19話
サルーンがある領域は辺境の地。
その影響でなのか、少なくとも週に1~2回。
死滅の森を含む、周辺の魔物から牙を剥かれる。
魔物の強さ自体は、鉄級から魔銀級とバラバラ。
単体のみの例も多く、弱い個体だと10を超える場合もそれなりにあり、反対に強者のみでの構成の場合は同一個体が2~3体と。
強い魔物程下位種族を率いるか、少数で行動する節が見られた。
その中に含まれるのがワイバーン。
彼らはここサルーンに於いて、4体以上の群れを成して現れる事はこれまで1度たりともなかった。
「何!?ワイバーンの群れだと!?それは確かなのか!?」
上記を理由に、ガイウスは凛が語った内容に真実味が増したと理解。
もとい、否が応でも理解させられたと言うべきか。
驚きを隠そうとせず、感情の赴くままに声を荒げる。
「はい!私も目を疑いましたが、こちらに10体程飛んで来る様子が確認出来ました!間違いありません!」
「ぐ…数体だけならまだ何とか出来たものを…。」
ガイウスは元上級冒険者。
ワイバーンとの交戦自体は何度かあるも、2桁もの数は流石になく今回が初めて。
とても手が足りないとして歯を食い縛り、相当悔しそうに下を向く。
ワイバーンそのもののクラスは金級だが、群れる事で魔銀級。
今回のケースだと、黒鉄級近くにまで危険度が跳ね上がる可能性すらある。
空を飛ぶ彼らの、高い位置から放たれるブレスにより被害が拡大しやすいからだ。
また戦況が悪くなったと見るや逃げ出し、馬をも軽く凌ぐ速度で即時離脱するだけの知恵もある。
弱い攻撃や魔法なら物ともしない強固な鱗や皮を身に纏い、安全圏から一方的に攻撃。
亜竜だドラゴン擬きだと蔑まれてはいるが、それでも紛う事なき最強種。
畏怖と力の象徴であるのに変わりはなく、人々に恐れ戦かれている。
対するサルーンの戦力。
ワイバーンクラスとまともにやりあえる存在は3名で、1人はガイウス。
1人は昔同じパーティーだった仲間兼魔銀級冒険者であるギルドマスターで、最後は金級冒険者。
ただいずれもが接近戦を得意とし、空中にいる魔物は苦手。
加えて、ガイウスはサルーンの領主。
鍛錬こそ続けてはいるものの、既に一線を引き、執務作業に追われる身だ。
なので並の魔物ならまだしも。
こうも相性が悪い相手だと、肉体的にも精神的にも後れを取るであろう感は否めない。
無事に倒し切れば良いが、向こうは大空を自在に飛び回れる存在。
守りながらでの戦いを余儀なくされ、負ける可能性はこちら側が圧倒的に上。
住民や建物に被害が及ぶとの懸念から、最悪街を放棄せねばならない…等。
段々と考えがネガティブな方へと向かい、それに応じて悔しさも募らせていく。
「長。悔しいのは重々承知ですが、すぐ近くにまでワイバーン達が迫っており、大変危険です!早急にここから避難を!」
伝令役の男性が告げる。
不甲斐なさを抱いているのは彼も同じで、ついガイウスに感情移入しそうになる。
しかし自分は街の警備。
人々の安全、延いては領主であるガイウスの身を守る立場にある。
それがストッパーとなり、踏み止まる彼。
又、少しでも早くこの場所を脱し、危険から遠ざけて差し上げねばとの想いから、ガイウスを諌めたとも。
「だがここは私の街、しかも代表たる身だ。その私が住人よりも先に逃げる訳にいかんだろう。」
「ですが!」
ガイウスと男性による言い合いは尚も続き、逼迫した空気が室内を包む。
「あのー…。」
そんな中届けられた、やや申し訳なさげな声。
2人の動き(+喧騒)がピタリと止まり、彼らを加えた全員が声の主である凛に注目。
「宜しければですが、僕がワイバーン退治に向かいましょうか?」
ただ、その内容は(普通だと)常軌を逸したもの。
当然だ、あまりにも戦いとは無関係そうな華奢な体躯の者が。
それも自ら死地に向かうと述べたのだから。
あまりにもぶっ飛んだセリフに、ガイウスと男性の2人が「は?」「え?」と間の抜けた返しとなり、再度停止。
