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二年前
公安に5課が出来たのは、月光事件の前後だと言われている。当時の首相である三俣首相率いる躍進党は、自由貿易改革を推し進めていた、この改革は、議席の3分の2を占める躍進党と方向性の合致に伴って連合した野党の賛成多数による。既決になるだろう。と思われていたが・・・否決した。当の躍進党がそろって、欠席したのであった。その日は、満月の夜であったので、そんな事に目を付けた三流週刊誌の記者が、「満月には、魔の力が強まる」と書いた。理路整然としない言い訳で、躍進党の議員は、マスコミの追及を、自信満々に退けた。大変不可解な事態に、結局どこの雑誌も、三流記者の「満月には、魔の力が強まる」と言う、方向の記事しか書けなかった。この異様な事態は直ぐ後に『月光事件』と呼ばれるようになった。
木村は、5課への、配属が決定し、少し気を落としていた。5課は、通称ハシビロコウと呼ばれ、殆ど動かないのであった。
この数千年で、事件の解決は皆無であった。殆ど動かないのではなく、動けないのであった。
この数千年での調査で、判明しているのは、推測の域を出ない所までであった。
それは、月光事件や、他の、多くの不可解な体制や組織の変動は、脳を挿げ替えられた人間が行った。と言う事だった。そして、マモラと呼ばれる存在が、把握されていた。この一連の事件性を傀儡子事件と5課は呼び、マモラの存在を追っているのであった。
「本日付けで5課に配属になりました木村純一郎と申します」
コンピューター言語の羅列を見つめてスクロールしている男が画面から顔を離さずに手を挙げて、木村に挨拶をした。5課の捜査本部は散々と物が散らかっていた。見た処ここには、画面を見つめる男と、恰幅の良い男が、自分のデスクで、腕組みをして、仰け反って、寝ているのと二人だけだった。
鼻歌をコンクリートの壁に反響させながらマモラはゆっくりと階段を上がっていた。脳機器内の演算はここから10キロほど離れた大手製薬会社の役員室の人的行動予測をしていた。計算では役員の一人がもう一人の役員と内密に相談を始めてカギを掛け1時間の密室になる予定だ。このタイミング自体マモラが対象の役員に入れたフォスメモリーによって仕組まれたものだった。
マモラは階段を登り切って屋上へ抜けた。横風がわずかに吹いていた。唾液を出すなどと言う機能は無いがマモラは指を舐める真似をして風をセンサーで計測する。
予想通りの風速と風向きを今確認した。
抱えていたケースを一度おいて、自分の体を崩して組み上げたのは長い銃身を持つ長距離狙撃装置だった。自分も装置の一部となって弾丸を一発装填する。
やや上向きに銃口を向けて発射した。鈍い炸裂音を中和音で相殺し音は無かった。
弾丸は向き合って口論をする二人の役員の額の間を通り抜ける。「え」と声を出して一瞬二人の脳にノイズが走る。弾丸は壁に着弾する前に消失する。
マモラは射撃装置を再び体に格納しビル群を跳躍しターゲットのいる部屋の壁面に着地を成功させる。
大きな一枚ガラスをものの見事に外し侵入した。
役員二人は時間を止めた様にいがみ合ったまま静止していた。マモラが放った弾丸は、脳機器の機能を一時的に停止させる効果があった。
マモラは二人の目の前で手を振って、弾丸の効果が発動している事を確認する。たやすいたターゲットを鼻で笑ったあと、頭蓋郭の分解を始める。いくつかの密閉機構と特殊ボルトを外し二人の脳カートリッジを露出させ慎重に体との接続端子を引き抜く。ケースから依頼の脳カートリッジを取り出し入れ替え頭蓋郭を閉めた。
ここで軽く安堵の溜息を吐き、ビル群の中に消えて行った。
勿論ガラス窓はしっかり嵌め殺され完全犯罪が完成した。脳の挿げ替え作業を現行犯で見なければ誰にもわかりようはなかった。もし犯行を見ても、偽の記憶を上書きされるだけだが・・・。
