21話
『えっ!?』
『なっ!?』
「何だとぉ!?」
これは女性の言葉が齎したものによる反応。
最初が(凛サイドを除く)女性陣、次が男性陣、最後ガイウスの順だ。
美羽や紅葉ですら軽い同様を見せる中、凛1人だけが冷静だった。
「やはりか。ほぼ間違いなく、死滅の森に異変が起きていると見て良さそうだね。」
「そう…っすね。自分達、嫌な感じがして逃げて来たんすけど、その…途中でここが見えて…。」
凛の意見に女性は微妙な顔で頷いた後、更に歯切れが悪くなったと言うか、かなり話し辛そうにする。
そんな彼女の煮え切らない態度にピンと来たのだろう。
途中で介入する人物が。
「…つまり、お前達は異変を感じ、森から離れた。しかし抜け出したは良いが、負けを認めた様で釈然としない。その憂さ晴らしも兼ね、街を襲った…そんなところか?」
ガイウスだ。
本日1番の渋面+確認するとの意味合いを込め、低い声で詰問。
「そ、それは…」と返す女性に視線はより険しくなり、眉間の皺は益々深いものへ。
「否定しないのだな。いや、出来ないの間違い…か?」
女性が言い淀む=肯定と捉えたガイウス。
視線だけでなくコメントまで鋭くなり、女性が「ち、違うっすよ!?」と慌てて否定に入る。
「自分、わざわざ混乱させるのもどうかと思ったっすし、そうしている内に(別な魔物に)追い付かれでもしたら、逃げた意味がないと思ったんす。だから(サルーンを)避けて行こうと言ってはみたんすけど…。」
「他の皆が納得しなかったんだ?」
「はいっす…。」
女性は凛のフォローに神妙な面持ちで相槌を打ち、
「適当に(ブレスを)吐いて、満足したら逃げる。だから(街に)向かっても大丈夫だって皆聞かなくて…。」
その言葉を最後に口を閉ざしてしまう。
「ガイウスさん。僕がフォレストドラゴンやアダマンタートルに襲われた場所ですが、死滅の森表層で…なんですよ。強さはどちらも黒鉄級なのに、です。おかしいと思いませんか?」
すると、今度は自分の番とでも考えたのだろう。
女性から視線を移した凛の問い掛けに、ガイウスは考える素振りを見せる。
「む、そうだな…確かに、黒鉄級相当の魔物が出るのは(死滅の森の)中層からだと昔聞いた事がある。」
それから難しい表情を浮かべ、
「それが今や表層でも出る事態に…?ダメだ、あまりにも情報が足りない。」
思いっ切り頭を振る。
「だが調査しようにも場所が場所。強い冒険者、欲を言えば黒鉄。そうでないなら最低でも金…いや魔銀級でないと話にならんだろう。」
「ガイウスさんはそう言った冒険者に心当たりは?」
「魔銀級なら多少心当たりはあるが…黒鉄級となるとまず無理だな。」
「即答…ですか。」
「黒鉄級冒険者は王国に1人しかいない、と言うのが理由だ。それ故、(防衛との観点から)あまり王都から離れる事は出来ぬ。近くにある魔素点の調査辺りがせいぜいと言うところであろう。」
「成程。そんな理由が…。」
「無論、特別な事情でもあれば話は別だがな。さて、どうしたものか…。」
凛からの質問に答えこそしたものの、ガイウスは手詰まりであると悟ったらしい。
顎へ手をやり、苦い顔のまま微動だにしなくなった。
アウドニア王国唯一の黒鉄級冒険者は、王都を中心に活動。
彼を呼ぶには国王や王国のグランドマスターの許可が必要となる。
仮に事が上手く運んだとしても、今度は別の問題が浮上。
サルーンから王都到着にまで掛かる距離だ。
双方を結ぶ距離は2000キロ程。
日本で例えた場合、本州の端から端を直線で結び、そこから更に500キロ位を足した長さ。
故に互いを行き来するだけで結構な時間を要し、とても現実的とは言えない。
また最後にして最大の壁として立ちはだかる━━━費用の問題。
高位の冒険者を雇うには膨大な。
それも黒鉄級ともなれば、正直想像も出来ない様な資金が必要。
サルーン中から掻き集めたとしても微々たるもので、どの道詰んだ状態だとガイウスは思案する。
ついでに。
ガイウスがサルーン領主の座に就いてからこれまで。
