でお話があります。」
「は?」
「親父…いくら何でもそりゃねぇぜ。」
「は?」
「そうですよ。拘る方は徹底的に拘るのが化粧、そして美容になります。」
「………。」
「だな。その様子じゃあ、姉貴2人が手入れし始めたのも気付いてねぇな?」
如何に化粧の類いに興味がないかが窺え、明らかに不味い対応を取ってしまったゼノン
妻からは予定を詰められ、息子と凛に軽く呆れられる始末。
促されるまま次女と3女を見るも、違いがさっぱり分からず首を斜めへ。
いや、良く見たら若干変わった…風に見えなくもない?どっちだ?
鍛錬と実戦ばかりで女っ気がこれまで一切なかった娘達をまじまじと見、2人も2人でまさかこんなに凝視されるなんて想定外も想定外。
恥ずかしさと困惑、焦りや(関心を示してくれているとの意味で)嬉しさが綯い交ぜになり、ふわふわとした感情に。
他の家族。
次男は出来る愛妻家なので察したものの、長男、4女、4男は父親に同じ。
尚、5女はアレックス以外眼中にない為、例外とする。
末っ子はお澄まし。
残る4人が顔を突き合わせ、「おい、気付いてたか?」「全然」「サッパリです」「僕、分かりましたよ」「マジ?」みたいな感じで密かに盛り上がっていた。
「『相手が決まったのだから嗜みを覚えなさい』っつって、1番上から無理強いさせられたんだよ。まぁ、スキンケアについて右も左も分からない初心者だし、色々伝えたところでって話から取り敢えず1つだけに留まったがな。」
「ふむ…全然分からん。」
「うん、知ってた。」
キッパリと断言するゼノンに、アレックスは諦めを含んだ笑みで応えた。
オリビアが語る美容室とは、同じ美容室でもより格式高い、しかも2段階上のもの。
プレミアムサロンと称され、完全個室、(提供出来るとの意味で)最高級のサービス&薬剤を使用。
値段も相応に高くなるが、結果はご覧の通り。
1度の施術で10歳近く(個人差はあるが並だと1〜2、間にある高級だと4〜5歳位)も若返り、デトックスやシェイプアップの効果で体内外に変化が。
いずれの美容室も、正式オープンは明日から。
先行体験との名目でオリビアとタリアだけ━━━しれっと混ざったリーゼロッテもだが━━━にケアを施し、アピールも兼ねてわざとゆっくりめに歩いて貰った次第だ。(当然護衛付きで)
狙いは見事に成功。
道中向けられるポジティブな意見、驚嘆を含ませた発言にオリビアの気分は最高潮へ。
歓喜で満たされ、つい自信満々になっちゃう位には迸ってしまったとも。
タリアも似た様な感じ。
ただ口を慎まないレオンが驚きのあまり余計な失言をし、即ぶっ飛ばされたのはご愛嬌。
後はどこから嗅ぎ付けたのか、単身プレミアムサロンへ突撃したリーゼロッテも然り。
磨きに磨き上げられ、今頃はアンジェリーナへ対しマウントでも取っている事だろう。
「とにかく、これは世の女性にはなくてはならないものです。一刻も早く、そして多く普及すべきかと…宜しいですね?」
「いやー、あれはあくまでもお試しで、しばらくはランクを下げ━━━」
「よ・ろ・し・い・で・す・ね?」
何より近い。
オリビアの圧と言うか、執念が凄まじい。
お互いテーブルへ着いたままにして、頭部分だけがずももも…と巨大化した風な錯覚に陥る程。
「ア、ハイ。」
堪らず凛がカタコトになり、ゼノンら家族もこれにはドン引き。
帝国を本当の意味で牛耳っているのは誰なのかが垣間見えた瞬間。
同時に、美への追求は果てしなく、恐ろしいとも。
「?」
違うとすればシエル。
それと、相変わらず傍でふよふよと漂うアルファ位。
