20話
戦闘後。
凛はフォレストドラゴン達と遭遇時の教訓を元に用意した、視認するだけで対象を無限収納へ送る遠隔収納…ではなく、普通に触れる形で。
それもホバークラフトみたく、ほんの少しだけ浮いた状態で地上を滑り、討伐済みのワイバーン達を次々収納していった。(本人はこれでも抑えめのつもり)
1分程で作業は終了。
凛は呆然とする周囲を置き去りに、降伏したワイバーンの元へ。
そして一緒に━━━━と言っても、ワイバーン側はトボトボと元気なさげだが━━━━歩き始め、門のある方向へと向かう。
すると前方から、警備の男性と門番の男性2人が駆け寄って来た。
いずれも戦闘に参加したメンバーで、先頭を走る警備の男性は手を振り、好意的な笑みを浮かべている。
それに対し、後ろにいる門番2人は真顔。
しかも凛の後ろにいるワイバーンに対し、明らかに警戒しているであろう素振りを見せる。
「簡単にワイバーン達を倒したのもそうですが、まさか空間収納までお使いになられるとは…恐れ入りました。」
合流後、警備の男性から告げられたのがそれ。
相変わらず笑顔ではあるが、その奥にある雰囲気は至って真剣。
一瞬だけ瞳が揺れ動き、しかしながらわざとワイバーンを見ない様にしているのがその証左でもある。
「いえ、無事に街を守る事が出来て何よりです。」
「ありがとうございます。それと、先程空を飛んで行かれた風にお見受けしましたが…?」
「あれは風魔法を応用したものでして。実戦レベルにまで育てるのは苦労しました。」
当然ながらこれは嘘で、自前の飛行と天歩スキルを使用。
正直に伝えても信じられないだろうとの観点から、敢えてこの様な言い回しとなった。
「成程、凛殿は武勇だけでなく魔法にも精通していらっしゃるのですね…ところで。」
それまでの、にこやかな雰囲気だった男性の態度が一転。
スッと目を細め、凛から移した視線がワイバーンへと突き刺さる。
「…!」
門番2人に加え、警備の男性からも鋭い目を向けられる事となったワイバーン。
怖さの限界に達したのだろう。
体を強張らせた後にブルブルと震わせ、凛を盾にする形で隠れようとする。
しかし、体の大きさ的にそれは困難。
身を縮こませても尚、大きめの普通乗用車位の見た目にはなるからだ。
ましてや凛は小柄。
その彼の両肩に両前足をそっと乗せ、男性達の様子を窺う様にして顔の左半分だけをチラリ。
『………。』
その光景は有り体に言って、シュールでしかない。
何なら左側だけでなく、少しではあるが顔の右側部分も見える事から、警備を含めた3人。
それと街を守る為の戦いに参加した冒険者達が挙って『普通、(ポジションが)逆じゃね?』等と思っても全く不思議ではない。
追及するつもりが、すっかり毒気を抜かれる結果となった警備の男性。
それでも話を進めない訳にはいかず、こほんと咳払いをする。
「えー…そちらに隠れていらっしゃるワイバーンですが、これからどうされるおつもりでしょうか?」
男性は軽い笑みを携えつつ、目だけは剣呑そのもの。
仮令恩人が相手だろうが、サルーンに不利益を齎すのであれば戦闘行為も辞さないとの心構えでいる。
「ワイバーンをどうするか、ですか…。」
男性の心境を知ってか知らずか、目を閉じ、うーんと考える凛。
このままワイバーンを渡した場合、彼女は間違いなく殺されるだろう。
それは自分としては望むところではないし、サルーン側に託すのも違う気がする。
何より、恐怖を与える形にはなったものの、この子はこちらを信じて降ってくれた。