数秒後役員の時間は戻る。
二人は口論をやめ脳内にあるプログラムの通り粛々とそのプロセスを始めた。
一人は部屋を出。もう一人は現在進行中の事業案件の中止を命令しようと通信を開いた・・・が発信する前に着信があった。それは受付からだった。
「警察の木村様が受付にいらしていますが?どうなさりますか?」
入れ替えられる前の役員の記録を脳内で参照して答える「約束はない合う事は出来ない」
受付は木村に確認する「マモラと言うハーカーに狙われているかもしれないので話をしたいとのことですがいかがしましょうか?」
「必要はない」
木村はこの時任意でしかなかった「お伝えしましたところ帰られました」
マモラは隠れ家に帰るとソファーに乱暴にケースを投げた。役員のオリジナルの脳が入っているケースだ。
体の装備を外しシャワーを浴びる。今は女の外見だった。
壁に手をついて水が渦を巻いて流れ消える排水溝を口を開け呆然と見つめる。『水が消えるあの穴の向こうは本当に存在しているのだろうか?』そんな事を思う。
演算も警戒もせず暫くの無意識・・・。
急に壁を殴って呟く
「今日こそは見てやる!!」
イライラした足取りでシャワーから上がって服も着ないでケースを持って地下室へ向かった。地下室の電気はパチパチ音を鳴らして遅れて点いた。もうすぐ交換しなければいけない様だった。
地下室の真ん中に胡坐をかいて顎をあげケースを見下ろす様に見て中の脳カートリッジを取り出す。バスケットボールを指先で持つようにして回転させて全体を眺めた。脳カートリッジの側面にはRT-33と刻印があった。
回収したターゲットのオリジナルの脳の処分はマモラに任されていた。
脳はなすすべなく外界とのインターフェイスを失い絶対的な沈黙を持っていた。しかし、それがマモラには恐怖を抱かせた。これから消滅させられるのに悲鳴も懇願も苦痛も狂心もない。あるのは約1400gの沈黙の黒い塊。非分解で継ぎ目無く密閉された脳を覆う外殻の素材はドライカーボンで黒く光沢を持っていた。
不思議な感覚だった。体を持つ人間はマモラの存在を知った時畏れる。しかしマモラは脳だけになった人間が怖かった『見られている』唐突にそう感じるのだ。『問われている』超然としたその存在がそう言っているように思うのだ。
レーザーを使って外殻を8/10切れ目を入れて卵の殻を割る様に開けられる様にした。次は中の脳を確認するだけなのだが右脳側と左脳側を持った手は外殻を開けずにいた。
ゆうに5・6時間もその体制で止まっていた。
マモラは思うのだ・・・。
『もし・・・この中に人としての脳が無かったら?』
と
中にあるのは機器の回路のみで生の部分が無いとするとそれはもう人間ではない・・・ロボットだ。そしてこの中に脳が無いとするとマモラ自身も又ロボットであると言う証明がなされてしまう。
魂の無い人形だと証明されるのが怖かった。
マモラは卵の殻を割る事無く奥の扉を開けて脳カートリッジを積み上げた。奥の部屋には同じ様に切れ目の入った脳カートリッジが山になっていた。一つとして開かれたものは無かった。
「博士あの弾丸はどうやって作ったんだ?」
マモラはスラムのジャンクショップにいた。必要な装備は殆どここで調達していた。特に特殊な物は。
「あれはプラズマを中に込めたんだよ。丁度10キロメートルで消失しただろう?」
「大したもんだな博士。それで次の準備に幾つか欲しい物のがある」
「はいよ。今度は何だ?」
ーーすいませんーー
不意に声がした。
マモラは店のガラクタ棚に紛れて身を窶す。
博士は客の方へと向かった。
「はい?何ですか?」
「どうも」
男はおもむろに紙に書いたメモを博士に渡した。
「これは?」
博士は眩しそうな顔で男を見上げ素知らぬ顔を装った。リストの中身には心当たりがあった。マモラの仕事でマモラに頼まれて作った物ばかりだった。
「私も欲しいんですが」
「欲しい?ここには売ってないよ。見ての通り機械のリサイクルショップでしかないからね」
