百二十四話 勇者がいつも正常だとは限らない
「お前が・・・勇者だと・・・?」
彼の発言に、まるで説得力がない。
だってそうだろう?
こんな不気味なオーラを漂わせている人間が、人望の厚い勇者であるはずがないのだから。
『氷龍刀』を構え、警戒のレベルを更に上げるヘルバトスを目の前に、アギレオンはゆっくりと口を開いた。
「酷いな・・・ボクは・・・勇者なのに・・・君の・・・勇者の理想像を・・・押し付けないで・・・もらえるかな・・・」
「だったら、まずその話し方と外見を何とかしろ!そんな雰囲気だから誤解されるんだ」
「ダメだよ・・・仕事上・・・この格好が・・・一番なんだ・・・」
「仕事・・・?お前の職業は勇者だろうが。もっと清潔感ある格好をしろ」
アギレオンの話が、よく理解できない。
仕事上の格好?
そんな格好をしていたら、勇者である以前の問題だとなぜ気が付かないのか。
誰がどう見たって、勇者ではなく死神だと誤解されるに決まっている。
身だしなみにケチをつけるヘルバトスに、アギレオンは怒りを露わにすることなく静かに話し始めた。
「もともと・・・ボクは暗殺者なんだ・・・だから・・・勇者のように・・・キラキラとした格好が・・・できない・・・目立つと・・・狙われるから・・・常に隠密に行動・・・しなければ・・・ならないんだ・・・」
「暗殺者だと?なんでお前は選ばれた存在、勇者としてこの世界に召喚されたんだ?どう考えても悪役サイドだろうが!」
アギレオンを選んだ六純天使にケチをつけ始める。
この世界での勇者は、六宝剣の勇者しか存在しない。
暗殺者をその限られた存在に抜擢する六純天使の気が知れなかった。
ヘルバトスの返答として、アギレオンはいきなり武勇伝を語りだす。
「ボクも・・・なんで選ばれたかは・・・わからない・・・けど・・・ボクは・・・良いことを・・・していた・・・悪い人間を・・・何人も暗殺してきた・・・それが・・・選ばれた・・・理由だと・・・思ってる・・・」
「人を殺したのにか・・・?お前、何がそんなに可笑しい?」
悪人を殺したことに怒りは覚えない。
だって、現にヘルバトスも悪人を殺したのだから。
ミーレシアが一人の巨人に襲われている時、ヘルバトスは容赦なくその男を殺した。
だから、アギレオンを攻め立てるつもりはないと思っていたのだが、どうやらヘルバトスは怒り狂っているらしい。
アギレオンから滲み出ている不気味な笑みに、何か特殊な感情が宿っていると感じたからだ。
まるで、暗殺することへの快感を覚えているような・・・そんな笑みだった。
「ボ、ボクは・・・優れた暗殺者なんだ・・・誰もがボクのテクニックを・・・欲している・・・元の世界では・・・名の知れた有名人だった・・・だから、この世界でも名の知れた・・・存在になりたいんだ・・・」
「--っざけるな・・・」
「だから・・・この世界でも・・・悪い奴を殺しまくって・・・ボクは・・・英雄に・・・なりたいんだ・・・だから・・・魔人の匂いを・・・漂わせる・・・君を・・・殺したい・・・」
「ふざけるな!人を殺して、英雄を気取るんじゃねーよ!」
ヘルバトスはメーリシアを抱きかかえながら、『氷龍刀』を大きく振るった。
風圧による刃は、完全にアギレオンを捉えていたが、アギレオンはその六宝剣で攻撃を受け流すように躱した。
やはり、今までの敵とは一味違うらしい。
「いきなり・・・攻撃を仕掛けてくる・・・なんて・・・、やっぱり・・・魔人族は・・・卑劣極まりない・・・ようだ・・・早急に・・・隠密に・・・殺すとしよう・・・」
その言葉を最後に、アギレオンは疾風のような速さでヘルバトスの背後に回り、シミタールソードで一撃を喰らわせようとする。
--舐められたものだ・・・
ヘルバトスには分かっていた。
遮蔽物がないこの空間で、アギレオンの姿を見失うことなど、まずありえない。
スピードにおいて、アギレオンよりヘルバトスの方が優勢であることに間違いないのだから。
「死ね・・・魔人族・・・」
アギレオンは、シミタールソード特融のその湾曲に沿って切り裂いた。
辺りに爆風が起きる。
アギレオンの攻撃力は相当なものなのだろう。
まあ、その攻撃力をも上回るヘルバトスの敵ではないのは確かだった。
「教えてやる、背後を取るということがどういうことかを」
アギレオンの背後から声が聞こえる。
間違いない、この声はーーーー
すぐさま振り返るアギレオンだったが、すで手遅れだった。
ヘルバトスは、手にする『氷龍刀』の頭を使ってアギレオンを背中から突き飛ばす。
アギレオンは抵抗虚しく、近くに佇んでいた大木に激突した。
感触的には、肋骨の一本は間違いなくやっているだろう。
ヘルバトスは近くの大木にミーレシアを寄りかからせ、『氷壁』を一面に張った。
--これでミーレシアの身の安全は大丈夫だろう・・・。さて・・・
ヘルバトスはゆっくりとアギレオンの方へと近づいていく。
その気配を察知したのか、アギレオンはゆっくりと倒していたその身を起こし、
「なんで・・・ボクを・・・殺さなかった・・・?その実力・・・があれば・・・簡単に殺せたはずだ・・・なぜだ・・・?」
「何で殺さなかったか、自分の過去と向き合ってみたらどうだ?」
ヘルバトスがアギレオンに投げかけると、何かを思い出したようにアギレオンは吹き出して笑った。
「そういうことか・・・君は・・・ボクと同じ・・・楽しみたい派・・・なんだね・・・?」
「誰が好き好んでこんなことするかよ!だが、お前相手だったらこうしてやるのが筋だと思っただけだ」
「なるほど・・・君は・・・その日の気分屋・・・ということなんだね・・・まあ、どちらにせよ・・・ようやく・・・歯ごたえのある悪人が・・・現れた・・・嬉しい・・・嬉しいぞ・・・」
「ククク」と不気味な笑い方を死ながらゆっくりとヘルバトスの方へと近づいていく。
警戒態勢を取るに越したことはない。
ヘルバトスは『氷龍刀』の刃先をアギレオンに向けた。
「さっさとここから失せろ!でないとお前の命を奪いかねない」
「ククク・・・奪い合い・・・命・・・ククク・・・そうだ・・・ボクが求めていたのは・・・ここにあった・・・ククク・・・殺し合おう・・・殺し合おう・・・」
まるで勇者とは思えないその発言の数々。
そんなアギレオンは、ヘルバトスに向けて先ほどの針を投げつける。
ヘルバトスはそれを難なく、『氷壁』で回避。
「硬い・・・硬いな・・・さて・・・どうしたものか・・・」
「ならこっちから仕掛けさせてもらおう!『氷流氷花刃』」
刀を地に突き刺し、魔法陣が再び展開される。
そして、氷花の牢獄は完全にアギレオンを捉えた。
アギレオンは相変わらずの無口っぷりで、氷刃をその身で喰らう。
だが、妙だ。
勇者とあろう者が、こんなにも簡単にやられるだろうか。
ーーまさか、回避されたか?
