記憶との日
小さく何かを聞き取れない言葉を呟いた彼女を横目に僕は、彼女と触れあってた時の事で頭の中がいっぱいにしていた。
斯くして男という生き物はどうして締まりのない浮ついた気持ちを持つのだろうか、自分の事ながら不明である。
「ほら、今日は授業一緒に受けるんでしょ? 行こうよ。」
未だに君と僕の事が周囲の生徒達の話題の種になっているも、彼女はこの騒乱をも気にせず僕の手を取って学園へと引っ張って行く、また触れてく君の手が僕の脳内を麻痺させてく様な感じがした。
「そうだ、フェン、ジェラさん、おはよう! 今日は僕、エンゼルさんと授業を受けてるからまたね。」
浮ついた気持ちの中で僕は、二人の事を思い出して立ち所に挨拶と今日の自分達の用事を伝えると、そのまま彼女に連れられ学舎の中へと入っていくのだった。
「あいつ、尻に敷かれてるな……」
「……ええ、これから大変そうね……」
遠目から見ていた二人の考えは、またしてもシフォンに対する生暖かい憐みだった。
学舎へと入った僕とエンゼルさんは相変わらず奇異の目に晒されている状況だった、何かと彼女の方は問題があった事もあり有名なせいもあるだろう。
そして期待の神徒などと謳い上げられ、初の第6のティファレトの信徒である僕も、その一端を担っている。
「それにしても楽しいね! 君ってば私に面白かったり嬉しい事を運んできてくれるよね。」
「あ、あれって楽しいんですか……? それより、ごめんなさい。
僕が諜報新聞部って言う人の取材を受けて勝手に喋ったりしたらとんでもないことになって。」
特に気にする様子もせず、楽しい面白いと詠う彼女にどうにか救われている僕。
「あはは、あの組織かー。神徒の事とか面白い情報を集めて、色々な事を聞き回ってる人達だね。」
取材を受けた時は、どうにかエンゼルの遺恨を拭い去ろうと一心に話をしていたのにも関わらず予想外なこの展開、そして事態を引き起こしたことにシフォンは後悔の念に包まれる。
だが、それも取り越し苦労に終わる様であった、何故なら――――
「――あ、あのエンゼルさん!」
突然と僕達の目の前に現れた女性の生徒達、躊躇う様子を見受けられるもエンゼルに用があるみたいだ。
そして一言、彼女達は勇気を振り絞るようにエンゼルに向けて言い放たれた。
「あたし達を信徒にしてください!」
「ず、ずっと怖い人だと思ってたんですけど記事を見て改めました。私、貴女の信徒になりたいです!」
「綺麗で強くて、そんなエンゼルさんに憧れてました!」
――――あのお道化た話題の記事の内容は彼女、エンゼルの今までの怖いと思わせる負の象徴を打ち消す効果があったのだったから。
エンゼルは目を丸くして状況を飲み込めず驚いた様子だった、無理も無い。
以前は問題ばかり起こしていて、今まで誰とも関わらず理解されずにいたのに急な信徒候補の登場だったのだから。
「はいはい! 俺も信徒になりたいですエンゼル・ケイキスさん。あなたとお近づきになりたいッス!」
「あ、ずりーぞお前、エンゼルさん俺も信徒になりたいです。」
今度は男の生徒達まで第6のティファレトの信徒になりたいと言って来た。
「ふふ、あはははは――」
その目的の不純さにシフォンはむっとしたが、今の状況を笑い始めてるエンゼルを見て気を持ち直した。
こんな状況が生まれて始めての体験であり彼女は可笑しくなり笑顔を零し始め、笑い出してしまったらしい。
そして彼女はの信徒立候補者達に言った。
「――皆、ありがとうね! でも、ごめんなさい。私の信徒は1人、彼だけなの!」
シフォンの事を差して言い放つと周りの女性達は黄色い悲鳴を上げ”きゃー、あの記事の話は本当だったんだ”等と会話に花を咲かせ始めた。
そして男達の方はというと”うわああ、俺の初恋がああ”等と叫び去って行くのが見えた。
