17話
「皆、怪我とかしてない?大丈夫?」
そう気遣う凛の言葉は、間違いなく本心から来るもの。
「ボクは大丈夫だよー!」
「あたしもー!」
「全然余裕。」
「私もです…。」
「オレは一瞬ヒヤッとしちまった部分はあったが、楓のサポートのおかげで無傷だ。」
その優しさが嬉しいのだろう。
美羽と翡翠は笑顔で。
雫はお澄まし、楓は穏やかな笑みを浮かべ、火燐はニヤリと笑いながらでの答えとなった。
「そうなんだ。雫、楓、2人共グッジョブだね!」
彼女らの反応を受け、上にいる立場として褒めるべきだと凛は判断。
親指を立てた右手を、前へ突き出す。
「ぐっじょぶ…?」
「よくやったねとか、頑張ったって意味の言葉だよ。」
「ほう。」
「雫はアイシクルレインでオーク達の数を減らしてくれたし、楓は火燐をサポート。だから称賛を込めてグッジョブ…って言わせて貰ったんだ。」
「成程。」
初めて聞く言葉に雫はこてんと首を傾げたものの、凛の説明に得心がいったのだろう。
小さい動きながらもこくこくと何度も頷いていた。
「いえ、私の役目は皆さんのサポートをする事ですから…。」
もう1人の立役者である楓。
急に褒められたとの影響で、恥ずかしくなったらしい。
気持ち赤くなりつつ、少し困った様子で俯いていた。
「さて、僕と美羽は…こんな感じでオーク達を集めていくね。」
凛はすぐ近くにあったオークキングの死体に触れ、無限収納へ収納。
『…!』
「回収が終わったらすぐに僕達も向かうからさ、皆は先にエルマさん達の所へ向かっててくれる?」
オークキング程の巨体が一瞬で消え、火燐達の目が点に。
だが凛はそんな彼女らを一切顧みず、美羽以外の4人。
主に火燐の方を向いて指示を出す。
「…どんな理屈で、しかもオークキングがどこへ送られたのかは分からねぇが…確かに全員で運ぶよりも効率が良い、みてぇだな。雫、翡翠、楓。凛の邪魔しちゃわりぃし、オレらだけでエルマ達んトコ行ってようぜ。」
そう漏らした火燐の表情は、情けないや腹立たしい等が入り混じった複雑なもの。
ただそれを凛に悟らせまいと後ろを振り返り、雫達も火燐の心境が分かるからか物憂げな容貌に。
凛は凛で、オーク回収を早く終わらせなきゃとの考えから「うん、お願い。なるべく急いで終わらせるからねー」と告げ、別なオークの元へ走り出す始末。
後には、何とも言えない空気だけが残された。
火燐は里香やイフリートから、出来るだけ凛の手助けをするよう頼まれており、それは雫達も同じ事が当て嵌まる。
しかし地上に降りて早々、自分達では解決出来ない場面に直面。
全員で行動を開始して1時間弱。
厳密には30分位しか経っていないにも関わらず、もう凛の手を煩わせる結果となった。
凛は姉で、創造神でもある里香直々にリルアースの管理を任された存在。
言わば神の使徒。
半人半神である点を考慮すれば、未来の現人神と取れるかも知れない。
自分達はそんな凛の直属の部下。
彼は仲間だと宣ってくれたものの、非常に栄誉あるポジションへ就かせて貰ったのに変わりはない。
凛の為。
延いては世界の為に頑張ろうと思った矢先に躓き、その事が従者としても。
そしてこれから一緒に行動する仲間としても申し訳なく思えたのだろう。
歩き始めたかと思えばすぐに立ち止まり、両拳を握り締め、小刻みに体を震わせる。
それは悔しさでいっぱいの表れ。
雫、翡翠、楓の3人も、少なからず思うところがあるのか揃って沈痛な面持ちに。
「…火燐ちゃん、大丈夫だよ。」
そんな暗い雰囲気を壊したのは美羽。
