16話
「よし、終わり!」
「あー!…ちくしょう、間に合わなかったか…。」
美羽が双剣を鞘に戻したタイミングで、残念そうな表情の火燐が到着。
「あっ、火燐ちゃん!そっちも無事に終わったんだね!」
美羽は火燐の声に反応して後ろを振り返り、嬉しそうな様子でトトト…と火燐の元へと向かう。
「ああ、どうにかな。」
「…となると、後はマスターだけか。まさか(オークキングに)負けるなんて事はないよね…?」
「そうだな…ま、いざとなったらオレ達も加勢すりゃ良いだけの話だ。」
「そうだね。」
会話中、美羽は火燐の後方にいながらにして手を振り、近付いて来る翡翠達に小さく手を振る形で応えた。
そして話の最後。
火燐と共に複雑な表情を浮かべ、敬愛する主がいる方を向く。
その凛はと言うと。
自身の相手であるオークキングの苛烈な攻めをひたすら防ぎ、受け流し、躱す事に専念。
倍近い背丈から繰り出される攻撃は1撃1撃が鋭く、重い。
まともに当たれば彼とて無事では済まず、そんなヒリヒリ感…つまり命のやり取りを凛は噛み締めていた。
何故なら最終試験含め、マクスウェルと過ごした日々はあくまでも研鑽が目的。
先程のオーク3体に至っては、とても戦いとは呼べるものではなかったからだ。
本当の。
また初めてとも言える戦闘を凛は肌で感じ、気迫や凄まじさ等を学ぶつもりで臨んでいるのが真相だ。
そんな栄誉ある(?)初戦闘の相手、オークキング。
彼は集団の先頭にいたのに加え、これまで培った経験から、真っ先にアイシクルレインの危険性を察知。
走る速度を上げ、(アイシクルレインの)範囲内から真っ先に抜け出し、無傷で済ませた。
そんなオークキングだが、名前にキングが含まれる通りオーク達の王。
彼らを束ね、率いる立場にある。
なのでこの場に於いて自分が1番上だと信じて疑わず、後ろにいる部下達へ一顧だにしない。
むしろ自分の元へ向かって来る凛へ格下の分際で…と怒りの形相に変わり、怒涛の攻撃を仕掛けるとの流れに。
「ブモォォォォォォォォォッ!!」
凛はある程度雰囲気に慣れたのか、防御中心からやや攻めの姿勢へと転向。
オークキングの勢いの乗った斬撃を打刀でギンッと防ぎ、荒れ狂う竜巻の様なラッシュをキンキンキンキン…と打ち返す。
続けての大振りに対しては打刀をやや斜めに傾け、ギィィ…ィンと逸らしてみせたりもする。
「ブォーーー!」
これに納得いかないのはオークキング。
目の前の人間は身体、武器両方が細身。
なのに何故自分と対等に渡り合えるのか。
分からない、本当に分からない。
だがそれ以上に不遜である…とでも言いたげに叫び、バスタードソードを力任せに横へ一閃。
「おっと。」
丁度頭の位置に来た事もあり、凛はしゃがんで回避。
すると普通に避けられた腹いせか。
将又蹴りやすい状況を作ってくれたとでも思ったのだろう。
「ブモゥ!」
コンパクトに纏まった凛に対して行われるは、右足での蹴り上げだった。
「…うわっと!」
金属製の脛当てが着いたそれが迫り来る様に、凛は瞠目。
しかし喰らう訳にはいかず、咄嗟に左手の鞘を前に。
それと少々歪ながら添える形で鐺に近い場所に右手を添え、後方へと跳ぶ。
その刹那、ガキィンと金属同士のぶつかる音が。
ただ凛の機転により衝撃は大分緩和され、ダメージはほぼ0。
態勢が悪く、余計に吹き飛ばされこそしたものの、一応は事なきを得た。
「今度はこっちから行くよ!」
そして凛も美羽と同様、マクスウェルと行った手合わせの経験から危なげなく着地。
と同時に勢い良く駆け出し、返り討ちにしてやると言わんばかりに構えるオークキングとの距離を瞬時に詰める。
「はぁっ!」
「ブモッ!」
凛は打刀で。
オークキングは両手に持った大剣で、互いに袈裟斬りを放つ。
5秒程鍔迫り合いを演じ、離れたかと思えば次の瞬間には接触。
以降も、互いが互いへ果敢に攻め込んでいく。
ややあって。
大剣と刀が打ち合っては一拍置くを繰り返した後、再びギギギギギギ…と鍔迫り合いをする場面が来訪。
本人達は真面目そのもので、そう遠くない場所にギャラリー━━━美羽達の姿が。
合流を果たした彼女達は、動向を見守りつつ、今後の参考にと凛達の戦いを観察しているとの状況だ。
「そこぉっ!」
鍔迫り合いはオークキングが両手で武器を持っているのに対し、凛は右手だけ。
つまり左手は空いている状態だ。
また2回目ともあって、凛の心に芽生えた少しの余裕から出た行動。
左手に持つ鞘を器用に逆手から順手へ持ち替え、力いっぱいオークキングの腹へ突き立てた。
「グブゥゥッ!」
オークキングは動きやすくする目的で軽装を身に纏っているとは言え、それでも全てが鉄製。