ついでに、アルフォンス達警備やメイド達から、聞き間違いかしら?と疑問符を浮かべた顔も頂戴していた。
「10体は少し多いかも知れませんが、それでもフォレストドラゴンや黒い甲羅を持った亀の魔物2体を同時に相手取るのと比べると…。」
「あ、ああ…そうだった。凛殿はフォレストドラゴンを…ん?黒い甲羅を持つ亀…だと?つかぬ事を聞くが凛殿。」
「はい、何でしょう?」
「その亀の魔物なる者の甲羅だが、並外れて硬かったのではないか?」
「そうですね。おかげで自前の武器が壊れてしまいました。」
「やはりか。となると、それはアダマンタートルだな。私は見た事がないが、甲羅はアダマンタイトと呼ばれる硬質な金属で出来ていると聞く。」
「アダマンタイト…。」
「アダマンタイトは別名黒鉄。即ち黒鉄級の指標とも…!そうか、凛殿はアダマンタートルも含めた戦闘に打ち勝ったと言う訳だ。しかしアダマンタートルは黒鉄級、膝丈前後の大きさだ。フォレストドラゴンとやらがどの程度かは分からぬが、ドラゴンには相違ない。その力強さから、真っ先に潰されそうなものだが…。」
「え、そんなに小さいんですか?僕が見たのは2メートル位はありましたけど…。」
「はぁ!?2メートル!?」
と言った感じで。
微苦笑の凛にガイウスが相槌を打ち、かと思えば何やら1人で騒ぎ出す始末。
アルフォンス達は「違う、そうじゃない」的な表情を凛に向けるも、残念ながらまるで気付いては貰えなかった。
「あ、はい。そう言えば伝えていませんでしたね。その3体が戦っているところにたまたま遭遇し、両方から襲われたので倒しました…残念ながら、そのアダマンタートルは手元にありませんけどね。」
この言葉を受け、3度ガイウスの動きが固まる。
黒鉄ことアダマンタイトは硬い、とても硬い。
(通常時に於ける)フォレストドラゴンの強靭な体や鱗を物ともせず、物理・魔法関係なくただひたすら耐え切る事に重きを置いた金属と言っても良い位には。
ガイウスが話す膝丈の大きさですら、昇格試験に挑んだ冒険者が苦労の末に倒すのがやっと。
ランク詐欺だと突っ込まれ、見直した方が良いのではとの意見がいくつもある存在。
それがアダマンタートル。
凛が対峙した体躯の場合、余裕で黒鉄級の枠組みから除外。
むしろ、神輝金級相当だと揶揄されても不思議に思わない位だ。
故に衝撃も相当なものとなり、凛から「ガイウスさん?」と声を掛けられ、初めて我に返る。
「ふ、ふふ、ふふふふ…。」
「「「?」」」
突然笑い出すガイウスを前に、凛サイドは揃って首を斜めへ。
彼の部下達は、話があまりにも荒唐無稽過ぎた。
若しくは心労が祟ったせいでついに壊れた?等と失礼な事を考える余裕っぷり。
もしこの場に第3者がいた場合、良いから早く行動に移せよと白い目を向けられる事間違いなしであろう光景だ。
「そうか、そうかそうか。フォレストドラゴンだけでなく、斯様な大きさのアダマンタートルまで倒した、か…ならばワイバーン程度、どれだけ束になろうが一切脅威足り得ぬな。」
「はい。僕も何回か死滅の森でワイバーンを倒した経験がありますし、1人でも特に問題ないかと。」
「相分かった。であればワイバーンの件、凛殿に一任するとしよう。」
ガイウスが鷹揚に頷く。
すっかり余裕を取り戻した彼に凛は「ありがとうございます」とお礼を述べ、続けて報告に来た男性の元へ。
「…と、言う訳でして。すみませんが、ワイバーン達がいるところまで案内をお願い出来ますか?」
凛の上目遣いでのお願いに、男性はノックアウト寸前。
顔を熟れたトマトみたく真っ赤にし、何でも応えたくなる衝動へ駆られそうになる。
「は…はっ、はい!では、私に付いて来て下さい!」
それでも職務を全うする姿勢は、正に仕事人の鑑。
即座に頭を振って(気持ち回数が多い感じがしなくもないが)冷静さを取り戻し、赤みを残しつつも急いで部屋を出る。
そんな彼へ倣い、凛も早足に。