「ねぇ、君。とりあえず、落ち着いた場所まで行こう。一度、屋上で話そっか!」
「あ、はい!」
この変化に僕は少しだけ喜ぶ反面、信徒である僕が必要とされなくなる様な一抹の不安があったが彼女に選ばれたのが僕だけであったことに喜びが沸き立った。
周囲の生徒達の事を脇見もせず、お互いに笑顔を作り出したまま屋上へと駆け走った。
そして屋上に着くや否や、すぐにシフォンの正面へ振り向きエンゼルは彼の首に腕を掛けて抱きついてきた。
「あはは、本当にありがとう。君には感謝してもしきれない!」
「わわ、ちょっとエンゼルさん。柔らか――近すぎですよ! でも、本当に良かったです。」
女性の神秘的な部位が僕に当てられているが、彼女の喜びの前にはそんな不純な欲念は消え去り純粋に彼女と喜びを分かち合うことができた。
最初は失敗と思われた出来事だったが、それが功を奏した様で今の僕は心が満たされている状態である。
彼女もきっとそうであるだろう。
「って、そうだ。喜んでばかりじゃなくて、今日の授業のお話しないと!」
ふと今日の目的を思い出した彼女は、シフォンに抱きつくのを止めてから授業についての話をし始めた。
またもシフォンは、もっと触れていたかったなどと欲望の火が揺らいでた。
「それで君は今日はどっちの授業を受ける? 心学かな、それとも心力学?」
学園初日に講師による講習が行われた場で説明を受けた二つだ、どちらも講師の元で教えを受ける事ができる。
一つは心学といい、心の教養を伸ばす主に心の力の仕組みや理解を持たせるもの。
二つ目は心力学、心の力の扱いや力を伸ばす訓練と言った所だろう。
「そうですね、折角エンゼルさんも一緒なので、心力学の授業に出ようかと。力の扱いも安心できますし。」
今では心の力による周囲への力の誘発が無くなったとは言え、無理な使い方をすればどうなるかわからないからこそ、エンゼルさんが傍にいる今が安心で力を伸ばせる切っ掛けになると思い立った。
「そうだね、わかった。そしたら学園の西側にある館の建物がAクラスの心力場になってるから一緒に行こっか。」
広々とした学園の敷地内のさらに西にある大きな館がクラスAの心の力を扱い訓練をする上での場所となっているみたいだ。
初めての授業に僕は胸を膨らませ、これからの心の経験値に期待を持った。
「ここが、Aクラスの心の力を扱う上で訓練する場所だよ。」
「へぇ、ここで心の力を使って練習できる場所なんですね――――って!?」
Aクラスの心力場の建物に着くや否や館の中に入った僕たちは、目の前の光景で大きな火柱が燃え上がっているのを見て衝撃を受けた。
「わわっ、エンゼルさん! 火事ですよ火事!?」
その館の内部で大きく燃え上がる火を見て僕は酷く驚いた、火だけに。僕は混乱しているのだろう。
その光景を指差しながら僕はエンゼルさんに火事だと訴えかけた。
「だーいじょうぶ! 心の力の火だから落ち着いて。ここはAクラスだから間違っても力の影響で延焼による火事なんて起きないよ、皆ちゃんと制御できる人達だらけだから。」
狼狽える僕を余所に冷静に解説してくれる彼女だった。
どうやら心の力は本来、使う者の心による力だから悪意や故意がなければ他を害するほどの力を得れないのである。
例えば槍の心装具を使っていたカイルさんがいたが、あの槍自体の刃に殺傷能力は無く心に痛みを与えるモノであるのだ、だが殺意を持てばその刃はまた違ったモノとなる。
それと従来の通り心の力を纏ってすらいなければ当然の如く心では受けず生身でその力を受ける為、怪我や命に関わるようだ。
これらは本来、心学を学んだ生徒達が最初に教わる事らしい。
なので、あの炎は使う心の持ち主が故意に周囲を燃やそうと考えない限り心の力に害意は無い。
「それと――」
「それと、この心力場は天使の祝福を受けているから心の力の影響は受け付けないよ。」