彼を始めとする住民に悟られず、秘密裏に脅威を排除してくれる協力者が存在。
その協力者を凛はサーチ越しに認識してはいたが、どうしてそんなところにいるんだろう。
死滅の森の中に人が?珍しい…位にしか感じていなかったり。
「…僕は冒険者ではありません。どこかの国に所属している訳でもないですし、王国がどの様な考えを持ち、判断を下そうが関係ない立場と言えます。」
「…?凛殿、いきなりどうしたのだ?」
それが伝播し、室内を重い空気が包む中。
軽く迷う素振りを見せた凛が口を開き、皆の意識が彼に集中。
俯きがちだったガイウスも釣られる様にして顔を上げ、しかし話の意図が見えない彼の表情は不思議そのもの。
「アルフォンスさんから(話を)伺いませんでしたか?こちらは実力者の集まりである…と。」
対する凛は意識を美羽達に向けつつ、軽く微笑むだけ。
気持ち遠回しな気がしなくもないが、真っ先にハッとなったのはガイウス。
「…そうだった。俺とした事が冷静さを欠いてしまった様だ。凛殿に至っては、1人で(フォレスト)ドラゴンを倒したのだった。」
「はい。ですので、僕達が死滅の森へ調査に向かう方向で話を進めれば宜しいのではないかと。」
凛の言葉にガイウスは「確かに」と頷き、再び考える動作に移る。
ただ先程の陰鬱とした気分とは違い、今度は前向きなもの。
雰囲気も、幾分か柔らかくなっている。
「…ふむ。凛殿、そのフォレストドラゴンの死体を見る事は可能か?」
「勿論可能です。」
そう言って凛は軽く辺りを見回し、少し残念そうな仕草を取る。
「ただ、お見せしようにもこのお部屋では手狭と言いますか…ちょっと出せそうにないですね。」
「何…?凛殿はすぐにでもフォレストドラゴンの死体を見せれるのか?」
「ええ。僕は少し特殊な空間収納スキル持ちでして。先程のワイバーン達もそこに入ってます。」
「何と…!」
笑顔で宣う凛に、ガイウスは信じられないとばかりに思いっきり目を見開いてみせた。
ガイウスからの問いに凛が無限収納ではなく、空間収納だと返した理由。
それは、無限収納スキル保有者が彼だけだからに他ならない。
空間収納スキル所持者が数千人から数万人に1人位と、かなり少ないながらも存在。
それに対し、無限収納は名前すら知られていない。
以前は倉庫からちょっとした一軒家位はあった空間収納スキルの容量も、今や最も優れた使い手で5メートル四方がせいぜい。
人々の弱体化に伴い、収納量もかなり縮小されてしまった。
それでも、スキル持ちの分だけ運べる荷物や物資の量が増えるのは明らかなメリット。
スキル持ちの存在が分かり次第、即座に王国、帝国、商国からスカウトがやって来るまでがセットとなっている。
王国は見栄の為に。
実力主義の帝国は軍事利用で。
商国は商売を目的に空間収納持ちを欲しており、優れた使い手を巡っての取り合いや殺傷沙汰も珍しくはない。
凛はここで正直に無限収納だと伝えてしまっても良かったのだが、ガイウス達に余計な混乱を招くと判断。
一先ず、色々と落ち着くまでは空間収納で通す事にした。
「…あ、そうだった。ついでにと言う訳ではないのですが、空間収納内に(魔物の死体が)沢山入ってるんですよ。良ければ素材の買い取りをして頂けるとありがたいなぁ、なんて…。」
空間収納ついでに、これまで倒した魔物達の事を思い出した凛。
窺う形で提案を持ち掛け、ガイウスを困らせる。
「は…?いやそれは勿論可能だが…冒険者ではない凛殿が売ると、買い取り額が半分に減ってしまうぞ?フォレストドラゴンを倒せるだけの実力があるのだ。冒険者になろうとは思わんのか?」
冒険者になるとギルドからライセンスが配布される。
冒険者ライセンスは身分証代わりにもなるが、今回の場合だと冒険者ギルドの会員。
つまり自分は彼の組織に身を置き、庇護を求めている立場とも取られる。
「冒険者って、一定の階級にまで上がると一気に柵や責任が…みたいな感じになるのではないですか?」
「ほう、良く知ってるな。確かに、金級よりも上になると義務が発生する。指名依頼との名目で貴族に呼び出されたり、国や都市、街から緊急依頼や大規模依頼等で強制的に…と言った具合にな。」