ならばそれに応えるのが人情と言うもの。
ワイバーンは翼竜、つまり空を飛べるので騎竜にするのも1つの手。
家の前に小屋を立て、番犬ならぬ番竜(どちらにせよペット枠)として飼うのもアリではないかとも考える。
「…取り敢えず、このワイバーンは僕が引き取ろうと思います。」
ゆっくりと目を開けた凛が、男性を真っ直ぐ見据える。
続けて右手でワイバーンの頭を撫で、これに少しだけビックリされるも、すぐに瞑目。
クルクルクル…と甘える様な声を出し、されるがままだ。
これに驚いたのは男性達、それと周りにいる冒険者達だ。
ワイバーンが懐いたのもそうだが、引き取るとの選択が新たなトラブルを引き起こすのではとの考えから来ている。
「ワイバーンを引き取る、ですか。それは構いませんが…このまま街の中に入られた場合、ほぼ間違いなく大混乱に陥りますよ?」
「その前に入れさせませんけどね」と苦言を呈する男性の心情は至極真っ当なもの。
凛は「あー…確かに」と言いながら少し困った反応を見せ、一旦屋敷に戻って火燐達に預けようかな?等と考える。
《ご報告します。ワイバーンがマスターを主と認めた事で簡易的な主従関係となり、リンクが発生しました。》
「ん?」
そこへ届けられる、ナビから報告。
ワイバーンが凛に縋ってでも生きたいとの願いや、自分の主になって欲しいとの想い。
それと凛がワイバーンに対して生まれた情が交錯し、リンクが発生したとの流れだ。
《ですのでそのリンクを利用し、予め用意しておりました『人化』スキルを強制的に入力致します。》
(えっ…予め用意していた?)
凛が動揺すると同じタイミングで、隣のワイバーンに変化が。
因みに、人化スキルはワイバーン達襲来が分かった時点で創作を開始したものだったりする。(しかも主の許可もなしに黙って)
「な、なんっすか!?頭に直接何かが入って…あが、あががががががが!?」
(ドラゴンの言葉で)突然両前足で頭を抱え、その場に崩れ落ちる。
「何だ!?新手の戦術か何かか!?」
それを脅威だと捉えた警備や門番達。
慌てて武器を抜き、臨戦態勢に入る。
「あー…警戒しているところ申し訳ないのですが、多分大丈夫だと思います。武器も収めて貰って結構ですよ。」
周りも釣られて武器を構える中、唯一凛だけが困った笑みを浮かべる。
「そうなのですか? まぁ、貴方がそう仰るのでしたら…。」
最大戦力である彼に宥められては従わざるを得ない、警備の男性。
この場にいる誰よりも強く、もしサルーン側全員で掛かったとしてもあっさり返り討ちに遭う。
そんな未来を幻視したからだ。
何より当人に止める気も戦意もない以上、こちらが口を出すのはお門違い。
やや不承不承ながら剣を鞘に収めるを合図に、門番2人も顔を見合わせ、彼に倣う形でひとまず警戒を解く。
「痛いっすー!頭が割れそうっすーーー!!」
一方のワイバーン。
未だ翼付き両前脚で頭を抱え、辺りをゴロゴロ転がるが継続。
かと思えばブリッジみたく体を仰け反らせ、ビクンビクンと痙攣したりなんて事も。
「あの…本当に大丈夫なのでしょうか…?」
「ええと、多分…?」
最早戦略云々ではなく、新手の拷問か何かか?と考えを改める様になった1行。
様々な思惑でワイバーンを見守り、凛も凛で初めての経験を根拠に曖昧でしか答えられなかった。
3分後
ワイバーンが正座の状態で踞ったのを最後に、彼女の姿が段々と小さくなり始めた。
そして見た目も、ドラゴンから人間へと変わっていき、やがて人間の女性風となったところで完全に停止。
