Bスイッチ
人口数に対する同数の個別の個性の形成 2983.6.3
個性たる一つの量を、一つの器ごとに作り与える。事は、困難を極める。用意する器の個体数が増せば増した分だけデータの量も膨大となり、さらに個性も微弱で、似通ったものとなる。そのため、現在保管されている幾つかの精神を重合じゅうごうし 、一つの精神とする。その、重合精神体を千切って(ちぎ)それぞれの、精神とする。一つから千切る様に作れば、同一の形は存在しない。それによって、作り上げた個体どうしの相関的な琢磨によって、物理世界上での同一から成るものではなく、客体認識きゃくたいを与える。
kikinaosiプログラムによって、あえて、非効率な同期プロセスを行ない、個体間の個性を増長させていく。ユークリッド運動群を用いた理解と記録の収納を行ない。空間の認識とkikinaosiプログラムとを混在させた記憶を形成させる。人間が保有していたと言う。プルースト効果から着想を得ている。
増長させた人口絶対数の精神がそれぞれ、ある量に達した時、理論上、夢を獲得する。精神の無い器が人間たる領域の精神を獲得した時に、認められる現象で、夢の出現は人の完成とみなしてよい。
バーチャルリアリティーゲーム夢での試験運用を行ない。データ収集、解析を行ない、実際の運用を開始する。
その下は、数式が羅列していた。
「・・・・人間の精神を作ろうとしているのか?」
「もしくは、もうできているかもしれない日付がかなり古い・・・・」
「少なくとも、無限での、データ収集は終えて次の段階に移っているだろうな・・・」
「次の段階?・・・てことは、実際の運用って事か?実際って、人間に対してか?」
「・・・・いや、人間は、すでに個性を持っている・・・おそらくは、アンドロイドに対してだろう」
「アンドロイドが人間と同じ個性を獲得するって事か?」
「人間らしい、心を持った機械を作ろうとしたのかもしれないな、後先考えないマッドサイエンティストがよく考えるフリンジ科学だな」
「そんな事としたら、機械が、権利を主張し始めて、結局は、機械と人間との戦争になりかねないぞ」
「そんな事は、大して考えてないんだろう・・・飽くなき探求心ってやつだろう」
不意に、研究室の電気が点いた。勢いよく戸口に目をやる二人・・・白髪のよく似合う男だった。男は、部屋に入って止まり、二人を見据えた。
マモラに感知されずに現れた男の正体をマモラは、確認した。
「中村博士だな?」
ゆっくりと頷く中村博士。
「私に何か用事か?」
落ち着き払った博士の様子に不知火は、安堵感を覚えた。とりあえずアラームは鳴らされてはいない。
「私たちは、中村チハタの爆破事件を調べている公安の者だ」
マモラは、虚偽きょぎの身分を名乗る。
「別に、嘘をつかなくていい・・・君は、マモラだね」
マモラは、一瞬押し黙る。しかし、質問すべき事をきり出す。
「高栄プラントから、転送された、データを見たい」
残念そうに溜息をして、こちらへと歩み寄って簡単に答える。
「此処にはない」
「転送先は、此処ではないのか?」
「その通りだ」
「では、どこに?」
明確な答えを中村は答えなかった。
「夢の中さ・・・」
話をはぐらかそうとしているのか?それとも示唆しているのか?中村博士は、話し始める。
「何故?何千年にも渡って、戦争が起きないか又は,凶悪事件が起きなかったのか?機械の不具合や不慮の事故以外で死亡事件が無いか?疑問に思ったことはないか?」
中村博士の唐突な質問に、二人は顔を見合わせた。
「ITINSは、コンテンツ利用を効率化予測する為だけのものではない。こちらからの心理再構成データも受信している」
マモラが目を見開いて、問いただす様に言葉を投げる。
「人間の心理を制御しているという事か?!」
中村博士は頷く。
「その通りだ。過度の怒りや憎悪などの闘争に結び付く心理フラグは、此方から、フラストレーション消失プログラムを送信し、陰極の心理は、切り取りこちらで解析を行う。物質の破壊衝動に結び付くため、物理世界を維持するのが難しい」
「それでは、個性などあったものではないな」
「何を言っているんだ?個人などという物は、現在、存在していない」
「そういう事だ?」
「解らないのは無理もない・・・・ある特定の情報にアクセスしようとすると此方から、フォスメモリーを送信して、ITINSが受信し、無かったことにしてしまうからな」
「我々のセンサーの情報や思考は、偽装されていると言う事か?!」
「ある領域に及ばないようにしているだけだ。殆ど自由だが・・・」
「だが?」
「それは、3号に聞いてくれ」
「3号とは誰だ?」
「違う中村博士だ・・・」
「お前ら5人は常に情報を共有しているのでは?」