向こうで誰よりも美容エステに通った莉緒主導で計画が進められ、美に貪欲なオリビアに話を持ち掛けたのは失敗だったかも知れない。
そう思わずにはいられない凛だった。
「親父、今のが最たる例だ。これに懲りたら━━━」
「げに恐ろしきは美への渇望、と言う訳か。良い勉強になった。」
「貴方?」
「…藪蛇だった様だ。」
自信ありげなのは態度だけ。
まるで成長していない父親に、アレックスは「ダ〜メだこりゃ」と匙を投げた。
15分後
「ほう…このハーピィの玉子焼き、初めて口にしたが中々に美味だな。香りも良い。」
オリビアの熱弁が沈静化したのを見計らい、食事を再開。
すっかり冷めてしまったステーキを食べ終え、口直しも兼ねて頼んだ『出汁巻き玉子(ハーピィの卵を使用)』を数回咀嚼したゼノンが1言。
「本当…気品もありますし、毎日でも…と思える位には私も好みです。」
「ありがとうございます。」
同じ出汁巻き玉子を頼んだオリビアも絶賛。
口元へ上品に手を添える彼女へ対し、凛が軽く頭を下げる。
出汁巻き玉子の出汁の部分。
原材料として火山や海で穫れた、鰹や鮪を加工した鰹節や鮪節が使われている。
それが豊かな風味や味となり、高評価へと繋がった。
「♪」
「「………。」」
マイペースなシエルは、同じ卵と出汁を用いた茶碗蒸しを満喫。
これを変わった具材が入ったプリンだと勘違いしたウェルズとニールが同じものを注文し、早速一口。
美味しいは美味しいが、想像していた味とは全く異なった為か、かなり戸惑いの様子を見せる2人。
揃って固まり、他の妹弟から笑われたのはご愛嬌。
やがて食事を終え、1行は中心から少し西にある宝石店へ。
そこでメアリーと遭遇。
物色中の彼女にゼノンが呆れ、オリビアは苦笑いに。
宝石の産出地は、ほとんどが帝国東にあるオーバ山。
アレックスへ熱烈アプローチを仕掛ける、メルローズの実家近くにある魔素点から採れたものをメインとしている。
ここからは今後のスケジュールのお話。
お昼前になるまで帝都のあちこちを見て回りつつ、公衆浴場や大衆食堂。
(獣国に対抗しての)ビュッフェ式レストランと言った、主に市民の為の施設の追加、並びに開放。
市民へのガス抜きも込められ、どの様なジャンルがあるかを伺い、予定を埋めていった。
午後1時過ぎ
死滅の森中層にて、集団での捜索が開始された。
中心人物はアレックスと光輝、それとクロエの3人。
それぞれを頂点とするグループが組まれ、アレックス班はユリウス、ナル、フィリップ、アーウィン、レイラ、骸、そして昊。
光輝班は勉、獣国王女のサラ&シーラ姉妹、マリア&ティナ母娘、朔夜、段蔵。
クロエ班はアレックス付きとなったフラム達モンスター娘に、ブンドールの屋敷を案内したクリスティーン。
20人+1体で以上となる。
ただ、グループ自体は3つだが、光輝班とクロエ班は程々と言うか確認が主の為共同。
本気なのはアレックス班位で、アレックスとユリウスはソロ。
ナルは大口真神の昊とペア。
フィリップ、アーウィン、レイラの神聖国メンバーは3人で1チームとの形だ。
骸、朔夜、段蔵は引率兼保護者枠。
強さで見れば昊もそちら側ではあるものの、如何せん子供っぽいところがあるのでナルと組ませる構図に。
「あーーー、やっと自由に動けるぜぇ。」
アレックスが背伸びをする。
今日の午前中までは帝国。
特に帝都についての予定や計画の打ち合わせに追われ、皇族と言うよりはホズミ商会関係者としての立ち位置で参加せざるを得ない状況にあった彼。
取り敢えず一段落つき、ようやく開放されたとの運びだ。
