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古いランタンを大切にしていたら、イケオジが現れました ~灯火は想いを繋ぐ~  作者: おかゆ


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春-2

「…………は?」



情けない声が、間抜けにリビングへ響き渡った。



クララは寝室のドアの縁を掴んだまま、全身の筋肉を硬直させる。



目の前にいるのは、どう見ても見知らぬ、そして驚くほど体格の良い大男だ。



(泥棒……!?)



いや、それにしてはおかしい。

家の扉は頑丈に閂がかけられているし、窓の鍵もすべて閉まったままだ。



そもそも泥棒なら、こんな部屋の真ん中で堂々と仁王立ちして、家主の起床を待つわけがない。



混乱のあまり数歩後ずさるクララを、男は咎めるでもなく、琥珀色の瞳で静かに見つめ返してきた。



「驚かせたか」


「そ、それはもう、心臓が口から飛び出るくらいには!」



クララは身を守るように両腕を胸の前に構え、上ずった声で問い詰める。



「あ、あなた誰!? どうやって入ったの!? ここ、私の家なんだけど!」



男は尋問に対しても慌てる様子はなく、一度だけゆっくりと部屋を見回した。



それから、朝日の差し込む窓辺へと視線を向ける。



「俺は、お前のランタンだ」


「………………………………え?」



あまりに想定外の単語を突きつけられ、クララは自分の耳を疑った。



「ら、ランタン……?」


「ああ」



男は重々しく頷く。



「昨日も、お前が旅の供に連れ回していた。毎日煤を拭き、油を足していた。……昨夜も、寝る前に『今日もありがとう』と、俺に言っただろう」



そこまで聞いて、クララの背筋にぞくりと鳥肌が立った。



その言葉を知っているのは、この世で自分しかいない。



誰にも見られていない、静かな夜の終わりの、ただの独り言だったはずだ。



男は静かに指を指した。

その先にある窓辺には――いつもそこにあるはずの、鉄製の古びたランタンの姿が、綺麗に消え失せていた。



「嘘……じゃあ、本当に……?」


「嘘ではない。クロニクも、エリオも、マリアも。皆、俺を連れて過酷な旅をした」



曾祖父、祖父、そして母。



歴代の家族の名前を迷いなく口にされ、クララは完全に言葉を失った。



「どうして、その名前を……」


「知っている。ずっと、すぐ傍で見ていたからな」



男の声は、驚くほど低く、穏やかだった。

何百年という長い時間を、ただ一枚のガラス越しに見守り続けてきた深みが、その一言に詰まっている。



男は襲い掛かってくる様子は無いようで、少しだけ緊張を解く。



クララはふと壁に飾られた、色褪せた古い写真へ目を向けた。



若かりし日の曾祖父クロニクが、旅先で笑っている姿。

もちろん、彼の手にもクララが昨夜磨いたランタンが握られている。



クララはゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る男を見上げた。



「……あの、あなたは人間になったの?それとも精霊?…………名前はあるの?」



男はわずかに眉を寄せ、記憶を辿るように視線を落とした。



「名前、というものは分からん。……だが、クロニクはいつも、俺に向かって『オーエン』と呼んでいた。それがどういう意味なのかは、俺には分からないが」



「オーエン……」



クララはその響きを口の中で繰り返す。祖父からも、母からも一度も聞いたことのない響き。

けれど、曾祖父だけがこのランタンにそう呼びかけていたらしい。



クララは納得して男を見上げた。



「それが、あなたの名前......なのかも」



男は初めて、その鋭い目を見開いた。



「……名前」


「うん。きっとクロニクおじいちゃんがつけた、あなたの名前」


「名前、だったのか……。ただの、呼びかけるための合図かと思っていた」



しばらくの間、部屋に沈黙が落ちた。



男は自分の大きな手のひらをじっと見つめ、やがて得心のいったように深く深く頷いた。



「そうか。俺は、オーエンというのか」



戸惑いながらも、自分の名を受け入れたその様子があまりにも大真面目で、クララはなんだか可笑しくなり、肩の力が抜けていくのを感じた。



「……これからよろしくね、オーエン」


「ああ」



短いぶっきらぼうな返事。

けれど、その強面な顔の口元が、ほんの少しだけ嬉しそうに緩んだのを、クララは見逃さなかった。




**




「――というわけなんだよね」


「いや、全然”というわけ”で片付けられる話じゃないよ!?」



昼過ぎ。太陽が一番高く昇る頃、クララは幼馴染であるルーカスの研究室を訪れていた。



相変わらず、研究室は足の踏み場もないほど本で埋め尽くされている。