「仮に僕が冒険者だとして。今回のワイバーン襲撃の様な非常事態が起きた場合、結果は同じでも被害に大きな差があったのではと思いまして。
組織に属する以上、情報の伝達や共有。それと下される指示に従わなければいけないのは分かりますが、問題解決の為に時間を割かれたくないのが本音です。冒険者ギルドへ向かうとか、指示が来るまで自宅や宿で待つよりも先に、やるべき事はあるはずです。勿論、自己責任だからと好き勝手するつもりはありませんが…。」
「そうだな。その場に居合わせた場合は別として、他は貴殿の申す通り喫緊。それも突発で起きた際に取るべき対応ではないのやも知れぬ。」
「その点、ギルドに入ってなければその場で判断や対応が可能です。冒険者の方々が来るまで救助や防衛に専念するのも良いですし、余裕があれば今回みたく終わらせる事も出来ます。僕が街の住民権のお願いをしたのは━━━」
「流石にそこまで言われれば分かる。フォレストドラゴンや、アダマンタートルを無傷で倒せるだけの腕前を持つ凛殿だ。間違いなく目を付けられ、どこかの首都や大物貴族の元へ召集されたであろう…。」
ガイウスは少しばかり遠い目をした後に椅子から立ち上がり、
「ここは凛殿の考えで街が救われた。いや、おかげで被害を皆無で終えられたと言っても良い。協力、感謝する。」
凛へ向け、深くお辞儀。
後ろにいるアルフォンス達は上司の対応に驚くも、凛の偉業に対する喜びや恩義は負けていない。
彼に続き、次々と頭を下げていく。
「そんな!僕は当然の事をしたまでです!ですので皆さん、どうか顔を上げて下さい!」
「いや、街が無事で済んだのは凛殿の活躍があってこそ。もし貴殿らがいなかったと思うと…ならば街の長として、救った者に礼を言うのは至極当然の事だ。」
凛はガイウスの答えに一旦は納得するもすぐに違うとの考えに至り、再び慌て始める。
「確かに!…じゃなくて、えぇっと…そうだ!ガイウスさん、お腹は空いてませんか?」
凛の提案にガイウスがピクリと反応し、徐に頭を上げる。
「む…?言われてみると、少し腹が減った気がするな…まぁ、私達に内緒で誰かさん達だけが美味しい思いをしたのも関係あるやも知れぬが。」
そう言ってガイウスは視線を落とし、左手で軽く腹部を擦った後、アルフォンスを睨み付ける。
しかしアルフォンス側からすれば慣れたもの。
ガイウスの動きに併せて明後日の方向を向き、誤魔化す様にして口笛を吹く。
「此奴め…」と漏らすガイウスの恨みがましい視線を物ともせず、この場をやり過ごす気満々なのが有り有りと分かった。
凛は上手く話を逸らせた事に安堵。
続けて、今の内に話を進めてしまおうと意気込みながら口を開く。
「でしたら、僕が昼食をご用意致します。是非皆さんで召し上がって下さい。」
そう言って、無限収納から少し深めの皿に乗った状態のチャーハン。
それと、食べる為のレンゲ等を取り出す彼。
如何にも出来立て…と言わんばかりに主張するチャーハンは1人前の量で盛られ、綺麗な半円球状で整形。
それらをテーブルの上に置いた凛は、先程と同様。
サルーン側と凛側で分かれて座る。
ワイバーンの女性は凛側におり、メイド達は(テーブルに座るのは憚れるを理由に)深皿+受け皿を所持しているとの状態だ。
ついでに、何故か美羽の分だけネギがてんこ盛りに。
その量たるや、メインであるはずのチャーハンよりも多く、ちょっとしたタワーとも。
目を輝かせる本人とは裏腹に、その見た目から皆の注目を集めていたのが印象的だ。
やがて着席した一同。
美羽、紅葉、アルフォンスの3人がチャーハンを目の前にして笑顔を浮かべる一方。
ガイウス達やワイバーンの女性は、揃って不思議そうにしていた。
「凛殿、すまないが…これは食べ物なのか?食欲をそそる良い香りはするのだが…。」
「この世界って、『お米』を食べる習慣がないそうですね。」
『お米?』
質問したガイウスを始め、アルフォンスやワイバーンの女性、(凛達を除く)他の面々が不思議そうにする。