特に彼は群れの1番上を理由に、最も良質なものを選択。
また、場所が場所なので他の箇所よりも分厚くもなっている。
にも関わらず、凛の突いた鞘から聞こえるはドゴッとの鈍い音。
鉄板越しにオークキングの腹へめり込ませ、彼を20メートル以上も吹き飛ばしてしまう。
これに驚いたのは美羽達だ。
勿論オークキングも虚を突かれた事に違いはないのだろうが、自分達にはとても真似出来ない芸当。
4人が4人して『えーーーーーっ!?』と驚愕に満ちた顔で、オークキングが放物線を描きながら飛んで行く光景を眺めていた。(雫だけはおーっと感心)
オークキングは一旦着地こそするも、先程のショックが尾を引いたのだろう。
蹈鞴を踏み、足の縺れから尻餅を突いていた。
更に10秒近く呆け、そこからようやく立ち上がろうとするのだが、思う様に足腰へ力が入らず、体の芯へズキリと響く鈍い痛み。
結果、立ち上がるまでに結構な時間を要し、しかも真っ直ぐではなくよろよろ。
息はふっふっふっふっ…と小刻み。
顔は苦痛から来る渋面で、腹部に左手を当てているとの観点から、どうやら先は長くなさそうなのが見て取れる。
何より、今の攻防だけで格の違いが分かってしまった。
互いに疲れた様子こそ窺えないものの、相手は自分以上に落ち着いており、むしろ泰然とした足取りで歩み寄る余裕っぷり。
このまま続けても倒せるビジョンが全く見出だせないでいる。
そんな凛にオークキングは恐怖した。
恐怖してしまった。
しかし自分は王。
こんなところで終わって良い存在ではない。
何より、オークの頂点としての矜持もある。
「グ…ブ、ブォォォォォオオオオオ!!」
オークキングは自らを鼓舞。
凛に抱いた恐れを気合いで掻き消し、一気に肉薄。
両手で持ち上げた大剣を、精一杯振り下ろした。
だが凛は軽い笑みを浮かべるだけ。
微動だにしない彼の体を大剣が通り抜け、そのままズガァァァァンと地面に叩き付けた。
殺った。
(見た目)極上の餌を失うのは非常に勿体なくはあるが、命あっての物種。
せめて残りを━━━
そうオークキングが考えた矢先。
凛の輪郭がボヤけ、まるで最初から何もなかったかの様に彼の体が霧散した。
突然の目標消失に、オークキングは目をパチクリ。
今まで戦っていた者がいきなりいなくなったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。
「残像だよ。」
そんな彼の耳に届けられた、凛の声。
完全に油断していたオークキングは「ブゥ!?」と体を強張らせ、恐る恐る聞こえた方向━━━右側に顔を向けてみる。
「…と言っても分かる訳ないか。」
視界に映る凛はピンピンとしており、目が合った途端(ゆっくりではあるが)動き出す始末。
瞬時に不味いと判断し、即座に応戦の構えを取ろうとするも、それは叶わない。
大剣が地面に深く刺さっており、いくら力を込めようがビクともしなかったからだ。
ここに来て、全力で叩き付けた弊害が現れたとも取れる。
端から見ると滑稽でしかないが、オークキング本人(本豚?)は必死そのもの。
凛が近付いて来ても尚、ふんっ!ふんーーー!と引き抜こうと躍起になる。
ただ、その努力も虚しくタイムアップ。
未だオークキングは大剣に意識が向いており、少しではあるが低い態勢。
見方によっては頭を垂れている風にも感じられ、凛からすれば丁度良い高さとも。
「ごめんね。僕はやられる訳にはいかないんだ。」
「ブヒッ…。」
凛はやや申し訳なさげな顔で呟き、呆気に取られる彼の首を両腕ごと斬り落とす。
ドドォォォォン
首と胴(ついでに両腕も)が分かたれたオークキングが倒れるのを背に、凛が鞘へ刀を収める。
「ふぅ…初めて本当の戦闘をしてみたけど…特に何とも(感じ)ないな。この調子ならこれからも…ん?でもそれって━━━」
そんな彼が安堵の後、神妙な面持ちで呟こうとした内容。
それは人型の魔物を倒した事に対する罪悪感や忌避感。
嫌悪感についてだったりする。
凛は里香(ついでに白神も)の手で、地球にいた時とは比べ物にならない程パワーアップ。
その際、彼女の気遣いで精神耐性も一緒に上げられていた。
しかしその旨は凛本人に知らされておらず、人に近い見た目。
要は、人型の魔物ことオークキングへ今しがた止めを刺した事に対し、何も感じない。
冷酷非道な人間になってしまったのだろうかと危惧し始めたところだ。
「マスターーー!」
「おーい!凛ー!」
「…!」
そこへ寄せられた、美羽や火燐の声。
凛は自分の元へ集まろうとする彼女達の存在に気付き、意識を其方へ向けるのだった。