「あ、なるべく早く戻る予定ではありますが、どれ位掛かるか分かりません。それまでそちらのクッキーを摘まむ等してお待ち頂けると助かります。それでは!」
直後、首から上だけ戻す凛。
言いたい事だけを伝え、今度こそいなくなった。
「マスター、行ってらっしゃーい♪」
「凛様、お気を付けて。」
美羽が笑顔で手を振り、スッと頭を下げる紅葉に見送られながら。
しかし楽観視しているのは彼女達のみ。
頼んだ側であるガイウスですら「ああは言ったが、本当に大丈夫か…?」と一抹の不安を覚え、アルフォンス達は複雑な面持ちで押し黙るだけだった。
その様な状況になっているとは露知らず。
屋敷を出て以降、最も通りやすい街の大通りを利用しようとする2人。
しかしそこは大勢の人でごった返し、とても通れそうにない雰囲気。
恐らく、ワイバーンが襲来したとの情報が街全体に伝わったのだろう。
凛や美羽達とっては簡単でも、ドラゴンである事に変わりはない。
生まれながらにして強者と認識され、最低でも(現在では)一流冒険者が挑むとされる金級。
それが群れで来た為、パニックに陥ってしまったに違いない。
立ち往生を余儀なくされた凛達は困り顔に。
そこからなるべく人通りの少ない道を選んで進むとなり、2人は可能な限り急いで街の南側へ。
やがて凛達は目的地に到着。
南門を抜け、外に出たタイミングで1人の男性が吹き飛ばされ、近くの外壁に激突。
衝撃で気絶状態に陥ったらしく、その後微動だにしなくなった。
傍にいた門番から話を聞くに、今正に飛ばされた男性こそがこの場での最大戦力。
つまりはガイウス、冒険者ギルドマスターに次ぐ実力である金級冒険者らしい。
もう1人の門番に警備、更に冒険者十数名掛かりでワイバーン達を相手取った結果なのだそう。
そうこうしている間に、上空にいるワイバーンの内の1体が口からブレスを放射。
地面への着弾から発生した衝撃により何人かが吹き飛ばされ、ダメージを負うか転がされる羽目に。
凛はそんな人達を眺めつつ、辺りを観察してみる。
剣や槍等の近接武器を持った者がほとんどで、弓や魔法を使う者は少なく、比率で見ると5:1位の割合。
ただこれはあくまで前衛と後衛で分けた場合。
魔法だけに絞るとなると、その倍から3倍にまで広がるのではと予想。
「それじゃ僕は行って来ます。お兄さんは、ここをお願いしますね。」
一通り見終えた凛がふわりと浮上。
「え…?行って来るとはどう…。」
案内役こと、警備の男性の返事を聞かずして地上から離れていき、その後真っ直ぐワイバーンの群れへ。
「って飛んで行ったー!?」
『…!?』
まさか言葉通り、空を飛んで向かう等と誰が思うだろうか。
それを体現するが如く、警備の男性は目をこれでもかと見開き、その場にいる全員も大層驚いた様子で凛を注視する。
高度を上げつつ、凛は改めてワイバーン達を確認。
水色っぽい鱗に体皮。
首がそこそこ長く、腕…或いは前脚と呼べる部分と翼が1つになった、所謂西洋タイプのドラゴンの様だった。
凛がある程度距離を縮めると、ワイバーン達が一斉にブレスを発射。
空は自分達のテリトリー。
小さき存在風情が生意気な、との表れなのかも知れない。
それらを凛は(空中にいながらにして)軽々と躱し、やがて彼らと対峙。
尚も余裕を見せる彼の態度が気に入らないワイバーン達が、グルルルル…と唸り声を上げる。
そんな相手方の心境を知ってか知らずか、左手を明後日の方角へ勢い良く突き出す凛。
その先…無限収納から玄冬を取り出し、右手を添え、低い体勢━━━所謂、居合いの構えへと移行。
「…君達には悪いけど、このまま街へ向かわせる訳には行かない。おとなしく森に帰━━━」
言い終えるよりも早く、最も近くにいたワイバーンの答えがブレスだった。
凛は避けるどころか動く素振りすら見せず、地上からどよめきが起きる。
ブレスは急速に距離を詰め、あわや大惨事…になるかと思いきや。
慌てる事なく抜き放った武器により、(霧散させる形で)ブレスを無効化。
