22話
先程より大分ゆっくりな速度で凛達は20分程進む。
姫と呼ばれる雌ゴブリンに憂慮しての結果だ。
すると、かつては集落があったのだろう。
木材等で組まれたと思われる家々は、悉くが破壊。
若しくは燃やされ、無残な景観へと変わり果てた一帯を1行は目撃。
加えて、乾いた血の跡だったり、既に息絶えたであろう者達が集落のあちこちに。
ゴブリンだけでなく人間の姿もあり、斬り傷や打撲痕とは別に、死亡後魔物にでも食べられたのか大きく抉られた跡も。
これらを根拠に、今の状況になってから少なくとも2~3日は経過。
並びに放置されたと思われる。
そんな彼らを前にした凛、美羽、翡翠、楓の4人は切なさでいっぱいになり、火燐や雫は眉を顰め、エルマとイルマが顔を青くする。
美羽の両腕に抱かれる雌ゴブリン━━━姫は、信じられないものを見たとばかりに目を見張る。
「ア、アァ…ソンナ…。」
集落の前に降り立つ1行。
美羽から下ろされた姫はよろよろとした足取りで数歩進み、やがて力なくへたり込んでしまう。
『(これは酷い…やったのはさっきのゴブリンキング達、なんだろうな。)』
『(恐らくは…ですが、ですがこれは…あまりにも無体が過ぎるのではないでしょうか。この様な事が許されるのであれば…私は…私は!例え脆弱な身であろうが関係ありません!最後の最後まで抗わせて頂きます!)』
軽く下を向き、念話の途中でゆっくりと立ち上がる姫。
彼女は集落の中…ではなく反対側。
それも死滅の森方面へ向かおうとする。
《マスター、ご報告です。集落内の崩れた家屋の地下部分。及び奥の建物付近に、生命反応を感知致しました。》
『(ゴブリンさん、ちょっと待って!生存者がいるみたい!)』
しかし、10メートル位進んだところで凛から待ったが。
非力なゴブリン故に走る速度が遅く、凛の声が届けられる範囲内にいたのが幸いか。
ともあれ、同族が生きていると知った姫は「そうなのですか!?」と踵を返し、走り出した時以上の速度で凛との距離を詰める。
『(ぁ…申し訳ございません。私とした事が、大変見苦しい姿を…。)』
そこでようやく我に返り、自らの所業を悔いたのかすすす…と距離を置く。
『(反省は後。今は助けに向かうのが先だよ。)』
『(はい!)』
凛はそんな姫を宥め、美羽達にゴブリン救出を要請。
快い返事を得、直ちに全員で集落の中へと入る事に。
30分後
ナビによる案内の元、凛達は破壊された家2軒の床下収納部分。
そこで雄のゴブリン1体と、ゴブリンの姉妹。
それと奥にある少し大きめの家の下敷きになり、身動きが取れなくなっていたホブゴブリンの計4体を発見。保護した。
いずれも無傷か軽症のどちらか。
ただいずれもが意識を失っており、少し広めの場所に4体共集められるとの運びに。
「しばらく何も口にしてないせいで衰弱したってところか…なんだか懐かしいな。」
凛が介護職の仕事をしていた頃、虫の居所が悪いせいでしばらく食事を摂らなかった老人男性がいた。
その男性は4日程断り続けた結果、空腹で気絶。
点滴投与を余儀なくされ、周りからそれはそれはもう派手に怒られ、渋々従う様になったとのお話だ。
その内容を思い出した凛はふふっと笑い、美羽達から不思議そうな目で見られている事にまるで気付かないでいた。
「本当はすぐにでも何か口にするべきなんだけど…今の状態だと食べられるものが限られてるからなぁ。」
「そうなのか?」
「うん。どれくらい口にしていないかとかにもよるけど、これから摂る食事の次第で体がびっくりしちゃって、最悪死に至る…なんて場合もある。」
「へー。」
「…うん。手持ちの料理じゃ少し不安だし、何か消化に良い物を作ろうかな…と言う訳で、僕は少し席を外させて貰うね。」
「分かった。」
凛はその場に縦横2メートル超えの大きさの白い門━━━(先刻姉里香から学んだばかりの移動手段である)ポータルを設置。
後ろを向き、軽く手を振って潜り、神界へ。
マクスウェルとの修行の際に利用した大部屋を抜け、キッチンへと向かう。
それらを含め、ポータルの向こう側に見える景色を美羽達は懐かしみ、様々な反応を示す。
反対にポータル、神界共に初めて目にする姫が盛大に絶句。
エルマとイルマは、おっかなびっくりと言った感じに。