「3号以外はその通りだ・・・しかし、3号は、プロセスの途中で、ある可能性を証明するため、我々中村班の当初の崇高な目的を逸脱した」
「崇高な目的とはなんだ?」
「その目的についてこれ以上話すと、君らのITINSへ送信が始まる」
「国家機密って訳か・・・」
「いや、全人類規模だ。大した人数は居ないが・・・」
「現在全人類が、ITINSを装着している。それぞれのマトリックスと深く癒着していて、君でも簡単に取れないのではないか?それとも、自分の頭蓋骨の中に本当に脳みそがあるのか怖くて、確かめずにいるのではないか?」
マモラは、中村博士の挑発に沈黙した。マモラにも、確かにITINSは、いまだ付いていた・・・。
「君は見た筈だ。君が“仕事”と言って挿すげ替えてきた対象の脳カットリッジにRT-33と刻印されているのを・・・」
「ふっ・・・なんでも、お見通しなんだな・・・初代のアンドロイドの品番が何故刻印されている?」
「フォーマットしても微量な記憶の痕跡は必ず残ってしまう・・・ならば、それを残したまま、古い時代のぎこちない機械のモデルだと挿げ替えてしまえばいいのだよ・・・君の様にね」
「つまり・・・RT33の現在までの改良されたモデルと人間との関係の記憶が我々には無いと言う事か?」
「すまない、詳しくは話せないが・・・そうではない・・・君の求める答えもまた、最高機密に行きつくのでな」
博士は首を横に振る。
博士は話を変える。
「君たちは、特殊なロットにて、生産されている。だから、機密情報についての知覚を行なっても、段階的に改竄かいざんされずにいる。先ほど話した事を聞いても、君がRT33の刻印を見て猜疑心に駆られた事も本来は、記憶と認識の改竄が成されるべき事だ。しかし、君たち3人は、ある程度の真実を見つめる事を許可されている。君たちは、他の者とは違いある実験的な精神から構成されている」
「3人?」
「そうだ」
「3人と言うと俺とこいつと後は誰だ?」
「一ノ瀬和人だ」
「なんだと?!一ノ瀬和人と俺達には生産ロットレベルの関係があるのか?」
「そうだ」
「実験的な精神とはなんだ?そもそも、我々は、固有の精神から始まったわけではないと言う事か?」
「素晴らしいな・・・自らを固有の者だと?」
「そんな事は当たり前の認識だ!!」
「いやいや・・・皮肉ったわけではない・・・我々中村班のコミットメントの中間的成果を確認したのだ」
「どういう事だ?」
「自らを固有の者であると言う意識・・・これを作るのは、どう頑張っても時間が掛かる。数千年規模でな」
「ふざけやがって!!」
「君たちは言うなれば、双六すごろくの上の駒だ。ダイスを振らなければ次の真実への制限が解除されないぞ・・・そして、残念だが、このマスは上がりではないし、このマスでは、此処までだ・・・」
「神様にでもなったつもりか!?」
マモラは、珍しく取り乱していた。胸倉を乱暴に掴まれて居ながら、中村は、言葉を返す。
「いや・・・神様には、成れない。我々は、神様を作るための道具に過ぎない・・・」
怒りを露あらわにした形相で、中村博士に振り上げられた拳を振り下ろそうとした時、怒号と共に、部屋へ男がなだれ込んできた。
「公安5課だ!!」
彼らは、古い武器を二人に向けた。自らは的ではない事を知っていて、悠然と公安5課を通り過ぎて、博士は部屋か出て行った。
緊迫感と言うよりも、5課の目には、キラキラした嬉しさが堪えられずに窺えた。
「どっちだ?!」
一人の男が銃口を二人に交互に振りながら質問する。
両手を上げていたマモラは、その手を少しおろして呆たポーズを不知火に見せる。それを見て、5課は、少しだけ奮起した。
「マモラは、どっちだと聞いている!!!」
「お前マモラに成ってみる?」
「いやいいよ、」
マモラが不知火に謎の茶目っ気を出し始める・・・完全に5課をなめ腐っている態度のマモラに対して、怒りを露にした5課が・・・これもまたM92Fと古い銃であった・・・スライドと反動、鈍い炸裂音と共に、弾丸を射出した。1,4回転の後のち、閃光せんこう・・・硝煙しょうえんの匂いはその後からであった・・・マモラは弾丸とすれ違う様に頬に弾を掠すらせ射撃した男の鳩尾みぞおちに華奢きゃしゃな拳をめり込ませていた・・・硝煙の匂いはその後であった。
他の男もマモラに一斉に射撃を開始する。通り過ぎる弾たちは、そのどれも、マモラの服を綻ばす程度で、命中せずに桁違いの物理運動の差に振り返って畏怖いふさえ覚えながら壁や床にめり込んだ。今度は、急所に入れず、男たちの銃を分解して回った。屈強そうな男の一団は、その全員が自分の足元に効率的な順番にばらされた銃のパーツが落ちていくのを見た。マモラは一団と対して立ち、睨みを利かせて矛先を向けていた。
「今時、拳銃じゃー0距離射撃しても、私には傷一つ付けれねーよ。肉弾戦できな」
