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ゆるふわふぁんたじあ(改訂版)  作者: 天空桜
王国の街サルーンとの交流
19/256

16話 ~7日目

それから、凛達は目標である大きな木がある方向へ直進。


凛、美羽、紅葉達は地上を走り、雫、翡翠、楓、エルマ、イルマは凛達より少し上を飛行。

その更に上空にて、この中で最も足の遅い小夜を火燐が抱いた状態での移動だ。


道中、何回か魔物達からの襲撃があったものの(火燐と小夜以外の者で)全て撃退、ないし討伐。

と同時に、話したり談笑する場面(シーン)も見受けられた。




紅葉達は救出された当時、一般的なゴブリンやホブゴブリンだった。

しかし今や紅葉は妖鬼に。

暁達もオーガやレッサーオーガへと進化し、各々がそれに準じた大きさとなっている。


体が大きい=体重もそれに比例して増える。

そう考えた紅葉達は、凛の運ぼうか?との提案をやんわりと拒否。


次に出たのは、凛が1足先に目的地へ向かい、ポータルを使って戻るとの案。

しかし、今度は主想いの美羽と紅葉を中心にゴネられ、こちらも却下される。


それからも様々な意見を出すも、どれもしっくり来ないとして中々決まらない。

ならば皆で一緒に向かおうとなり、結局真っ先に出たはずの案が1番無難だとして落ち着いた。




約2時間掛け、1行はゴブリンの集落を抜け、最初にオーク達と戦った大きな木がある場所に到着。


時刻はお昼過ぎ。

凛達は木の根元にブルーシートを敷き、飲み物片手に拠点をどこに置くかを議論。

5分程で現在地より少しだけ東へ進んだ地点に建てる事が決まり、昼食を摂るとの運びに。


そこで、活動を始めた初日である昨日だけでもエルマ達や紅葉達の計7人が新たに加わり、今後も多くの仲間が増えるのではないかとの話題に。

凛は取り敢えず50人が住める位の大きさの家を建て、今後も人が増えそうなら増築するとの流れで纏めた。


因みに、凛達が話し合っている間、火燐は(オークの肉を用いた)カツ丼を。

雫は色んな種類のフルーツサンドをひたすら食べ、話し合いにはほとんど参加していなかったりする。




昼食後、凛は土魔法と万物創造。

それと森羅万象の組み合わせ、3階建ての家を建設。


うんうんと唸り、軽く2時間以上を(ついや)す形で完成させたそれは、淡黄蘗(うすきはだ)とでも言おうか。

薄いながらも明るく(あわ)い黄色の壁に、黒い屋根の造り。


家と言うより、最早屋敷に近いまである。


満足げな凛とは裏腹に、「おー!」と大きく興味を示したのは美羽、雫、翡翠の3人。

他の面々は唖然、若しくは絶句に留まっている。


南側が入口で、入ってすぐ左側に客間と言う名目の20畳程の部屋。

正面には60畳程のリビングダイニングルームが。


リビングダイニングルームの左側にはキッチン。

そのキッチンの端にドアが設けてあり、ドアを通じて客間との行き来が可能に。


リビングダイニングルームの東側には脱衣所兼洗面所と40畳程の浴室が、北側には階段が備え付けてある。

階段から上がった2階と3階には『エ』の形で廊下、及び10畳の部屋が並ぶ。


キッチンにはレンジやオーブンが。

脱衣所にはドライヤーや洗濯機が追加され、いずれも神界にはなかったもの。

それらを含めた案内を凛はするのだが、事ある毎に誰かしらから質問だったり追求される。


なんだかんだで30分程時間を(ついや)し、屋敷の全容。

更には道具(家電)類の使い方の説明、並びに体感を終えた凛達はリビングダイニングルームへ。

今度は部屋割りについての話し合いとなり、その際凛が全員にどこが良いかを尋ねるも、美羽から凛の部屋を決めるのが先だと告げられ、火燐達も頷く形で同意。


1団のトップだから最も高い3階だったり、分かりやすい場所、集まりやすい場所が良い等の意見が出た。

しかし、凛が『2階に上がって真っ直ぐ進んだ部屋が色々と丁度良いかも』とふいに漏らした事により、そこが凛の部屋で決定。


次に、誰が彼の両隣になるかを決める訳なのだが…これが揉めに揉めた。


10分を過ぎても全く終わる目処(めど)が立たず、凛はまだまだ掛かりそうだと判断。

断りを入れ、自室となる部屋へと向かう。


彼の予想は当たり、その後30分。

1時間、2時間が経っても決まらなかった為、最後の手段として選ばれたのはじゃんけんだった。


これは昨晩凛が教えた事で、デザートを巡る争い時に初実践。

勝者である雫は控えめながらVサインをし、決勝戦で負けた火燐はぐぉぉぉぉ…と悔しがり、他の参加者達が落ち込んだのは記憶に新しい。


今回のじゃんけんの結果、最後まで勝ち残った美羽が凛の左隣。

彼女に負けた雫は右隣となった。


「やったー!マスターの隣ですー♪」


「…ぶいっ。」


美羽が跳び跳ね、全身で喜びを表現。

(意外に運が良い?)雫はじと目無表情のまま、顔の前でダブルピースする。


「くっそーー!納得いかねぇーーー!」


それに対し、美羽、雫との決勝戦で負けた火燐は思いっ切り憤慨。

悔しそうに地団駄を踏む。


『………。』


早々にじゃんけんで負けた翡翠達にも悲壮感が漂い、見事なまでに明暗を分けるとの結果に。


その後、凛の部屋の斜め右向かいが火燐の部屋。

廊下を隔てた隣が、エルマとイルマの2人部屋。


上記以外として、翡翠、楓、紅葉は1人ずつ。

エルマ達に(なら)い、暁と旭、月夜と小夜の組み合わせで2人1部屋。

2階奥側のスペースに全員が集まる、との構図で落ち着いた。




美羽達が喜んだり悲しんでいる頃。


凛は自室のドアから入ってすぐ右の位置に、20センチ四方の箱を開いた様な形状の白いコン()テナ()を。

コンテナの内側に野球ボール位の大きさの魔石を設置。

両手を前に(かざ)し、魔石に魔力を送っているところだった。


「…ん?皆の声が聞こえる。と言う事は、部屋割りが終わったのか…予想していたとは言え、(時間が)結構掛かったな。」


美羽達が話しながらこちらへ歩く様子が聞こえた凛。

入ってすぐセットした壁掛け時計へチラリと視線を移し、あのまま残らなくて正解だったなと微苦笑を浮かべる。




凛が行っていた作業。

それは魔石を動力源、コンテナを端末と称し、それらを介して屋敷内の照明や冷蔵庫等の家電━━━改め魔道具(マジックアイテム)と接続。

いつでも気軽に使用出来る様にすると言うものだ。


魔石はバッテリーみたく魔力を貯蔵するとの性質を持ち、満タンで1週間使い続けられる計算を元に創られた大きさ。

仕組みについては神界のリビングやキッチン、それとマクスウェルから得た情報を参考にしている。


また、脱衣所に設置した全自動洗濯機は今後の為に用意。

少しでも魔法の心得がある者なら重宝するであろう、生活魔法の1つこと清浄(クリーン)