実は抜刀する際、玄冬に魔力を纏わせていたのだが…込めた時間は極わずか、直撃の瞬間だけ。
一見するとただ武器をぶつけただけでブレスが掻き消えた風にしか感じられず、この場にいた全員が息を呑む。
ワイバーン達もそれは同じで、目を奪われている内に肉薄。
気付けば直接触れられる位置に彼はおり、繰り出された袈裟斬りで1体が真っ二つに。
「グギャアアアアアア!!」
斬られたワイバーンは断末魔と共に、地面へと落ちて行く。
「よし…あっ!」
凛は落下するワイバーンから群れに視線を戻すと、その内の4体が移動を開始したところだった。
仲間が簡単にやられた腹いせか。
将又せめて一矢報いる目的での玉砕覚悟か。
ともあれやる気になったのは確かで、ワイバーン達は半分近い戦力で以て。
しかも、無理を押してでも街へ向かうとの選択肢を選んだ模様。
凛の手前でワイバーン達は2体ずつに分かれ、左右を通過。
それを察知した凛が後ろを向き、自身の近くに6本のウインドアローを顕現。
その表情は気負う…どころか伏し目がちなのは勘違いではなかった。
理由はドラゴン。
ドラゴンと言えばファンタジー定番の種族で、凛にとっては憧れの1つ。
出来れば乗りたいし、ペットまでいかないにしても意思疎通位は図ってみたい。
しかし前回に引き続き、今回も見送る形となったのが(彼の中で)非常に残念でならないのだろう。
「…仕方ない。僕は右の方へ向かうから、ナビは左側をお願い。」
《畏まりました。》
気持ちを切り替えた凛が顔を上げる。
ウインドアローの操作をナビに任せ、再び居合いの構えへ。
そして右足裏部分に天歩での足場を作り、猛烈な勢いで跳躍。
「はぁっ!」
別れた2体の内。
右側にいた個体の頭上を高速で通り抜けるのと同時、凛は両翼を切断。
ワイバーンにとって、翼は飛行手段兼、魔力を調整する為のバランサー。
両翼を失ったワイバーンは飛行継続が困難となり、「ギェェェェェ…」と後ろ足をバタつかせながら落ちて行く。
凛はそんなワイバーンに一瞥もくれず、空中で急ブレーキ。
「…ふっ!」
即座に軌道修正を行い、残されたもう1体。
一転して逃げようとするワイバーンへ迫り、長く伸びた首を素早く斬り落としてから武器を収める。
「こっちは終わり、と。ナビが2体倒してくれているはずだから、残りは5た…い……?」
群れの方へ意識を移す凛。
すぐにでも追撃出来るよう、右手を前に掲げるも…残っているワイバーンは何故か1体のみ。
5体ではなく、単体にまでその数を減らしていた。
「「………。」」
凛は事情が飲み込めない。
最後に残ったワイバーンは降参とばかりに涙目を浮かべるとの意味で、互いに見詰め合う形に。
「えっと…ナビ。残りのワイバーンって…あの1体だけ?」
凛が気まずそうに告げる。
目の前にいるワイバーンは来た時から最後尾におり、羽ばたく以外の動作は見せなかった。
そんな彼(彼女?)に敵意は一切感じられず、このままやっつけるのは気が咎めるとの考えが生まれたのかも知れない。
《はい。ワイバーン2体相手に対し、ウインドアロー6本は過剰だと判断。ですので私の方でウインドアローを操作し、1本で1体。又は1本で2体のワイバーンの撃墜致しました。》
「ウインドアロー1本で2体…?」
ナビの言う通り、1つの攻撃で2つの結果が得られるのであれば、確かに余りが生じる。
そう考えた凛は目を凝らし、降参の意を示すワイバーンをじーーー…っと凝視。
するとワイバーンより少しだけ左斜め上。
及び右斜め上の座標に、ウインドアローが1本ずつ浮いているのを確認。
「あっ!良く見たら近くに(ウインドアローが)2本ある!」
《はい。あちらの1体は、元々敵意を感じておりませんでしたが、現在は完全に消失。他の個体は全て絶命したのを目の当たりにした事で、畏縮したのではないかと考えられます。》
ナビは凛へ説明すると同時に、自らが操作したウインドアローがワイバーン達の眉間。