そういう問題ではなく、只、むしゃくしゃしているから、誰彼かまわずぶん殴りたい。完全にそういう気分であると不知火は思っていた。一体何にキレているのか不知火には、見当がつかなかった。
全員そろって、たじろぎ、しかし、ファイティングポーズを保持している。
「かかって来ないなら、こちらから行くぞ」
一人目の男は確かに向かってきたマモラの眉間へとパンチを繰り出した。しかし、それは宙ちゅうを欠いて・・・男が一人倒れた。
マモラが突進した次の男は、なすすべなく、首元の神経ハーネスを引きずり出されて切断され、その次の男に至っては、マモラの拳をくらい、倒れそうになって、マモラからの次のパンチに空中へ浮き上がって、さらに、下向きの拳に床に伏せると思いきや、又空中へ投げ出されるを、数回繰り返し、胸骨格がおかしな形にへしゃげていた。白くて細いく長い綺麗な足が何回か回転と跳躍ちょうやくと打撃を繰り返し、5課はあっけなく、もれなく全員戦闘不能となった。
マモラは、見下す様に、強い鼻息を一つして、6人程いただろうか?それぞれの、脳核へ有線を繋いで回った。マモラの存在を見つけたと言う記憶を消去したのだ。傀儡子事件の進展を振出へと戻した。
「行くぞ」
マモラの戦闘に圧倒されていた不知火は、ぎこちない返事と共に演奏会場へと戻った。
・・・・・
演奏者も揃い、何事も無かった様に、会場は順次演奏会が進められていた。客は、皆、着座しており、空いている席は、『ハシビロコウ様』のやはり、6人の座席とその隣の『不知火様』の一部の席であった。博士は、凭もたれ掛かる様にイスに座って、演奏に聴き入っていた。テーブルの上には、デメララのボトルが半分ほど空けられていた。
「ラム酒をたしなんでおられたな?」
半分“出来上がった”博士は、いつもの眩しい顔で、マモラを見上げる。
「おー・・・どうした?その服は?」
それには、答えない。
「いくぞ」
・・・・
3人は、会場を後にした。
帰りの高速流線でマモラは、外をぼんやり見つめていた・・・不知火はそんなマモラを、少し心配そうに見つめる。マモラの闇、何かを抱えている事を思う。マモラの仕事・・・とは一体?・・・帰り道に、不知火の視線を知ってか知らずか、マモラは、一言だけ声を出した。
「・・・私は・・・誰だ?・・・」
・・・・・・・・
・・・・・・
博士の店の2階へと、戻ってきた三人は、今後の捜査の方向性を話し合う。
「・・・ここからは、別行動にするか?」
マモラの提案。
「別行動?」
「ああ、俺は、“夢”にアクセスして、エキストラキャラクターについて、調べてみる」
「そうだな・・・俺は、神経系の出入力を持たないから、夢へは、行けない・・・俺の方は・・・何を調べる?」
「お前は、“生産工場”を調べてくれ」
人口絶対数を下回った場合、その数だけ、人間は、生産される。保健所の古いホームページには、人類生産工場の概要が記述されている。その一節にこのような文章がある。「人間の生産は、あくまで、生産であって、製造ではない。現在保管されている。卵子、精子を用いた胚培養から、生命の神秘を保護し、人口を管理するのみのものであって、生命を作り出す物では無い。精神に置いては、仮想の現実で、100歳の経験を教育し、その後現実の世界へと出荷する。言うなれば、子宮ではなく、揺り籠である」生産工場から、出荷された人間は、その殆どが、生身の肉体である。しかし、1年程すると、脳以外の人体は個人の意思で、オートメ―ションに変更される傾向にある。出荷時点で、TIINSは設置してあり、脳も、オートメーション化する事を前提にカートリッジ化されている。
低い音を立てて、バイクは、放置された廃道を駆け抜けていった。TT-250に跨って、左右に廃墟の広がる道を不知火は走っていた。
「もう直ぐだな・・・」
ひび割れたアスファルトの交差点に信号もついていないのに、不知火は停車した。交差点の上にある。青看板を見上げる。
『秋山郷』
そう書かれた矢印の方へ眼をやった。生産工場があるのは、新潟県と長野県の県境の、森林保護区であった。高速流線は、この近くを走っていない。生産工場から、30キロ圏は、テロ対策で、普通の車は、侵入しようとすると、強制的に進路を変更させられるため。ITINS連動の乗り物では、近づく事がでいなかった。地上から行くにも、荒れ果てた道は、車では、むずかしかったので、古い手を使ったわけだ。
不知火は、スタンドを立て、ガソリンタンクの蓋を開けて中を覗く。
ガソリンは半分ほど無くなっていた。バイクの後ろに括り付けてある携行缶から、給油をして。再び跨った。
「よい!、行くか・・・」
再びバイクは走り出し、3時間程、鬱蒼と茂った密林の道なき道を走り、巨大な建物の前で、再び停車した。