全容は分からないが、真っ直ぐ伸びた水色の髪は腰位まであり、何も着ていない。
つまり全裸である事は確認出来た。
『………。』
その様子を、凛は興味深そうな表情で。
それ以外の面々は『何故ワイバーンが人間に?』とでも言いたそうな、非常に面食らった顔で見やる。
「…ん?」
そんな中、女性は頭を抱えたままピクリと動く。(ついでに警備と門番の男性達も)
続けて「んん?」と何かを確かめ、頭の上に置いた両手はそのままに、顔を少しだけ上げる。
「あ、頭が痛いのが収まったっす。本当、死ぬかと思ったっすよ…。」
やがて女性はがばっと上半身を起こし、正座の体勢へ。
その反動により、火燐よりも少し大きい双丘がブルンと揺れた。
しかし、長い髪のおかげ…とでも言おうか。
大事な部分は髪で隠れ、大きさと迫力だけが分かる状態なのは不幸中の幸いと取れなくもない。
女性は中々…いやかなり整った顔立ちをしており、黙っていればクールなお姉さん。
人受けしそうな雰囲気を醸し出し、外見的にはどう見ても人間の女性でしかない。
加えて、座りながらにして分かる見た目やプロポーションの良さ。
もしこれが地球なら、グラビアアイドルが裸足で逃げ出すレベル。
今この瞬間に立ち会わなかった者は、彼女がワイバーンが変化した存在だとまず思わないだろう。
「へー。人化スキルって、こんな感じになるんだ。」
凛が興味深げに呟く。
彼の発言は感心から来るもので、疚しい気持ちはこれっぽっちもない。
だがそれは偏に女性の体は見慣れているからが念頭にあり、他は異なる。
ハッと我に返った警備の男性が急いで後ろを向き、気付いた門番の2人も慌てて回れ右。
女性の裸を直視し続けるのは取り締まる側の観点から見て不味いと、今更ながら気付いたからだろう。
対する女性。
未だ頭痛の余韻が残っているのかボーッとした顔を浮かべ、凛から大丈夫?と声を掛けられるも何のリアクションすら示さない。
そして周りにいる者達。
彼らは尚も女性から視線を外す事が出来ず、ここからどう展開が変わるのか気になって仕方がない様子。
その大部分が男性。
女性の整った顔や立派な胸部、くびれた腰。
シミ1つなく、スラリと伸びた綺麗な手足を見てごくりと生唾を飲む者もいれば。
中には連れと思われる女性から頭を叩かれ、頬を引っ張られたり体のどこかを抓られる者もいた。
「人間の見た目に変わるって聞いた時は驚いたけど、どうやら無事に終えたみたいだね。」
微笑んだ凛が改めて口を開く。
何か後ろが騒がしい気がしなくもなかったが、女性の問題解決が先。
ゆっくり歩み寄り、出来るだけ優しく話し掛けたとの流れだ。
「そう…なんすかね?自分、よく分からないっす…。」
ただ、返って来たのは相変わらずの下っ端口調。
凛はやっぱり変わってるなぁと思いつつ、まずは事情を聞いてからどうするか考えようと決める。
「いきなりだったもんねぇ。僕も、恐らく君と同じ立場だったら驚いていたと思うよ。」
「本当っす。正直、いきなり過ぎて何が何やらって感じだったっすよ…。」
「ごめんごめん。僕も初めての事でどう対処して良いか分からなかった…っと。いつまでも君を裸でいさせる訳にはいかないんだった。
今までと体の勝手が違うと思うけど…立てそう?」
凛はそう言って右手を差し出し、女性は「あ、はいっす。」と凛の手を取って立ち上がる。
よろけながらも立ち上がった女性の身長は165センチ程。
年の頃は…17歳位だろうか?
