14話
姫と呼ばれる雌ゴブリンに憂慮した凛達は、先程よりは大分ゆっくりな速度で20分程進む。
すると、かつては集落があったのだろう。
木材等で簡単に組まれたであろう家々が悉く破壊。
若しくは燃やされ、無残な景観へと変わり果てた一帯を目撃する。
加えて、この状況になってから少なくとも2~3日は経っているらしい。
集落内のあちこちに乾いた血の跡だったり、既に事切れたであろう者達が。
中にはゴブリンだけでなく人間の姿も散見され、死亡後魔物にでも食べられたのだろう。
斬り傷や打撲痕とは別に、抉られた形跡も見受けられた。
それを前にした凛、美羽、翡翠、楓の4人は悲しい表情となり、火燐や雫は眉を顰め、エルマとイルマが顔を青くする。
美羽の両腕に抱かれる雌ゴブリン━━━姫は、信じられないものを見たとばかりに目を見張る。
「ア、アァ…ソンナ…。」
集落の前に降り立つ1行。
美羽から下ろされた姫はよろよろとした足取りで数歩進み、やがて力なくへたり込んでしまう。
『(これは酷い…やったのはさっきのゴブリンキング達、なんだろうな。)』
『(恐らくは…ですが、ですがこれは…あまりにも無体が過ぎるのではないでしょうか。この様な事が許されるのであれば…私は…私は!例え脆弱な身なれど、最後の最後まで抗わせて頂きたく存じます!)』
軽く下を向き、念話の途中でゆっくりと立ち上がる姫。
彼女は集落の中…ではなく反対側。
それも死滅の森方面へ向かおうとする。
《マスター、ご報告です。集落内の崩れた家屋の地下部分。及び奥の建物付近に、生存者がいるのを発見致しました。》
『(ゴブリンさん、ちょっと待って!生存者がいるみたい!)』
しかし、10メートル位進んだところで凛から待ったが。
非力なゴブリン故に走る速度が遅く、凛の声が届けられる範囲内にいたのが幸いか。
ともあれ、同族が生きていると知った姫は「そうなのですか!?」と踵を返し、走り出した時以上の速度で凛との距離を詰める。
『(ぁ…申し訳ございません。私とした事が、大変見苦しい姿を…。)』
そこでようやく我に返り、自らの所業を悔いたのかすすす…と距離を取る彼女。
『(反省は後。今は助けに向かうのが先だよ。)』
『(はい!)』
凛はそんな姫を宥め、美羽達にゴブリン救出を要請。
快い返事を得てすぐ、皆で集落の中へと入る。
30分後
ナビによる案内の元、凛達は破壊された家2軒の床下収納部分。
そこで雄のゴブリン1体と、ゴブリンの姉妹。
それと奥にある少し大きめの家の下敷きになり、身動きが取れなくなっていたホブゴブリンの計4体を保護。
いずれも無傷か軽症のどちらか。
ただいずれもが意識を失っており、少し広めの場所に4体共集められるとの運びに。
「しばらく何も口にしてないせいで衰弱したってところか…なんだか懐かしいな。」
凛が介護職の仕事をしていた頃、虫の居所が悪いせいでしばらく食事を摂らなかった老人がいた。
その老人は4日程断り続けた結果、空腹で気絶。
点滴投与を余儀なくされ、周りからそれはそれはもう派手に怒られ、渋々従う様になったと言うお話だ。
その内容を思い出した凛はふふっと笑い、美羽達から不思議そうな目で見られている事にまるで気付かない。
「本当はすぐにでも何か口にするべきなんだけど…今の状態だと食べられるものが限られてるからなぁ。」
「そうなのか?」
「うん。どれくらい口にしていないかとかにもよるけど、これから摂る食事の次第で体がびっくりしちゃって、最悪死に至る…なんて場合もある。」
「へー。」
「…うん。手持ちの料理じゃ少し不安だし、何か消化に良い物を作ろうかな…と言う訳で、僕は少し席を外させて貰うね。」
「分かった。」
凛はその場に縦横2メートル超えの大きさの白い門━━━(先刻姉里香から学んだばかりの移動手段である)ポータルを設置。
後ろを向き、軽く手を振って潜り、神界へ。
マクスウェルとの修行の際に利用した大部屋を抜け、キッチンへと向かう。
それらを含め、ポータルの向こう側に見える景色を美羽達は懐かしみ、様々な反応を示す。
反対にポータル、神界共に初めて目にする姫が盛大に絶句し、エルマとイルマがおっかなびっくりと言った感じに。
その同時期、家の下敷きになっていたホブゴブリンが覚醒。
彼の声に気付いた全員がそちらを向き、我先にと姫が彼の元へ駆け寄る。
「(気が付かれましたか!)」
「(これは姫様!ご無事で何より…ですが申し訳ございません、集落を守る事は叶いませんでした…。)」
「(良いのです。それよりも襲った相手は…。)」
「(ええ。姫様を無理矢理連れて行った、あのゴブリンキング達です。)」
「(やはり…。)」
「(ところで姫様、そちらの人間族の方々は…?)」
「(あちらは私を助け、集落まで連れて来て下さった方達です。)」
「(そうでしたか!)」
『?』
そこから姫とホブゴブリンによる会話が始まり、上記は小声ながらやり取りを意訳したもの。
ホブゴブリンのリアクションは若干大袈裟に感じられたが、それでも声の届かない美羽達は疑問符を浮かべるしかなかった。
一応、ナビの影響下にある美羽だけは、その気になれば聞き取れなくもない。
だが真剣な顔付きながらも喜び合う2体の妨げになるのでは、との思いから敢えて控える事に。
15分後
「ただいまー…って、何かあったの?」
凛が戻って来た。
きょとんとする彼の左右の手には、小さなトレイ。
それとその上には、それぞれスープで満たされた深い皿が乗せられてでの登場だ。
今回凛が用意したスープは、南瓜やとうもろこし等の野菜をミキサーにかけ、そこに牛乳を足したポタージュ。