「俺も、言ってみるか・・・・」
そう言って、少し笑った。
「侵入する」
来客など無いのだろう・・・特に玄関は無かった。勝手口の様な鉄扉が一つ、大きな壁の一面にあるだけであった。不知火は、ノブを捻るが・・・鍵がかかっていて開かない。「そりゃそうだよな・・・」そう呟いて、壁に沿って歩いてみるが、窓はおろか、入り口は見当たらなかった。巨大な城壁の様にそそり立っていた。30分ほど片手に壁をなぞって歩いたが、いっこう、それらしきものは影も形も無くつるんとした壁面は何者も拒むように何かを内包していた。そこで、建物の10分の1ほど見ただろうか?それほど巨大な建物であった。太陽は、いつに無く、強い日差しを降り注いでいて、生身の不知火には、かなり堪えた。その場で座り溜息を吐く他なかった。
一方、マモラの肉体は、博士の店にあった。傍らに自分を見守らせ、夢へアクセスしている。
夢は、ステージをクリアーしていく類のロールプレイングゲームや、仮想空間の中を自由に闊歩するようなゲームではない。ITINSによって、アクセス者の脳の中にある。非現実への憧れを読み取り、プレーヤーの猟奇的な衝動を寛解かんかいさせるフィールド展開となっている。
精度の鈍い銃弾が飛び交う音にマモラは「AK-47か」そう簡単に分析し、匍匐前進ほふくぜんしんして、ぬかるんだ地面を這って移動する。おそらく、アメリカ兵なのだろうか?軍服を着て、ヘルメットを閉め、顎の下に抱えられたM4A1カービンを振りながら進んでいく。辺りには、怒号と悲鳴が硝煙弾雨の中飛び散っていた。
マモラは身を低くし、辺りをきょろきょろと見渡し・・・誰かを探している様だった。途中で倒れている兵士を持ち上げ、息をしていないと分かっていても質問をした。
「ソード・マンか!!?」
応えない者は打ち捨てて、這いずり回る。
・・・
しばらくすると土盛りの遮蔽しゃへいに身を低くして、前方を見据える男が目に留まる。マモラは、その男のもとまで、這い寄って、並ぶ、きっと生身の設定なのだろう。息を切らしきったマモラは息を整えてから先ほどの質問をしようとしたが、その前に、自分の見据えた先から目を離さず男がしゃべった。
「ほら、あそこの丘が、敵の司令部だ」
そう言って丘の向こうに少しだけ頭を出しているブロック組の建物を指差した。
まだ、マモラの息は斑まだらで必死に男が差した指の向こうへ眼をやった。
「・・・ソード・マンか?」
男は、そこで不意に自覚夢じかくむだと悟ったように、見据えていた先から目を離し、マモラへと視線を変える。
「お前?ゲームサイドのエンジニアか?」
マモラの息遣いは、平常に戻ったようだ。今度は、立場が、逆さになったように、何故か、マモラが司令本部とやらを見つめている。疑惑を持ちながら、マモラの横顔に囚われている男は、玉響たまゆら静寂の内にマモラを分析する。答えないマモラを「面白い男だ」と言う様に男は鼻で笑った。
「この、プレーヤーではないようだな・・・俺がソード・マンだ」
「エキストラキャラクターを統率しているのだろう?」
「その通りだ」
「このゲームのエキストラは他のゲームのエキストラと比べ、かなり特殊だと聞いている」
「存在が個別化されている点の事か?」
「そうだ、他のゲームは、登場人物の感覚の範囲に入らなければ、具現化ぐげんかされない。旧来のゲームのエキストラはすべてがそうだ。しかし、このゲームは、エキストラ個人を解体せずに、エキストラだけの仮想空間から、プレーヤー用の仮想空間に、エキストラをコピーして、登場させているな」
「その通りだ。その方が、実際の人間の行動に近いエキストラを登場させる事が出来る」
「実際の人間の行動?」
「不確かさだ」
「不確かさ?」
「基本的な量を与えた個人から成る、社会を形成している。初めは、ぎこちなく、ちぐはぐな行動をした。まあそれもそうだ、あえて非効率なメインルーチンを与えたからな、しかし、しだいに、折り合いを付けて、行動し始めたのだ。全体を一つのプログラムとして作動さているわけではなく、個人と言う単位で隔離したプログラムを与え、さらに、自らのプログラムの書き換えを許した、個人を逸脱しない範囲でな」
「自然と人間と同じになったと?」
「その通りだ。繋がっていない他の個人プログラムに対して、不確かさが、発生した。明瞭に見えない他人の行動理由これに対しての予測行動。これは必ずしも客体に対する完全な答えではない。フィードバックも与えられない場合が多い、その情報は、経験となり、類似した状況を集合別に整理し、わずかなフィードバックを収集し、次回の予測行動をとる」
「このゲームのエキストラキャラクターは、アナロジーを持っていると言う事か?」
「その通りだ」
「やはり、人の精神を作ろうとしていたのか・・・」