身体だけでなく衣服もある程度綺麗にしてくれる効果を持つが、あくまでも『ある程度』。


泥や返り血等はうっすらと残るし、落とす汚れもせいぜい6〜7割位。

どう言う仕様か重ね掛けしても意味はなく、キチンと落とすには手揉み。

若しくは洗濯板を使っての手洗いしかなく、石鹸はあるが高価の為強めに擦りながら洗うがほとんどを占める。


必然的に服へのダメージは大きく、すぐにボロボロとなる。


その点、凛が用意した洗濯機型の魔道具は違う。

ボタン1つで全てが片付き、ダメージをそこまで与えずに洗うとの点から服が長持ちするとの期待が寄せられ、ついでに速乾機能も利用した美羽達から早速称賛の声が。


因みに、生活魔法は他にも、火種となる『点火(イグニッション)』。

飲み水を確保する『呼び水(プライミング)』、照明代わりの『明かり(ライト)』が存在する。




美羽達の後、凛も入浴を済ませての夕食。

その(かたわ)らで凛は(おもむろ)に席を立ち、キッチン横にある冷蔵庫へと歩み寄る。


そこから、予め冷やしておいたコーラやサイダー。

カル◯スやぐん◯ん◯ルトと言った乳酸菌飲料、紅茶各種や緑茶が入った500ミリリットルのペットボトルを取り出し、それぞれテーブルの上に置く。


「…それじゃ今日は、僕の世界の飲み物について教えるね。」


そう言って、凛はコーラのペットボトルの蓋を空け、発せられるプシュッとの音。

初体験である彼以外の全員が軽く動揺し、謝罪の言葉を述べながら次々に振る舞っていく。(試しになので1口分だけだが)


「何だこれ!?口ん中がパチパチする!だがまた飲みたくなる…あれ?」


最初に口にした火燐は、コーラをいたく気に入ったらしい。

驚きに目を見張った後、手にしたカップを上から覗き、反対の手をペットボトルのある場所へと伸ばす。


しかしペットボトルは既に中身が空っぽの状態だった。

誰が…と思うよりも早く一気飲みする音が聞こえた彼女は、ゆっくりとそちらを見てみる。


「ぷふぅー。ん、悪くない。」


犯人は隣に座る雫だった。


飲み終えた彼女が満足そうな顔でカップを置き、持っていない方の手で口元を拭う。

そんな同僚を、火燐はショックを受けた表情で眺めるしかなかった。




2人はそんな感じだったものの、翡翠、楓、エルマ、イルマは紅茶。

紅葉、暁、月夜は緑茶、旭と小夜はオレンジジュースを好んで飲んでいた。(それも和気藹々(わきあいあい)としながら)


「好みの飲み物を見付けられたみたいだね。次は、皆が選んだのに合いそうな食べ物を出していくね。」


凛はなくなってしまったコーラを追加で冷蔵庫から出しつつ、無限収納からジャンクフード、ショートケーキ、和菓子を出し、それぞれの前に置く。


「うめーーーっ!」


「凛…ぐっじょぶ…!」


「このケーキ、紅茶と合うねー!」


「こちらの和菓子…と言うのも、お茶と良く合います♪」


火燐はハンバーガーやフライドポテトにコーラ。

雫はショートケーキとコーラ。

翡翠達はショートケーキに紅茶。

紅葉達はどら焼きや団子と緑茶を組み合わせとして選び、笑顔で楽しむ。


「飲み物はまだまだ冷蔵庫に用意してある。飲みたくなったら自由に取って良いからねー。」


『はーい!』


最後に凛が右手で冷蔵庫を指し示し、元気の良い答えが返る形で締めとなった。




夕食が済んでから2時間が経った頃。

自室で過ごす凛の元に、ナビから連絡が入る。


どうやら夕食後に美羽から相談を受けたらしく、火燐、雫、翡翠、楓の4名が()の役に立ちたい。

その為にはやれる事を増やす必要があるを名目に、彼女らとリンクしても良いかの許可を求められた。


報告を受け、凛は作業の手をピタリと停止。

続けて、こちらの配慮が足らないせいで火燐達に気を遣わせてしまったと少し申し訳なさそうにする。


「そうなんだ、火燐達が…分かった。丁度良いと言えば丁度良かったし、許可するよ。ついでに、これからもし向こう(地球)に関する情報を求められたは場合は、僕に意見を求めずそのまま教えて(開示して)構わないからね。」


《畏まりました。その様に差配致します。》


「うん、お願い。」


ナビとのやり取りを終え、凛は中断した手を再び動かし始める。




明日からの予定。

まずは死滅の森へ向かい、暁達を紅葉みたく人に近い姿(鬼人族)にまで進化させ、皆でサルーンへ向かう事。


しかしそこへ至るまでに、多くの魔物を討伐する必要があると凛は予想。

それと並行し、魔物を回収出来る要員は多いに越した事はないとも考えていた。

なのでナビの報告は凛にとってありがたく、いずれはエルマ達や紅葉達にもリンクを行う方向に考えをシフト。


《近隣一帯の魔物が当屋敷に目を付けた模様。然程影響はないと思われますが如何致しますか?》


等と思っている内に届けられた一報。


攻撃自体は屋敷を建ててからそう経たずして受けていたのを把握済みではあったのだが、相手は鉄級からせいぜい銀級。

上級どころか超級魔法ですら数発は凌ぐよう設計された建物が彼ら程度で揺らぐはずもなく、ナビは取るに足らない問題として放置。


魔物側も、攻撃が通じないと分かったのだから諦めれば良いものを、ダメだったから引くとの考えはないらしい。

始めに襲撃した1体が援軍を呼び、その援軍込みでダメだったから更なる応援を。

それらが重なり、まるで示し合わせたみたく他のグループと共に…となったのが現状だ。


ナビの報せを受け、凛は防音処理もしているのでこのまま放置しても大丈夫と言えば大丈夫。

ただ1度でも気付いてしまったら皆の心が休まらなくなるだろう…と結論付ける。


散歩に出ると言って外出し、ついて来た美羽と共に魔物達を殲滅。

諸々の片付けを済ませた2人は、屋敷の周りを頑丈で高い塀や門で囲い、即興で用意(創造)した遮断結界スキル(指定した者以外の侵入を拒む)を敷地内全域に施し、帰宅する。