続けてエンゼルが何かの説明をしようとすると代わりに向こうから二人の青年と少年と思しき風貌の人達がやってきて説明を始めた。
「天使の祝福ですか? それっていったい……。」
「君は新入生だね、心学も未だなのに心力学を先に受けるなんて無茶な人だ、あはは。」
手を口元に添えて華麗に笑う青年、僕の事を新入生と見破ったその人物の印象は優男で爽やかな感じの人だった。
「天使の祝福って言うのは聖戦時にこの街を覆う建物を守る防壁みたいな物だよ。」
今度は少年の方が話し出した、その少年は眼鏡を掛けてまだ幼さを残している感じの男の子。
天使の祝福、どうやら聖戦時には建物等を心の力から守る為の壁みたいなものができるらしい。
それは心の力を弾き消し、そして影響を受け付けない様にと護る壁みたいだ。
この話を聞いた僕は道理でと納得する一面を思い出した、それは聖戦による心の力の被害だ。
街を舞台にしている聖戦なのだから人はもちろん建物にだって被害は出るはずだ、それなのに今までこの街が綺麗に無事だったのにはこういった理由があったからなのだろう。
何故、聖戦と呼ばれるのか。
何故、聖域と呼ばれているのか。
それらはすべて天使の祝福による物だったのだった。
「それにしてもあの記事の内容は本当だったんだね。君がまさか授業を受けに来るなんて、それもその信徒を連れて。」
優男は今朝の記事を知っている様子で、何かと喜びながらエンゼルに声を投げかけてきた。
「良かったよ、君は何処か寂しそうな毎日を送っていたからね。同じ神徒として心配だったが、それももう大丈夫のようだ。」
「ボクには関係ないけどね。例え同じ神徒だろうけど。そんな事より管轄に戻るよ、エル。」
少年の方は管轄に戻ると言って優男の青年の事をエルと呼び、持ち場に戻っていった。
同じ神徒? この二人はエンゼルさんと同じ神徒なのだろうか。僕は疑問に思った。
「私は私よ、別に貴方に心配して貰わなくても大丈夫。それより二人はどうしてここにいるの?もしかして講師に依頼でもされたの?」
講師に依頼、管轄。それらで導き出された答えはどうやらこの二人の神徒は講師の頼まれてAクラスの面倒を見に来ているといった所なのだろうか。
「その通りだよ、どうせヨッドと暇をしてたからね。彼と世界の話でもしながら、二人でこの場を担当していたのさ。」
ヨッド、多分あの眼鏡を掛けた少年の神徒の事だろう。
世界の話、何とも興味を惹かれる話だろうか思わずエンゼルさんを放って食いついてしまうほどに。
なんて、そんなことをしたら間違いなく彼女は拗ねるだろうな。
「貴方もよく面倒事を受けるわね、本当に便利屋の優男よねー。」
面倒事や疲れる事が嫌いな彼女は率先としてAクラスの心力学の監督を引き受けたその優男の神徒に呆れてる様子だった。
「エル様ぁ~。あのー教えて欲しいところがあるんですけどぉ~。」
「あー駄目駄目! 次は私がエル様に教えて貰うんだから!」
遠くから大多数の女性の生徒に声掛けられたエル様と呼ばれる優男の神徒は呼ばれるがままこの場を離れていく、去り際に一言だけ僕たちに向けて言った。
「君の力は危険だから周囲に気をつけて、それとそっちの君はわからない事があれば何でも聞きに来てね。」
「ふん、余計なお世話よ。それに信徒くんは私が教えるから大丈夫ですー。」
さすが講師に依頼されただけはある。何ともこの場を任された人らしい言葉だった、が、それを物ともせずに言葉を蹴飛ばす彼女だった。
あははと笑いながら去り行く姿が何とも見た目通りの優男らしい、女性にも人気があるのも頷ける。
「エンゼルさん、今の御二人は神徒の方なんですか?」
僕は確認をするために彼女に話を聞いてみることにした。
「ええ、そうよ。あの優男が第4のケセドの神徒で、眼鏡を掛けてた小さい子が第2のコクマーの神徒。名前は――面倒だから自分で調べてね!」