「はい。この茶色く色付けされた粒状の物体。元は白い米と呼ばれるものでして、僕達の世界では主食の1つになります。勿論小麦もありますが、僕はお米の方が好きですね。
こちらはそのお米に卵、ネギ、豚肉等を混ぜて炒め…掻き混ぜながら焼いて作った料理、チャーハンと申します。」
そう説明を受け、ガイウスは手にしたレンゲでチャーハンを掬ってみる。
レンゲごと持ち上げ、収まり切らなかった粒が幾つか零れるのを目の当たりにした為か「ん?」との呟きと共に全て戻す。
その後掬っては戻すを何度か繰り返し、「お米か…掻き混ぜながら焼くとこの様な感じになる。謎の多い食べ物なのだな…?」等と言いながら、まじまじとチャーハンを見つめる。
『………。』
そんな彼を、アルフォンス以外の警備の男性達。
それとメイドが息を殺して見守る。
彼らは未知なる存在ことチャーハン(若しくは料理とのワード)が気になり、凛と紅葉は見守るとの意味で視線をそちらへ。
美羽は既に知っているから。
アルフォンスは絶対に美味しいに違いないとの確信を元に、早く食べたくて2人はウズウズ。
ワイバーンの女性も同様にウズウズ…ではなく、その芳ばしい香りに涎をだらだらと流す。
「チャーハンは冷めても全然食べられますが、温かい方がより美味しく感じられますよ。遠慮されてるみたいですし、先に僕達から食べさせて頂きますね。それでは、頂きます。」
やがて、自分達が先に食べる事で安心感や手本に繋がると考えた凛は。
自身の顔の前で手を合わせ、美羽と紅葉も「頂きます」と彼に倣う。
『?』
こうしてチャーハンを食べ始めた凛達。
「ん〜♪」と嬉しそうな反応を示す美羽とは対照的に、凛と紅葉は静かに。
且つ、手を添える等して上品に喫する。
だが彼ら以外の面々は初めて見る食べ物、及び所作に理解が追い付かず、大半が目をパチパチ。
残りは呆気に取られ、しかしアルフォンスだけが冷静だった。
彼は視点を凛達からガイウスに移し、未だ固まるばかりで食べようとしない姿にやきもき。
何とか我慢しようとするも、そう時間が経たずして限界を迎え、凛達に倣ってチャーハンをレンゲで掬い、大きく開けた口の中へ。
その様子を、ガイウス達は固唾を呑みながら。
凛達が笑顔で眺めていると、何回かの咀嚼の後にアルフォンスの動きがピタリと停止。
これにガイウスが何事かと尋ねようと口を開けた瞬間。
アルフォンスは左手で皿をがっと掴み、物凄い勢いでチャーハンを食べ始めた。
ガイウス達はポカーンとし、やがて手を震わせながらチャーハンを1口。
想像したよりも遥かに美味しい。
それを体現するかの如く、レンゲを咥えた状態で彼らもフリーズ。
10秒近くが経ってからようやく再起動。
目を見開きながら咀嚼を行い、かと思えばやはり勢い良くチャーハンを食べ進めていく。
「これ程までに美味い食べ物があったとはな…。」
チャーハンを食べ終えたガイウスが1言。
その表情は見るからにリラックスしたものであり、感動や余韻に浸っているのが窺える。
それはアルフォンス達や女性も同じ考えらしく、満足そうな様子でこくこくと頷いてみせる。
因みに、女性は人間となって以降、初めての食事。
当然テーブルマナー等知る由もなく、しかし今回は幸い(?)にしてレンゲで掬いながら食べると言うもの。
彼女なりに頑張ってはみたが、それでも上手く食べる事は叶わなかった様だ。
口の回りに付いていたり、皿から零れたチャーハンがズボンや床の上にポロポロと落ちていた。
ただ当の本人は全く気付いておらず、ただただまったりするだけ。
苦笑いの美羽が女性の口周りを拭き、紅葉はメイドへ謝る羽目に。
「因みに…まだ食べれるよって方います?」
その光景を凛が微苦笑で眺めた後、笑顔に切り替えての発言に美羽が仰天。
「マスター、まさか…まさかあれをやっちゃうの!?ダメだよ、皆戻れなくなっちゃう!!」
作業の手を止め、主のやろうとする事も止めようとし、しかしながら軽くにやりと笑った凛によって制される。
((((あれって何だ!?))))