3日目 午前6時頃


この日からエルマ、イルマ、紅葉がキッチンに加わる事となった。

これにより凛は今まで以上に余裕が生まれ、作業の合間にオーブンを使った焼き料理や焼き菓子が作れるまでに。


以前出したケーキのほとんどはアクティベーション。

品質が一定に保たれているものではなく、自作でケーキが楽しめるとの利点が。

凛の腕前は言わずもがななので、否が応でも皆の期待が高まる。


ついでに冷菓。

これは冷やしたり凍らせるお菓子全般を指す言葉で、プリンにゼリー、ムース、ババロア、水羊羹(みずようかん)、テリーヌ。

並びにアイスクリーム等をオーブンでの焼き時間の合間に作り、冷蔵庫や冷凍庫へ。


美羽は一緒にプリンを作った事があるので特に反応は示さなかったものの、代わりに他の者達が凛に不思議そうな目を向ける。

彼から冷やし固めるのを前提とした食べ物だと説明され、「へー」と納得。


今日の夕食で出すからお楽しみ、にとなった。


なんてやり取りをした後位に、火燐と雫の2人も参加するのだが…手伝いに来たはずなのに皿を幾つも落として割るわ。

力を入れ過ぎたせいで切った野菜が跳弾みたくあちこちに跳ね、向かった先で色々なものに被害を及ぼすわ。

調味料をぶちまかすわで仕事が増える一方。


最終的に美羽と翡翠から向いていない旨をやんわりと告げられ、2人してかなり落ち込んだ様子に。


しかし焼き上がったばかりのクッキーやケーキのスポンジ部分の試食係を凛に依頼され、気持ち渋面で口にしてみたところ、一瞬でご機嫌へと早変わり。

続けて、(たた)み掛ける形でこの時間を風呂の掃除等に()ててみてはとの助言(アドバイス)を出されものだから、2人はかなりやる気に満ちた顔に。


颯爽と走り去る彼女らを背に、美羽、翡翠、エルマからはなんて分かりやすい。

残りのメンバーからは都合の良い様に転がされて…との憐憫(れんびん)の眼差しになるも、当の本人達は全く気付いていなかったり。




その後、7時からの朝食を摂り終えた凛達は8時過ぎに屋敷を出発。

200メートル程離れた地点で止まり、雫、翡翠、楓、イルマの中衛・後衛組は1人で練習。

火燐とエルマの前衛組は、美羽を相手に実戦形式で手合わせ。

紅葉達は凛から教わるとの流れで、それぞれ訓練を行う。


少しして、紅葉が鉄扇を扱う際に見られる魔力反応から、彼女は術者タイプ。

加えて風や土と相性が良さそうに感じた凛は翡翠と楓を呼び、訓練の合間で構わないので属性の扱いを紅葉へ教えるよう促す。


気付けば時刻は9時頃。

全員が高い集中力を維持したおかげか、あっと言う間に1時間近く経過した模様。

凛の1言により訓練は切り上げられ、全員で死滅の森へと入る。


死滅の森は、(かつ)て凛がいた日本がいくつも収まる位、とても広大な森。

大まかに表層、中層、深層、最深部の4つに分かれ、各層が切り替わるまでに最低でも日本列島1つ分以上は移動するとの計算だ。


そして最深部へ近付くに連れ、魔素の濃度も上昇。

それに応じ、強力な魔物が出現する頻度も増していく。


凛達が入った表層は、死滅の森の中で最も外側に存在。

その割合は森の半分を埋める位とも。


また、ど真ん中にある魔素点から最も遠い場所に位置する事から、入口付近は銅級や銀級。

中層付近は金級だったり魔銀級の魔物が最低ライン…と言った具合で、同じ表層でも強さにばらつきが生じるとの事。




訓練を終える前。

森の出入口付近に、魔物が1体だけで行動しているとの報告を凛はナビから受けていた。


1行は凛先導でその魔物の元へ向かい、森に入ってから10秒程で蟷螂(かまきり)の姿をした魔物と遭遇。


その蟷螂はバトルマンティスと言い、銀級の強さを持つ魔物だ。

全長180センチ近くあり、鋭い鎌の形をした前足を主武器(メインウエポン)としている。


まずは凛が様子を見ると言って前へ進み、1人でバトルマンティスと戦う事に。


「キチキチキチキチ…。」


バトルマンティスは2つある前顎をこすりながら警戒を露にし、右の前足を高く構えて攻撃態勢をとる。


ギィン

ヒュッ

ヒュッ

ヒュッ

ヒュヒュヒュヒュッ


バトルマンティスは最初の攻撃を凛に弾かれた後、続けざまに何回も攻撃を繰り出していくのだが、その悉くを避けられてしまう。


やがて業を煮やしたバトルマンティスは右の前足を大きく振りかぶり、繰り出された攻撃を凛は真上に跳ぶ形で回避する。


今の動きはバトルマンティスにとって予想外だったのだろう。

仕留めたと思ったらギリギリまで引き付けられただけ。

獲物()が躱した先にあった木に鎌部分が深く食い込み、身動きが取れなくなってしまったのだから。