後に調べた事だが、第4のケセドの神徒はエル・ハートという名前だ。優男で女性の生徒に大人気らしい。
掲げる願いと思想は『浮遊大陸の拡大。』、つまり世界を広くすると言った壮大な物だった。
第2のコクマーの神徒はヨッド・ラジエルという名前だ。眼鏡を掛けた少年で神徒の中でも最年少だ。
掲げる願いと思想は『世界の究明と探求。』、世界はどの様にできたのかの何故できたのか、それを調べるのが目的だ。
両者とも何処か似ている願いになっていた、世界について。だから、先程の会話で”世界の話をしていた”などという台詞が出ていたのだろう。
これで残す出会っていない神徒は、第1のケテルの神徒だけになった。
「それと、言い忘れてたけどこの場ではみんな心の力を使うから常に心の力を纏ってね。まぁ、私の近くにいるなら安全だけど。」
この時に僕は気がついた。彼女の持っている心の力の発現による心の壁は、聖戦時に街全体が包まれる天使の祝福のそれと同じ性質の力ではないかと。
「あの、何だか天使の祝福ってエンゼルさんの心の力に似てませんか?」
僕がそれと無く気が付いた事を彼女に問いて見た。
「うん? うーん、どうだろう。まぁ、そんな事よりさっさと始めようよ。」
彼女は人差し指を顎に当て考える素振りをしていたが、それはすぐに終わった。
そして僕に心の力を使う練習をしようと促してきた、その様子から僕は深く考えることを止めた。
それから僕と彼女は心の発現と解の反復を行い、自身達の力について語り合った。
そして話が必然的に流れて行き、心装具の話題となった。
「エンゼルさんって、何故そんなにも心の強さを持っているのにも関わらず心装具を使えないんでしょうか?」
以前聞いた話では心装具を使えなければSクラスには認定されないらしい、そして彼女は神徒の中でも唯一の”Sクラスではない”神徒なのだ。
当然の事ながら、神徒であるのに心装具を何故使えないのか疑問を思った。
「うーん、心装具ねー。やっぱり必要ないからかなー?」
願いを叶える上で最も近道の可能性を秘めているモノである心装具、それに対して彼女は興味を抱いていなかったのだ。
「使おうと思えば使えるんじゃない? わからないけど。それより、君は心装具に興味があるの?」
彼女は何とも曖昧で適当な答えをした。
そして僕は興味があるに決まっていた、できる事ならその力で彼女を護りたい。
心の力の制御を除けば心装具は彼女の願いを叶える上での力に、そして恩返しができる様になるのだから。
「はい、やっぱり純粋に格好良いですし、憧れますね。」
気恥ずかしさから本音を隠し建前で僕が返事をすると彼女はふんふんと顔を頷かせて僕の正面へ立った。
「それじゃ、今から心装具の手順を説明するよ。使えるかわからないけどね。」
すると彼女は左手を自身の心臓に当てて、静かに目を閉じた。
そして僕に一言。
「今から私の真似をしてね。」
それを見て聞いた、僕は彼女の真似を始めた。自分の手を胸に当てて、ゆっくりと目を閉じた。心臓の動く音が伝わり聞こえてくる。
僕は心に問いかけた。
どうしたら彼女を護れるか彼女の力になれるのか、彼女の願いを叶えられるのか。
「何か聴こえて来ない?心の声の様な―――」
その時、エンゼルが言葉を詰まらせた。
それは同時に御互いの心に伝わり聴こえてきたモノ、シフォンとエンゼルの2人は”それ”に懐かしさを覚えた。
――君に触れたい、そしてまた一緒にあの空へ。――
無意識だった、僕は空いてる片方の手を彼女へと伸ばしていた。彼女もまた僕の方へと手を伸ばしてくれてる。
そして触れ合った。
手と手が重なり合う様に御互いの心が2つで1つになる感覚を僕達はこの時に感じた、いや思い出したのだ。
「別たれた天使は再び廻り出会えた、また君と一緒に歩み生きる事を想い願う。その証を示そう、僕《私》の半身。」