マモラは、顎を撫でて呟く。
「何?」
「いや、こちらの話だ」
「そうか、ところで、君は、ハッカーなのか?」
「そうだ」
「まさかこのゲームにウイルスでも入れに来たのか?」
「いや、只話を聞きに来ただけだ」
「そうか・・・」
「ところで、基本的な量と言ったな?それはなんだ?」
騒音が突如として、二人の会話をかき消した。きづくと、廃工場の様な建物の一角の壁に背を寄せて、先ほどの男とマモラは居た。男は、無造作に地面の土を顔や体に塗りたくり、何かに怯えている様に身を窶した。マモラは、状況を窺う。
「そら、おいでなすった」
男は、隠れている壁から顔を出してその先を見ながらそういった。
犬の唸り声の様な音が男の見る先から、聞こえた。それは、こちらに近づいて来る。
「なんだ?」
「化け物さ」
犬では無い事は、明らかであった。足音が・・・異様な重量を帯びた重苦しい足運びで、いよいよ、こちらの壁に姿を現す所まで来ていたが、自分の頭から1、2メートル高い所で地鳴りに等しい唸り声がするので、マモラにも、これはゲームであると解っていても、恐怖を抱かせ、男と同じく地面の土を体に擦り付けた。
マモラも自然と、どこかにいるプレーヤーのためのエキストラとなっていた。
二足歩行を予定した体つきなのに、四つん這いに這いずって巨大な化け物が姿を現す。その怪物は何か一つの感覚だけに頼っている。それは、おそらく視覚では無かった。二人の顔程の大きな目が、その端に膿うみを滴したたらせ二人をまじまじと見た。その怪物から、強烈な硫黄の匂いが二人を身悶えさせ、しかし、音や呼吸は必死に隠した。不意に響いた悲鳴を聞いて、走り去っていく怪物に安堵感を覚えて、会話をきり出す。
「すまないな・・・私も忙しくて」
「何故謝る?」
「きっと、君は、プレーヤーとは全く違う側面から、此処に来たのだろう?察するに、中村博士とこのゲームについて、ではないか?」
「その通りだ。なぜわかった?」
単刀直入な察し方にマモラは驚きの色を隠せなかった。
「普通は、君の様な質問をできない。エキストラキャラクターが自分をエキストラだと気づく様なモノだからな・・・中村は、現在昏睡状態となっている人類の精神をもとの状態まで、拡張するために、微弱な精神を儚くつなぎとめている人類全ての精神を合成し、このゲームのエキストラキャラクターの基本的な量とした」
「ちょっと待て。昏睡状態の人間とは、第三次世界大戦の重傷者の事か?」
「その通り。拡張した精神を肉体に戻せば治ると中村は思っていた。しかし、治らなかった被験者の容体ようだいは以前、変わらなかった。」
「なんだ?只人間を治療しようとしているだけか?」
「まあ、極論すればその通りだ」
「しかし、その昏睡状態の人間などと言うモノの存在を世の中は認知していないが・・・そんな大儀の治療なら、公表しても別に構わないと思うが?」
「公表する?・・・君は、物事の本質、現在の惨事を理解していないようだな?」
二人は、又違う様相の夢へと貸し出される。
湿気を帯びた肉塊がうねうねと悶えていた。その全てが、女体にょたいで、裸だった。意志との関連性から、マモラは、昨夜のアーベントの時の姿になっていた。ソードマンも女に成っていた。一体どんなプレーヤーのどんな場面かはわかりようもない。裸の波の一部となって二人は会話を続けた。
「公表すれば、大した批判を受けずに、資金を使えるのではないか?」
「君の様に他の人間に猜疑心さいぎしんがあればの話だ」
「少なからず人は猜疑心を持っていると思うが?」
「改竄された現実を見せられている者が猜疑心まで、到達する事は出来ない」
「改竄されていると言う意識は、いつか誰かが気がつく筈だ?」
「はっははっはは、一体どこまで改竄されていると思う?」
男は、笑った。
「どこまでだ?」
「では、聞くが?このゲームのエキストラ世界は、どこまでが仮想空間であると思う?」
「全てだ・・・・」
「その通り。君が現実と呼んでいる世界も、全て偽造空間である可能性は否めない」
「あくまで、仮定の話だろう?」
「その通りさ・・・」
「このゲームのエキストラ世界では、2重スリット実験なるものを、エキストラ自らが行った。結果、我々は仮想空間の住人であると言う仮説を打ち立てた。しかし、彼らはそこまでだ。彼らは目的の為に、作られたものでしかない。何物も似つかない真しんたる者への憧れは解消される事は無いだろう。またその術さえ、質量を持たない曖昧なものである。しかし、君は、似て非なるものだ。中村博士は、電子世界では、精神の拡張に限界があると悟り、実験を物理線上に移した」
「我々も中村博士の実験対象と言う事か?」
「目的を達成する為の木偶に他ならないが、君たちは、得てして、唯物的な個を持っている。もしくは、その目的を脱して、自らそれぞれが目的その者、存在その者となる事も出来るかもしれない」