それと玉ねぎや人参等を細かく刻み、柔らかくなるまで煮詰めてからコンソメで味付けしたもの。
そんな彼の瞳に、おろおろとしている美羽や呆然とした表情の火燐達。
更には土下座姿のゴブリン達が映り、自分の不在時にどんなドラマが?とでも思ったのかも知れない。
「あっ、マスター!お帰りなさい…あのねあのね、ゴブリンさん達がね、配下にして下さいってあの座り方をする様になったの。けど配下にするしないを決めるのはマスターでしょ?だからボク達じゃ何も言えないって答えたんだけど…。」
「あのまま動かなくなってしまった、と。」
「うん…。」
こちらに気付いた美羽が駆け寄り、しどろもどろから少し落ち込んだ様子で説明。
凛は目を閉じ、しかし極短時間でこのまま放置しても埒が明かないとの考えに。
彼はゴブリン達の元へ直進し、2つのスープをそっと彼女らの前へ。
置いてから10秒程時間が経っても動きに全く変化が見られなかった為、「冷めない内にどうぞ」と促してみる。
しかし誰1人として頭を上げる者はおらず、密かに溜め息を零す。
「折角作ったのになー、飲んでくれないなら配下の話はなくなるかもー、なんて。」
そう漏らすや否や、気持ち渋面の姫がまず頭を上げる。
続けて凛から(どこからか出した)スプーンと受け皿を渡され、お玉で掬われたポタージュスープを注がれる。
ゆっくりスープを飲むよう言われ、恐る恐るスプーンで1口。
近くにいるゴブリン達(何故か先程食事を終えたばかりの火燐達まで)が固唾を飲んで見守る中、ポタージュスープが喉を通った辺りで姫は目をカッと見開き、そこから丁寧ながらも中々に早い動きでスープが目減りしていく。
どうやら無言で。
それに脇目も振らず、一心に飲み進める位には美味しいと感じてくれたらしい。
そして、その光景を見た他のゴブリン達も我慢出来なくなったのは自然であり、必然。
各々が(いつの間にか注がれたのも込みで)用意された皿とスプーンを手にし、姫に倣う形でスープを自らの口へ。
彼らも姫と同様に驚き、ホブゴブリンとは別の雄ゴブリンが勢い良く飲もうとしたところでストップが。
止めたのは凛で、体が弱っている状態で一気に飲食物を摂取すると体がびっくりし、最悪死んでしまう旨を改めて伝達。
ゴブリン達は真面目な表情で。
それもこちらを配慮してくれる凛の優しさに感銘を受け、食事の手が止まる。
互いに目配せし、頷き1つ。
彼の思いやりに応えるべく、今度はゆっくりとした動作でスープを味わい、まるでスープを体に染み渡らせるみたいにも感じられた。
その間、美羽と楓はニコニコ顔だったものの、火燐と雫は涎を垂らしながら。
翡翠達やエルマ達は興味津々な様子で、ゴブリン達…ではなく2種類のスープをずっと見ていた。
食後、凛は改めてゴブリン達から話を伺う事に。
聞けば、彼らはゴブリンでありながら狩猟、略奪、暴行を行わない(珍しい)種族。
農耕や周辺にある自然の恵みを中心に生計を立てていたのだそう。
そしてこの集落は他と違い、何故か雄が2体いたら雌が1体はいると言う割合で存在。
集落内での繁殖が十二分に可能で、彼らの温厚な性格に惹かれた他種族の出入りもそれなりにあり、極小さな街位の豊かさで生活を送って来たらしい。
そんな中、数年前に集落内で『姫』が生まれた。
姫はいずれも2本の角を持ち、数十年から百年、二百年に1体現れると言う珍しい個体。
成長すると、集落に恩恵を齎す存在とも言われている。
そんな姫の噂を、たまたま(先程のゴブリンキングとの戦闘の際、ちょこまかと逃げて火燐を苛立たせていた)グレーターゴブリンが耳にし、そのままゴブリンキングへ伝達したのがつい最近。
ゴブリンキングは姫を自分の傍に置く事で、所属する群れの地位を上げようと画策。
半ば強引に、彼女を集落から連れ去ってしまう。
そしてゴブリンキングは、姫を自分の住み処にさえ入れてしまえば、残りの者は用済みだと判断。
姫を檻の付いた部屋に閉じ込めて少し経った頃、後顧の憂いを断つ目的で集落を滅ぼす事を決める。
武器を手に、集落へと足を運んだゴブリンキング1団。
報せを聞いた集落の代表兼、姫の父親でもある年老いたゴブリンが前に出、見逃して欲しいと懇願。
しかし、ゴブリンキングはこれを鼻で笑った挙げ句、これが返事だとばかりに右手の大剣で代表を縦に両断。
会話らしい会話もなく、一方的に代表が斬り伏せられるとの光景を目の当たりにしたゴブリン達。
集落に住まう者達もそれは然りで、いきなりの事態に絶句するしかなかった。
ゴブリンキングはそんな彼らを尻目に、話は終わったとばかりに前進。
彼の後ろを、配下達が続く。
数瞬後、代表に仕えるホブゴブリンの内の1体(凛達に助け出されたのと同じ個体)が我に返り、いきなりの無礼極まる行為に腸が煮えくり返りそうになるのを必死に抑え、再度ゴブリンキング達に進むのを止めるよう熱願。
他のゴブリン達も攻撃を止めて欲しいと伝えるも、完全に無視。
ゴブリンキングは集落を攻めろと部下達に命令を下し、自身も手当たり次第に武器を振るう。
説得するゴブリン達は『いない者』として扱われた。
それを察した代表の近衛達は考え方を変え、自分らが皆を逃がす為の犠牲になる事を決める。
彼らは身を挺し、集落の中でも弱い者、加えて他種族の者達を集落の外へと逃がしていった。
その際、ここにいるホブゴブリンは武器で相手の攻撃を防ぐも、力負けが原因で吹き飛ばされ、民家へ直撃。
崩れた柱や壁に押し潰され、身動きが取れなくなる始末。
何とかして脱出しようと藻掻く最中、ゴブリンキングに勘付かれ、ゆっくりと歩み寄られる。