「へぇー…ここ(死滅の森)に生える木って、かなり頑丈に出来てるんだ…おっと。観察している場合じゃなかった。」


家を造る材料(建築資材)とかに使えそう、なんて(うつつ)を抜かしたのはさて置き。

何とか抜け出そうとして藻掻(もが)くバトルマンティスと木へ交互に視線を向けた凛は、やがて冷静に止めを刺す。


「ギヂィィィィィ…!」


ただ、その終わらせ方が不味かった。

本来であれば頭を潰すか首を斬り落とすべきだったのだが…凛が取った方法は打刀で心臓を貫くと言うもの。


バトルマンティスが断末魔を上げるのを機に、周辺が(にわか)に騒がしくなる。


《マスター。只今の断末魔により、近くにいるバトルマンティス達がこちらに向かって来る模様。間もなく接触します。》


「…!仲間を呼んだのか。皆ごめん!このカマキリの仲間がこっちに来るみたい!今すぐ戦闘態勢に入って!」


凛は自らの詰めの甘さを悔いるも、先に状況を知らせ、戦いに備えるのが先だと判断。

彼の言葉に美羽達は応え、各自武器を構える。


それからすぐ、1行は集団戦闘へ突入。

バトルマンティス達との戦いの音、それと討伐後を含めた彼らから漂う血の臭いから、他の魔物まで呼び寄せてしまう。


バトルマンティス以外の魔物が現れた事に全員が驚き、軽く戸惑ったりしたものの、ビットを操作しながら出した凛の指示に従い、その数を減らしていく。




30分後


凛が操作するビットでハイオークの頭を撃ち抜いたのを最後に、戦闘終了。

息をつき、脱力する皆の周りには、計100体を超える魔物の死骸が。


内訳として、蟷螂の魔物であるバトルマンティスやキラーマンティス。

狼の魔物アッシュウルフにフ()()トウルフ。


マー()ダー()ゴブリンやグレーターゴブリン。

弓を扱うゴブリンシューター、魔法使いのゴブリンウィザード等を含めたゴブリン達。


オークやオークアーチャー、オークメイジ。

ハイオーク、オークジェネラルと言ったオーク達。


2メートル程の大きさをした熊の魔物で、銀級のブラウンベアー。

そして銀級上位の強さを持つ、ヴェロキラプトルの様な見た目のランドドラゴンらの姿があった。


敵の上位個体であるキラーマンティスは、最も数が多いとの理由から主に凛が。

他のオークジェネラル、ブラウンベアー、ランドドラゴンについては実力者である美羽と紅葉に倒して貰い、それ以外を火燐達がと言った感じだ。


「ふぅ。ようやく終わった…。」


「だな。しかし、カマキリ1体だけのつもりが…すげぇ数になっちまった。」


刀を鞘に収め、軽く息をつく凛の横に微妙な表情の火燐が立つ。


大剣を肩に(かつ)ぐ彼女が語る通り、種族毎に少なくとも計10体ずつは下位個体がいた。

凛のうっかりミスから始まった初の団体同士でのぶつかり合いは、(こう言っては何だが)結果だけ見れば十分過ぎる経験を得られたとも取れる。


「これを全部回収するのかー。」


「少し時間が掛かりそうですね…。」


翡翠はうんざり気味。

楓は困惑し、澄まし顔なのは雫位。

美羽もあはは…と苦笑いを浮かべるしかなかった。


暁達は疲労で地面に座り込んでおり、紅葉から(ねぎら)いの言葉を掛けられつつ(反省会)をしている。


その後、凛達は10分程で魔物達の回収を済ませ、紅葉がいる場所へ。

すると、小夜がうつらうつらと船を()いでおり、それに気付き凛が尋ねようとしたところ。


ナビから報告が。


(いわ)く、彼女は進化する為の準備段階に入ったらしい。


詳細として、今の小夜はホブゴブリン。

そのホブゴブリンは進化先が(いく)つかあり、1つは敏捷性に優れたグレーターゴブリン。

1つが全身毛むくじゃらになって力が増し、(オーガ)やゴブリンキング程ではないが体が大きくなったバグベア。

1つが反対に小柄な体躯(たいく)+背中に羽や尻尾が生えた外見のインプ。

最後が旭や月夜と同じレッサーオーガだ。


インプが今と同じ銅級で、インプを除いた3つが銀級。

他にも金級のマー()ダー()ゴブリンだったり、ゴブリン達を統べる金級上位のゴブリンクイーン(通常だとゴブリンキング)との選択肢があるのだが…今回は魔素値(経験値)が足りていないので割愛する。


小夜が4つある選択肢から1つを選び、◯◯になりたいと願いながら休む。

そうすれば寝ている間に体が作り変えられ、次に目覚めた時には希望した種族になっている…のだそう。




「他のゴブリン系やレッサーオーガは知っていたし、毛むくじゃらの…バグベアだっけ?はまだ分かるとして。どうしてその中にインプが?(種族が)丸っきり変わっちゃわない?」