(あれって何っすか!?)
そんな2人のやり取りに、ガイウス達は揃って戦慄。
紅葉は優しく微笑み、唯一アルフォンスだけが期待を込めた眼差しを凛に送っていた。
その凛はと言うと。
無限収納からナニカを取り出し、再びテーブルの上へ。
身構えたガイウス達は警戒心を露にし、身構えるも、出されたのが先程と同じチャーハンだった為か「ん?」と凝視。
「次に提供しますは…こちら。」
続けて、凛は白い丼の様な器。
反対の手でお玉を取り出し、皆の注目を集める。
彼が持つ器には、冷凍のシーフードミックス。
小ぶりの海老、帆立、いかの切り身をメインに、解した蟹の身を追加。
それらを中華スープで味付けして旨みを出し、片栗粉でとろみをつけた海鮮あんが入っている。
その海鮮あんをお玉で掬い、チャーハンへ掛ける事で海鮮あんかけチャーハンへと昇華。
心の中でお上がりよ、なんてね。
実際には「どうぞ…」と言って、凛は海鮮あんかけチャーハンをガイウスの目の前にやり、彼らが固まっている内にアルフォンス達の分も準備。
サルーンの面々は始めこそなんて事をしてくれたんだ…!とばかりに苦い表情となったものの、次の瞬間には乗せられたあん。
付け加えるならば数々の海鮮物の存在に目を見張る。
ここサルーンは内陸部に位置。
川ですら数十キロは離れたところにあり、魚介類の入手は困難。
それが海産物ともなると更に難易度は跳ね上がり、下手すると一生目にすら出来ない者も。
アルフォンスもその1人で、瞠目する彼に届けられるは、美羽が漏らした「あーやっぱり『海鮮』あんかけチャーハンだった」との言葉。
やはり…との想いを抱きつつ、希少品である海鮮あんかけチャーハン。
目の前に鎮座し、海産物がふんだんに使われたそれに全神経が注がれ、生唾を飲む。
徐ながらも緊張した様子で両腕を伸ばし、皿ごと持ち上げてみせる。
「こ…こんな…あまりにも贅沢で美味しそうな食べ物…食べない方がどうかしてる。俺はこのチャーハンも食べるぞ!!」
アルフォンスは海鮮あんかけチャーハンを掬い、意を決した顔で口の中へ。
「美味い…しかも、食べれば食べる程幸せに…まるで夢でも見ている気分だ…!」
そこから一心不乱に食べ進めていくアルフォンス。
先程のチャーハンよりも美味しそう…と言うか必死な形相と至福の表情を交互に浮かべ、忙しそうにする。
『凛殿(様)!私にも!』
「主様!自分も!自分も食べたいっす!」
その彼に触発されてしまったのだろう、サルーンサイド全員が漏れなく立候補。
凛から渡された順に食べ始め、その誰しもが感動。
「やっぱりこうなっちゃうよねぇ…この世界で一番マスターの料理に慣れてるボク達でも、このコンボはダメだもん。」
「ですね…。」
具材から出る旨味に、あんのベースとなる中華風出汁。
それらの相乗効果にガイウス達が抗えるはずもなく、美羽と紅葉は揃って苦笑いの表情を彼らに向ける。
ガイウス達は海鮮あんかけチャーハンも食べ終え、先程よりも更に至福な。
それこそ溶けているのではと錯覚しそうな位、全員が緩み切った表情になっていた。
それはガイウスも例外ではなく、初顔合わせ時の厳格な雰囲気はどこかへと飛んで行ってしまった模様。
「(はっ!いかんいかん、あまりにも美味くて浮かれておったわ。)…凛殿、昼食を用意して頂き、感謝する。誠、美味であった。」
しかし、流石は元冒険者で街長。
いの一番で我へ返り、(椅子に座ったままではあるが)迷いなく凛に頭を下げた。
それを見たアルフォンス達は正常に戻り、軽く慌てた様子でガイウスに続く。
「どう致しまして。ただ、今の海鮮あんかけチャーハンも、僕からしたら『普通』の美味しさなんですよ。」
「何と…!これ程のものがか!」
苦笑いで話す凛に、ガイウスは信じられないとばかりに目を大きく開き、アルフォンス達。
それと美羽と紅葉までもが「えっ」と驚いてみせる。
日本にいた頃、年に数回の頻度で里香プロデュースの元。
某有名ホテル(帝◯等)の豪華ディナーだったり、海の幸山の幸を現地で味わったとの経験を持つ凛。
食事に対するレベルが高い日本に生まれ、里香のおかげで肥えた舌を所持するに至った八月朔日家。
里香がいなくなるまでは(少し良い食材を使うとの意味で)プチ贅沢を送る…なんて事も多々。
故に『普通』では満足出来ず、更なる高みを凛は望む。
「チャーハンに使ったお米を始め、使用した材料は一定の品質のものまでしか出せませんからね。なのでこれ以上を求めるのであれば、自分で育てるしかないのかなと思ったりもします。」