立派な体付きからもう少し上にも見え、瞳はサファイアみたく青く澄んでいる。
「へー。これが人間の体…。」
女性は立ち上がった後、凛の手を取った右手や左手、(立派故に見えなかったが)胸から下、背中の順で自らの体を見やる。
その度にほう、ほうほうと口に出し、たまにふらつきながらもどこか楽しそうなのが窺えた。
すると何故か冒険者の男性達が興奮。
凛が女性の前に立っているのは残念(?)ではあるが、横や後ろは別。
長い髪である程度隠れはするものの、屈んだり、体を動かす等して形の良い尻や胸が拝めたのが大きいのだろう。(女性陣からは当然ながら不評で、睨まれてもまるで動じなかったり。)
そんな至福な時間も、唐突に終わりを告げる。
「感動してるところ悪いんだけど、そのままだと僕だけでなく皆が困るんだ。だから取り敢えず…コレを着て貰える?」
凛が苦笑いで(無限収納から)白いシャツと黒いズボンを取り出し、女性へ差し出したからだ。
凛は女性こと、ワイバーンが吐いたブレスから炎属性。
彼から見て、炎と言えば火燐。
はっきりとしたメリハリボディから、彼女と同じ様なスタイルが似合うのではと考察。
その火燐に選択の1つとして提示し、却下されたのが白いワイシャツ。
それと黒いズボンは予備として用意したもので、これらを着せれば結構様になるのでは…との考えから来ている。
続けて、サービスタイムは終了だよ、とばかりに行使した土系中級魔法ストーンウォールで彼女を隔離。
突然の視界カットに、壁の向こうから「や、止めろぉぉぉぉ!」とか「土魔法?いつの間に詠唱…それにしても酷い、酷過ぎる」、「なんて事を…」等と魂の叫びが届けられたが、完全にスルー。
(上はひとまずこれで良いとして、問題は下か。)
なるべく胸を見ずに袖を通し、立派な谷間のせいで第1、第2ボタンはダメだったものの、そこから下は留める事に成功。
そしてもたつき、つんのめり、尻餅を突いたりで中々に苦労し、少々時間も要したがズボンも履いては貰えた。
「取り敢えずはこんなものか。」
「…あ、終わりっすか?人間はこれを着けなきゃいけないんすか…なんて言うか、不便っすねー。」
一応は服を着せ終わったのだが、胸が火燐よりも1〜2カップ大きい為に一部ボタンが留められず、シャツがせり上がって臍が見えている状態。
そしてズボンの方は火燐の方が足が長く、少し捲り上げる形にはなったものの概ねサイズ通りとなった。
「うん。急拵えにしては中々じゃないかな。」
「そ、そうっすか?」
「うんうん。」
凛から褒められたと捉えたのか、満更でもない様子の女性。
それを合図に石の壁を解除。
冒険者の男性達はワイバーンの女性が服を着たのが分かり、1度は落胆。
しかし落ちたテンションが再び上がるのも早かった。
「…あ、皆さんすみません。着替え終わりましたので振り向いても大丈夫ですよ。」
「あ、はい分かりまし…。」
大分隠れる様になったとは言え、下から押し上げられているので(豊かさとの意味では)余計にバストが強調されていたからだ。
加えて、露出している臍も刺激が強い。
確かに、着衣自体は済んでいると言えば済んでいる。
が、これはダメだ。
現に、警備と門番以外の男性達が、先程までではないにせよ盛り上がりを見せるのがその証拠。
「「「…!」」」
3人は女性の胸と臍で視線を行ったり来たりし、やがて顔を真っ赤にしながら再び後ろを向く。
「あれ?」
これを不思議に思ったのは凛。
地球でも(次女を中心に)度々見掛けたので普通だと考えていたのだが…どうやら違ったらしい。
むしろ、この世界には娼館以外で臍を見せる習慣がないが答え。
サルーンに娼館はないものの、凛とワイバーンの女性以外の全員が娼館の存在自体は知っている。
故に女性の臍。
そして開いた胸部をセクシャルポイントとして捉えてしまった。
そこに騙された、不意打ちを受けたとの感情も重なり、しばしの間凛からの声掛けに誰も反応してはくれなかった。