2人は何かに憑かれたかの様に言葉を紡ぎ出す。
白と黒の光がその場を覆った。世界が光だけになる、そんな錯覚を覚えさせた2人は天使の翅を象った光の翼を背中に現した。
「何これ……? 翅、天使の翼?」
エンゼルは戸惑いつつも自身の背中に生えた羽根に触れてみている。
「これが、僕の心装具? それにエンゼルさんのそれ、僕のと似ているけど心装具なんですか?」
僕のは漆黒の羽根を持った三対六枚の黒翼に対して、彼女は白銀の羽根を持った三対六枚の白翼だった。
「わ、私まで心装具出ちゃったんだ……。わ、わからない、初めての事だから。」
シフォンとエンゼルが戸惑っていると、先程の光で周囲は異変に気がつき騒ぎ始め、2人の周りに生徒達が傍に群がり始めた。
『え、何々!?心装具なの!?』
『すげー、何だあれ初めて見たぞ! あんな心装具は!』
『天使様っぽいよねー、凄いかっこいいー!』
騒ぎ立つ周囲に、未だに状況を飲み込めてない僕達だったが、この場を静めに管理を任された二人の神徒の内の一人が生徒の集団に向け声を投げ掛けてきた。
「ほら、みんな。元の位置に戻って各自、自習を始めて! まだ授業の最中だ。」
「はーい、エルさん。」
蜘蛛の子を散らすように群がっていた生徒達はすぐに元のいた場所へと帰っていった。
「まさか、驚いたよ。君が心装具を具現化すなんて。それも新入生くんまで……。」
「いやー、私も驚いてるんだけどね……。」
エルと呼ばれている第4のケセドの神徒は心底驚いた様子で僕達を眺めていた。
そしてもう一人の眼鏡を掛けている少年の神徒は興味深そうに、こちらを観察している。
「ティファレトの神徒に触れたくても心の壁に阻まれるからな、調べようにも困った。そうだ、新入生。君は大丈夫なのか?こっちへ来てボクに見せてくれないか、その心装具を。」
「えっ、っと、はい大丈夫です、それじゃあ――――」
ヨッドと呼ばれている第2のコクマーの神徒に声を掛けられたシフォンは彼に近づこうとエンゼルから離れようとした時だった。
「――――――」
シフォンとエンゼルの心装具は一瞬にして消え散った。
それと同時に2人は事切れた人形の様に意識までさえも消え行こうとした。
「……エン……ゼルさ……ん。」
「シフォン……くん……。」
まるで急激な力の目覚めによる消耗のせいで身体が危険信号を出し意識を途絶えさせたかのようにと、深く濃い眠りの時が2人に襲い掛かった。
そして2人は眠りについた。
僕は夢を見た。
空に浮く小さな島の様な場所で、そこには神殿が建っていた。そして神殿の前にある石造りの階段に座り、誰かと手を繋ぎ寄り添う形で雲海に沈み掛ける夕陽を眺めながら空を見ている夢。
僕は君がいれば何もいらない、君がすることは全て僕の願いだ。
そんな流れ込む感情を前に、何処か既知感を覚えた僕。
私は夢を見た。
誰かと手を繋ぎ寄り添う形で雲海に沈み掛ける夕陽を眺め空を見ている夢。
私は君といる事で喜びを感じる。ただ1つだけ自分でもわからない感情を抱いてた、それが何か理解できないでいたような。
夢の中の私は考えた、その感情を抑え消す為の方法を。だから私は願った、君と私の仲間が欲しい。
彼女は僕に一緒に仲間を創ろうと言った、その懇請に僕は当然の如く応えた。僕と彼女は何度も仲間を創ろうと試した、だけど彼女の願いを叶えられる事はなかった。
いつの日かの事だ、彼女は増えた失敗作達を見て、何かに気が付いた様に僕に言ってきた。
「ねえ、私と一緒に人間になってくれる?」
君の願いは僕の願い。
そして僕達はこの場所と自分を捨てて、人間になった。
「あれ、ここは何処だ……。何だか懐かしい夢を見てた気がする。」
見慣れない天井を覗かせた僕、この部屋は医療品の匂いがする。何処かの医務室なのだろうか?