進化先のその先。

つまり羽の生えた悪魔であるインプが次に進化した場合、レッサーデーモンになる旨もナビから伝えられる。


小鬼(ゴブリン)から悪魔(デーモン)へ。

容姿は勿論、同じ亜人との分類(カテゴリ)でも異なる種族となる事に、凛が不思議がる。


そしてそれは他のメンバーにも伝わり、ほぼ全員が驚いた顔をイルマに向ける。

話の流れから、彼女がイルマみたいになるとでも考えたのだろう。


ただ向けられた側であるイルマとエルマとはリンクしていない=ナビの声が聞こえない。

その為エルマは「え?え?急に何?」とわたわたし、エルマの頭の上にも疑問符が。


「インプからレッサーデーモン…要は、小夜は紅葉みたい(鬼人族)にも、イルマみたい(悪魔族)にもなれる、と。」


それを裏付けるかの如く漏れた、凛の独白。

先程の答えでもある彼の呟きに、美羽達はやはりとでも言いたいのか神妙な面持ちに。

イルマとエルマは、「そうなの!?」と驚きの眼差しを凛に向ける。


そんな彼女らを他所に、ナビと凛による話は続く。


纏めとして、ゴブリンキングになるとそこで進化は打ち止め。

他はいずれも先が見込める為、将来が楽しみとなった。


凛はゴブリン系を真っ先に進化先から除外。

同様に動物系統へ進むバグベアも選択肢から省かれた。


残る2つ。

イルマみたいな悪魔か、他の仲間と同じ鬼人系統に進むかだ。


暁、旭、月夜がオーガ(大鬼)種なので、出来れば小夜もそちらに進んで欲しくはあるが、無理強いはしたくない。

本人の意思に任せよう…との意見になったところで小夜本人から自分も紅葉達と同じオーガになりたいとの申し出が。


だがそこで限界が訪れたらしく、そのまま眠ってしまった。


ややあって、小夜を休ませるとの名目で紅葉だけが屋敷に帰り、残るメンバーで森の探索を続けるとなった。


凛達は魔物を倒しながら魔素と素材を集めつつ、近場での狩りを継続。

それでも正午と午後3時になれば一旦戻り、紅葉と一緒に昼食やおやつを食べたり話をして過ごす。


やがて、もうすぐ午後5時になると言う頃にエルマとイルマ。

旭と月夜の4名も進化可能だと分かり、彼女のサポートをしながら移動を開始。


その(かたわ)ら、エルマとイルマはそれぞれエンジェル(中級天使)デーモン(中級悪魔)に。

旭達はオーガとは別に、サイクロプスやトロールと言った巨人の種族にも進化出来ると伝えられ、皆から「へー」と感心が寄せられた。


帰宅後、凛はエルマ達や旭達だけ先に夕ご飯を軽く摂って貰い、早目に休ませるとの流れに。




午後8時頃


「進化かぁ。僕にも進化ってあるのかな…なんて。」


浴室にて、お湯に浸かりながらでの凛の1言。


料理は勿論。

今朝作ったデザートの数々も大好評で、笑顔が絶えないまま夕食を終える。

今回食べられなかった者は明日にとなり、皆で後片付け等を済ませ(暁もこれに含まれ、食器類を割らずに運んでいたので火燐と雫が地味にショックを受けていた)、女性陣や暁に配慮して1番最後に1人楽しんでいるところだ。


そんな彼が思いを馳せるのは進化について。


エルマとイルマはこれからも順当そうなので外すとして。

こうも進化先が分岐(ぶんき)するのかと勉強になったし、もしかしたら自分も…?なんて思うのも不思議ではない。


「今考えても仕方ないし、明日からも頑張ら…ん?」


そして今日の出来事を振り替えり、誰よりも多く魔物を倒してはみたが全然足りなかったか…等と思案し、そろそろ出ようと浴槽の(へり)に手を掛けた瞬間。


「凛。私も入る。」


「お邪魔しまーす♪」


バスタオルを体に巻いた、雫と美羽が浴室に入って来た。


「え?雫に美羽?さっきお風呂へ入ったのに何しに…って、2人共いきなり抱き着かれると、その…(胸が)当たってるんだけど…。」


2人は浴室に入るなり、脇目も振らず真っ直ぐ浴槽へ。

そのまま凛の両腕を手に取り、抱き着いてみせた。


「(わざと)当ててんのよ。」


「そーそー。雫ちゃんの言う通り当ててるんだよ♪」


雫も美羽も困った様子の凛にお構いなく、片や澄まし顔のままぐりぐりと左腕に胸を押し当て、片や笑顔でぎゅっと抱き締める。


まだ美羽はふにっとした柔らかい感触があるから良いものを、雫は完全にバスタオルと肌の質感のみ。

しかもぐりぐりと何度も(こす)る動きを取る事から、痛みすら生じる程だ。


凛は様々な意味で我慢しようとも思ったのだが、2人の予想外な答えによるインパクトが勝り、出るのは「ちょっ、2人共!そんな情報どこから仕入れて来たの!?」と驚きの声。


「「勿論、凛(マスター)の知識から。(だよっ♪)」」


しかし澄まし顔のままだったり嬉しそうな答えに、「やっぱり…」とがっくり項垂れる。


この後もぎゃーぎゃーと騒ぐ光景はしばらく続き、浴室で一体何が?と疑問を持たれるまでに。




3日目


翌朝、エルマとイルマは銀級上位のエンジェルとデーモンへ。

旭と月夜も同じく銀級のオーガへ、小夜はレッサーオーガに無事進化出来たのを確認。


しかし5人は進化したばかりのせいか上手くバランスが取れず、動きに少し変なところが見受けられた。

生まれ変わった体に馴染(なじ)んでいないのが大凡(おおよそ)の理由だろう。

そう当たりを付けた凛は5人に休みを与え、申し訳なさそうにする彼女らへ、昨日みたくお昼やおやつ時は家路に就く。

あまり遠くまで行かないを約束に、屋敷を出る。


この日の午後、火燐と雫に進化の兆しが見えたものの…進化先が『???』としか表示されなかった。

2人を心配した凛は、無理に進化しなくても良いのではと促すも、火燐達はもっと凛の役に立ちたいからとしてこれを拒否。


若干眠そうにしながらも普通に夕食を済ませ、自室へ向かうのを見送るしかなかった。


「火燐と雫…大丈夫かな。」


場所は再び浴室。

凛が(うつむ)きながら入浴していたところ、昨日みたく美羽と雫━━━ではなく、翡翠と楓がバスタオル姿で入って来た。


「凛くーん!昨日は美羽ちゃんと雫ちゃんが来たんだってー?」


「お邪魔しますね…。」


「今日は翡翠と楓か、昨日の美羽と雫だけじゃなかったんだ…。」


凛がえ…と言いたげな顔になり、翡翠が「まーまー」と彼を(さと)しながらもしれっと入浴。

彼女の後ろを、若干申し訳なさげの楓が続く。


「凛くんの事だから、火燐ちゃん達の事でも考えてるんだろーなーって思って。だからあたし達、凛くんを励ましに来たの!」


「凛君、元気出して下さい…。」


「しかも見透かされてたーーー!」


自らの行動を予測され、途端に恥ずかしさを覚える凛。

思わずと言った感じで盛大に頭を抱えた。




4日目


火燐は炎の精。

雫は水の精と言う種族へとそれぞれ進化。

どちらも、金級中位の強さとなった。


「炎の精に水の精か…ん?炎の精?まさかね…。」


朝食時、凛は嬉しさから顔を綻ばせる火燐達に目線を向けつつ、難しい表情でそんな事を口籠(くちごも)る。


この日は午前中にエルマ、イルマ、小夜。

午後は翡翠と楓に、進化の兆しが見えた。


「…良かった。今日は誰も入って来ないみたいだね。これからもこんな感じの日が続いて欲しいんだけど…。」


入浴時、凛は誰からの介入もなく、無事に終えられたと安堵。


しかし無意識に出た本音とは言え、それはどう見てもフラグ。

明日から絶えず誰かしらが、しかも自ら立ててしまった事に全く気付けないでいた。




5日目


エルマとイルマは、共に魔銀級のグレーターエンジェル(上級天使)グレーターデーモン(上級悪魔)へ。

小夜はオーガへ。

そして翡翠は風の精、楓は土の精へとそれぞれ進化。


「ボクも火燐ちゃん達に負けてられない!マスター、今日はもう少し奥まで行ってみようよ!」


これに触発された美羽が、その様な提案を凛に持ち掛ける。


彼女の意見に火燐、雫、暁、月夜の4人が大きく同意。

他の面々も、満更でない態度を示した。(旭だけは少々面倒そうな表情を浮かべ、暁から拳骨(げんこつ)を貰っていたが)