机の上にも、床にも、椅子の上にも、古びた文献が山積みだ。

唯一、無理やり物をどかして空けた頑丈な木製の椅子にオーエンが腰掛けると、ルーカスは歪んだ眼鏡を指先で押し上げながら、食い入るように彼を見つめた。



「つまり、整理させてくれ。……クララが代々大切に使ってきたランタンが、今朝起きたら人型の男になっていた、と?」


「うん」


「で、その椅子に座っている大男が?」


「俺だ」



オーエンが低音ボイスで即答すると、ルーカスはぴたりと動きを止めた。



彼は一度眼鏡を外し、服の裾で丁寧にレンズを拭き、もう一度かけ直す。



「……おかしいな。ひどい寝不足のようだ。幻覚が見える」


「現実逃避しないで、ルーカス。現実を見て」


「無理だよ!」



ルーカスは派手に頭を抱え、机の上の書類をひっくり返さんばかりに悶絶し始めた。



「こんな精霊、聞いたこともない! 古代語辞典にも、魔導史の特異事例集にも、どの文献にも載ってないぞ! 物が、人の形を、それもこんなガタイのいい男の姿を取るなんて……!」



ぶつぶつと呪文のように独り言を始め、完全に研究者のモードに入るルーカス。

そのときだった。



「ねぇねぇ、なになにー!?」



元気いっぱいの甲高い声とともに、本棚の陰から小さな、手のひらサイズの赤い火の玉が飛び出してきた。



火の玉は宙を器用に泳ぎながら、途中でぽんっと愛らしい小柄な少女の姿へと形を変える。



「ポポ、静かに。今僕は大いなる謎と直面して――」


「そんなの後まわし!」



火の精霊ポポは、ルーカスの言葉を無視して、一直線にオーエンの鼻先まで飛んできた。



「すごーい! おっきい!」



くるくると、オーエンの周囲をまるで蝶のように楽しげに飛び回る。



「本当にランタンなの!?」


「ああ」


「歩いてる!」


「ああ」


「しゃべってる!」


「ああ」


「おひげある!」


「ああ」


「腕すっごく太い!」


「ああ」



オーエンがすべての問いかけに、表情一つ変えず「ああ」と肯定するものだから、横で見ていたクララは思わず吹き出してしまった。



「ポポ、少し落ち着いて。オーエンが困っちゃうから」


「無理ー! だって、火だもん!」



ポポは宙でぷんぷんと胸を張った。



「わたしも火! あなたも火! だから仲間!」



オーエンは少しだけ首を傾げ、考える仕草をする。



「……俺は、火なのか?」


「違うの?」


「分からん。だが、闇を照らす灯りではある」


「じゃあ一緒! 仲間だぁー!」



もの凄く大雑把な理論だったが、ポポは満面の笑みを浮かべると、ひょいっとオーエンの分厚い肩の上へ着地し、ちょこんと腰掛けた。



途端、オーエンの全身が石のように強張る。



「オーエン? どうしたの、重い?」



クララが苦笑しながら尋ねると、オーエンは視線だけを肩の上の小さな精霊に動かした。



「……いや。逆だ。何も感じない。だが――」



ポポはオーエンの武骨な肩へ、ぺたりと幼子のように頬を寄せた。



「わぁ……なんか、すっごくあったかいよ」


「ポポは火の精霊だから、熱を感じるの?」



クララが尋ねると、ポポはぶんぶんと首を横に振る。



「ちがうの。熱い火じゃない。もっと、ぽかぽかしてて……ずーっと優しく燃えてる感じ。たくさんの『大事、大事』が詰まってる!」



その言葉に、ルーカスの細められた目が、研究者としての鋭さを帯びた。



何代にもわたって注がれ続けた「愛着」が、彼に命を与えたのだと、その場にいる全員が本能的に理解した瞬間だった。



ポポはにぱっと無邪気に笑う。



「よく分かんないけど、わたしこのおじちゃん好き! すごく好き!」



懐かれまくるオーエンは、どうしていいか分からず、助けを求めるようにクララを見た。



「……好かれたらしい」


「みたいだね。よかったじゃない、オーエン」



クララがくすくすと笑う。

その温かい空間を見つめながら、ルーカスは机に頬杖をつき、ため息を吐くと、諦めたように微笑んだ。



「君は間違いなく、世界で初めて確認された特別な存在だ。研究者としては、今すぐ解剖したいくらい興奮してるけど……」


「ルーカス」


「冗談だよ、クララ。安心しなよ」



ルーカスは椅子から立ち上がり、オーエンに向かって真っ直ぐに手を差し出した。



「僕は君を実験材料にはしない。まずは……一柱の新しい精霊(仮)として、そしてクララの幼馴染として、君のことを調べさせてくれ。よろしく、オーエン」



オーエンは差し出された華奢な手を、自分の大きな手で戸惑いながらも、静かに、優しく包み込んだ。



「ああ。よろしく頼む」



窓から差し込む春の柔らかな陽射しが、散らかった研究室を黄金色に照らしていた。






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