その後、男性達から説明(と言うよりは最早懇願)を受けた凛は、完全に隠せるよう外套を用意。
シャツの上から羽織って貰った事で、男性達はようやく冷静さを取り戻した。
「これで外見上は人間となりました。ガイウスさんに報告をしに向かいたいので、一緒に門を通っても構いませんよね?この子からも事情を聞きたいですし。」
「そう…ですね。」
凛の純粋な問い掛けに、答えを詰まらせる警備の男性。
困り顔でしばらく軽く考え、徐に口を開く。
「いくら人の姿をしているとは言え、ワイバーンである事に変わりはありません。周りの目もありますし、当然ながらこの件は問題になるでしょう。」
いくら外見上は人間でも、中身は魔物。
それも一応ドラゴンに分類する。
経験を積んだ彼の種族であれば変化出来ると、今になって思い出したが…少なくともコレではないはず。
そんな思惑を交えつつ、男性は視線を凛から女性に移し、
「…それとですが、もしもこちらの女性が街中で暴れた場合…。」
やや言いにくそうに語る。
「ええ、その時は僕が責任を持って対処します。」
これに、凛が真剣。
且つ首を縦に降る形で肯定すれば、返って来るのは安堵の表情。
「助かります…と言うのは建前でして、私ではどう判断すれば良いのかが分からないのが正直なところです。何しろ前例がないもので…。」
「確かに。ですがまぁ、彼女の様子からして大丈夫だと思いますけどね。」
笑顔で対応しつつ、凛は話の最後女性の方を向き、彼に釣られた男性もそちらを見やる。
「自分、そんな事しないっす!全く、自分を何だと思ってるんすか!」
折角命が助かったのに、わざわざ危険に晒す意味が分からない。
そう表現するが如く、地団駄を踏む女性。
頬を膨らませ、不機嫌さを露にする彼女には悪いが、周りはほっこり。
幾分か緊張感が和らぎ、微苦笑を浮かべる者もチラホラ。
しかしすぐに笑顔となり、先程までとは打って変わって和やかな雰囲気に。
「長へ報告を行う者は少しでも多い方が宜しいかと。ですので引き続き、私が長の屋敷まで同行致しますね。」
「ありがとうございます。」
「いえ、街を救って頂きましたし、せめてこれ位は致しませんと。」
「助かります。それでは、皆でガイウスさんのところへ戻りましょうか。」
凛は未だツーンとそっぽを向く女性へ対し、左手を差し出す。
「ほら、君も。いつまでもむくれないで、出発するよ。」
「あ、はいっす。」
この頃には既に女性は怒りを忘れ、ポーズに近いまであった。
なのですんなりと握り返し、凛は満足そうな顔で彼女を引く形で移動を開始。
皆が呆然と眺め、案内を買って出た警備の男性もそれは同じ。
遅れてスタートを切る羽目に。
するとすぐに門番の1人が、
「何て言うか、色々と凄過ぎて付いていけないな…。」
と漏らし、不愉快な気分に。
(はぁ。それをガイウス様へ報告する俺の身にもなってくれよ。絶対、小言を言われるに決まってる。)
内心で愚痴る。
しかし見失いでもしたら大目玉どころの騒ぎではない。
再び溜め息をつき、やや駆け足で2人の後を追う。
一方その頃、応接室では。
「紅葉ちゃん、クッキー美味しいねー♪」
「はい、美羽様。大変美味しゅうございます♪」
美羽と紅葉による、ほんわかとした空気が場を包んでいた。
ガイウス以外の者達も彼女らの雰囲気に当てられ、まったりとした表情だったり、鼻の下の伸ばしたりする。
同じサルーンでこうも空気が違うのか。
声を大にして叫びたい位、緊張感が微塵も感じられなかった。
(報告が来るのを待つだけのはずが、こんなにも苦痛だと感じる日が来ようとは…。)
先程までの苛立ちはどこへやら。
軽く辟易とした面持ちのガイウスがそんな事を思い、部屋に設置された窓越しに外を眺める。
1分後
クッキーを食べているのが自分達だけだと、今更ながら感付いた美羽。
あっと声を上げ、クッキーが入った袋の口を恐る恐るガイウス達の方へと向ける。
「…ボク達ばかりごめんなさい。あの、良かったら皆さんも一緒に(クッキーを)食べませんか?」