「えぇ…。」


特に4人の熱量は相当なもので、凛は断り切れなかった。

放って置くと、彼女らだけで行くと言い出し兼ねないからだ。

故に、渋々ながら表層の中部付近で探索する事が決まる。


先に凛と美羽が現地へ向かい、大丈夫そうな場所に降りてポータルを設置。

その後火燐達がポータルで凛達と合流…的な流れだ。


「大丈夫かなぁ…。」


「大丈夫大丈夫!その為にボクとマスターが見に行くんだし!」


「まぁ、そうなんだけど。」


「ほらほら、マスター行くよ!」


「ちょ、美羽。分かったから引っ張らないで!」


未だ乗り気でない()の腕を美羽が上方向に引っ張り、浮遊。

火燐の「頑張れよー」の声をバックに、真っ直ぐ南方向へと飛ぶ。




いきなり引っ張られ、空中でもしばらく動揺が続いた凛。

やがて覚悟を決めた彼は逆に美羽を引っ張る勢いで前に出、揃ってスピードアップ。


すぐに音速を超える速さとなり、森の上を飛び続ける事4時間。

2人は表層中部に到着する。


『(…この辺りで良いんじゃない?)』


『(んー、そだね。それじゃ、下に降りよっか。)』


森に生える木の葉に黒みがさしたと捉え、降り立つ凛と美羽。

周辺に魔物がいない事を確認。

設置したポータルを設置を介し、すぐに火燐達が姿を見せた。


凛は彼女らが来るまでの間、周辺を警戒。

同時に、近辺の魔物についての情報収集を行ってもいた。


「ナビによれば、この辺りになると金級の魔物も普通に出るんだって。油断せず、でも出来るだけ早く終わらせて戻ろう。」


凛の言葉に、美羽達が真面目な表情で頷く。

彼も頷きで返し、すぐに応戦出来る構えで移動を開始。


その後、凛達はナビから(もたら)される情報を頼りに単体。

()しくは少数で行動する魔物を中心に探し、(ほふ)っていく。


その中に、銀級の強さで1つ目。

かつ5メートル近い背丈の巨人であるサイクロプス。


獅子の顔、山羊の体、蛇の尻尾を持つ金級のキマイラ。


キマイラと同じ金級の強さで、フォレストウルフを進化させたダイアウルフ。


スピノサウルスの様な見た目で、金級上位の強さを持つ土属性のドラゴンこと土竜(どりゅう)