「講釈は、もういい。セラフと言うキャラクターを知っていか?」
何かを喉に詰まらせたかの様に、一瞬押し黙る。
一瞬その眩しさに目を閉じて再び開けると、白亜の広大な空間の中に、二つのイスが只置いてあるだけの、空間に、マモラはその一つのイスに座らされていた・・・。丁度、プレーヤーが居ない間なのか?それともソードマンが、何かの重要性に気づき、マモラとの話し合いの場を設けたのか?そこは、言い及ばなかった。
「・・・セラフ・・・恐ろしい名を言うな・・・君は」
「何が恐ろしいのだ?」
「セラフはエキストラキャラクターの為のエキストラだ。そもそもあれには名前は無い。通常のエキストラキャラクターが、人類の精神を基本的な量としている様に、エキストラを人の形に導くためのエキストラは、完全人工知能が基本的な量となっている」
「だから、なぜ?恐ろしい?」
「先ほども話したが、人間由来の基本的な量は第三次世界大戦でのものである、完全人工知能を由来とした基本的な量もまた、第三次世界大戦時のモノを使用している。人類史上最も恐ろしい最終戦争が第三次世界大戦であるが、そのトリガーとなったのは、状勢破綻やテロリズム、国際問題などではない。国際的な均衡が崩れ始めて戦争を感じ取り始めるが、実は電子世界でその発端は始まっている・・・それが、人工知能だと言う事だ。そして、そのトリガーを引いた同世代のAIがこのゲーム・・・いや、中村博士の用いる精神の材料と言う訳だ。大戦直後にこのAIは、『現在の人類を抹殺し、善い部分だけを残した個体を人類として繁栄させれば、人類の現在抱えている問題は解決する』と言う見解を出していたそうだ。さらにそのプロットを完了させたともな」
マモラは、妙な、憶測を思い浮かべて、発言した。
「まさか・・・?そのプロットの過程が現状の人類なのか?」
「ん~物事は、そう簡単ではない、似ては居るがな」
「どういう事だ?」
「第三次世界大戦は、100世紀前の話だ、人も、殺戮前提の提案を人類にしたAIも多くの学習をしてきた、もしも、そのプロットが現在施行されていたとして、100世紀前のモノをそのまま使うなんてことはない・・・100世紀の後AIは気づいたのだよ・・・」
「何にだ?」
「愛にだ」
「ふっふざけた事を」
ソードマンは明らかにマモラをからかっていた。
「さーて・・・おいでなすった・・・逆臣ぎゃくしんの御出ましだ」
そう言って、ソードマンは身を引いた。
恐らくソードマンが呼んだのだろう?マモラの対面に据えてあるイスに、ふわりと座ったその者にマモラは驚きを隠せなかった。赤いキノコ頭の女だった。
「セラフか?」
不知火は、自分の不甲斐無さにもう、何度溜息を吐いただろうか?生産工場の周りを一周し、息を切らして、もう一度自分の青いバイクが停車されている所に戻って来た。おかしな建物であった。入り口と言えば、初めに見た小さな鉄扉一つであった。しかし、よくよく考えると、正規のルートで此処に来るのなら、上空からであって、徒歩で来る者などいる筈はなかった。あの扉は点検用の扉に過ぎないのであった。
不知火は、もう一度あの扉をピッキングするとかこじ開けるとかをして見ようと考え、それがだめなら・・・・仕方ない、収穫0で帰るしかない・・・。そう思って、扉のノブをまわした・・・。
不思議な事に、扉は、開いた・・・。初めから、もしかして開いて居たのだろうか?引くとか押すとかを間違えたのだろうか?そんな疑問が頭を過ったが、不知火の取り越し苦労は変わらなかった。
生産工場の中は、何かの大きな機械が稼働する音をその建物全体に共鳴させていた。薄暗く、非常灯の明かりが青く不知火の進む作業通路を照らしていた。
マモラが、初め検索した。時の『東北の空調管理外の施設で、出る幽霊』についての真偽を調べに来たのだが、不知火は、乗り気では無かった。そんな物は、鼻から、作り話に他ならないし、少しだけ、心霊系が苦手なのである。
物音がするたびに、びくりと体を震わせながら、細い通路を進んだ。床が、金網状になっており不知火の恐怖心を誘った。
上にも、下にも、金網の通路が羅列し、終いは見えない。そのどれかを誰かが、走り去ったような、気がして、数歩歩くたびに、上下を確認する不知火であった。・・・この通路には、壁が無かった・・。鉄骨の組子の様な作りで、上下左右には、突き当りが見えない深い闇が広がっている。緩やかなカーブを描いており、何かを囲んでいる通路だと不知火が気づいた時、大きなリレーのドスンっと言う音と共に照明のスイッチが入れられて、辺りを照らした。