頬を染め、ちょっぴり恥ずかしがる彼女はいじらしく、庇護欲をそそられる。
「いや、私は遠━━━」
「良いんですか!?それじゃお言葉に甘えさせて頂きますねー。」
故あって女性不信なのと、今の状況下ではとても食べる気になれない。
彼女の申し出を断ろうとするガイウスへ、まさかのアルフォンスによるインターセプト。
待ってましたとばかりに。
しかも実に軽やかな動きで美羽の元へ。
「アルフォンス!おまっ!」
部下による、あまりにも身勝手な行動。
上司を差し置いて自ら前に進む等、誰が予想出来るだろうか。
いずれにせよ、完全に出し抜かれる形となったガイウス。
左手を前に突き出すと同時に椅子から立ち上がり、馬鹿を止めようとする。
「はい、アルフォンスさん♪」
しかし時既に遅し。
その頃には到着どころか、差し出されたクッキーを「ありがとうございます!」と受け取り、流れる様な手付きで口の中へ。
「う〜ん、やはり美味しいですねぇ…。」
挙げ句、満足げな様子でうんうんと頷いてみせた。
これを切っ掛けにアルフォンスも美羽達と共にクッキーを食べ始め、ガイウスは絶句。
口をパクパクとさせるのは彼だけで、他の者達は物凄く羨ましそうな目でアルフォンスを見る。
因みに、アルフォンス以外の警備2人。
(前述で軽く触れたが)彼らはもしかしたらお零れに与れるかも…と淡い期待を胸にこの場へとやって来た。
しかしいざ蓋を開けてみれば、申し出ようとするよりも早くガイウスに先手を打たれ、隊長に(文字通り)美味しいところを持っていかれたが為に頓挫。
唯一良い点を挙げるとすれば、美羽の可愛い仕草を拝めた事。
あざといながらも魅力的な彼女の仕草に、思いっ切りハートを射抜かれていた。
故に美羽。
それと近いレベルの紅葉からチヤホヤされるアルフォンスが羨ましく、同時に妬ましくも思う。
怨嗟の炎は留まるところを知らず、後で絶対(彼の妻に)告げ口してやろうと心に決める。
「昨日も食べさせて頂いた時も美味しいと感じましたが…今日はそれ以上ですね。因みに、こちらのクッキーをお作りになられたのは…?」
「勿論マスターだよ♪」
「凛様ですね。」
「昨日のは作り置きで、今食べてるのは今朝焼いたものなんだー♪」
「何でも、前回より良い素材を使用されたとか…。」
サクサクルースへ凛が進化したのに付随し、スキルの性能が向上。
併せて、万物創造だったりアクティベーションで生み出せるものの品質も上昇。
そうとは知らないアルフォンスは成程…と目を見開く。
「その様な貴重な物を私は食べている訳ですか…凛殿はお強いだけでなく、実に多才であらせられる。もしも凛殿が男性ではなく、女性。しかも私が独身だったら嫁に欲しい位ですね。」
「ふふっ、マスターはボク達のなの。だからアルフォンスさんにはあーげないっ♪」
「及ばずながら、私も凛様のお側に控えたく思います…。」
「いやー、流石は凛殿。モテモテですねぇ!あっはっはっは!」
美羽と紅葉に挟まれたアルフォンスは、両手に花状態。
それも超高級なとの但し書きが付きそうな、美少女達がお相手と来た。
彼らのいる空間だけが盛り上がり、(日本で言うところの)まるでキャバクラみたいな雰囲気。
アルフォンスは浮かれに浮かれ、幾ら何でも自由が過ぎるとして流石に上司であるガイウスから叱責が━━━
『………。』
一切なかった。
アルフォンスの振る舞いが振る舞いだった為、呆気に取られた部分も大いにあるが、最早会話に加わらせて欲しい等とはとても言い出せない空気になってしまったからだ。
非常に肩身が狭く、どうにかして脱却したいガイウス達。
一刻でも早く、凛に帰って来て欲しいとひたすら願うばかりだった。
5分後
「失礼致します!」
「ただ今戻りましたー。」
「お、お邪魔するっす…。」
凛達が帰還。
ガイウス達にとっては想望の、首を長く長ーーーくして待った時間でもあった。
対する凛達側。