「成程。それが凛殿の能力の1つであり、この世界の住人でないとする理由なのだな?我らからすれば羨ましい限りなのだが…。」
「ええ。ガイウスさんの仰る通り、便利ではあるんですけどね…僕個人としては全然現状に満足していません。まだまだ上を目指したいですし、皆で分かち合いたいとも思っています。」
「成程…彼の地を所望するのはそれが理由か。」
「はい。家の近くで色々育ててみようかなと。」
「相分かった。許可を出そう。他ならぬ、街を救った英雄殿なのだからな。」
「ありがとうございます…英雄?」
椅子から立ち上がった凛はガイウスへ深くお辞儀をしようとし、途中で頭を上げる。
ガイウスはそんな凛を見て頷いた後、「気にするな」と返す。
「今以外に、何か申し出はあるか?」
「んー…取り敢えず今のところはないですね。後は実際に街を見て、何か思い付く事があればと言った感じでしょうか。」
軽く考える素振りを見せての凛の答えに、ガイウスはどこか残念そうに「そうか」と告げる。
「しかし…重ねて問うが、本当に冒険者へならなくて良いのか?買い取り額が半分に減ってしまうのだぞ?あれだけ立派な屋敷だ。維持費も相当なものだと思うのだが…。」
「あ、お金の事でしたらご心配なさらず。あの家は僕が魔法を応用して建てただけなので、費用は一切掛かってません。」
「は…?いやいきなり建ったのはそれが理由…と言うか、魔法であれ程の大きさの屋敷が用意出来るものなのか?」
「他は分かりませんが、僕からは出来るとしか。それと先程の料理でお分かり頂けたと思いますが、大抵のものは魔法で創り出せます。家具とか食器とか…あ、今着ている服もそうですね。なので僕自身、あまりお金が必要だとは思わなかったり。」
凛はあははーなんて笑っているが、ガイウス達は違う。
魔力さえあれば衣食住全てが賄えるなんて能力、見た事も聞いた事もないからだ。
これまでの常識を引っ繰り返すとの事態に唖然とし、凛はそんな彼らを他所に何か思い出した顔を浮かべる。
「あ、でも。フォレストドラゴンの肉は興味あるので、食べられる部分は譲って頂けるとありがたいです。他の素材を売却して出たお金は、この街の発展にでも当てて貰えれば十分かと。」
「…私は魔法に詳しくないから何とも言えんが、変わった使い方もあるものなのだな。」
「あー、恐らく僕が少し特別なだけなので、余り参考にしない方が良いかもです…えっと、話を戻しますがフォレストドラゴンはどこに出しましょうか?大きさが大きさですし、庭等の広い場所の方が向いてると思います。」
「そうか…ならば解体も兼ね、ギルドの解体所にでも向かうか。」
「ギルド?分かりました?」
可愛らしく首を傾げる凛。
これからの行動が決まっただけでなく、凛の行動に軽くやられそうになったガイウス。
それを取り繕う形で、彼から案内役の警備の男性に視線をズラす。
「案内ご苦労。後はアルフォンス達が引き継ぐ。お前は持ち場に戻って良いぞ。」
「はっ、分かりました。」
指示を受け、男性は右の拳を胸の前へ運ぶ仕草を取り、その場を後にした。
「…さて、それでは皆で冒険者ギルドに向かうとするか。アルフォンス、先頭を頼むぞ。」
「はっ。」
「凛殿達は私の後ろに付いて来てくれ。」
「分かりました。」
警備が部屋からいなくなったのを合図に出されたガイウスの指示に、アルフォンスと凛が従う。
「…凛殿、何をしている?」
ただ、凛の取った行動。
それはワイバーンの女性を抱き抱える事だった。
美羽が「良いなー」と漏らし、紅葉は少々ハイライトの消えた目でそちらを見やる。
尋ねた側であるガイウスやアルフォンス達が不可解そうにし、凛と女性だけがキョトン顔。
「あ、これですか?この子、人間になったばかりで上手く歩けないんですよ。体勢が変わるからか立つのがやっとと言う感じでして…なので移動のお手伝いをと。」
凛の説明に、ガイウスが「…そうか」とだけ返す。
考えるのを放棄し、そう言うものかと割り切る事にしたらしい。
ともあれ、それからはアルフォンスを先頭にガイウスが続き、凛&ワイバーンの女性、美羽、紅葉、もう1人の警備の順で街の中を進んで行った。
道中、行き交う人々全てが真剣に話をしており、その声に凛が耳を傾けてみる。
内容は10以上ものワイバーン達をあっさり倒した人物がいる。
その人物は珍しいタイプの顔立ちで、小柄ながら物凄い美少女。
そこからは空を駆けた?だとかワイバーンの1体を従えた?