やはり、不知火のいる通路は、ドーム型の工場の一部の外周に沿って作られた物であった。下には、手術室と車の生産ラインを併せ持った様な、生産ラインが蛇腹を作ってうねっていた。組み立てられているのは人体で、今は生産がストップしているのだろうか?機械アームがそれぞれの工程の中途半端な状態で停止していた。
「おかしいぞ・・・」
不知火は、顎をさすりながら、組み立て途中の人体を見て、そう呟いた。
「出荷される時は、生身の筈だが・・・」
工程の一部では、人体を開腹して、中の組み立てを行っていた。腹の中には、有機物の臓器は無かった。各工程で人間らしさを感じられるのは、肌や目、髪の毛などの外殻に過ぎず中身には全て、機械、機器が組み込まれているのを見て、不知火には、疑問符が頭にあるばかりだった。
その疑問を抱きつつ、目を細めて、人間生産ラインを眺めていると、その未完全な人間の工程を後ろ手に見て回る人間を豆粒大で、不知火は捉えた。
不知火には、必須アイテムであるが完全に時代遅れの、スナイパースコープを取り出し、生命誕生の時間を停止させた空間を闊歩する。謎の人物を見た。
「スコット・リエールだな・・・なでこんな処に?」
世界倫理機構の副理事スコット・リエールが、護衛も付けずに一人、淋しそうに魂の入っていない人の器を撫でる様に眺めていた。結局人体の工程全てを見て回り、コンベアーがこのドーム型の工程を抜け次の工程へと壁の穴に消える方向へと消えた。
不知火は、スコットの向かった次の工程室へと走った。このドーム型のラインでは、人の頭は、観音開きの格納蓋を開きっぱなしにしているため、次の工程は、脳の組みつけとなる。
不知火が脳の工程室へと着いた頃、スコットの姿は見当たらなかった。生産ラインには、一人目が頭蓋を開け、脳の装着を待ってそこに横たわっていた。しかし、肝心の脳は、何処にもない・・・。それもそうだろう、脳は、出荷が決まってから、この部屋に持ち込まれるのだから。
此処からは、幾つか行き先が別れているのだが・・・なるべく、スコットにみつからない様に、スコットが、此処へ何しに来たのかを探ろうと不知火は思っていた。しかし、スコットの気配は、感じ取れず、こんな時、機械の体なら、何種類かの探知機能を駆使出来て、便利なんだがなそう思いながら、仕方なしに、行き当たりばったりの、通路を選んだ。
行けども行けども、スコットの気配は見当たらなかった。外注をせずに、この工場内で、全ての部品を作っている様で、ネジから結晶素子に至るまでの製造ラインが窺えた。それぞれの工程室を見るたびに、不知火の疑問は、長く伸び、捻じれて不可解になっていった。それもそのはず、何処にも、生の臓器は無かった。
「どういう事だ?これじゃ・・・只アンドロイドを作っているだけではないか?」
不知火は、スコットを追うのをやめ、今度は、精子卵子の貯蔵庫を探して歩く事にした。幾ばくかの探索の後、不知火の呟きと共に中断された「これは?・・・どこにもないな」。
顎に手を当てながら、歩いていると、不意に、暗い廊下の先の一部屋に、佇むスコットの姿を捉えた。
不知火は息を殺して、廊下の壁に隠れて、その部屋を見た。
薄暗い部屋であった・・・。並んでいるのは機械のパーツではなく、ベットの整列しているだけの部屋で、そこにには、人が横たわっていた。スコットは、その一人を撫でていた・・・。
「出てきたまえ・・・そこにいるんだろう?」
スコットは、横たわった病人であろうか?それから目を離さずに不知火に向け声を張った。
不知火は、そろそろと出ていき、妙な第一声を放った。
「あんたの、著書のファンだ」
スコットは抑揚なく礼を言う。
「それは、ありがとう」
「この工場はなんだ?」
「周知の通り、人間の生産工場だよ」
「そうは、思えないが?そこの病人はいったい?」
「これは、病人ではない。死人だ。かろうじて、腐る事は無い。脳の回路も保持しているが、しかし、脳以外の一連の器官は完全に不全している」
「なぜ?そんな、死者が生産工場に必要なんだ?肉体の中で、精子卵子の保存をしているとでも?」
スコットは笑った。
「保健所のホームページでも見たのか?あんなのは、虚偽だ」
「どう言う事なんだ?」
「この部屋にいる、17人の人間の脳から、君たちの精神は、作られている」
「我々は、レプリカだと・・・?」
「模造品ではない。それでは、只、再現するというのみの目的ではないか。君たちは再構築する為の媒体だ」
「いったい何を?」
「人間さ」
「我々、3人は、特別なロットの生産と中村博士が言っていたが・・・そう言う事だったのか・・・」
呟くように納得したその言葉を、皮肉る様に、スコットは笑った。
「・・・いや、すまない・・・君にはまだ、私が何故可笑しかったのか分からないだろう・・・最後のコマに到達すれば、きっと、君も、君が今出した、場違いな自尊心を宿した言葉を可笑しいと思うだろう」