警備の男性、凛、ワイバーンの女性の順番での入室だ。
男性は元気が良いのは掛け声だけで、その表情は苦いを通り越して無。
反対に凛は笑顔で、彼に手を引かれる形で続く女性はかなりおどおどとした様子だった。
これにガイウス達は誰!?とばかりに面食らい、
「凛様、そちらの方は?」
「マスター、新しいお仲間さん?」
紅葉と美羽は特に気にした様子はなく、不思議がるだけで終わる。
「まあまあ2人共、慌てないで。この子の紹介の前に、向こうで起きた出来事の説明が先だよ。」
美羽の口から出た新しい仲間と言うパワーワードに、凛と紅葉(ついでにワイバーンの女性も)以外の全員が様々な思惑を抱く。
そんな中、凛は彼女達を宥め、ここまでの経緯を説明。
「…と言う訳で、外壁は壊れ、負傷者は出たものの死亡した人は0。街の外で食い止めたので建物等の被害もありません。」
結果的に軽微で済んだ事に、ガイウス達は安堵の息を漏らす。
「それとこの子ですが、こう見えて実はワイバーンでして。故あって、今はこの姿になって貰っています。」
しかし凛が左手で指し示しながらでの女性の紹介に、領主であるガイウスから待ったが。
「待て待て待て待て。死亡者がいないのは勿論ありがたい…が、つまり何だ?ワイバーンが人に変化したとでも?それこそ荒唐無稽な話に他ならない。」
熟達したドラゴンでもあるまいし、と。
全く以て認めようとしない彼は警備の男性の方を向き、
「お前も一緒に行動していたのだろう?間違いがある部分は指摘してくれても良いのだぞ?」
『お前、分かっているだろうな?』と言わんばかりに圧を掛ける。
やはり来たか。
そう思いつつ、男性は微妙な顔のまま口を開く。
「…長が信じられないのは分かります。実際に目の当たりにした私ですら、同じ気持ちなのですから。ですが、これは本当の話なのです。」
「何?」
「凛様は1体だけ、厳密にはそちらの方だけを残し、瞬く間に9体ものワイバーンを討伐。そしてどう言う原理かは分かり兼ねますが、凛様とそちらのワイバーン殿は何やら通じ合った模様。ワイバーン殿は凛様に降伏の意を示され、そのまま街へ向かおうとしたので我々で止めました後、これからどうするかを協議していたところ。突然頭を抱えられ、苦しみ始めました。
しばらくして徐々に姿が小さくなり、最終的にこちらのお姿へと変化。この事は、私だけでなく門番達や街を守っていた冒険者全員が目撃しております。」
「そうか、街の防衛に向かった冒険者達がいたのだった。ならば否が応でも信憑性は増す訳だ…全く、余計な問題ばかり運んでくれたものだ。」
「…!」
説明を受けても尚、思うところがあるのだろう。
ガイウスはギロリと女性を睨め付け、それに当てられた女性がビクッと体を強張らせる。
「とは言え、どうしたものか…。」
かと思えば、途端に難しい表情へ。
眉間に皺を寄せ、顎に右手を当てながら考え込む。
ワイバーン10体が街を襲い、それを凛が未然に防いだ。
言葉にするとただそれだけなのだが、防いだ本人である凛が凄まじい美貌を誇る男性である事。
それらを無傷で成し遂げるだけの力量があり、問題解決に見合うだけの金額が提示出来るか不安。
長く生きたドラゴンならまだしも、見た感じ幼さを残した容姿のワイバーンがどうやって人になったのか等々。
考えるべき要項が一度に押し寄せ、上手く纏まらずにいる。
それを何故か、女性がワイバーンが変化した存在なのが信じられないと捉えた凛。
彼女の方を向き、1つの提案を出す。
「それじゃさ、手を繋いでいない左手だけをワイバーンに戻すって出来る?それが可能なら、少しは信じて貰えると思うんだけど。」
急に振られた。
それも見当違いな発言に、ガイウス達は「何事?」とばかりにキョトン顔。
「う、う~ん…?よく分からないっすけど、やるだけやってみるっす…。」
凛の気遣い(?)のおかげにより、不安が大分払拭された女性。
繋いでいる彼の左手の後に自分の左手をまじまじと見、うんうんと唸る。
