損害賠償請求について
「……さて、ハイこれ」
「これは……?」
その後、会議室らしき部屋へと通され、椅子に腰掛けたと同時に、リウさんが数枚の書類を俺に手渡してきた。
「契約書よ」
「契約……?」
「今日からあなたをバイトとして雇うわ」
「バイト……?」
「主な仕事内容は雑用ね。またハルちゃんのライブやイベントには必ずスタッフとして同行すること。あとは……」
「あの、すみません……」
「何かしら」
「俺、一応本業が教職なので……、その……、副業は原則……NGと言いますか……」
「ふうん。じゃあ損害賠償請求について……」
「ヤリマス……」
「うふふ、そう来なくっちゃ! じゃ、ここに名前と住所ね」
「ハイ……」
こうして俺は、有無を言わさず、悪魔の契約書にサインをしてしまった。
「ということで、今この時から、あなたもアタシ達の共犯者よ。仲良くしてちょうだいね!」
絶対職場にバレないようにしなければ……!!
バレたら停職……、いや、最悪懲戒免職だ……!
「ウチは少数精鋭で成り立っている事務所よ。情報漏洩は万が一にも、あってはならないから」
「はぁ……」
契約を終えると、再びオフィスに戻って、会社の内情についての説明を受けていく。
「アイドル部門の他、最近はネットにも本腰を入れ始めてね。動画配信者もそれなりの数を抱えているの」
誰もいないオフィス。なのにデスクの上には、湯気が立った湯呑みや、どこからともなく聞こえてくるキーボードを叩く音。マウスのクリック音。まるでラップ音現象みたいに、四方八方から聞こえてくるのがやけに不気味だ。
「ち・な・み・に。アタシの可愛い弟も一人、配信者をやっているのよ。今度紹介するわね♡」
「あ、ありがとうございます……」
弟もオネェなんだろうか……。
なんかもう、次はどんな属性を持った人物が出てきても驚かない自信がある。
「あの……」
「なぁに?」
「その、他の従業員さんは……どこに……?」
「……?」
リウさんの説明が一段落したところで、俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。
するとリウさんは、呆気に取られたような、「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしながら俺をみてきた。
……なんか、さっきもミチルさんに似たような顔をさせてしまったような気がするな……。
俺はそんなに変なことを聞いているのだろうか……。
「見えないの?」
「……何が? でしょう……?」
俺が首を傾げると、リウさんは「おかしいわねぇ……」と言いながら首を傾げた。
「本当に見えないかしら? ほら、ここに可愛いもふもふの式神ちゃんがいるじゃない」
「可愛い……? もふもふ……? シキガミ……?」
リウさんは近くのデスクに歩み寄ると、何もない空中に手を置いて、撫でるように動かしている。
まるでパントマイムを披露しているかのようだ。でもどんなに目を凝らしても、見えないものは見えない。
「いえ……」
「……あら大変」
そう言うと、リウさんは「ちょっとハルちゃ〜ん!? 話が違うわよぉ〜!?」と言いながら喫煙所に向かったHARUHIを呼びに行った。
一人取り残された俺は、もう一度、リウさんが手を置いた場所を凝視してみる。すると一瞬だけ、ふわりとお線香の良い香りが鼻をくすぐったと同時に、柔らかい綿のような何かが、頬を撫でた。ような気がした。
「……?」
「在保」
思わず自分の頬に触れて感触を確かめていると、HARUHIがリウさんとミチルさんと共に戻ってきた。
「お前、式神は知っているか?」
「シキガミって……、あの、陰陽師が従えていたという……?」
「そうだ。そしてこのオフィスでせっせと働いている従業員は、全員式神だ」
「……What?」
「せめて日本語使え。日本史教員」
HARUHIといい、ミチルさんといいリウさんといい……。この数時間で、俺の知る次元を超えた物を、3人は平気でぶっ込んでくる。正直、俺の脳みそはもうとっくにキャパオーバーだ。
「そして、式神はある程度の霊感を持っていないと、その目で見ることができない」
「霊感……」
「俺やミチルが見る限り、お前には、そこそこの霊感が備わってるはずだ」
「それは……」
「お前、幼い頃に見えない存在が見えていた時期があったはずだ。覚えていないのか」
「……」
HARUHIの一言で、俺の脳内の奥底に押し込めていた記憶が、勝手に引きずり出された。
『……____そんな気持ち悪いこと言わないでちょうだい』
『……____アイツまた適当なこと言って目立とうとしてる!』
『……____あの子は頭がおかしい。早く病院へ連れて……』
思い出したくもない声が、勝手に蘇った。
「知らないです。そんなの……」
気づけば、俺は反射的に否定していた。
「……そうかよ」
するとHARUHIは怒るでもなく、茶化すでもなく、静かに肯定してくれた。
「……在保、先に言っておくぞ」
そして、拳を握りしめてじっと俯いている俺に向かって、
「この業界は目には見えない思惑や虚偽、悪意、憎悪が渦巻く世界だ。それをどう対処して、飼い慣らしていくかが試される」
「HARU……」
「見えないモノを見る力は、今のお前にとっては大きな武器になるんだ。だからもう恐れるな。堂々としてろ」
HARUHIの言葉は、どうしていつも俺の心を直で掴んでくるんだろう。
見えないモノを見る力は、今のお前にとっては大きな武器になる。
その言葉を聞いた時、俺の心にずっとへばりついていたドロドロが、少し取り払われたような気がした。と同時に、また綿のような柔らかい何かが、俺の拳を包み込んできた、ような気がした。
「……ということで、これからお前には、ここにいる式神どもが見えるようになるまで、ひたすら特訓してもらうからな」
「あ、はい」
でも、もうちょっと……、余韻に浸らせて欲しかったな……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この場をお借りいたしまして、御礼申し上げます。
なんかナヨナヨしてて頼りなさそうなメガネ。勘解由小路在保先生と
自称スーパーアイドル。けれども中身はヤニカスなHARUHIと愉快な仲間たちによる
式神やら呪術やら物理やらを使って、歌って踊って戦うお話です。
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