或いは首を貫通し、隣にいた個体までも巻き添えにして撃墜する場面の映像を転送。
彼をして「うわぁ…」と引き攣らせた。
《余ったウインドアローを牽制に使用させて頂き、いつでも操作は可能です。マスター、如何なさいますか?》
「(飛んでる相手の眉間に全弾命中させるとか、どこのヒットマンですかね。)…えっと、それじゃあ折角だし、このワイバーンと意思疎通━━━」
《既に済んでおり、『降伏するから、命までは取らないで欲しい』との事です。》
「そうなんだ…。(僕が尋ねる前にワイバーンとやり取りをして貰えたのはありがたいんだけど、せめて最後まで言わせて欲しかったな…。)」
ナビに話を遮られた凛は、ややげんなり気味。
それでも、折角得られた機会。
表情を引き締め、ワイバーンとの対話を試みる。
「…僕の言葉が分かる?」
『ひっ!?分かるっす!だからこの通りっす、命だけは助けて欲しいっすー!!』
「おぉ、伝わった!」
何故三下口調なのかは置いておくとして。
声の高さから鑑みるに、生き残ったワイバーンは恐らく雌。
そして対話スキル越しとは言え、まさか自分とコンタクトを取れると思わなかったのだろう。
恐怖のあまりポロポロと涙を流し、更に悲壮感を漂わせた。
「色々とごめんね?でもこちらの都合上、君達をこのまま放置する訳にはいかなかったんだ。」
凛は変わった喋り方するなと思いつつ、尚もコミュニケーションを図る。
『気持ちは分かるっす。出来れば自分も来たくなかったっすから…。』
「そうなんだ?取り敢えず、僕は君の仲間達を回収しに行って来るよ。いつまでも放置と言う訳にはいかないからね。だから悪いんだけど、君は下で待ってて貰える?あ、移動はゆっくりで構わないから。」
『了解っす。自分、言われた通りにするっす!』
どこで覚えたのか、それまでひたすら羽ばたくばかりだったワイバーンが敬礼の構えへと移行。
その体勢のまま、静かに下降し始めた。
一気にではなく静かにと言う辺り、彼女は意外にも魔力の扱いに長けているのかも知れない。
そんな彼女を、器用な動きをするなぁ、とか。
やたら人間くさいけど、実は他のワイバーンも似たような感じだったんだろうか?的な表情で凛は眺める。
(そう言えば、こっちに来たワイバーンは10体だけだったけど…家の方は大丈夫かな?)
続けて、彼はふと思い出した様子で屋敷がある方角を見やる。
その頃、凛の屋敷はと言うと
こちらの方でもワイバーン達との戦端が開かれ、現在進行系で奮闘中。
その数なんと50。
残された者総動員で襲撃者に当たる真っ最中でもあった。
「おらぁっ!」
「グァァァァ…。」
屋敷の上空にて。
火燐が大剣を振るい、ワイバーン1体を斬り伏せる。
既に全体の4割程のワイバーンが絶命。
地面のあちこちに彼らの遺体が転がり、近くに居合わせた見物人達は疾うに逃げ果せているとの状況だ。
「ちっ。こいつら雑魚の癖に数だけは多いぜ…。」
大剣を肩に乗せた火燐が、ややうんざり気味でボヤく。
ルージュは実に素晴らしく、その性能を如何なく発揮。
それを黒鉄級上位の彼女が振るい、ワイバーン達をまるで紙屑みたく屠り続けている。
「とは言え、うろちょろされるのも面倒だし…やるしかねぇか。次っ!」
しかし不満を漏らしたところで、何も解決しないのは明白。
すぐに気を取り直した彼女は、別なワイバーンに狙いを定める。
そんな火燐からそう離れていない…むしろ割と近くにエルマとイルマの姿はあった。
火燐とは対照的に、結構ギリギリの戦いを強いられているのが微妙に悲しい。
「うひゃあ!」
多少の差はあれど、エルマ達とワイバーンはどちらも金級の強さだからだ。
ワイバーンによる噛み付き攻撃を、エルマがあわわわ…!とのセリフの後に慌てて回避。
両翼を広げたワイバーンは、大凡2トントラック位の大きさ。
それだけの質量のものが横向きの状態で。
しかも結構な速度で突っ込んで来るものだから、エルマが驚くのも仕方ないと言えよう。