その同時期、家の下敷きになっていたホブゴブリンが覚醒。
彼の声に気付いた全員がそちらを向き、姫が誰よりも早く駆け寄る。
「気が付かれましたか!」
「! これは姫様!ご無事で何より…ですが申し訳ございません、集落を守る事は叶いませんでした…。」
「良いのです。それよりも襲った相手は…。」
「ええ。姫様を無理矢理連れて行った、あのゴブリンキング達です。」
「やはり…。」
「ところで姫様、そちらの人間族の方々は…?」
「あちらは私を助け、集落まで連れて来て下さった方達です。」
「なんと!」
そこから姫とホブゴブリンによる会話が始まり、上記は小声ながらやり取りを意訳したもの。
『?』
ホブゴブリンのリアクションは若干大袈裟に感じられたが、それでも声の届かない美羽達は疑問符を浮かべるしかなかった。
一応、ナビの影響下にある美羽だけは、その気になれば聞き取れなくもない。
だが真剣な顔付き、からの喜び合う2体の妨げになるのでは…との思いから敢えて控えたとの運びに。
15分後
「ただいまー…って、何かあったの?」
凛が戻って来た。
きょとんとする彼の左右の手には、小さなトレイ。
それとその上には、それぞれスープで満たされた深い皿が乗せられてでの登場だ。
今回凛が用意したスープは、南瓜やとうもろこし等の野菜をミキサーにかけ、そこに牛乳を足したポタージュ。
それと玉ねぎや人参等を細かく刻み、柔らかくなるまで煮詰めてからコンソメで味付けしたもの。
そんな彼の瞳に、おろおろとしている美羽や呆然とした表情の火燐達。
更には土下座姿のゴブリン達が映り、自分の不在時にどんなドラマが?とでも思ったのかも知れない。
「あっ、マスター!お帰りなさい…あのねあのね、ゴブリンさん達がね、配下にして下さいってあの座り方をする様になったの。けど配下にするしないを決めるのはマスターでしょ?だからボク達じゃ何も言えないって答えたんだけど…。」
「あのまま動かなくなってしまった、と。」
「うん…。」
こちらに気付いた美羽が駆け寄り、しどろもどろから少し落ち込んだ様子で説明。
凛は目を閉じ、しかし極短時間でこのまま放置しても埒が明かないとの考えに。
彼はゴブリン達の元へ直進し、2つのスープをそっと彼女らの前へ。
置いてから10秒程時間が経っても動きに全く変化が見られなかった為、「冷めない内にどうぞ」と促してみる。
しかし誰1人として頭を上げる者はおらず、密かに溜め息を零す。
「折角作ったのになー、飲んでくれないなら配下の話はなくなるかもー、なんて。」
そう漏らすや否や、気持ち渋面の姫がまず頭を上げる。
続けて凛から(どこからか出した)スプーンと受け皿を渡され、お玉で掬われたポタージュスープを注がれる。
ゆっくりスープを飲むよう諭され、恐る恐るスプーンで1口。
近くにいるゴブリン達(何故か先程食事を終えたばかりの火燐達まで)が固唾を飲んで見守る中、ポタージュスープが喉を通った辺りで姫は目をカッと見開き、そこから丁寧ながらも中々に早い動きでスープが目減りしていく。
どうやら無言で。
それに脇目も振らず、一心に飲み進める位には美味しいと感じてくれたらしい。
すぐに飲めるよう、熱いの手前位の温度で調整したのも大きいかも知れない。
その光景を見た他のゴブリン達も相当美味に違いない。
ならば我慢しなくても…と感じたのは自然であり、必然。
各々が(いつの間にか注がれたのも込みで)用意された皿とスプーンを手にし、姫に倣う形でスープを自らの口へ。
彼らも姫と同様に驚き、ホブゴブリンとは別の雄ゴブリンが勢い良く飲もうとしたところでストップが。
止めたのは凛で、体が弱っている状態で一気に飲食物を摂取すると(胃が)ビックリし、最悪死んでしまう旨を改めて伝達。
ゴブリン達は真面目な表情で。
それもこちらを配慮してくれる凛の優しさに感銘を受け、食事の手が止まる。
互いに目配せし、頷き1つ。
彼の思いやりに応えるべく、今度はゆっくりとした動作でスープを味わい、まるでスープを体に染み渡らせるみたいにも感じられた。
その間、美羽と楓はニコニコ顔だったものの、火燐と雫は涎を垂らしながら。
翡翠達やエルマ達は興味津々な様子で、ゴブリン達…ではなく2種類のスープを見詰めるのだった。