小声ながら、彼女は出来るだけ優しい声色で火燐に話し掛け、一瞬だけ驚かれた後に「…美羽か」と返される。
「エルマさん達を助けるって決まった時から、マスターよりも多くのオークを回収するつもりでいたんだ。」
「…そうか。」
「火燐ちゃん達がマスターのお役に立ちたい想いなのはすぐに分かったし、ボクも同じ気持ちだから…。」
「美羽…そっか。そうだよな。オレ達の中で最も傍で見ていたのは、他でもないお前だもんな。だったらより強く思うのは当然、なのにオレは…。」
「マスターがああやってオークを仕舞えるのは無限収納って言って、使うにはナビ様の協力が必要なんだ。だから火燐ちゃん達にも出来ないか、後でナビ様に頼んでみるよ。」
「すまねぇ。が、オレらとしてはそうして貰えると助かる。」
「分かった、任せて。」
美羽は凛の特別な眷属であると同時に、彼女にとっても主は特別な存在。
そしてこれまで散々不甲斐ない思いをして来たとの過去から、火燐達にシンパシーを感じていた。
火燐との小声での話し合いの最後、ウインクする形で締める。
「…?美羽ー?どうかしたー?」
そうこうしている内に、凛は美羽がまだ来ていない事に気が付いたのだろう。
オーク回収の手を止めて周辺を見回し、何故か火燐達と一緒にいる美羽へと声を掛ける。
「ごめんなさーい!すぐ行きまーーす!それじゃ、ボクも行ってくるね。」
返事を返した彼女は火燐の方を向き、左手をぶんぶんと振りながらその場を去って行った。
「…火燐、嬉しそう。何か良い話でもあった?」
続けてやって来たのは雫。
彼女は自然と口角が上がった火燐が気になり、声を掛けた次第だ。
「あいつも…オレ達と同じだった。」
「?」
「いや、どうやら美羽も今のオレ達みたいな経験を何度かしている、ってのが分かったんだよ。それとオークの回収…無限収納とか言ったか?が俺達にも出来るかどうか、後で聞いてみるってさ。」
「そう…。」
雫は返しこそ素っ気ないものだったが、表情自体は穏やかなもの。
また、美羽の行いに胸を打たれ、火燐や雫の中で彼女の評価がグーンと急上昇した瞬間でもある。
「んじゃま、いつまでもここで立ち話ってのもなんだし、ひとまず向かうとしますかね。」
先程よりも数段弾んだ火燐の言葉に、首肯で応える雫達。
以降は談笑を挟み、エルマ達の元へ向かう事となった。
火燐達が戻ると、エルマは木を背にすよすよとお休み中。
相方であるイルマの頭を自身の膝に乗せ、左手を左肩、右手を頭の上に乗せている状態だった。
「すぅ…すぅ…。」
「エルマ…は寝てるか。イルマを庇いながら戦ってたんだ、そりゃ疲れもするわな。」
「ふふっ。」
「そうだね。」
「お2人共、無事に済んで良かったです…。」
「だな。取り敢えず…オレ達も凛達が来るまで待ってようぜ。」
「ん。」
「そうだね。」
「そうしましょうか…。」
そんな安心した様子の2人に火燐達の表情は和らいでいき、苦笑いや優しげ。
軽い微笑だったり笑顔で彼女達を眺める。
続けて、徐に地面へと腰掛ける火燐。
彼女に倣い、雫達も近くに座り込む。
そこから始まるは、自己紹介と言う名の話し合い。
何故なら火燐達4人は、凛と合流する少し前に初めて顔を合わせたばかり。
つまり知り合って間もなく、ほぼ相手の事を知らないからだ。
美羽より後に生まれ、イフリートを始めとする大精霊達と1対1で訓練。
凛と美羽がマクスウェルと最終試験中に里香が迎えに訪れ、ようやく面識を持った次第だ。