すると今度は、別方向にいるワイバーン2体が、空中でわたわたするエルマに向けブレスを射出。
エルマは必死の表情でブレスを盾で防ぎ、若しくは避ける形でやり過ごす。
「あっぶなっ!?あたし達、火燐ちゃん達みたいに強くないんだよ!?1体だけでも一苦労なんだよ!?もっと手加減してよ!?」
「エルマちゃん…私達、もっと強くならなきゃだね。」
軽くキレかけたエルマをイルマが苦笑いで宥め、サポートに入る。
場所は変わり、火燐達より随分と高度が低い、屋敷から5メートル程真上の位置。
そこで雫と翡翠が背中合わせでワイバーン達を迎撃しまくっていた。
「ぐぬぬ…翡翠め、その弓で複数の矢を同時に射るとかずるい。」
有利どころか一方的に見える光景。
ただ、雫的に何やら思うところがあるらしく、悔しそうな顔で下唇を噛み、同時にいくつもの魔法を行使するとの器用っぷりをやってのけた。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょー!数が多いんだから仕方ないじゃない!ってか、雫ちゃんだって杖で複数の魔法を同時に飛ばしてるしー!」
翡翠は2~4本のウインドアローを掴んでは放ち、その内の半分でワイバーン弱らせ、もう半分で止めを刺すみたいな割合で撃墜。
それに対し、雫は初級のアイスニードルに加え、氷系中級魔法の1つ。
電柱を3分割にした位の大きさで、槍みたく先端を尖らせた『アイシクルスピア』。
同じく中級魔法の1つ。
属性を水に変え、一般的なレコード盤の様な形で高速回転により相手を切断する『アクアエッジ』を並行。
或いは多重展開し、単体だけでなくまとめて倒したりしていた。
つまり、ちまちま攻めるしかない翡翠に対し、雫は多方向を一斉に攻撃。
挙げ句ワイバーンの弱点属性を突けるのだから、不満を漏らすのはお門違い。
「さて、何の事か私には分からない…。」
すぐに自分側が不味いと踏んだ雫が適当なセリフで誤魔化し、
「雫ちゃん…実は意外と余裕?」
呆れ顔での翡翠のツッコミも加わって、微妙な空気だけが流れた。
と言うのも、2人共戦闘が始まってから立て続けに攻撃してはいるが、あまり疲れらしい疲れを感じていないからだ。
ナビによる超効率化は勿論。
凛が昨日渡した、(簡単ではあるが)魔力消費や魔力自動回復、体力自動回復の効果が付与された装備品によるものが大きい。
「…楓ちゃんにいつまでも障壁を張らせるのも悪いし、一気に終わらせるよ。」
違和感を覚えたのは自分だけではない。
そう判断した翡翠が勝負に出━━━
「ん。」
少し遅れて雫も参戦。
更に、持ち場を片付け終えた火燐も加わり、殲滅行動へ。
ワイバーン達は瞬く間に駆逐され、その光景をエルマ達が若干物悲しそうに。
それでいて悔しさを含ませた瞳で見続けた。
4人目の主力こと楓。
屋敷の前に立つ彼女は、敷地全体を覆う形で魔力障壁を展開。
残ったメンバーの中で、それも凛に次いで防御に秀でる彼女が守りを一手に引き受け、火燐達が攻撃に専念出来る環境を用意する為でもある。
しかし彼女も翡翠達と同様。
凛から賜った新装備に身を包み、ナビの恩恵まで施されているとの状況だ。
故に、結構な魔力を込めて障壁を維持しているのにも関わらず、ほとんど疲れを感じていなかったりする。
「私、(魔力障壁で屋敷を)守るだけで終わりそうですね…何だか皆さんに悪い気がします…。」
自分は攻撃に参加せず、ただ得意な事を行っているだけ。
申し訳なさから、胸の前の位置で掲げる杖の手に力が籠もる。
「俺達は皆様と違い、(飛ぶ事が出来ない為に戦闘の)出番がほとんどない。だからこそ楓様をお守りするのがせめてもの役目。皆、分かっているな?」
最後に暁達。
楓の周りに布陣する彼らは、もしワイバーン達が抜けてもすぐに動ける構えでいる。
「皆さん、ありがとうございます…。」
こくこくと頷く旭達に、優しく微笑んだ楓がお礼を述べるのだった。




