コイツつまんねぇな
夜は更け19時ごろ。
俺は弓削先生と共に校舎内の巡回を行なっていた。
残っている生徒はいないか。不審者はいないか、戸締りはしっかりできているかを一部屋づつ確認していく。
誰に依頼されでもなく、毎日欠かさず行なっている弓削先生は、「今日は俺も一緒に確認行いますね」と俺が言うと、「はぁ……」と、ちょっと怪訝な表情をしていた。
広い校舎、手分けして巡回を行い、最後に俺が一番危惧している体育館の確認は、二人で行くことになった。
「……珍しいですね。最近は仕事を終えたらさっさとご帰宅されていたのに」
「まぁ、今日は、ちょっと……」
懐中電灯を手に持った弓削先生がポツリと、けれども少し嫌味ったらしそうに呟いた。
確かに、ここ最近の俺は、学校を退勤してそのままHARUHIの事務所へ直行していたから……。
本業である教師の仕事が最優先なのはもちろんだけど、事務所でのバイトも凄く楽しい。普段普通に生活していたら、絶対にお目にかかれないだろう芸能関係の裏事情を知れる上、幽霊や式神といった、常人には見えない分野の知識にも触れられる。
これまで学校と家の往復(時々推し活)をしていた頃には、想像もつかない毎日だ。
「いつもは私一人に任せるのに、査定が近くなるとここぞと点数稼ぎのために行う……。目先の欲しか見えていないのも考えものですよね」
「……仰る通りです……」
弓削先生のチクチク言葉が俺の胸に刺さる。
俺はそこまであからさまではないと思いたいけど……、査定の期間は良い顔をしているのも事実。だから何も言えねぇ……。
「あ、あ〜……ゆ、弓削先生は、普段休みの日などは何をして過ごされているんですか?」
俺は少しでも場の雰囲気をよくしようと、明るい話題を振った。
「休日は翌週に備えて資料の作成や、勉強をしています」
「あ、そう……、き、勤勉ですね! 俺ももっと見習わないと!」
「そうしてください」
「あ、はい」
「……」
早々に会話は途切れてしまい、暗闇と静寂に包まれている広く長い廊下に、俺と弓削先生二人ぶんの足跡だけが、コツコツと響いている。
か、会話が広がらねぇ〜!
どうしよう……! 間が持たない……! 何か他の、盛り上がりそうな話題……。
……! そうだ!
「……弓削先生! 学校の七不思議って、覚えていらっしゃいます?」
「七不思議? えぇ、まぁ」
これまでずっと、見向きもしなかった弓削先生の視線が、少しばかり興味深そうに、ようやく俺の顔を捉えてくれた。
「実はこの学校にも、20年ほど前までは存在していたみたいなんですよ!」
「知っていますよ」
「……え?」
「この学校は、私の母校でもあるので」
まじかよ!!
予想だにしない返答に、俺の目が点になった。
「そうだった、んですね……」
「ですが、内容はどれも有名な物の焼き回しばかりで……、面白みには欠けていましたね」
「それは、確かに……」
「……それで?」
「……あ、いや……」
しまった……。知らないていで話しかけていたから、知っていた場合の返しを全く考えていなかった……!
「……」
再び、俺と弓削先生の間に気まずい空気が流れてしまった。
俺が戸惑いながら、どう会話を繋げようかと必死に考えていると、弓削先生が視線を暗闇の先を見据えながら呟いた。
「……今」
「は、はい?」
「今、『コイツつまんねぇな』と思いましたでしょう」
「い、いえ! 決してそんなことはっ……!」
会話が続かないな〜。とは正直思ったけど……。
「良いですよ別に。昔からよく言われるので」
「……」
「私はただ普通にしているだけなのに……。なぜか周囲からはいつの間にか『つまらない女』の烙印を押されている……。なぜなのでしょう……」
そう呟く弓削先生の声は、いつもの刺々しさが嘘のように弱々しかった。
「……」
メガネの奥にある瞳は、体育館へ続く暗い渡り廊下の先を、ぼんやりと見つめている。
なんだか……、少し前までの俺自身を見ているみたいだ。
「……弓削先生……」
「……そういえば」
「? なんですか?」
「その七不思議についてですが……一つ、妙な噂があったのを思い出しました」
「噂、ですか?」
校舎からは出ているため、外の冷たい風が時折、強く吹きつけてくる。
体育館の入り口には、今にも消えてしまいそうな蛍光灯が、頼りなく俺たちを照らしている。
「私はそういったものには疎いので、本当かどうかは眉唾ですが……」
「内容、覚えているんですか?」
「はい。確か……」
弓削先生の語る噂に呼応するように、俺たちを照らしている蛍光灯がチカチカと、不気味に点滅し始めた。
「この学校には昔、本当に七不思議があるのかを検証した、生徒の記録が綴ってあるノートが、今もどこかに残されていて……」
「……え?」
「そのノートを見つけた人は……」