ヘルバトスは辺りを見渡したが、どこにもアギレオンの姿はない。
『氷壁』で保護しているミーレシアを狙っている姿もない。
--考えすぎか・・・?
そう思った次の瞬間、ヘルバトスの胸部に言葉にできないほどの激痛が走った。
--なんだ・・・!?なんだこれ・・・!?
原因は不明。テレナシアの『呪い』とまではいかないが、かなり痛かった。
ヘルバトスが胸を押さえながら倒れ込むと、血まみれになったアギレオンが『氷流氷花刃』の中から姿を現した。
「なんだ・・・一発当たってたのか・・・ククク・・・この注射針には・・・毒が仕込んである・・・魔法なんかじゃ解けない代物だ・・・」
アギレオンはアイテムストレージから二本のポーションを取り出した。
「ここに・・・怪我をも治す回復ポーションがある・・・これでないと・・・その毒も・・・消すことは・・・できない・・・」
ポーションの解説を真摯に教えたアギレオンは、二本のうちの一本を自分に使用した。
するとアギレオンの悲惨だった傷跡は一瞬で回復したのだ。
どうやらアギレオンの言っていることは間違いでなさそうだった。
「どうする・・・?でないと・・・君死んじゃうよ・・・?怖いよね・・・?苦しいよね・・・?辛いよね・・・?どうだい・・・?泣き叫んだら・・・どうだい・・・?」
そのポーションを見せびらかすように、ひたすら煽るアギレオン。
だが、ヘルバトスの意思は固かった。
「誰がお前の施しを受けるものか!お前の施しを貰った時点で、俺はお兄ちゃんの弟子を名乗る資格が無くなる!」
サタルドスは、きっと勇者の施しを受けた人をそばに置かないだろう。
それだけじゃない。
サタルドスの中で眠るテレナシアもそれを許さないはずだ。
ヘルバトスは、その毒に打ち勝とうと必死に足掻いた。
だが、気持ちの問題でどうこうなるとは決して思っていなかった。
「つまらない・・・実に・・・つまらない・・・魔人族の中に・・・面白い奴がいると・・・期待したんだけどな・・・」
足掻いているヘルバトスの胸の中心に、シミタールソードを思い切り突き刺した。
返り血がアギレオンの顔に飛び散るほどだ。
誰がどう見ても命を落としているように見えた。
「ボクを・・・心の底から・・・楽しませてくれる奴は・・・いないのか・・・?」
そして、アギレオンはミーレシアの元に歩み寄る。
「目的・・・目的を果たさないと・・・暗殺者の心得を・・・忘れては・・・いけない・・・」
未だ張られている『氷壁』を打ち破ろうと、アギレオンがシミタールソードを振るおうとしたその時ーーーー
--あれ・・・おかしいな・・・?
アギレオンは不思議な感覚に陥っていた。
シミタールソードが地面に突き刺さっている?
それもアギレオンの手腕付きで・・・。
アギレオンは必死に全身を確かめた。
だが、本来ある場所のものが存在していなかった。
--あ・・・ああ・・・あああ・・・ああああ・・・
声にならない声で叫ぶアギレオンのローブを何者かが掴み、そして遥か後方の大木まで投げ飛ばした。
「誰だ・・・誰が・・・こんな事・・・殺してやる・・・殺してやる・・・」
ゆっくりと立ち上がるアギレオンは、目的を邪魔したその者の方を眼光鋭く睨みつけた。
すると同時に、アギレオンの心の中で恐怖心が自然と芽生え始めた。
「お・・・おまえ・・・なんで・・・なんで生きている・・・?確かに・・・殺したはずだ・・・なぜ・・・?」
「そんなに不思議ならお前が勘違いしていることを一つ教えてやる」
ヘルバトスは両腕を組み、怒り口調で言い放た。
「俺は魔人族なんかじゃない!俺は『氷龍王』バルカンの生まれ変わり、ヘルバトスだ!今からお前を全力で殺しに行く!ミーレシアを殺そうとした罪は重いぞ?覚悟しろ!」
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます!
評価・ブックマーク・感想・レビューを頂けるとかなり嬉しいです!
今後ともよろしくお願いします!