凛達が下界へ降臨した時に見掛けた飛竜ことワイバーンの姿もあり、午前中の内に率先して魔物達を片付けた美羽が進化可能に。

先日までとは異なり、魔物の強さが1段階上がったおかげでもあるのだろう。


しかし、例え火燐達と同じ『???』でも、進化出来るのに変わりはない。

緊張の糸が切れ、安堵した美羽が地面に座り込んでしまう。


それを危惧(きぐ)した凛は即座に動き、多くの魔力を費して創った頑丈な小屋をその場に構築。

小屋の中にポータルを設け、念の為に内側からも魔力による強化を施してから皆で帰宅。


屋敷にいる翡翠達共々皆で無事を分かち合い、昼食を摂ってからは屋敷でのんびり過ごすとなった。




入浴時


「何だか疲れちゃったな…。」


自分は皆を率いる立場にあり、誰1人として失わず無事に帰さなければならない。

その責任感から凛はいつも以上に周囲へ気を配り、最大限のサポートをして回った。


攻防共に目覚ましい活躍を見せ、1度や2度どころか軽く10回は仲間のピンチを救ってみせた。

おかげで彼の評価は鰻登(うなぎのぼ)りではあったものの、それに見合うだけの疲労が蓄積したのもまた事実。


壁に頭を預けた凛は、ぼんやりとしながら反対側の壁を眺める。


「まぁでも、あれだけ寂しそうにしてくれると作った甲斐はあるかも。」


食べられなかった者の為にデザートの一部を残すとなった際、皆一様に浮かべるは捨てられた仔犬みたいな顔。

その事を凛は思い出し、クスリと笑う。


「今日が今日だったから明日もなんて言われるだろうし、早めに━━━」


休もうかな。

そう口にしようとし、直後に聞こえたのは「あのー…」との声。

不思議に思って浴室の入口の方を見てみれば、顔を出し、こちらを窺うエルマの姿が。


エルマは恥ずかしがり屋な上に(畏れ多いとの意味で)凛と少しばかり距離があった。

そんな彼女と視線が合い、始めは何かの見間違いだと捉えていた凛の目が次第に大きくなる。


「えっ、エルマ!?」


「美羽ちゃんから…。」


「凛様の背中を流す様にと…。」


「言われまして…。」


しかもエルマだけではなかったらしい。

エルマの下にイルマ、その更に下に紅葉が…と言った感じで顔を出す。


彼女達は凛が「い、イルマ!?それに紅葉まで!?」と叫び、驚愕する様を知ってか知らずか、やはりバスタオル姿で入って来た。


これに慌てたのは凛。

美羽や雫達は神界で出会い、(凛的に)身内だったり家族の関係。


だがエルマ達は送り出されてから知り合った存在。

言わば他人だ。


いくら仲間でも節度やマナーは必要だと判断し、急いで後ろを向く。


「あの…3人共。いくら美羽達に言われたからって、無理して入らなくても大丈夫だからね?」


凛がそう尋ねるも何のその。

言い終える頃には3人共既に浴槽手前にまで移動しており、そのまま躊躇(ためら)う事なくすぐ傍にまで歩み寄って来た。


「「「…ううん(いいえ)。確かに少し恥ずかしいけど(ですが)、無理はしてないよ(おりませんよ)?」」」


「そうですか…。」


3人からの答えに、再び肩を落とす凛。

それとは対照的に、エルマ達は恥ずかしそうにしながらもその表情は柔らかいものだった。




6日目


美羽は今までの半人半神の眷属から、イェブに進化。

凛だけが微妙な反応を示し、他は初めて聞く種族名に揃って「?」と不思議がるのが印象的だった。


彼女の魔素量は魔銀級上位にまで上昇。

『時空間操作』、『全属性適性上昇』のスキルを得た。


時空間操作は時の流れを早めたり遅めたりし、新たな空間の生成。

並びに、空間を広げたり縮める事が出来るスキル。

全属性適性上昇はその名の通り、炎から無属性に至るまで全ての属性を使いやすくし、効果を上げてくれるスキルとなる。


「初めてのスキル獲得、しかも2つか。どちらも強力そうだし幸先良いな。」


美羽のスキル取得に併せ、適性がある者は凛(正確にはナビ)を介して付与が可能となった。

ただ時空間を含め、全属性に適性がある者はそもそも凛に美羽。

それと里香や瑠璃位しかいない。


このままでは死にスキル…とまではいかないにしても十全に発揮するには程遠く、里香と瑠璃を除いた2人だけの専用スキルとなる。

それだと色々と勿体ないので、凛は近々スキルの改良が出来ないかを相談するつもりでいる。




話は戻り、凛はまさかとも思いつつ、イェブについてをナビに尋ねてみる。

しかしエラーが繰り返されるばかりで、何一つとして情報らしい情報は得られらなかった。


凛はあれこれと考えてはみたが結局纏まらず、最近は戦闘ばかりが続いたを口実に今日1日を休みとした。


夕食までまったりと過ごし、その後に来るのは当然入浴。


凛が入浴しててもお構いなしとばかりに、火燐以外の全女性がバスタオル姿で入って来た。


「おっ邪魔しまーっす♪」


「まーす。」


「へへへー♪来ちゃったー!」


「お邪魔しますね…。」


「凛さんが女の子みたいだからって言うのも勿論あるんだけど…。」


「うん。いつも以上に凛さんの近くに寄れる。これはこれで有りだよね。」


「…失礼致します。」


「「失礼シマス。」」


美羽、雫、翡翠、楓、エルマ、イルマは談笑し、紅葉は楚々(そそ)として。

月夜と小夜は紅葉の付き添いとの名目で彼女の近くにいる。


皆1度入ったはずなのに、再び来るのは何故なのか。

過去に凛が美羽達に質問した事があるのだが、返って来たのはえへへーとの笑みだけ。


1人で入りたいと何回伝えても受け入れて貰えず、それどころかこうして全員が乗り込んで来る始末。


「…もう、好きにして…。」


地球にいた時もこんな感じで姉達が入って来たなぁ…等と思い出しつつ、凛はさめざめと泣く仕草で両手で顔を覆う。


この日を境に(今更とも言うが)、凛に対して一定以上の好感度を持つ女性は、凛が入浴中だろうがお構いなく浴室へ入るのがデフォルトとなった。




その頃、脱衣場では


「美羽達…なんであんな気楽に乗り込んで行けるんだ…?」


ドア越しに、浴室内の様子を覗く火燐の姿が。


「だが、今ならオレが入っても不思議じゃねぇよな!」


そう言ってワイシャツに手を延ばし、


「ぐ…ぐぐ…だぁっ!やっぱ無理っ!!」


しかし恥ずかしさに耐え切れず、足早にその場を去る彼女。

勢いそのままにダイニングを抜け、階段を駆け上がっていった。


「「………。」」


そんな火燐を、ダイニングのソファーに座る暁と旭が何とも言えない表情で見つめる。


浴室で一体何がとの思い。

加えて、()も自分達と同じくのんびりと風呂に入りたいと愚痴を零していた事から、同情を禁じ得なかったのかも知れない。




7日目


朝食を摂りながら皆で話し合い、最優先事項として一昨日設置したポータルの回収。

その後、屋敷近くで探索する事が決まった。


午前8時を過ぎた頃、美羽達は先に屋敷を出発。

手を振る彼女らを見送った凛は、単身での行動。

回収も兼ね、表層中部へと向かう。


到着後、凛は小屋から出ようとドアノブへと手を伸ばした瞬間。

何かが小屋にぶつかったのか、彼の元にドォォォォォォォンと物凄い音や衝撃が届けられた。


即座に腕を引っ込めざるを得ず、「うわっ!?な、何!?」と警戒心を露にする。


《どうやら、9時の方向で戦闘が起きている模様。》


「戦闘!?小屋の回収をしたいんだけど…その前に、相手をどうにかする方が先か。」


迅速な動きで小屋に施した強化術を解除した凛は、反対側となる左の壁に穴を開け、脱出。

そこから10メートル程離れ、後ろを確認してみる。


彼の目には、2体の魔物の姿が。

1体目は黒い亀の魔物。

もう1体はドラゴンと思われる。


黒い亀の魔物は高さと横幅が2メートル位なのに対し、ドラゴンは高さだけで5メートル以上。

全長も15メートルはあり、大きさにかなりの差があった。


そのドラゴンは全身がエメラルドみたく鮮やかに光る緑色の鱗で覆われ、手足を少し短くしたステゴザウルスに近い見た目。

体の何箇所かが(へこ)み、口元には青い血が流れた形跡があるものの、まだまだ健在の様だった。


対する黒い亀の魔物。

どうやら音と衝撃の原因はこの魔物らしい。

ドラゴンに吹き飛ばされたのか小屋のすぐ隣に位置し、横倒しの状態。


丁度起き上がろうとしている場面で、離れた場所からドラゴンがゆっくりと歩いている最中でもあった。




このドラゴンは先日倒した土竜…ではなく、ランドドラゴンがグリ()ンリ()フド()ゴンを経て更に進化を重ね、黒鉄級上位の強さにまでなったものだ。

名をフ()()トドラゴンと言い、このクラスになると100年以上の(なが)きに渡って生き長らえている個体も多い事から、別名古竜(エンシェントドラゴン)とも呼ばれる。