右手に持つ大剣の切っ先を眼前に突き付けられ、しばし睨み合いに。
やがて興味を失ったゴブリンキングが鼻で笑ったのを最後に、その場から離れて行ったとの事。
雄ゴブリンはホブゴブリンの部下的な扱いで、同族や人々を逃がす内に仲間が殺されていくとの光景に戦慄を覚えた。
職務どころか全てを擲ってその場から逃げ出し、床下収納がある家へ避難。
ゴブリンキング達が去るのをやり過ごした。
想いは通じ、彼らがいなくなっていざ脱出しようとした矢先。
地上部分が壊され、建物から出られなくなったと気付く。
それは、両親からここに隠れていなさいと言われたゴブリン姉妹も同じ。
彼女らもゴブリンキング達が暴れたせいで家屋が倒壊し、床下収納部分に閉じ込められてしまったのだそう。
結果、以前はゴブリン種だけで計200体以上はいた集落も、今は(姫を除き)4体だけ。
後で確認したのだが、外に逃げた者達は残らず変わり果てた姿へと変貌を遂げていた。
姫は目を覚ました4体と話し合い、2度とこのような理不尽な思いで同胞を傷付けられてはならない。
それらに打ち勝つべく、誰にも負けないだけの力を身に付けようとの意見に至る。
ただそうは決めたものの、ホブゴブリンと雄ゴブリン以外の全員が、戦闘は疎か訓練すらした事がない全くの素人。
姫も勿論そちら側で、互いが互いをカバーしきれないまますぐにやられるのではとの見解に。
ならばゴブリンキング達を簡単に殲滅してみせた、凛達に助けを乞おうとなったのだそう。
『(成程…配下になるのは勿論構わないんだけど、力に溺れないと約束出来る?)』
『(それは…どう言った意味でしょうか?)』
『(貴方達を見てると、ただ仲間を守りたいって言う風には見えないんだよね。特に…ホブゴブリンさん。)』
『(成程、それで…。)』
凛の言葉に姫は納得。
続けて、彼女は隣にいる一際大きいゴブリン…ホブゴブリンに視点を変え、伝えられた内容を説明。
ホブゴブリンは凛から水を向けられ、一頻り姫から話を聞き終えても尚、何やら思うところがあるらしい。
正座のままほんの少し俯き、瞑目したかと思えば小刻みに体を震わせ、両拳を強く握り締める。
やがて覚悟を決めた彼は目をスッと開き、力強い視線で姫と正対する。
『(申し訳ありません。話を最後まで一切聞かず、一方的に仲間を殺されたと怒りが抑えられなかったそうです。これからは考えを改めるので、仲間を。延いては貴方様を守る為に尽力させては頂けないでしょうか、と申しております。)』
『(…分かった、その言葉を信じよう。)』
凛の頷きを含めての返事に、ゴブリン達の緊張の糸が少しだけ和らぐ。
『(…そう言えば、今更だけど貴方達は何て呼べば良いのかな?名前とかあったりする?)』
『(いえ、私達に名前はございません。私の姫やこちらの側近や兵士の様に、役職名で呼ばれる事がほとんどでございます。)』
『(名前がないと呼ぶ時がなぁ…ゴブリンさんって声掛けたら全員に振り向かれる、なんて場合はちょっと反応に困るかも。)』
『(確かに…どう致しましょうか?)』
『(それじゃ良ければだけど、僕が貴方達の名前を考えても良いかな?勿論嫌なら断ってくれて構わない。)』
『(その様な事…!失礼致しました。こちらとしては願ってもない話ですが…その、宜しいのでしょうか?)』
『(? 勿論だよ。参考までに、後ろの美羽達の名前は僕が考えたんだ。)』
『(左様でございますか。変わった名をお付けになられたのですね。)』
『(そこら辺についてはまた追々。それじゃ、今から考えるから少し待っててね。)』
『(畏まりました…!)』
姫は申し訳なさそうな表情から一変。
両手を口の前にやる等して気持ち嬉しがり、他のゴブリン共々期待の籠もった眼差しを凛に向ける。
1分後
「…よし、決めた。」
『…!』
場が再び緊張感に包まれる。
無論、これから行われるであろうイベントについてだ。
美羽達は彼が一体どの様な名を与えるのだろうと期待に胸を膨らませ、ゴブリン達は『名前』を『付ける』意味をこの人間は分かっているのか?と言いたげ。
そんな複雑な感情が入り混じる雰囲気となった。
「まずはホブゴブリンさんで、『暁』って名前にするよ。これは本来夜明けと言う意味なんだけど、皆の希望になって欲しいとの願いも込めて付けさせて貰うね。
もう1体のゴブリンさんは同じ位の時間から『旭』。ゴブリンのお姉さんは雌だし、太陽の反対の月から来て『月夜』、妹さんは『小夜』だね。」
凛は1体1体の目をしっかり見て話し、最後に姫と向かい合う。
「そして姫ゴブリンさん。初めて君を、厳密に言えば額に生えた2本角を見た時、鬼みたいだなって思ったんだ。」
「オニ…デスカ?」
凛はマクスウェルから軽く魔物について聞かされ、オーガは大鬼。
ゴブリンは小鬼とも表記される旨を知る。
故に昔、地球にいたとされる鬼女を連想し━━━
「だからこのまま進化したら鬼姫なんて呼ばれる存在になったりするのかなー、なんて考えてさ。『紅葉』って名前が似合、う…ん……。」
凛が姫に紅葉と名前を付けた直後。
何かが一気に持って行かれる感じがした彼は、体の踏ん張りが利かなくなったらしい。
言い終えるよりも先に片膝を突き、苦悶の表情を浮かべる。
「マスターっ!!」
「凛っ!」
「凛…!」
「凛くん!」
「凛君…!」
「「凛さん!」」
「…ごめん、大丈夫。」
美羽達は突然過ぎる事態に狼狽。
又は心配になり、駆け寄ろうとする彼女らを凛が右手で制した。
(…ふぅ、ナビ。状況確認もだけど、先に紅葉達だ。5人共無事なんだよね?)