今後は自分の為の時間を確保出来るのが増えるとあり、喜びも一入なのだろう。
「ほら、ティナちゃん。今の内に話し掛けないと。」
「で、でもぉ…。」
「もうすぐ(戦闘開始との意味で)離れ離れになっちゃうのよ?折角のチャンスなのに、次会うのは下手すると数時間後。それまでずっとヤキモキするの?」
こちらはマリアとティナ母娘。
アレックスの斜め後ろの位置にいる彼女らは、彼に声掛けするか否かで軽く揉め中。
ティナがアレックスをチラッチラ見ては何か言いたそうにし、しかし恥ずかしくて行けないを繰り返していた。
初めて出会った頃の彼はよく笑い、年を経る毎に仏頂面が増え、最近になってまた笑う様になった。
その屈託のない笑顔がティナ的に堪らないらしく、思考や行動が完全に恋する乙女のそれ。
躊躇する娘に母マリアがこうして発破を掛けるも、ご覧の通り効果は今ひとつ。
「分かってはいるんだけど…。」
「なんて言っている内に、ほらぁ。」
「あ。」
「彼がモテるのは今更じゃない…いえ、これから益々激化する一方なのは間違いないわねぇ。良いの?このままだと、他の子に取られちゃうわよ?」
「!?」
訂正、覿面だったらしい。
何故なら彼女の意中の相手は人気者。
少し目を離した隙にユリウス、光輝、勉、骸の男性メンバーに囲まれ、すぐに盛り上がり、賑やかとなったからだ。
様々な思惑で周りが彼らを見守る中。
完全に出遅れたティナはどうして良いか分からず、狼狽え、混乱のあまり目をぐるぐる回す始末。
「あうあう…。」
「前途多難ねぇ…。」
1番有利のはずなのにどうしてこうなったのかしら。
他の誰よりも近くにいたにも関わらず、まさかここまでポンコツになるとは…とばかりにマリアが頬へ手を添え、憂いを帯びた表情に。
「ははっ、やべぇ。超〜〜〜楽しいんですけど。」
アレックスがにんまりと笑う。
愛刀火之迦具土片手に魔物をバッタバッタと倒す彼の近くには、大量の山が鎮座。
わずか5分にも満たない間の出来事で、少なくとも3〜40体はいるだろうか。
これら全てをアレックスが倒し、それでいて疲労感は全くなく、高揚した気分を抑えられずにいる。
「これが『孤高の覇者』の効果か…すげえな、いやマジでやべぇ。」
2回目のやべぇが出たのはさて置き。
アレックスが語る孤高の覇者とは、骸━━━イクリプスドラゴンの固有スキル。
凛越しに付与して貰ったそれは、単独での行動の際、戦闘力に大きな補正が入る。
所謂、継戦能力の向上。
表現を変えれば、ワンマンアーミーへ化すと言うもの。
普段より動け、与えるダメージが増し、体力や魔力の消費も抑えられる。
シンプルな分、目に見えて実感が湧き、より喜びを噛み締めているとの状況だ。
デメリットは特になく、先に述べた単独行動が発動条件。
その単独行動も視界に入らなければ良いとかなり緩く、やろうと思えば背中合わせでの協力体制も可能。
とは言ったものの、イクリプスドラゴン本来の形態はかなりの巨躯。
視野も自ずと広くなり、人間の大きさになで縮んだからこそメリット足り得たとも。
「あはははは!!行けーー昊ーーー!あはははははは!!」
「バウワウ!」
そう遠くない位置だろうか。
ある程度大きくなった昊の背中に乗ってると思われる、ナル(+昊)の嬉しそうな声が耳朶を打つ。
「…ナルの奴、楽しそうだな。」
彼女の燥ぐ声に、ふと懐かしさを覚え、寂しさや羨ましいとの感情まで生まれたアレックス。
後で自分も乗せて貰おうと心に決めつつ、いつの間にか囲まれていた魔物達へ向け、武器を構えるのだった。