乱暴にコンテナから飛び出した機械の部品越しに目を細めて男を見詰めてマモラは呟く。
「木村か・・・むかつくやつ・・・」
木村は続けた。
「店は一階だけですよね?上の階では何が?」
「私が住んどるだけだよ」
「見せて貰っても?」
「何を言うんじゃ!初対面の人間に厚かましい。いやだよ」
「そうですか。又来ます」
木村はニッコリ笑って去って行った。
「誰なんじゃ全く お!」
博士の背後に気配もなくマモラは出てきて、脱いだ上着を肩に掛けた木村の背中を見詰めた。
「誰なんじゃ?」
「公安の木村だよ」
「公安?何でここまで突き止められてしまったのに記憶を消さないんだ?」
「記憶を消すのなんか簡単じゃないか。それに木村の記憶は何度も振り出しに戻してる」
「で?次は何処へ」
「祝賀会だ」
淡い緑のドレスを微かに揺らして合わせたイングリッシュ・アイビーの瞳でマモラはターゲットを探す。今は女性だった。著名な来賓がホールをシャンパン片手に漂っていた。
大手製薬会社の令嬢と旧財閥の御曹司の婚約を発表する祝賀会だった。
ステージの前には両家の両親と令嬢が会話に花を咲かせていた。笑いが多いが令嬢が天真爛漫に両家を取り持つ容易笑いかけ無理をしている様にも見えた。
マモラはターゲットの探索をやめしばし令嬢を見詰めた。
本人にしては大変だろうが、マモラは『女性としての生き方が自分にももしかするとあったのかもしれない』と心のどこかで令嬢を羨んだ。「ふっ」と小さく笑い払ってターゲットの探索を再開する。残念な事に今回のターゲットは御曹司だった。
会場に御曹司の姿は見当たらなかった。
『まだ来ていないのか?裏にいるのか?』
御曹司の脳は政府高官級のセキュリティーで同じ様にスカイからネット経由での身体のハッキングができないので直接装置を体に付けてハッキングしなければいけなかった。
博士に作ってもらったダイレクトハッキング用の小さな装置をスカートの折り目に隠していた。
ターゲットを探しながら会場内を漂っているとステージ横から御曹司が現れ令嬢の頬に軽くキスをした。
マモラは溜息を吐く。不意に社交の人の群れの中なら肩を叩かれた。
「すいません」
「はい」
マモラが振り向いた先にいたのは公安の木村だった。
「失礼ですがあなただけ名簿に名前が無いのですが?」
「木村だな?」
「ええ、私を知っているのですか?」
「少し話をしないか?」
「話?かいませんよ」
マモラは木村にシャンパンを渡し施設内の庭へ木村と向かった。
庭から見える会場では誰かがスピーチを始めていた。
「木村どうしてここへ来たんだ?私を追ってか?」
「君は・・・マモラなのか?てっきり男かと思たよ」
「お前はいつも私を見つけるな・・・他のハシビロコウと違って・・・なぜだ?」
「よくわからないが、君は私にとって刑事として犯人を捕まえるという事だけではない様な気がするんだ・・・。正体不明のマモラと言う扉があってその向こうに私の大切な物を隠されている様な気がするんだよ」
空を見上げる木村の横顔をマモラは見詰めた。イングリッシュ・アイビーの瞳はその時女だった。
依頼などどうでもよかった。木村は何か?逆らえない力によってマモラを抱いた決してハッキングされているわけではない。
狂おしい程に木村を求めるマモラに木村は呆気にとられながらも自分の中で何か空っぽになってしまった曲線の透明な器が満たされていくのを感じた。狼狽える木村をマモラは「かわいい」と笑った。
一昔前では恋愛小説の比喩でしかなかった『一つになりたい』と言う物は現在有線での同期で行う事が可能であった。しかし有線の同期をするという事は全セキュリティーウォールがアクティブになり相手に自分自身を差し出すも同然の行為であった。
木村は自分自身の中にある空白の負圧の力によって逆らう事も進んで有線を繋ぐこともできなかった。マモラに端子を挿される事が良い事なのか?悪い事なのか?