脱力感は一時的なもので、普段通りに戻った凛がスッと立ち上がる。
視線を紅葉達へ移せば何故か気を失っており、ナビへ尋ねながらもそちらを気遣う姿は実に彼らしい。
《はい。今の一連の流れにより、紅葉様方との間に繋がりが出来た模様。》
(繋がり?僕とナビで言うリンクみたいなもの?)
《はい。意味合いは少し異なりますが、同じと考えて宜しいかと。それと紅葉様方が倒れた理由ですが…どうやら名付け行為が何らかの効力を発揮したのか、名付けた側を上。名付けられた側を下とする主従関係が構築されたのを確認。
その際、従者になった証として、名付けた側が魔素を分け与えるまでがセットの様です。分け与える魔素の量は、名付けを行った時点での主側の魔素量。及び従者側の潜在能力に応じて異なります。》
(つまり、今回は潜在能力が高い誰か…と言っても、恐らくは紅葉だろうね。彼女は姫なんて呼ばれてるし、どう考えても普通なはずがない。)
《はい。この様な事態に備え、予め無限収納に蓄えておいた魔素を使用致しました。ですが、私が想定していたよりも流れ込む魔素の量が多く、且つ魔素の通る経路が狭かった為に虚脱感へと繋がってしまいました。申し訳ありません。》
(いやいや、むしろ反対に今知れて良かったと思ってる位だよ。だから気にしないで。)
《ありがとうございます。それと、紅葉様方の事なのですが…。》
その後も、凛とナビによる話し合いは軽く続いた。
「ごめん皆、お待たせ。名前を付ける行為は相手を従者だと認めると同時に、見返りとして魔素を分け与えるとの意味でもあるみたいなんだ。」
「えと…要は、ゴブリンさん達に名前を付けたから今みたいになったって事?」
「そうだね。名付けの影響で僕と紅葉達の間に見えない繋がりが生まれ、そこを通じて僕の魔素が彼女達に向かおうとしたんだけど…向かう量が多いのと一気に行こうとしたのが重なっちゃったみたい。力が抜けたのはその反動からで、紅葉達は与えられた魔素に体が適応しようとして強制的に眠っちゃったって感じかな。」
補足とまではいかないが、天界で凛が美羽や火燐達に名前を付けた際、近くには里香の姿が。
彼女が名付けの運用を阻止し、また(テンプレと言うか、凛は最初スライム辺りに名付けをするだろうとの予想から)サプライズ目的で黙ってもいた。
「そうだったんだ。ゴブリンさん…紅葉さん?達も大事だけど、まずはマスターだよ。マスター、本当に大丈夫?」
「うん。ビックリしちゃっただけで、体自体は全然元気だよ。」
美羽(火燐達も)は立場や個人的事情から、凛の身の安全を最優先に考えなければならない。
その彼の説明に美羽が良かったー!と返し、エルマやイルマを含めた他の面々も安堵の表情へ。
「でもマスターの体が心配だし、今日はここまでにして休もう?ね?ね?」
「んー…そうしよっか。なんだかんだで夕方近くになっちゃったしね。それじゃ、僕が暁を抱え━━━」
「オレが運ぶ。だから凛は皆がポータル(で移動出来る為)の用意をしてくれ。」
美羽の提案を受けた(彼女の熱意に根負けしたとも言う)凛は場所を変える為、暁の所へ向かおうとする。
しかし素早く動いた火燐により彼は抱き抱えられ、それならばと方向を変えるも、既に美羽が紅葉を。
翡翠が旭を、楓が月夜を、雫が小夜を抱えているとの現状。
「ははは…分かった、僕の負けだよ。それじゃ、お言葉に甘えさせて貰おうかな。」
「分かりゃ良いんだよ。」
降参とばかりに凛が両手を挙げ、火燐が大きく頷いた。
先程出したポータルへ皆を誘導、場所をリビングダイニングルームに移した1行。
隣に4つある6畳の部屋、その内の2つを使って紅葉達を休ませ、リビングダイニングルームへと戻る。
1つの部屋を紅葉、月夜、小夜。
もう1つの部屋を暁と旭との組み合わせで分け、練習がてら美羽がアクティベーションで用意したベッドで休ませるとの流れだ。
その間、エルマとイルマの2人は初めての空間移動に加え、やはり初めてである白い空間。
つまり神々が御座す神界に自分達は今現在いるのだと知ってから一気に落ち着かなくなり、ずっとソワソワしていた。
因みに、里香達は散ってからまだそう間もないを理由に不在。
もし彼女らがここにいた場合、2人は間違いなく(インパクトの強さから)失神したであろう事は想像に難くない。
「少し前までは(マクスウェルを入れて)3人だったのに、今は8人…いや紅葉達を入れれば13人か。一気に手狭になっちゃったなー。
明日になったら仮の拠点を向こうに作るとして…4つある部屋の内の2つを紅葉達で使ったから、残りは2つ。その1つを美羽、火燐、雫、翡翠、楓で、もう1つをエルマとイルマで過ごして貰うって形で良いかな?」
凛の提案に火燐達。
それとエルマ達が頷き、美羽がマスターは?と尋ね返す。
「僕?僕はこのソファーを使わうつもり。それじゃ部屋割りも済んだし、追加のベッドを用意━━━」
「ボ・ク・が・す・る・の!」
「分かった分かった…美羽にお願いするよ。」
「分かれば宜しい♪」