少女なのにテイマー?肝心の美少女はいずこへ?との噂だった。
「小柄…美少女…。」
「ま、まぁ良いんじゃない?マスターが可愛いのは事実だし。」
課程はすっ飛ばされ、結果と容姿ばかりが持ち上げられていた。
その事に凛が項垂れ、美羽が微苦笑でヨイショする。
「美羽?それ、何のフォローにもなってないからね?」
「あ、あははは…。」
ジト目の凛に美羽はたじたじになり、列から少しずつ遠ざかっていくなんて1幕も。
5分後
1行は大きな建物に到着。
その建物は剣と盾が交差する看板が目印。
煉瓦で組まれ、入口の扉は木で出来ている。
中へ入ると、左側が冒険者ギルド。
右側が酒場で分かれ、何やら盛り上がりを見せている様だった。
アルフォンスと立ち位置を変わったガイウスは、脇目も振らず真っ直ぐ冒険者ギルドの受付へ。
作業中の為か、下を向いていると思われる男性職員に声を掛ける。
「君。すまないが、ギルドマスターを呼んで来ては貰えないだろうか?」
「これは長!分かりました、ギルドマスターですね。すぐに呼んで参ります。」
「うむ、頼んだ。」
男性職員は急いで立ち上がり、挨拶もそこそこに2階へと駆け上がって行った。
そんなガイウスのやり取りを、ギルド内に設けられた複数のテーブルから、冒険者と思われる男女が見ていた。
「(おいおい、街長がギルドマスターに一体何の用だよ。)」
「(いやいや、そんな事よりあの美女達だろ!見るからに普通じゃない。取り敢えず言えるのは、お近付きになりたい…これに尽きる!)」
「(本当本当。何故こんな場所にってのは少し気になるが…俺的には全然有り。むしろ凄いラッキーとすら思う。)」
「(4人が4人共レベルたけーしな。あんなの知っちまったら、大抵の女なんて見れたもんじゃない。)」
「(全くだ。)」
そのテーブルの1つ。
男性2人組が、女性を抱える凛を見る等してコソコソと話し合う。
だからこそなのだろう。
自分達の世界へ入り込み、周りの女性達から厳しい目を向けられている事に全く気付かないでいる。
「(ちょっとあんた達!聞こえてるんだからね!)」
「(うぉっ、すまねぇ!)」
「(そんなつもりはなくてだな…。)」
『(良いからあんた達は黙ってなさい!)』
「「(は、はいぃ…。)」」
隣に座る女性冒険者達3人の内の1人から突っ込まれ、最後は女性全員からダメ出しを喰らい、縮こまってしまう。
1分後
1人の男性が、男性職員に連れられる形で2階から降りて来た。
その男性はガイウスと同じ位の年齢で、身長が190センチ程。
かなり鍛えられているのが分かる位、がっしりとした体型。
肩までの長さに伸ばした灰色の髪を1本に纏め、細目ながら柔和そうな雰囲気を携えている。
「よう、ゴーガン。面白い者と知己を得てな、紹介がてら来てやったぞ。」
男性が階段を降り切ったのを確認するやガイウスはニヤリと笑い、周囲を驚かせるのだった。