生まれた意味や志こそ同じだが、互いの趣味趣向に関する情報は皆無。
故にここぞとばかりに喋り、最初は小声だったのが、話が進むにつれ次第に声が大きくなっていった。(主に火燐や翡翠が)
「ん…?あれ…ここは?」
それにより目が覚めたのは、エルマ…ではなくイルマ。
軽く頭を浮かせた彼女の、エルマより少し大人しめ、且つちょっとだけ低い声に火燐達は会話を中断。
「あ、わりぃ。起こしちまったか?」と告げる火燐を皮切りに、雫達もイルマがいる方向に水を向ける。
尤も、火燐達は凛や美羽の影響でそこまでないと思っているみたいだが、彼女らも相当な美女・美少女。
そんな見目麗しい者達から一斉に視線を浴びたイルマは、「いえ…」とたじろぐしかなかった。
「えぇっと、貴方達は?」
「オレは火燐。んで、こっちが雫に翡翠、楓だ。」
「私は…。」
「知ってる、イルマだろ?…何で分かるの?って顔してんな。答えは簡単だ、オレ達は助けに来たんだよ。オークに襲われてるってな。その間、エルマが頑張ってくれたみてぇだ。」
「そうだった!!エル━━━」
火燐の口から友人の名が零れた事で一気に覚醒。
イルマの目に活力が宿る。
ついでに体の方にも力が入り、勢い良く起き上がった弾みでイルマの右側頭部。
それとエルマの顎が激しく衝突。
ゴチンッとの音と共にイルマは悶絶。
ついでに、強烈な目覚ましを喰らったエルマも痛みに苦しむ羽目に。
「うーわ、痛そうな音…。」
「ん…。」
「あらら…。」
「だ、大丈夫です、か…?」
それを目の当たりにした火燐達は困らざるを得ず、再び楓の回復魔法のお世話に。
「エ、エルマちゃんゴメンっ!その…大丈夫?」
「凄く痛い…けど、イルマちゃんが何事もなくて良かったよ。」
「うん、ごめんね。こんなボロボロになるまで戦わせちゃって…。」
回復を終えた2人は向かい合う形で正座。
互いに軽く涙を浮かべ、無事を喜び合った。
「そんなエルマに追撃を行う…イルマめ、やりおる。」
「…雫、ここは無事に再会出来て喜ぶ場面なんだ。大人しく黙ってようぜ。」
「あい。」
しかし、先程のやり取りはシリアスを通り越し、ギャグに近いまである。
雫からは茶々を入れられ、火燐に宥められるとの声が聞こえた2人は居た堪れなくなり、「あはは…」と困惑。
「んんっ。あたしは大丈夫!それよりも、イルマちゃんに後遺症がないかが心配だよ。頭に石をぶつけられて血は出るし、そのまま気を失って木から落ちちゃうしって感じだったから…。」
「そうだったんだ…頭に何か硬いものをぶつけられたとの覚えしか━━━」
「皆ーー!お待たせーーー!」
エルマが半ば無理矢理話を進めようとし、イルマが考える素振りを見せた直後。
美羽を伴った凛による、元気の良い声が届けられた。
これに驚いたのはイルマだ。
気絶していた為に経緯を何も知らなかったのもあるが、凛の人間離れした容貌にえっ!?と目を見開き、口元に両手を添える。
「…ちょ、ちょっとエルマちゃん!知らない子が手を振りながらこっちへ向かって来てるんだけど!?しかもすっっっごく可愛いの!!」
「あー、うん。実はあたしも、助けて貰った時にそう思ってたんだよねー…。」
かと思えば慌ててエルマの手を引っ張り、ヒソヒソ話を開始。
2人のコミュニケーションは凛が到着しても終わらず、不思議がる彼とは別に、美羽は笑顔でVサイン。
それを見た火燐達は安堵し、抱いた懸念はひとまず解消されたと判断。
再びイルマ達を見やる。
その後、エルマがイルマを落ち着かせ、互いに自己紹介を行った。