やがて、女性に変化が。
目標である左手…ではなく、頭の方がワイバーンへと戻ってしまった。
『…!?』
ポンっと音を立てるのもそうだし、見るからにアンバランスな存在に驚愕するのは必然。
変わり果てた姿の彼女に全員が息を呑み、
「しまったっすー!!」
頭に両手をやる形で当人も愕然としていた。
それから、女性は必死に先程の顔へ変わろうとするも、彼女は人間初心者。
勝手が分からない上、自分ではなく第3者によって充てがわれた様相。
姿見等で自身を確認していないのも重なってか中々思う様にいかず、テンパる一方。
そんな感じで四苦八苦している間も、頭だけがワイバーンで残りは人間と言う、非常に不格好な状態。
更には慌てまくるものだから、仮に無視しろとの指示が下されたとしても恐らく無理。
本人的には至って真面目つもりなのだろうが、端から見れば冗談でしかない。
凛達は酷く残念なものでも見た様な視線を彼女へ向けていた。
1分後。
凛の協力を得て、ようやく目的を成し遂げた女性。
「戻れたっすー!ま、また人間になれなかったら、どうしようかと…ぐすっ…思"っ"だっ"ずぅ…。」
極度の緊張から開放され、気が緩んだのだろう。
その場にへたり込み、ポロポロと涙を溢し始めた。
これに凛、美羽、紅葉がギョッとなり、3人掛かりであやそうとする。
「ちょっとガイウスさん!」
「…!」
しかし中々泣き止んではくれず、突然の美羽の(やや激しめの)呼び出しにガイウスがビクッとなる。
「ガイウスさんもこの子をあやすのを手伝って!」
まさかの指令にガイウスは「わ、私がか?」と探る様にして尋ね、「当たり前でしょ!」と返答。
「元はと言えば、ガイウスさんが睨んだせいで泣き出したんだよ?」
「し、しかしだな…。」
「言い訳は良いから早く!」
「わ、分かった…。」
反論しようにも、美羽は自分よりも遥かに格上。
そんな彼女を怒らせては後が怖いとの判断から、重い足取りで彼女の元へ向かい、女性をあやしに掛かる。
だがガイウスは誰がどう見ても怖いと思える顔立ち。
その彼がぎこちない笑顔で接して来るものだから、反対に怖がられてしまう。
「…ガイウスさん。もう少し愛想良く出来ないの?」
「無茶を言うな!!」
当然の如く、美羽からダメ出しを食らってしまう。
あまりの無茶振りにガイウスが憤慨し、それにより「ぶほぉっ!」と吹き出すのはアルフォンス。
他の者達もツボに入ったのか必死に笑いを堪える…なんて光景に。
良く言えば正義感に溢れ、悪く言えば真面目一辺倒過ぎるあまり中々融通が利かない彼。
その弊害がここに来て顕著に表れ、アルフォンス達から見て余計に面白く思えたのだろう。
5分後
苦労の甲斐あって、どうにか女性を泣き止ませる事に成功。
ただその代償と言うか、微妙な気まずさを室内に漂わせるとの結果に。
「…ガイウスさん。」
「…!な、な、何だ?」
女性を訝しんだ様子で眺めていたせいか、凛の声掛けにガイウスの答えはしどろもどろに。
「こんな形になってしまいましたが、一応は証明出来たと考えて宜しいですか?」
「う、うむ、そうだな。世界広しと言えど、斯様に珍妙な姿をした者は━━━」
恐らくおるまい。
そう答えようとしたところで美羽に睨まれていると察知し、言葉を引っ込める。
「…疑ってすまなかった。」
ガイウスは実際目にしても尚、(彼視点で)ネガティブな性格な女性=ワイバーンが成り立ってはいない…が、それはそれ。
美羽からのプレッシャーも重なり(耐え切れなかったとも)、女性に対して謝罪を行う。
それを見た女性は泣きながらにして凛に困った視線を向け、凛も凛で頭を下げられるのは全くの予想外。
話題を逸らすのも兼ね、ややぎこちない顔で女性の方を見る。
「そ、そう言えばなんだけど。どうして君達は街へ向かっていたのかな?」
「ずずっ…それはっすね、早い話が森から逃げる為だったんすよ。」
水を向けられた女性は鼻を啜り、泣き顔を残したままそう告げるのだった。




