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古いランタンを大切にしていたら、イケオジが現れました ~灯火は想いを繋ぐ~  作者: おかゆ


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2/11

春-1

春の風は、まだ少しだけ冷たい。



草原を渡る風が青緑の波を作り、その合間で揺れる名もなき草花を横目に、クララは緩やかな坂道を下っていた。



腰に帯びた短剣が歩調に合わせて小さな音を立て、背の旅袋が肩に食い込む。



そして右手には、ずっしりとした鉄の重み――曾祖父の代から我が家に伝わる、古びたランタンが握られていた。



「依頼達成、お疲れさん。今回は思ったより早く片付いたな」



隣を歩く青年が、誇らしげに肩を回しながら笑う。



同僚の冒険者であり、時折合同で依頼を請け負う、顔なじみのディンだ。



「うん。手強い魔物が少なかったから助かっちゃった」


「だな。……あー、それ」



ディンはクララの手元にあるランタンへ視線を落とすと、歩きながら自然な動作で手を差し出した。



「それ、重くないか?街に着くまで、俺が持とうか?」



クララがそのランタンをずっと愛用しているのを、ディンはよく知っている。

純粋に彼女の労力を気遣う言葉だろう。



クララは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに目を細めて首を振る。



「ううん、大丈夫。ありがとね、ディン。でも、この重みがないと、なんだか旅をしてるって感じがしなくて落ち着かないんだよね」


「頑固だなぁ。まぁ、お前がそう言うならいいけどさ」



ディンは呆れたように笑いながら、差し出した手を引っ込めて自分の頭を掻いた。



二人が言葉を交わしながら歩くうちに、見慣れた街の城門が見えてきた。



夕暮れの橙色に染まる門をくぐれば、今日も一日を生き延びた多くの冒険者たちが、安堵の表情で帰路についている。



重厚なギルドの木扉を押し開けると、賑やかなざわめきが鼓膜を震わせた。



酒場からは成功を祝う乾杯の唱和が聞こえ、受付には報告待ちの長い列ができている。



「おかえりなさい、クララさん、ディンさん」



カウンターの向こうから、いち早く二人を見つけて声をかけてくれたのは、受付嬢のサラだった。



「無事、依頼達成ですか?」


「うん、これ討伐証明ね」



クララが差し出した書類を受け取り、サラは手際よくペンを走らせていく。



その途中でふと、サラの視線がクララの手元へと向いた。



「クララさん、そういえばご存知ですか? 今週、東の工房から新しい光の魔道具が入荷したんです」


「新しいの?」


「ええ!」



サラはカウンター越しに少し身を乗り出し、熱心に教えてくれる。



「今までのものよりさらに軽量化されて、なんと手のひらサイズなんです。魔力の消費も少ないですし、夜間の探索には絶対便利ですよ。」



受付嬢として、親切心から最新の便利な道具を勧めてくれるサラ。



クララは彼女の気遣いへ感謝するように微笑んだが、やっぱり答えは決まっていた。



「ありがとう、サラ。でも、私はまだこの子でいいかな。……まだちゃんと使えるんだもん」



そう言って、クララは愛おしそうにランタンを見つめる。

あまりにも迷いのないその態度に、サラはクスリと微笑んだ。



「ふふ、やっぱり断られちゃいましたね。でも、クララさんがそれを持って歩いているのを見ると、なんだかほっとするのも事実なんです。ガラスも金具も、いつもピカピカに手入れされていて……大切にされているのが、すごく伝わってきますから」


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」




**




「ただいま」



賑やかなギルドを後にし、報酬の入った革袋を軽く揺らしながら、クララは一人街外れの小さな家へと帰った。



決して広くはない。



けれど、一人と一つのランタンで暮らすには十分な我が家だ。



玄関に剣を立てかけ、重い旅袋を床に降ろす。

手を洗い、簡単な夕食を済ませると、クララはいつものように机の上へランタンをそっと置いた。



戸棚から使い込んだ柔らかい布を取り出す。



ガラスの覆いを外し、今日浴びた煤を丁寧に拭き取っていく。

油の残量を確かめ、新しい油を底に少しだけ注ぎ足す。

蝶番の噛み合わせに緩みはないか、持ち手の金具がぐらついていないか。



一つ一つの動作を、まるで壊れものを扱うように、優しく、静かに行う。



それはクララにとって、旅のひと段落を告げる何より安心する儀式だった。



「今日も、迷わず帰らせてくれてありがとう」



磨き終えた鉄の肌に、布越しにそっと掌を添える。



誰かに語りかけるようなその声は、春の夜の静寂に溶けていくようだった。



クララは満足そうに微笑むと、ランタンを月明かりが差し込む窓辺へと置き、寝室へ向かった。



「おやすみ」と小さく呟き、部屋の灯りを消す。



家の中はしんと静まり返り、窓の外で揺れる木々の葉擦れだけが聞こえていた。



そのときだった。

誰もいないはずの薄暗いリビングで。



窓辺に置かれたランタンの芯の先から、ふっと、小さな火花がひとつだけ弾けた。



夜風は、窓の向こう。風など一切、吹いていないというのに。




**




翌朝。

小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日の暖かさに、クララはゆっくりと目を覚ました。



「ん……よく寝たぁ……」



眠気をこすりながらベッドの上に体を起こし、大きく伸びをする。



まだ半分夢の中にいるような足取りで寝室の扉を開け、リビングへと足を踏み入れた、その瞬間だった。



「…………え?」



クララの身体が、凍りついたように止まった。



そこには、一人の『男』が立っていた。



背が異様に高く、衣服の上からでも分かるほど強靭に鍛え上げられた身体。

年の頃は、渋みを増した四十前後だろうか。

鋭くも落ち着いた双眸に、無精とは言わせない綺麗に整えられた短い髭。



見慣れない武骨な旅装束をまとい、彼は静かに、じっとクララを見下ろしていた。



クララは激しく瞬きをした。

夢を見ているのだと思い、ぎゅっと目を瞑って、もう一度開く。



――やっぱり、いる。

ガタイのいい、見知らぬ大男が、自分の部屋の真ん中に堂々と立っている。



男はクララの混乱を余所に、低く、深く落ち着いた声で言った。



「起きたか」


「…………は?」




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