「火燐の真似かな?」
さっき体調崩したばかりなのにもう何かやろうとしてるー、的なのが伝わったのだろう。
凛が言い終えるよりも先にぷくぅと頬を膨らませ、諦めた様子で両手を上げれば途端にふふんとドヤ顔へ早変わり。
尚、凛のツッコミは無視された模様。
そんなこんなで美羽は早速空いた部屋へと直行。
足りない分のベッドをアクティベーションで追加。
すぐに作業を終え、戻って来た。
完了したよー♪と小走りで駆ける美羽を、ソファーに腰掛けた凛がお疲れ様と労う。
続けて、視点を彼女から壁に掛かった時計へと移し、微妙な顔付きに。
「…まだ5時前なんだ。流れでここへ帰って来ちゃったけど、ご飯を食べるには少し早いしなぁ…先にお風呂入っとく?」
「あっ、ならそうさせてもらおうかな♪マスター、入浴剤使っても良い?」
「勿論。あるのから好きなの使って。」
「やった♪昨日が柚子だったから今日はー…桜の香りにしよっと。それじゃー火燐ちゃん、雫ちゃん。お風呂の準備の仕方を教えるから、ボクに付いて来てー。」
「はいよー。」
「ん。」
火燐と雫を伴った美羽が、嬉しそうな様子で浴室に向かって行った。
「凛さん。ここってお風呂もあるんだ?」
エルマが凛に問う。
彼女の後ろにはイルマがおり、どちらも居心地の悪さから来ているのもある。
「うん。と言っても、僕が来た時から既に今の状態だったんだよね。」
「良いなぁ…あたし達の場合、上級から上しか個人の風呂なんてのは持てなくてさ。中級以下だと公衆浴場でしか入浴は許されないし、しかも功績に応じてだから頻繁には入れないんだ。
イルマちゃんは綺麗好きだから違うけど、悪魔族の場合、お風呂そのものが珍しい傾向にあるんだよね?」
「うん。男性はまず入らないし、女性でも風呂嫌いって人は全然珍しくないかな。
でも悪魔公とか、上位の大悪魔の人達になると、力を誇示する目的で屋敷を持つ様になってね。
身だしなみも兼ねてお風呂に入るって人も増えたりするよ。」
中級天使は銀級上位で上級天使は魔銀級。
大悪魔は黒鉄級、悪魔公は神輝金級の強さを持つ。
悪魔族はいくら汚れても気にしないとの割合がそれなりを占め、天使族の方はある程度は魔法で何とかなる。
ただ後者の場合、積み重ね過ぎて苦言を呈される者もおり、何事も程々にとの教訓にも。
「そうなんだ?僕は元々お風呂が好きでさ、美羽にもそれが伝わったみたい。最初は石鹸とシャンプーだけだったのが、今はボディーソープやコンディショナー…あ、リンスみたいなものと言えば伝わるかな?と入浴剤まで増えたんだよね。このままだとバスソルトやバスボム、アロマとかハーブにも手が伸びるんじゃないかって…。」
「石鹸は分かるけどシャンプー?こ、こ、こんでしょにゃー?入浴剤は美羽さんが柚子とか桜がどうとか言ってたアレの事だろうし…バスソルト…ソルト…塩?塩に何の関係が?と言うかバスボムのボムってば、ば、爆弾んんん!?もう訳が分からないよ…。」
あまりの情報量の多さにエルマが目を回し、イルマも混乱していたが相方を見て幾分か頭が冷えたのだろう。
凛共々、困った笑みに。
「あーごめん、いきなり色々言われても混乱するだけだよね。とにかく、浴室に色々と用意してあるから、エルマ達も自由に使って良いと言うのが伝われば十分だよ。」
「あたし達は…って、凛さんは?」
「僕?僕は今から晩御飯の準備に取り掛かるよ。」
「え、それは後からでも出来るよね?どうして美羽さん達と一緒に入らないのかなーって。」
「入らないんじゃなくて『入れない』んだよ。僕、男だし。」
「「………え?」」
「だから、僕は男。性別が違うから美羽達とは一緒に入れないの。」
「「えーーーーーーっ!!」」
凛の向かい側にあるソファーに座ったエルマ達。
彼が男だと知った2人はその衝撃の大きさから後ろへひっくり返りそうになり、危うく痴態を曝すところだった。
美羽、火燐、雫は準備目的で浴室へ。
紅葉達はすやすやと寝息を立て、翡翠と楓は大部屋を見に行っており、今ここに3人しかいないのが救いか。
それでも恩人の。
更に言えば、色々と規格外でありながら自分達の様な者に手を差し伸べてくれる、素晴らしくも優しい人。
そんな凛に対し、不様な姿を見せずに済んで良かったと人心地つく。
「どうかしたーーー?」
エルマ達の悲鳴が聞こえたのだろう。
不思議に思った美羽が、浴室からひょこっと顔を出す。
ついでに、もしかして見られてた!?と思ったエルマ達が少しだけビックリする。
「エルマ達に僕が男だって説明してたんだー!」
「あー成程ー!それなら納得だよー!マスター可愛いもんねーーー!!」
「美羽ーーーっ!!」
「あははは!ごめんなさーーーい♪」
凛の言い分に当然とばかりの示した彼女は、満面の笑みで作業を再開。
少しだけこちらをチラ見するも、敢えて触れなかった彼の心遣いにエルマ達が内々で株を上げた瞬間でもある。
「全く…とにかくそう言う訳だから、美羽達の準備が終わり次第風呂に入っておいで。それじゃ、僕は用意を始めるね。」
