走れ!!
「……これか……?」
懐中電灯を照らしながらあたりを見回してみると、棚に収納されていたバトミントンのラケットが、いくつか落下しているのが見えた。
俺はそのラケットを拾おうと膝を折り屈んだ。
「……ん?」
その時、倉庫特有の埃臭さとは違う。鼻をつくような臭いに、俺は思わず顔を顰めた。
「勘解由小路先生……? 大丈夫ですか?」
入り口の方から、心配そうに声をかける弓削先生の声が聞こえる。
それよりもこの臭い、どこかで一度嗅いだことがある……。
……そうだ。前にツナとHARUHIの動画撮影で、心霊スポットに行った時だ。
確かその時は……。
『在保、その感覚は大事にしておけ』
『これからお前が対応することになる、オキャクサマとの接し方だ』
そうだ、鬼になってしまった犬の幽霊がいた場所と同じ……。
「……え?」
その時、屈んで落ちたラケットと床が広がっている視界に、コロコロと転がってくるピンポン玉がすみえた。
俺はピンポン玉が転がってきた先に、視線を向けた。
そこにいたのは、
首があり得ない方向に曲がった、一人の男子生徒が、じっと俺の顔を覗き込んでいた。
目は黒く、白目がない。口は酸素を求める魚のようにパクパクと動いている。
「うわぁ!」
驚いた俺はその場に尻餅をついてしまった。
「先生!」
「せんせー! どうしたの!?」
俺の声に異常を感じた弓削先生と双子が中に入ってきた。
「勘解由小路先生! 大丈夫ですか!?」
「どうしたのせんせー!? なんかいた!?」
「え、あ……」
彼らが入ってくると、首の曲がった男子生徒は姿を消してしまった。
「もしかして、幽霊!?」
「……」
俺は真実を伝えたい気持ちをなんとか押し込み、
「……いや、突然頭に何かが落っこちてきて……びっくりしちゃった……」
なんとか笑顔を繕って、冗談混じりに笑った。
俺今、上手く笑えているか……?
「えぇ〜〜〜!?」
そんな俺の心配をよそに、双子はがっかりしたような声を揃って上げた。
「もぉ〜〜! せんせーの怖がり! ビビり!」
「ごめんて……」
ぷーぷーと文句を垂れる双子の後ろでは、弓削先生が安心したのか、静かに息を吐いて一息ついたような表情になると、
「……勘解由小路先生に何もなくてよかったです。さ、早く帰りましょう」
「そ、そうですね」
俺は立ち上がって、落ちていたバトミントンのラケットと、ピンポン球を所定の場所に戻し、倉庫を出た。
「……」
ホラー映画では、こういう時にもう一度振り返ると、目の前に幽霊がいたりする。
だから振り返っては行けない。
けれども俺は、先ほど見た男子生徒の幽霊の姿が、完全に脳にこびりついて離れなくなっていた。
あれは俺の見間違いだ。
そう思いたいのだろう。
俺はダメだとわかっていても、後ろを振り返ってしまった。
「……っ!」
息を呑んだ。
さっきまで俺がいた場所に、その男子生徒は立っていた。
首は変わらず、ありえない方向に曲がったまま。
口はパクパクと、何かを訴えるように開閉している。
「勘解由小路先生、鍵を……っ!?」
弓削先生が扉を閉めようと振り返った。
すると弓削先生も同様に、息を呑んで、体は金縛りにあったかのように静止していた。
「な、なん……っ」
なぜ弓削先生にも見えているのか。
そんなことを考えている余裕もなく、俺は叫んだ。
「走れ!!」
この場に留まり続けるのは危険だ。
俺は双子の手を取って走り出した。