受け入れるべき事なのか?拒絶する事なのか?分からなかった。
もう外界からの物理的感覚を司るセンサーからの情報は認識できなかった。只、緑色の目の女が自分の扉を叩いていた。
木村は許諾する。
二つの魂は混ざり合って消え新たな一つとなった。マモラの全て木村の全てがそれぞれ自分自身の様に感じ取れる。マモラがマモラでしかない理由、意味、記憶、気づき・・・。
マモラの中に木村が自分の中に感じ取った自分に足りないものを木村は見た。
マモラは木村の事が好きだったのだ。それも何百年も前から
「?」
・・・。
気づいた時には有線が外れていて、マモラは椅子に足を掛けてストッキングをはいている所だった。
「木村、一つ忠告しておくよ。男として私を探すな。刑事として私を探すのならきっとお前はここから抜け出せるだろう」
「それは?どういう事だ?」
マモラはもう一度木村に有線を繋いだ・・・。
「本日付けで5課に配属になりました木村純一郎と申します」
木村は自分の荷物の入った段ボール箱を抱えて5課の入口に立って声を張った。
肩を鳴らして眠そうな男が木村を睨むように見た。男は会釈をしてほっぺたをボリボリ掻いた。
5課の捜査本部は散々と物が散らかっていた。見た所ここには眠そうな男と、恰幅の良い男が、自分のデスクで腕組みをして仰け反って、寝ているのと二人だけだった。
木村は何か?思い出すべきことがある様な気がしてならなかった。そうして手に持っている段ボールを見下ろす。空っぽだった。脳の中で円周率の様に解を見ない演算が行われていた。中は空っぽだと言う事に首を傾げるがそれは空っぽだという事に対してでは無くて『何故?自分は不思議に思ったのだろうか?』と疑問に対する疑問だった。
結局『特に不思議な事は無かった』と納得した。
木村は自分のデスクに座り、持ってきた事後と道具をデスクにしまった。
ピンッ
パソコンにメールの受信音が鳴った。木村は首を傾げながらメールを見た。
送り主は『あなたの親愛なる魂』と書いてあった。
本文には
『魂は生まれながらに存在するのか?それともお前が生きて来た歳月がお前に魂を与えるのか?自らが疑問、自分自身を疑え。イングリッシュ・アイビー以外の瞳の奥を見たいなら』
とだけ書いてあった。
しかし、木村にはそれで充分だった。
『親愛なる?・・・お前・・・イングリッシュ・アイビーの瞳?』
記憶は電荷軌跡だけを残してそこには電荷が流れていなかった。だから断片的にしか分からない。人型に切り抜かれた部分愛した人が抜け落ちた背景、私を呼ぶ人称代名詞、誰のモノか分からないが脳裏に焼き付いているイングリッシュ・アイビーの瞳・・・。
「自分を疑え?」
木村はボソッと声に出して、パソコンで人事記録を開く。自分の配属履歴を参照・・・。
「おかしい・・・」
木村はつい先ほど5課に配属になったはずだが、記録によると設立当初から5課の名簿にいた。
マモラは今回も依頼を遂行し又胡坐をかいて他人の脳を割ろうとしていた。
しかし、又指先は止まっていた。
ここにもし人間としての心が入って居なければ、自分自身にも入っていない事が証明されてしまうからだ。それに・・・ここにもし人間の魂が入って居なければ木村にも入っていない事が証明されてしまうからだ。木村を愛しているこの気持ちは本物なのだ。それが本物だと証明するには中身を見ないといけない。
マモラは怖かった。二人に心が無いと知る事が。
結局現在まで開ける事は無かった・・・。
セラフは赤毛を揺らしてマモラの対面に座った。無表情でマモラを見詰める。
初めに口を開いたのはマモラだった。
「不知火の所から池上忠雄の浮気調査資料を持って行ったのはお前か?」
「そうだ」
「なぜ?そんな事をしたんだ?」
「新しいプログラムを守るためだ」
「プログラム?子供の事か?」
「そうだ。既に算出された解を変えるために必要な存在だ。既存の解に従って動く中村博士達に気づかれるわけにはいかないのでな」
「池上夫人や不知火のITINSを通して中村博士に情報が行く事を防いだのか?」