素早さこそあまりないものの、エメラルドに輝く硬い鱗の鎧で全身を覆い、高い防御力を誇る。

気性が荒く、攻撃が届きそうにない場合は強力な土属性魔法を使うとの厄介さを持つ。


対する黒い亀はアダマンタートル。

甲羅の部分がアダマンタイトで出来ており、かなり重だけでなく防御力も非常に高い。

その硬さたるや、フォレストドラゴンの強靭な鱗や外皮ですら凹ませ、ダメージを与える程だ。


ただ、その代償と言うかフォレストドラゴンの怒りを買ったらしい。

力強い尻尾攻撃を貰い、背中から小屋へ衝突。

小屋自体は強化に強化を重ねたからか揺れる程度で済んだものの、自慢の甲羅は一目で分かる位に大きなヒビが。


余談として、アダマンタートルは手足を甲羅の中へ入れる速度に関しては速い…が、ただそれだけ。

防御力の高さ(甲羅の硬さ)のみが取り柄と言っても過言ではないアダマンタートルは、ランク付けの指標ともなる黒鉄級の強さを持っている。




フォレストドラゴンが悠然(ゆうぜん)と歩く姿を確認してから、10秒近くが経過。

距離は100メートルを切り、フォレストドラゴンの後ろにアダマンタートルがもう1体いるのが窺えた。


凛がこの場に居合わせてからずっと水属性魔法をフォレストドラゴンにぶつけていたのは分かっていたものの、高さの違いからようやく捉えたと言った方が良いかも知れない。


そして水魔法についてだが、属性の優位性から大して効いていない風に見える。

その上フォレストドラゴンよりも更に足が遅く、縮まるどころか離される一方。

実力の差がこれでもかと浮き彫りに。


状況から察するに、アダマンタートル2体掛かりでフォレストドラゴンと対峙。

コンビネーションを重ね、ある程度ダメージを与えるまでは上手くいったものの、分断されてから上手くいかなくなったのではとの推測がされた。




話は戻り、フォレストドラゴンは凛の手前50メートル位の位置で足を止め、「部外者はここから去れ」とばかりに大きく()える。

ただ、凛は特に反応を示さず、黙ってこちらを見据えるのみ。


警告しても尚、動く素振りを見せない矮小(わいしょう)な存在。

つまらない、邪魔…だから排除する。

そう決めたフォレストドラゴンは明確な殺意を凛にぶつけ、大きな足を1歩前へと踏み出す。


「…!」


フォレストドラゴンのいきなりの標的変更に、凛は反応。

しかし争いの余波が周りへ伝播(でんぱ)し、近くにいる魔物達がこちらに来るのではとの考えが(よぎ)り、なるべく早めに終わらせなければとの了見に。


「ガァァァァァァ!!」


走るフォレストドラゴン。

彼の魔物の咆哮(ほうこう)に併せ、(凛から見て)正面から岩で出来た幾つもの塊や尖った柱が。

足元からは複数の棘が隆起(りゅうき)し、一斉に彼を襲う。


当のから本人は今の状況下でも一切慌てず、むしろこの攻防が勝敗を分けると咄嗟(とっさ)に判断。


大量の魔力を体や武器に纏わせ、切れ味や身体能力を格段に上昇(ブースト)

フォレストドラゴンが放った攻撃全てを掻い潜り、すぐ触れる距離にまで瞬く間に肉薄。

「ごめんね」との呟きと共に、瞠目(どうもく)するフォレストドラゴンの首を一太刀で両断。


走った勢いは死んだ後も収まらず、50メートル近くズガガガ…と一切合切(いっさいがっさい)を薙ぎ払い続けたところでようやく停止。

凛は相手でなく、自らが環境破壊した事に「あ、ヤバっ」と肝を冷やす。


すると何故か、しかも突然2体のアダマンタートルが怒り出した。

訳が分からない凛はしばらく彼らの体当たり、それと水によるブレスや魔法を捌き続けるも、一向に鎮まる気配は見られない。


被害こそこちらの方が上ではあるものの、実はフォレストドラゴンを倒すつもりでおり、手柄を横取りされて腹が立ったのか。

将又(はたまた)単純に凛の存在が気に食わなかったのか、それとも別な理由があるのは分からない…が、凛を標的として狙うのは確か。


仕方なく倒すとなり、フォレストドラゴンと同様に魔力を込め、動こうとした途端。

アダマンタートル達は手足や首を甲羅の中に引っ込め、その場から動かなくなった。


凛はこのまま去ろうかとも考えたが、気を抜いた瞬間に襲われでもしたら面倒との考えから、攻撃を続行。

刀を大きく上げ、甲羅ごと叩き割るつもりで勢い良く振り下ろす。


ところが結果は真逆。

パリィィィィンと音と共に、根元から刀身が砕けてしまった。

先程のフォレストドラゴンへの攻撃(負荷)が響き、アダマンタイトの硬さがトドメとなったのかも知れない。


ともあれ凛は絶句。

信じられないものでも見た様な顔付きで刀を見やる。


それを察したアダマンタートルがヒョコッと首を出し、安全だと分かるやすぐ得意げに。

目と目が合い、苦い表情の相手()に益々ドヤ顔を浮かべるかと思いきや。


死角に喚び出されたビットにより頭部を射貫かれ、あっさりと絶命。

油断を誘う部分があったとは言え、本体自体はそれ程硬くないと理解した凛は「えー…」と拍子抜け。


残るもう1体は、ぐでぇ~~っと舌を出しながら死んだ相方を見て少しの間呆然とした様子に。

程なくして我に返ったアダマンタートルが戦意を見せるも、やはりアッサリ討伐される流れとなった。




「ふぅ。さて、思ったより時間掛かっちゃったし、急いで回収━━━」


安堵の表情を浮かべ、建物や魔物達を回収する目的で凛が踏み出した直後。

猛烈な眠気に襲われ、その場に崩れ落ちそうになる。


とてもではないが、全てを終わらせて戻るのは不可能。

ポータルと小屋は当然として、アダマンタートルも諦めざるを得ない状況。

せめてドラゴンだけでもとの思いから、そちらの回収だけは行った。


帰宅後、凛はかなり覚束(おぼつか)ない足取りで自室へ。

それに併せ、移動先で魔物と遭遇。

戦闘になり、倒した影響で進化する旨を、念話越しに美羽へ伝達。


やがて自室に到着。

倒れ込む形でベッドへ横になり、ほぼ同じタイミングで部屋に駆け込んで来る美羽達を横目で辛うじて視認。


しかしその動きは妙にスローモーションだった。

その事を不思議に思いつつ、凛は意識を手放すのだった。

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