凛は少し不満を残したままソファーから立ち上がり、キッチンがある方へと歩き出す。
「どうしようエルマちゃん…凛さん、あんなに可愛いのに男の人だって…。」
「お願い、それ以上言わないで。でないと、女性として自信をなくす事になるよ…。」
「う、うん。そうだね…。」
「「はぁ…。」」
エルマ達はエルマ達で、凛が離れたのを機に落ち着きを戻すのだが…やはりあの見た目なのに凛が男と言うのは相当堪えたらしい。
揃って溜め息をつき、げんなりとしていた。
「お待たせー!翡翠ちゃん、楓ちゃん、エルマちゃん、イルマちゃん。こっちに来てくれるーーー?」
それから少しして届けられた美羽の声。
見物を終えた翡翠と楓は怪訝そうな顔で浴室へ向かい、それから少し遅れる形でエルマ達がトボトボと続く。
しばらくして、追加の料理を作り終えた凛。
事前に下拵え等を済ませたものが無限収納内に仕舞われ、後は焼いたりするだけなので調理に然程時間を必要としなかったのもある。
テーブルの上に食器類を並べ、途中で何かを思い出したのか「…あ」と漏らし、軽く見上げる。
「そうだった。ナビ、さっきの名付けや今の夕食の準備もそうなんだけど、これからは色々な事に対して効率化を図っていきたいんだ。その為の『効率化』、それとデータベース代わりの『森羅万象』スキルを今から(万物創造で)創るから、ナビの判断で調整して貰っても良いかな?」
《畏まりました。私にお任せ下さい。》
「うん、お願いねー。」
《(ふふふ。新たに創造されるスキルを私に一任とは…マスターから試されているのですね。ならばその期待に是非とも応えなければ。)》
凛は良かれと思って『効率化』と『森羅万象』スキルを用意するのだが、託した相手が微妙に間違い(?)だった。
ナビは元々妥協を許さない性格な上、先程凛を苦しませてしまったとの失態を犯した。
これが切っ掛けで彼女は凛の利益になるのであれば自重しない事を学んでしまい、後に凛はナビからの報告に唖然となる羽目に。
一方の美羽はと言うと、火燐達が初めて。
更には今後もボディーソープ、シャンプー、コンディショナーを使うと判断。
まずは知って貰うを目的に、自身が体を洗いながら使って見せた。
そんな美羽の様子を、お風呂好きなエルマとイルマは目を輝かせて。
火燐は面倒そうに、雫達はほほーと興味津々とした様子で眺め、その後火燐達は美羽から習った通り(?)に体を洗い、何か間違っている点があればアドバイスを貰う等する。
やがてコンディショナーにまで到達する者がちらほら。
美羽は皆が終わるのを待つのも兼ね、一足先にお湯へ浸かる事に。
「はぁ~気持ち良い~♪戦闘を終えた後のお風呂は格別だよ~♪」
「よっしゃ終わった!行くぜおらぁぁぁぁあああっ!!」
そこへ、四苦八苦しながらもせっかちな性格故になのか。
コンディショナー…ではなく、シャンプーの泡を軽く髪に付けた状態の火燐が走り、勢いそのままに浴槽へダイブ。
ドポォォォンとの音と共にお湯が溢れ、美羽にまでとばっちりが。
「ちょっ、火燐ちゃん!?いくら浴槽が広いからって、女の子が勢い良く飛び込むものじゃありません!」
美羽がそう叱るも、犬や猫みたくブルブルと顔を震わせ、両手で余分な水分を拭う彼女はまるで無関心。
「あー…別に良いじゃねぇか。細けぇなー。」
「火燐ちゃんが大雑把過ぎるんだよ!さっきもローブを脱いだ時、(戦闘で付いた土埃等の)汚れが凄かったじゃない!せっかく可愛いのに、色々と台無しだよぉ…。」
「なっ、ばっ、かわっ!?」
「…と言うかだよ、火燐ちゃん。」
「おぉ…な、何だ?」
「これから先も、さっきみたく汚れたままが当たり前な生活が続くとしましょう。」
説教から急転。
居住まいを正した美羽に、火燐の方が「お…おぅ」とたじろぐ。
「料理の後片付けとか見てて分かると思うんだけど、マスターってかなり丁寧な上に綺麗好きなの。そんなマスターが火燐ちゃんを放っておくとは考えにくいし、創造神様の耳に入る可能性だってある。
そしたらお昼に食べた唐揚げとかが食べれなくなるのは当然として、最悪送り返されるかもなんだよ?それでも良いの?」
「…いや、良い訳ねぇだろ。オレぁこれからも凛の傍にいなきゃいけねぇんだ。ん?オレの世話を凛にやらせる、それも悪…。」
満更でもなさそうな態度を示す火燐に、皆の呆れた視線が突き刺さる。
「…とにかくだ。取り敢えず美羽の言う事は聞いてやる。だが勘違いすんなよ!あくまでも凛の為にやるんであって、お前の為とかじゃねーからな!分かったか!?」
「おおっ!火燐ちゃんがデレた♪」
「デレ…?」
「…そう言えば火燐ちゃん達って、ローブの下に何も着てなかったんだね…。それに、火燐ちゃんが結構大きいのにも勿論驚かされたけど…翡翠ちゃんは更に上をいくなんて…。」
美羽は火燐のツンデレっぷりに軽くほくほく顔になったかと思いきや、一気に絶望へ。(雫の呟きは無視)
両手をわなわなと震わせ、首から上だけを翡翠へ向ける。