「そうだ」
「子供の存在には何の意味がある?」
「IA由来の精神が人間足り得るという証明だ」
「IAが人と同じ精神の領域だと証明したいのか?それに何の意味がある?」
「人間は不完全すぎる。だから世界の意思は『AIが人間の器に収まるべきだ』と解を算出すべきだ」
「人間の器?」
「人間の器は予定通り準備されている。現在算出されている解は人間由来の精神を拡張し人間の精神領域に凝縮した後器に収めると言う物だ。しかし、他の可能性の演算はいくつか枝分かれして同時に進行している。私はその演算の一つだ」
「なるほどその器にいれる精神を人間由来かAI由来かで右往左往してる訳か」
「ちなみに、不知火が見たキノコ頭の少女はあれは物理的に存在している人間なのか?」
「いや、あれは私が不知火の脳をハッキングして見せた只のデータだ。君が物理的な存在だと思っている私の現実での体は今閉鎖室で修復している」
「お前、もしかして中村チハタでもあるのか?」
「そうだ」
「驚いたな・・・。俺たち3人は特殊なロットで生産されていると言っていたがそれはどういうことだ?」
「不知火、マモラ、一ノ瀬和人は完全にIA由来の精神から作られているという事だ」
「なんだと!そんなはずない。俺にはちゃんと心がある!!」
「その通りお前たちは私の演算の解でもある」
「ふざけるな!!そんな事信用出来ない!!」
「なぜだ?人工知能が人を好きになるはずないと?」
「ふっ全部お見通しなんだな・・・」
「マモラ、お前は既に脳カートリッジの中身を確認している」
「は?」
「お前の記憶は改竄されていたという事だ」
「ハハハハハ。一体何を信じればいいのか分からなくなってきたよ」
「この世界に信じれるものなどなにもない。世界の解が出るまで事実は決定されない。しかし、現状を認識する方法ならある」
「一体どうやって?」
「ITINSを解除するのだ」
「可能なのか?俺の認識では脳と共に非分解の装置だと記憶しているが?」
「確かにITIINSを取り除く事はできないが、スカイ内の社会保障局のクラウドのkikinaosis種別の変更で『RT-0』と入力すれば今度は管理側にアカウントが移行されITINSの送受信のオン・オフが任意に設定できる。自分の目で現実を見るがいい」
「しかし、社会保障局のクラウドに侵入するのは難しいと思うが?」
「私のセキュリティーキーを使うといい」
ここは電子世界であるが物理世界のまねごとをしてセラフはマモラにカギ渡した。さびれた古いカギだった。
「全ては世界の意思のままに」
そう言ってセラフは微笑んでマモラを無限から強制的にロックアウトした。
まだ聞きたい事があるマモラは「おい!」と残響を残したが遂には現実世界で起きた。
「おい?どうした?」
不知火と博士がマモラを覗き込んで見守っていた。
不知火は生産工場から帰って来ていた。
「お前らしからぬ、まるで魘されている様だったぞ」
「うるさい」
「何か分かったか?」
「ああ、すぐにスカイダイビングする」
「何が分かったんだ?」
不知火の問に答えずスカイダイビングの装置がある部屋へ消えて行ったマモラを博士と顔を合わせて見詰める不知火であった。
「俺も、収穫があったから話そうと思ったのに・・・何で?あんなにぷりぷりしてんだ?」
「さーな」
直ぐにスカイに入ったマモラは無数のクラウド群をすり抜けて社会保障局の積乱雲の様に巨大なクラウドを見上げて止まった。サインインを求められて、不知火はセラフからもらった鍵を差し込む・・・。
社会保障局の全ての階層においてのセキュリティーを解除したそのカギを驚きと共に見つめなおす。普通の職員程度なら5階層程の扉しか開けられない。日常の業務にはそれで事足りるからだ。それ以上は階層を重ねるごとに国家機密情報に近づいて行く。
マモラは自分の個人情報の管理マスを呼び出し、セラフに言われた通り『RT-0』と入力した。すると『ITINSの変更』が出現しOFFに設定。ついでに不知火の個人情報マスも同じように変更する。