「又、双六か?最後のコマって言う事は、今聞いても教えてくれない様だな」
「そうだな、此処で私が君に伝えた処で、ITINSへの記憶の抹消が開始される」
「いったい、なんなんだ?何を隠しているのだ?隠す必要があるのか?」
結局答えられないので、スコットは、不知火の質問は無視して、話を変えた。
「肉体に与えられる、精神だが・・・現在この17人の精神は使われていない。起源こそ、この17人の精神から、作られているが、それは、違う器へと移されてから、一万年近く勝手に歩いている。誕生から、死まで、の全ての情報を集積し、又次の器へ同じモノを挿げ替えているのだよ・・・それを個人と言えるだろうか?」
「何を言っているんだ?・・・精神は遣い回しだと?」
「その通りだ。精神と呼べるものは一つしかない。“ある期間”一人の人間の生死の期間であるのだが、その人間が死んだら、その人間に入っていた精神をもう一人の人間に移し替える。そうして、二人目は、一人目の誕生の時間に巻き戻し、二人とも“ある期間”の中で情報の集積を行うそうして、人口を増やして、不確定な事象、確認の及ばない広大な精神の拡張を行なっている」
「始めの人間と最後型の人間で、精神の密度の差が出来ると思うが?」
「ほお、善い所を質問するね。個人差と言うモノは、とても大事な人間性だ。だから、人口が2億673万7290個体になるまで、個体差におけるジレンマをそのままにしておいた。そして、十分な精神の拡張が済むと、今度は、統合のさせなければいけない。その2億673万7290個体の精神を合成し基本的な精神の量とした。その量を使って同じ精神領域を持つ2億673万7290の個人を作り、高度通信情報システム解析クラウドと言う、広大なサイバー空間にそれぞれ、2億673万7290のクラウドマスを作り、誕生から死までの全ての情報の観察集積群を作り、死の後も、再び同じ器に死んだ器の精神の生の延長として、精神を入れて居る」
「完全人工管理で決定した人口ではないか?・・・」
不知火は唖然とした。しかし、スコットは、その質問には答えない。今度は自分の所属する。世界倫理機構の事について言及する。
「新しい器に精神を移し替える時に、我々、世界倫理機構が、定めた、崇高な精神に値しない情報は、削除し、より善い精神を作っている」
「どういう事だ?」
「オリジナルの人間などという物はいないのだよ・・・この現在・・・」
二年前
公安に5課が出来たのは、月光事件の前後だと言われている。当時の首相である三俣首相率いる躍進党は、自由貿易改革を推し進めていた、この改革は、議席の3分の2を占める躍進党と方向性の合致に伴って連合した野党の賛成多数による。既決になるだろう。と思われていたが・・・否決した。当の躍進党がそろって、欠席したのであった。その日は、満月の夜であったので、そんな事に目を付けた三流週刊誌の記者が、「満月には、魔の力が強まる」と書いた。理路整然としない言い訳で、躍進党の議員は、マスコミの追及を、自信満々に退けた。大変不可解な事態に、結局どこの雑誌も、三流記者の「満月には、魔の力が強まる」と言う、方向の記事しか書けなかった。この異様な事態は直ぐ後に『月光事件』と呼ばれるようになった。
木村は、5課への、配属が決定し、少し気を落としていた。5課は、通称ハシビロコウと呼ばれ、殆ど動かないのであった。
この数千年で、事件の解決は皆無であった。殆ど動かないのではなく、動けないのであった。
この数千年での調査で、判明しているのは、推測の域を出ない所までであった。
それは、月光事件や、他の、多くの不可解な体制や組織の変動は、脳を挿げ替えられた人間が行った。と言う事だった。そして、マモラと呼ばれる存在が、把握されていた。この一連の事件性を傀儡子事件と5課は呼び、マモラの存在を追っているのであった。
「本日付けで5課に配属になりました木村純一郎と申します」
コンピューター言語の羅列を見つめてスクロールしている男が画面から顔を離さずに手を挙げて、木村に挨拶をした。5課の捜査本部は散々と物が散らかっていた。見た処ここには、画面を見つめる男と、恰幅の良い男が、自分のデスクで、腕組みをして、仰け反って、寝ているのと二人だけだった。
木村は、どちらが課長だろうか?と悩んだ末、コンピューターを見ている男に歩み寄って、「私のデスクは何処になりますでしょうか?」と聞いた。男が無言の内に指さしたのはデスクの位置ではなく、爆睡している男であった。
「すいません」
木村は、寝ている男に、話し掛けるが、男は、その岩の様に大きな体をピクリともさせない。
木村は、ため息をつき、部屋を眺めているしかなかった。
そこに突っ立っているだけの木村をパソコン男は一瞥した。




