蹴っ飛ばせるのでしょうか……?
「う……、ふうえぇ〜! 怖いよ〜!」
更には恐怖が限界突破したのか、樹がへたり込んで泣き始めてしまった。
「樹! アンタ男なのに何真っ先に泣いてんのよ! アタシだって怖いのに我慢してんの!」
この二人は、おそらく男子生徒の幽霊や、今俺たちを追いかけてきている化け物の姿は見えていない。なのに俺と弓削先生が逃げ続けているから、見えていないが故に余計怖いのだろう。
腰が抜けたように床に座って、幼い子どものようにわんわん泣いている樹に、美月も目に涙を浮かべながら怒っている。
「どうする……!?」
そうこうしているうちに、男の化け物が目の前にまで迫ってきた。
逃げ道がなくなり、俺たちは完全に追い込まれてしまった。
「……もう一度……!」
俺は『今後もし、お前に対して攻撃的な存在に出くわした時には護身として役に立つ』というHARUHIの言葉を信じて、もう一度握り拳を作って。弾指を行おうとした。
「……あれ?」
しかし何度指を弾いても、頼りない音しか出なかった。
クソ!! さっきのはまぐれか!!
だんだんと、幽霊と俺たちとの距離が狭まっていく。
「ゆ、幽霊って……、蹴っ飛ばせるのでしょうか……?」
「さぁ……やったこと、ないので……」
泣いている樹を怒りながらもあやしている美月を、更に守るように抱き留めている俺。
そしてそんな俺たちの前に立って、勇敢に対峙している弓削先生。
まさに万事休すの状況。
こんな時に、HARUHIやミチルさんのように、式神が側にいてくれれば……!
「……ン、ミョウジ……」
その時、目の前にいる化け物が、拙くも言葉を発した。
「カン……オン、ミョウジ……、ユルサヌ」
……陰陽師?
今、陰陽師って言ったか?
「セキ……ウラミ……ラス……」
怨み……?
まさか、この化け物……。
「っ!」
そうこうしているうちに、化け物の首が、まっすぐ俺たちに向かって迫ってきた。
せめてこの子達だけは——!
俺が双子の肩を抱き寄せて、来るかもしれない衝撃に恐れ、ぎゅっと目を閉じた。
「えっ!?」
けれども、前回と同様、衝撃はいつまでも来ず、代わりに弓削先生の驚いた声が聞こえて、俺はゆっくりと目を開けた。
「なんだあれ……? ……猫……?」
目の前に、猫らしき生き物が、化け物の首を捕まえて、噛みついている光景が映った。
「な、なに……? せんせー? 猫がどうしたの……?」
やはり美月たちには、目の前の光景は見えていない。
けれども俺と弓削先生には、はっきりと、ふわふわの長毛を持った猫が、勇敢に化け物と対峙している姿が映り込んでいた。
「なんですか、あの猫……。一体どこから……」
「ヌゥ……! コシャクナ……! シキガミ……!」
式神?
あの猫は、式神なのか……?
「それじゃあ、……術者は……?」
式神には、必ずその姿を顕現させる術者、つまり陰陽師がいる。
ミチルさんのアニマル式神軍団の中にも猫はいたけど、細く凛々しい雰囲気を纏った黒猫だ。
対して目の前の猫は、長毛のせいもあるかもしれないが、ちょっとずんぐりむっくりとしている。
そして特徴的なのが、尻尾が途中で折れ曲がっている。いわゆるカギしっぽだ。
「……ん? カギしっぽ……?」
そういえば、こんな感じの猫を、前にも見たような……?
「枢」
その時、落ち着いた男性の声が、背後から聞こえた。
「……あ……」
振り返ってみると、弓削先生の強烈な蹴りでさえ開かなかった扉が、いつの間にか開いていた。
そして——、その先に立っていたのが。