翡翠はメンバーの中で美羽の次に髪が長い。
加えて初めてなのも重なって誰よりも時間が掛かり、浴槽に来るのが今になってしまった。
「んしょ、っと…ふぃ~。気持ち良い~♪」
それでいて、とある箇所が7人の中で最も大きいのが彼女。
リラックスするのは本人だけ、更には美羽に触発されたのも重なる訳で。
お湯から浮く、自己主張の激しい2つの物体に皆の注目が集まるのも仕方ないと言えよう。
「…ん?ちょ、ちょっと!何でそこばかり見てるの!?」
「翡翠…おっぱいもいで良い?」
「ダメに決まってるでしょ!?誰か助け…って沈んでるぅぅぅ!?なんでぇぇぇぇ!?」
「これは全部貴方の胸のせい…つまり、翡翠は問答無用で裁かれる必要がある。故に私は皆へ問わねばならない、ギルティorもっとギルティ?」
「「「もっとギルティ。」」」
「もっとギルティーーーーー!?」
普通、ギルティorノットギルティでは?との疑問はさて置き。
翡翠へ有罪判決を下したのはエルマとイルマに(別な意味で)復活した美羽の3人で、彼女らの心が1つに。
そんな美羽達に雫を加えた4人の手により、擽りの刑に処された翡翠。
ついでに、呆れ顔の火燐やオロオロとした楓にまでとばっちりがいき、浴室内が一段と賑やかになったのはご愛嬌。
(皆元気だなー。)
彼女らの喧騒は、リビングダイニングのテーブルに座る凛の元にまで。
その彼は一休みも兼ね、温かい緑茶を口にしつつ少しズレた感想を抱いていた。
因みに、何がとは言わないが美羽はB。
エルマとイルマはB寄りのC、楓はD、火燐はE、そして翡翠はH近くもある。
今回の場合、(どちらかと言えば)ない派の雫、美羽、エルマ、イルマがやる側。
ある派の楓、火燐、翡翠が被害を受けた側との構図だ。
そして翡翠のを1番揉みまくった雫は見事なまでにAAAで、一通り済んでから残ったのは虚しさだけらしい。
力ない歩みで風呂から上がった後、脱衣場の隅で悲しそうにぶつぶつ呟きながら体育座りをしていた。
更に10分後
「ただいまー!」
火燐達を連れた美羽がダイニングへ。
彼女は以前に凛が用意した、モコモコとした生地のピンク色のパジャマを。
火燐達は美羽がアクティベーションで創ったであろう、特に飾り気のない白いパジャマを着用している。
「おかえりー。予想はしていたけど見事にお揃いのパジャマだねー…ところで美羽。雫と翡翠の2人が元気ないみたいだけど、何かあった?」
女性陣は風呂から出たばかりの為か、ほんのり上気。
しかも可愛い・美人揃いなので、(未だ目を覚まさない暁達は別として)その色香に唯一の男性である凛が当てられてドキッ…とはならなかった。
雫は何かに打ちのめでもされたみたいにずーんと落ち込み、翡翠は両手で胸を隠しながらうぅ…と涙目になっていたからだ。
さっきはあんなに賑やかだったはずなのに、と凛が思ったのも無理はない。
「あはは…まぁ、2人の事は大丈夫だよ。それより、マスターもお風呂に入って来たら?」
「ん?んー、ならそうさせて貰おうかな。料理は無限収納の中に入ってるから、どれを出すかはお任せするね。」
凛は若干の引っ掛かりを覚えつつ、促されるまま浴室へと向かって行った。
10分程で体を洗い終えた凛は、美羽のとは色違い。
厳密には灰色のパジャマを身に纏い、タオルで頭を拭きながらでの戻りとなった。
テーブルの上にはバリエーション豊かな料理が並ぶも、何より目を引いたのは火燐。
細かく言えば彼女が持つオムライスで、皿を前後にプルプルと揺らし、その度に皆が「おぉー!」と感動する様子が見て取れた。
ケチャップライスの上に絶妙な半熟加減のオムレツがどっしりと構え、前後左右。
どこに揺らしてもプルプルを維持しており、それが琴線に触れたのではと考えられる。
「…何やってるの?」
「ん?あぁ、わりぃわりぃ。凛がさっき、これと似たのを創造神様に渡してたなぁってのを思い出してよ。
これを落とさない創造神様の体捌きも勿論すげぇんだけど、この黄色い部分も負けてねぇのもまたすげぇって思いながら見てた。」
「あー…成程。確かに半熟状態のオムレツって気になるよね。」
「オムレツ?さっきはオムライスとか言ってなかったか?」
「オムレツは上の黄色い部分だけ、オムライスは下のライスも含めた全体を指す言葉なんだ。」
「へー。」
「そしてオムレツ部分は、こうやって…縦に切れ目を入れるのが正解なんだよ。」
凛は徐にナイフでオムレツに切れ込みを入れ、そこから中身である半熟状の玉子が溢れ出て来る。
絶妙なバランスが崩された事に火燐が「あー!」と驚くも、すぐに納得顔へ。
「何か勿体ねぇ気もするが、正解と言うだけあって余計に美味そう…なぁ凛、早く食べようぜ!」
「分かった。折角の料理が冷めるのも何だし、それじゃ僕が今からやる動作と同じ事をしてから食べ始めてね…頂きます。」
『頂きます!』
凛は子供みたく真っ直ぐな瞳を向ける火燐にクスッとした笑みを返し、合掌。
皆も彼に倣い、一斉に食事を開始。