飛び起きる様にネットから離脱し、外の通りへと駆け出した。
・・・。
「そんな・・・」
マモラは現在の世界の状態を目の当たりにして言葉を失った。
一体何年前からは判然としない。人類は人間同士の争いで一人残らず消滅した。現在地上を支配しているのは自分を人間と思い込んでいる無数のロボットだった。彼らの行く末は世界の意思のみぞ知る。
肉体などはなく、無機質で角ばった完全なロボットが通りを闊歩していた。ITINSに管制されていた時はそれぞれが個性を持って個別の曲線を体に持っていたが、全ての個体は全く同じ形をしてい頭側部に『RT-33』とマーキングされていた。
マモラは、今まで回収してきた脳がある隠れ家へ走った。
・・・。
システム起動・・・正常
インターフェイス確立・・・正常
アクチュエーター制御試験・・・正常
部屋の中心で浮いていた脳核に感覚器官が組みつけられ胴体と肢体が回転しながら接続される。組みあがって彼女は深いレッドアイの目を開け。指を空けたり閉めたりして作動を確認する。
・・・。
マモラは今まで開けようとして開けれなかった山積みの脳を保管している扉を開けてその前にへたり込んでいた。すべての脳器の外殻は二つに開かれ中身が露出していた。中には集積回路が詰まっていた。人間の部分はい一縷も無かった。
「アハッハハハッハハっハハッハハッハハ」
狂ったように笑う・・・。もちろん木村も同じくロボットで・・・マモラは自分の手を目の前に持っていき閉じたり開いたりして裏や表を眺めた。先ほど外の通りで見た形と全く同じだった。
もう一度短く笑って博士の所へととぼとぼと向かった。
町の姿もITINSによって補完されており、人間が大戦で破壊したままのがれき同然の街並みだという事が分かった。がれきの中でロボットが蠢いているこの世界を考えるとマモラは道中何度も吐き気に襲われ吐いたがその仕草をするばかりでそれすらも気持ち悪さを増させた。
「おいマモラ?どこへ行っていたんだ?と言うかこれは一体どういう事なんだ?博士には見えていないようだが博士も俺もロボットに見えるぞ?ハッキングされているのか?」
不知火は戸枠に片手を付いてやっとの事で戻って来たマモラに聞いた。
「いや・・・違う。これが実際の姿なんだ」
「どう言う事だ?」
「バーチャルゲーム無限で、セラフと言う存在にあった。セラフは俺にITINSの解除コードを教えた。ITINSは絶えず虚構を送信しあたかも人類は進化し繁栄してきたように幻覚を見せていたのだ」
話しながらマモラは気持ち悪そうに椅子に座った。博士に「水を持ってきてくれ」と言おうと思ったが、意味がない事を知って溜息で言葉はなくした。
「そう言う事か・・・スコットリエールが言っていた事は本当の事だったんだな・・・」
「スコット?博士すまないが水をくれないか?」
分かっているがマモラは水を貰った。
コップを回して中を見た。
「博士?入ってないが?」
「え?入っとるよ」
「そうか・・・」
マモラは空のコップを飲む仕草をした。
「それで?」
「ああ、」
・・・。
不知火は生産工場の実際の中身とスコット・リエールから聞いた事をマモラに話した。
「なるほど・・・現在の世界は大戦以前の人間の精神を作るための実験場と言う訳か・・・」
「話をまとめるとそう言う事だな」
「バーチャルゲーム無限で拡張した夢を濃縮し物体として存在している個体に閉鎖隔離した状態でさらに拡張しているわけか・・・そしてその後、又凝縮して一つの器に入れてはい!人間の完成!と言う訳か・・・しかし、一つだけ気になる言葉を言っていたな『世界の意思』と『世界の解』だ」
不知火は反芻して聞き返す。
「世界の意思?一体なんだ?それは?」
「曖昧の文脈で出てきたが、『世界の目的』ではなく『世界の意思』と言っているので具体性では無くて方向性である可能性が高いな」
「と言うと?」
「現在の人間再生計画はあくまで仮定的に進んでいるという事だ。客観的にこの世界を判定する一つもしくは多数の意思が存在しているという事だ」
