目に見えない畏れ
「……____これで、玉藻前の厄災は終わった……。かと、思われたのですが……」
「『殺生石』……でしたっけ?」
「おっしゃる通り。玉藻前は自らの体を『殺生石』と呼ばれる石に変えて、尚も人々に厄災を振り撒き続けたのです」
確か『殺生石』から放たれる毒が、度々生き物の命を奪っていたから、偉いお坊さんが呪いを解くために石を破壊して、欠けた石が全国に飛び散ったという伝説も残されているはず。
「そうして、600年以上が経った今年の3月。栃木の那須にある殺生石が割れているのを、観光客が発見したのですよ。ニュースでも一時期話題になりました」
「俺もみました。見事な真っ二つに割れていましたよね……って、もしかして……?」
「はい。600年間石の中で、生きとし生けるものの命を奪い続け、地道に力を蓄えていた玉藻前が、今年満を持して復活した。ということです」
復活って、そんなまさか……。
いやいや、あり得ないだろ。これまでミチルさんが語っていたのはあくまで『伝説』の中のお話だ。
それにニュースでは『元々殺生石にはヒビが入っていて、自然に割れた可能性が高い』って言われていた。
「『伝説』を実際にあった記録っぽく話されても……。第一、殺生石の付近一帯は、有毒ガスが常に噴出している火山地帯です。殺生石の呪い自体、現代では科学的に証明されているんですけど……」
「お前はさっき、その目で何を見たんだ? ん?」
「うっ……」
そこを突っ込まれると……。
「……狐の、バケモノ……です」
「そうだなぁ。お前が連れて来たんだよなぁ。危うくお前の大事な“推し”様の可愛い御尊顔に、傷ができるところだったんだが?」
「はい……。返す言葉もございません……」
『伝説』は、本当だったんだ。
つい昨日まで、大事な俺の“彼女”だった女性が、突然狐のバケモノに変貌して、“推し”に襲いかかっていった……。これはもう、言い逃れのできない事実だ。
「何でもかんでも『現代科学で証明できます!』と言うのは簡単だ。その方が俺たち人間にとっては、都合が良いからな」
HARUHIは短くなった煙草を、再び灰皿に押し付けると、パイプにふんぞり返ったまま足を組み替えた。
「だが、どんなに科学で証明できたとしても、『目に見えない畏れ』は、常に人間の傍で、静かに息づいている。そしてそれは、忘れた頃に突然襲いかかってくるんだ。今回のようにな」
そう言ったHARUHIは、まるでこの世の理を全て理解しているかのような、真っ直ぐな瞳で俺を見下ろしていた。