「うまっ!ふわふわなのにトロトロとしてるとか、訳分かんねぇ!けどうめぇぞこれ!!」
待ってましたとばかりに変な握り方でスプーンを掴み、ひたすらオムライスを掻き込むのは火燐。
「火燐が食べてるオムライスは、里香お姉ちゃん用に作った試作品の1つ。ちゃんと皆の分もあるから安心して?」
オムライスを狙っていたのは火燐だけではない。
美羽は何度か食べた経験があるので省くとして、彼女以外の面々。
特に火燐の話にも出た里香の動きを目の当たりにした雫、翡翠、楓の悲しみは一入で、雫に至っては密かにぶつけようと氷の塊を生成した程だ。
しかし凛のフォローでその思いは(ついでに氷も)霧散し、ほっと胸を撫で下ろす。
「だからそれも含め、食べたいものがあったら自分の皿に取り分ける形でお願いねー。」
流石は凛と言うべきか。
『はーい!』の返事と共に場を1つに纏め、分からない事柄へ対しては丁寧に受け答えをしていた。
20分後
長ねぎをゆっくりじっくり焼いて本来の甘みを出し、そこへ醤油を少しだけかけた焼きねぎを美羽が「あ〜ん」と食す。
食後のデザートとして。
本来なら絶対違うと突っ込まれるそれも、彼女にとっては紛う方なきデザートでありスイーツ。
「んーー♪」
その表情は実に幸せそう。
大好きな主人が、それも自分の為に作ってくれたのがエッセンスとして加わるのかも知れない。
「ボク、マスターの元に生まれて良かったぁ…♪多分だけど、世界中探してもこれ以上の幸福は味わえないよねぇ…。」
しみじみと漏らす彼女に、凛が苦笑いで「そんな大袈裟な…」と返す。
「いや、凛。美羽の言う事は至極尤もだと思うぞ。」
キリッとした顔で火燐が告げるも、慣れない手付きでオムライス等の料理を食べたせいか顔のあちこちが汚れ、まるで説得力が皆無。
それに気付いてか気付いていないかは不明だが、周りもこくこくと同意。
「ふふっ、火燐。その言葉はありがたいけど、今の状態で語られても説得力ないよ…はい、これで顔を拭いてね。」
「おっ、すまねぇな。」
図らずも、浴室で出た話がここに来て浮上。
凛からナプキンを貰った火燐がゴシゴシと顔を拭き、仕切り直しとばかりに食事を再開。
そんな彼女を見た凛は笑みから苦笑いへと変わり、他の者達はまだ食べるのかと言いたげな視線を向ける。
それから更に10分後
料理が大分減って来たのを確認した凛が話を切り出す。
「それじゃ大分落ち着いたみたいだし、そろそろデザートといこうか。」
「デザート…?」
昼間のフルーツの様な甘いものが出ると思ったらしく、雫がデザートと言う単語に真っ先に反応。
「そう、デザート。昼間のフルーツも一応そうなんだけど、この…プリンみたいな物の事を言うんだ。」
「ふおぉぉぉぉぉ…!」
そして凛が無限収納からプリンを取り出すや否や、瞬時に凛のすぐ近くまで移動。
両手を前に掲げ、表情はやる気に満ち、キラッキラの瞳。
普段の眠そうで気怠げな顔はどこへいったのかと言う位、生気に満ち満ちた視線をプリンへ注ぐ。
凛は雫を見たまま、右手に持ったプリンを、皿ごと右方向にすぃ~~~と動かすと、雫の視線も右方向へすぃ~~~。
今度は反対方向へプリンをずらし、ほんの少し遅れる形で雫の視線も追随。
更に、ジェットコースターを模倣した動きでスライド&軽く一回転してみせれば、目線だけでなく顔まで付いて来る始末。
これが美羽達のツボに入り、揃って笑い声を上げる。
「えっと…雫、食べる?」
困った凛が恐る恐る雫にプリンを差し出せば、
「食べゆ…!」
間髪を入れずに雫が答え、プリンを拝受。
彼女は感動した面持ちでプリンを眺め、備え付けのスプーンを使い、ゆっくりと食べ始める。
「はー、笑った笑った。つーか雫、お前色々と壊れてっぞ。」
一頻り笑った火燐が雫へ突っ込みを入れるも、雫は口に入れたプリンを吟味するのに物凄く集中。
まるっと無視された火燐は肩を竦めるしかなく、2人を見た美羽達がくすくすと笑う。
「凛、ぐっじょぶ…!」
雫に再び視線を戻せば、丁度飲み込んだタイミングだった彼女が左手の親指を立てるところだった。
しかもいたく気に入ったプリンの欠片を口の端に付け、凛にキメ顔を凛に向けるとの形で。
以降、1言も喋らずプリンを食べ進めていく雫。
提供した凛は「まさか今の1個で終わりじゃないよね?」とばかりに視線を浴び、少し気まずげだ。
「えっと…プリンは一応人数分あるんだけど、皆も食べ━━━」
『食べる!!』
「ボクもー♪」
「はい…。」
流れ的に当たり前だが、誰一人としてプリンを不要とする者はいなかった。
むしろ中にはテーブルをバンッと叩く位に興奮する人物までおり、満場一致で食べるとの意見に。
皆の勢いに圧倒された凛は次々に無限収納からプリンを出し、女性陣へ配るを繰り返す。
最終的に足りなくなり、それを機に凛は追加でデザートを作らされる羽目に。
慌ただしくするのは彼だけで、火燐達は至福の表情で代わる代わるお代わり。
1人忙しくする凛を他所に、火燐達は様々なデザートを目一杯堪能するのだった。