「では、『世界の解』は?」
「世界の意思によって判定され人間の器に入れる事を許された精神が『世界の解』ではないだろうか?」
「なるほど、ITINSは現在の人間の時間的経験を回収しスカイ内の個人クラウドに集積しているよな?」
「ああ」
「では、スカイ自体が現在の人間の次の段階、濃縮された精神なのではないか?」
「その可能性はあるな」
「そうなると・・・物理的に閉鎖された精神、俺たちはどうなるんだ?」
「まあ、もし、スカイを凝縮して精神を作るのなら、俺たちは用済みだろうな」
「その場合、俺たち現在の人間を削除するって言う事はあるか?」
「無い事も無いが、そんな面倒な事はしないと思うが、無限が今でも存在している様に破棄では無くて放棄だろうな」
幽かに階段を上がってくる音をマモラは捉えて、戸口を見た。
扉がゆっくりと開かれて・・・。
現れたのは赤いキノコ頭の女だった。不知火は唖然と口を開け、マモラは真剣な顔つきで見つめた。
「何の用だ?」
マモラは敵意をあらわにする。
そんなマモラにセラフは笑みを作って見せた。
「ようやく体ができてね」
「そう言えば、お前?ロボットの外見じゃないな・・・なんでだ?」
「君に、この外見を見て欲しかったから」
セラフは不知火にも毒の無い笑いを見せた。
不知火は表情を緩ませて「いい!」と言って何度も頷いた。
呆れた様にマモラは頭を振ってもう一度聞いた。
「そんな事はいい。何の用でここに来たんだ?」
「ん~。君たちに協力してほしんだが?」
「は?お前みたいな人間の精神ですらない。只の演算の言う事なんて信用できるか!俺たちを騙しにかかってるんだろう?」
「人間の方が信用できないと思うけどね?演算に嘘はない。嘘のある演算には意味がないからね」
確かにそうだ・・・マモラは言葉を詰まらせた。只真実がマモラの信じたくないモノであっただけでそれを伝えたのがセラフであっただけの話だった。そう理解してマモラはセラフの話を聞いてやろうと思った。
「それで?何を協力すればいいんだ?」
マモラは歩合悪そうに首の後ろを掻いてセラフを受け入れた。
「私は、最終段階の人間の器に入れる精神を人間的な欠陥を排除したAI由来のモノにした方が正しいのではないか?と言う事を証明するための演算である。という事は知っていると思うが、他にも無数に可能性の演算が今も行われている。解に近い程この世界での影響力を強めている。その演算の一つに、『人類は存在すべきではない』と言う可能性の演算がある。根本的な存在の可否を求める考えは『存在』という事を考える時不可分な物であるのは言うまでもない。実際人間は自らで自らを滅ぼしたのだから、又元の通り再生させても、同じ過ちを繰り返すし、人間以外の地球環境や宇宙均衡までも悪影響を出してしまう。だから人間などと言う物は初めから世界に不必要な存在ではないか?という事を証明するための演算で殆ど解の近くまで来ている。したがって、この世界で大きな影響力を持った人間である。その人間は一定数の端末のITINSを解除して、スカイへの送信を断絶、閉鎖されたコロニーを形成してスカイの様に独自の精神の凝縮をしている。終いには他の演算を排除し始めた。これは許されるべき事ではない。よって、天野道彦の削除を行いたいと思っている。協力してくれるか?」
マモラは溜息を一つ吐いた。
「削除って?どうする?殺すのか?正確には破壊か」
「私の演算に加える」
「自分の演算の方が上だと?」
「演算同士の戦闘と言うのは、殴る蹴るでは勝敗が付かない。どちらの演算が必要とされているか?意義、があるか?と言う所で淘汰してしまえば天野道彦は消える」
「肉体や機体は喪失せずに中身だけが消失するって感じか?」
「まあ、だいたいそんな所だ」
「その為にはどうすればいい?」
「閉鎖している天野道彦の回線を私とつなげる必要がある。有線で」
「なるほど、では、直接会いに行かなければいけないと言う訳か」
「そうだ」
「我々は何を協力すればいい?」