確か僕は――そうだ、心装具を出したと思ったらすぐに消えて意識が無くなったんだ。
エンゼルも――――
「そうだ、エンゼルは大丈夫なのかな!?」
僕は起き上がり周囲を見渡した、ベッドがいくつか並んでいる中の一つの上で目覚めた。
そして僕の心配の元でもある彼女は、すぐ傍で見つかった。
どうやら僕を診ててくれた様で自分の腕で枕を組作り、僕のベッドの横で頭を掛けて眠っていた。
「良かった、僕より先に目覚めてたんだね。それに診ててくれたのかな、ありがとう。」
自然と彼女の頭の先から髪を優しく撫でて感謝の意を表した。
「っん……。あれ、私……眠ってちゃったのかな。ってシフォン、目を覚ましたのね!」
満面の笑みを浮かべながら僕に飛びついてきた。
「あはは、エンゼル。君も大丈夫そうで良かったです。」
「あれ? 君、何か雰囲気変わった……? 違う、呼び方が変わったのかな。」
呼び方……? この時、僕は漸く気が付いた。彼女の事を呼び捨てにし平然と君などと名して呼んでいることに、さらには僕から彼女へと平然と触れ撫でるなどの行為まで。
無意識だったのだろう、自然と流れるように僕は彼女に対しての所作の全てが当たり前のように感じられていたのだから。
「あ、あれ? ご、ごめんなさい、エンゼルさん。まだ寝惚けているのか無意識でした。」
「ううん、いいの。これからはそのままで呼んで、私も君の事をシフォンって呼びたいから。」
二人は何かを懐かしむようにシフォンはエンゼルに抱きつかれながら御互いに語り合っている。
「私ね、よく覚えてないんだけど懐かしい夢を見てたんだ。誰かと一緒いる事が当たり前の様に思える夢。」
「夢、そういえば僕も懐かしい夢を見た気がします。誰かの願いを叶える為に一生懸命取組む僕の夢。」
覚えていない、けど懐かしい。そんな曖昧な夢。だけど2人はこの時、確かに感じていた。
今の御互いの存在が夢に当て嵌まる者だと言うことを。
「ねえ、もしかしたら私達ってたぶん遠い昔に出会っていた事があるのかもね。」
「あはは、よくわからないですけど。でも、そんな感じがします。エンゼルさ――エンゼルと一緒にいる事が当たり前に感じるように……」
自分の中に眠る誰かの遠い記憶、それは自分の物では無いかも知れないが確かに自分の物である。
矛盾、その一言に限りなく当て嵌まるモノがある、それは言葉では言い表せない何かだ。
「仲睦まじき事は善きかな~。やあ、御二人さん、元気そうで何よりだよ~。」
シェバトさんが部屋に入ってきた、エンゼルは飛び跳ねるように僕から離れ距離を取った。
僕と触れ合っているの所を見られるのが恥ずかしいのだろう。うん、僕も恥ずかしい。
「シェバトさん!? どうして此処に。」
「二人が心装具を出して気絶したって聞いて、飛んできたよ~。」
どうやら学園で気絶した後、僕達はシェバトさんに診て貰ったのだろう。
そして学園の医務室に運び込まれたみたいだ。
「そうだったんですか、ありがとうございます。それとご心配をお掛けしてすみません。」
「いやいや~、何事も困った時は御互い様だよ~。それとただの心因性疲労だから僕の心の力で回復させて置いたからもう大丈夫なはずだ。」
確かに身体が、以前にシェバトさんに心の力を掛けて貰った様にとても軽い。
「それと二人ともおめでとう、心装具を使えたんだね~。シフォンくん、君に限っては早過ぎる気がするけど~。後、お二人とも良い関係を築い行けてるようでエンゼルくんには良い薬になってるみたいだね~。」
あの記事の一件を知ってか知らぬか、今のエンゼルさんに対して好印象を持たれたみたいだ。
ただあの記事で、恋人と言われ書かれているのは気恥ずかしい物がある。
「私の事は良いの! 余計なお世話だよ。でも、ありがとう。シフォンを診てくれて感謝するわ。」
「あはは~、ごめんごめん。僕の役目は病気や怪我人を看ることだからね~、気にしないで。それじゃ僕は先に帰るよ、もう外も暗いから君たちも早く寮へ帰るんだよ~。」
そう言いながら彼は飄々と去っていった。
「それじゃ、シフォン。もう大丈夫そうなら私達も帰りましょう。」
「はい、一緒に帰りましょう。」
こうして僕達は今日という短くも長い一日を終えるのだった。
この時、僕は心装具を使える様になった事で、この先何が変わるのか僕は考えもしなかった。
変化という物は全てに対して影響する事、これから慌ただしい日々が訪れるとは思いも寄らなかったのだった。
――僕の心の統合は、まだ終わっていない。これから君と一緒に始まる。――