「「改めまして皆さん。助けて頂き、ありがとうございました。」」
並び立った2人はアイコンタクトの後に声を揃え、凛達へ深くお辞儀。
2人は天使と悪魔。
身長はどちらも155センチ、髪色はそれに見合う白と黒。
エルマの方が若干つり目&声が高く、イルマが少したれ目&声が低い。
髪型は左右違う方向へ分けたサイドテール…位の差異。
違いを述べるとすれば以上で、ほぼ鏡に映しただけの同一人物の様にも感じられる。
「こちらも無事に助ける事が出来て良かった。それにしても…2人共よく似てるよね。双子って言われても全く違和感がない位に。」
凛の言葉に同意とばかりに美羽達が頷き、褒められたと捉えたエルマとイルマは手を取り合って喜ぶ。
「そうなんですよ!けど、あたしは天使でイルマちゃんは悪魔。」
「残念ながら、種族としての仲は物凄く悪いです…。」
「あ、やっぱり?2人を見てると、もしかしたらって思ったんだけど…違うんだ。」
「はい…ですが、大昔には協力していた時期もあったそうですよ?」
「そうなんだ?(前に、お姉ちゃんが言ってた戦いの事かな?)」
「ただ、しばらくして落ち着いてからは、互いの集落へ攻め入る様になったらしいです。」
「…物騒な話だね。」
「はい。その結果と言いますか、協力していた時に溜まった鬱憤を晴らすのも兼ね、どちらも盛大に高威力の魔法をぶつけ合い、双方に甚大な被害が出たと聞いてます。」
「えぇ…?」
「このままではどちらかが滅び、もう片方も種の存続が危ぶまれるとの意見から、代表同士による停戦協定が結ばれたのだとか。それからは毎年10人ずつ選び、試合形式で競い合うと言うやり方に変えたそうです…それでも、普通に死人は出るみたいですが。」
「毎年亡くなる方が出てるなら、停戦協定を結んでる意味が…。」
「それだけ、お互いを嫌っているとの表れなのかも知れません。でもそのおかげと言うか、あたし達は試合会場で出会う事が出来ましたし。」
「…会場と言いましても、大きな雲を魔法で強化。固定し、戦いやすいよう場所を整えただけなんですけどね…。」
「ま、まぁ、実際そうなんだけど…今はひとまず置いておくとして。それで、あたし達はあまりにも似過ぎるから、お互い何を言って良いのか分からない。そんな状態で最初の出会いは終わりました。」
「その次の年の試合会場でも会い、今度はきちんと話せたおかげで、一気に仲良くなる事が出来ました。」
「それを切っ掛けにあたし達は頻繁に会い、あっという間に十数年が経ちました。ですが、つい最近それを上司に知られてしまいまして…元々中級だったのが見習いにまで力を落とされ、そのまま集落を追放されちゃったって感じなんですよねー…。」
あははーとエルマは苦笑いを浮かべていたが、それが元で本来の実力を発揮出来ずに死にかけたのだから笑うに笑えない。
出会い自体は大変喜ばしくする反面、窮地に陥ったとの部分に凛達やイルマが微妙な反応を示したのがその証左とも。
「イルマちゃんは戦いそのものが苦手だし、あたしも今の状態になって日が浅く、弱いままでして。一応はホーンラビットとかスライムがメインで、頑張ればどうにかウルフとゴブリンも。オークみたいな(少し強めの)魔物とは、出来ればもう少しの間だけでも戦いたくなかったのが本音ですね…。」
「けどその願いは叶わず、さっきの状態になってしまったと。」
「お恥ずかしながら…。」
凛の指摘に、エルマは気まずくて仕方がない。
そう表現するが如く、自身のほほかをポリポリと掻くのだった。




