ダメです!
「最後の1つは〜?」
「え〜っと……、『体育館裏の倉庫に現れる、男子生徒の幽霊』……?」
これまでは結構、他の学校でもありがちな内容だったのに、最後の一つだけやけにリアルというか……、書かれている文字を読んだ瞬間、身体中にゾクリと背筋が凍るような。そんな謎の違和感に襲われた。
「なんて書いてあるの〜?」
「ん〜とね〜」
文字を追うのを途中でやめてしまった俺の代わりに、樹が読み進めていく。
「『かつて、いじめを苦に倉庫で自殺してしまった生徒の魂が、今も彷徨い続けている……』そんな噂あったんだ」
「体育館の倉庫って……、あそこだよね」
「うん。場所が変わった。なんて記録は残っていないし……。実験結果は? なんて書いてある?」
「それがね〜……」
樹は困ったように笑いながら、該当する箇所を美月に見せた。
「……えぇ〜!?」
肝心の実験結果は、長年放置されたノートが劣化してしまった影響で、文字が掠れて解読できない状態になっていた。
「これじゃ結果分かんないじゃん!」
「ね〜、気になるね」
「……」
俺はノートを閉じると、もう一度、ノートの表紙を見つめた。
氏名欄にはやはり、何も書かれていない。このノートを書いた持ち主の手掛かりが残っていないか、裏表紙を見たり、中身をパラパラとめくってみたものの、それらしいものは何も書かれていなかった。
「……二人とも、このノート。図書室で見つけたって言ったよね」
「うん」
俺の問いに、二人は同時に答えた。
「どの辺りで見つけたの?」
「どの辺りだっけ?」
「ん〜っと……歴史カテゴリーの一番端っこだったかな。適当に突っ込みました! みたいな感じで、本棚に入ってたから、逆に気になっちゃったんだよね」
「……?」
歴史カテゴリーっていうと……、俺が前に、陰陽師についての書籍を読んでいた場所だ。
俺自身が日本史の担当だから、時々その本棚には世話になっているけど……、こんなノート、あったかなぁ……?
「……ねぇねぇ、せんせー」
俺が当時の記憶を引っ張り出していると、美月が俺の肩を忙しなく揺り始めた。
「ん?」
「あのさ、今からさ、倉庫に行ってみてもいい?」
「倉庫? ………………ってダメだよ!!」
「なんで!?」
逆になんで良いと思ったんだ!? あまりにしれっと聞いてくるから思わず「いいよ」って言いかけちゃったじゃないか!
不満感満載な二人の声が物置に轟いた。
「ダメです!! 必要用途以外の入室は禁止!」
「七不思議の真相を確かめるのも大事な必要用途!」
「最終下校まであともう30分もないから! それに陽も暮れてるから危ない!」
「ちょこっとだけ! 確認するだけなら10分そこらで終わるから!」
「ダメだって! あの倉庫はただでさえ日当たりが悪くて暗いんだから! 先生だって怖いの!」
「何さイメチェンしたのに顔だけ! 意気地なし!」
「もうそれただの悪口!!」
「ねぇ〜お願い! 一生のお願い!」
「駄々をこねない!」
こうして……、しばらく俺は双子と行く行かないのすったもんだを繰り返した。
それにしても「顔だけ」は酷くないか……?
「ほらっ! わかったら早く帰る支度しなさい!」
「……」
「ほっぺた膨らましてもダメ! 早く帰らないとご両親心配するから!」
「……へぇ〜〜〜い」
ようやく二人も諦めたのか、唇を尖らせながらも、帰り支度を始めた。
ちなみにノートは俺が預かっている。
20年以上ここに在籍しているという滋丘教頭に見せたら、何か思い出してくれるかもしれないと思ったからだ。……このノートを誰が保管するかでも一悶着あったのだけど、そこはもう割愛する。
「……どこまでついて来んの?」
「二人がしっかりと校門を出て帰路についてくれるまで」
「ウチらってそんなに信用ないの!?」
「今は」
キッパリと言うと、二人は「ひど〜い〜!」と嘘泣きをしながら薄暗くなった廊下を走り始めた。俺はそんな二人に「廊下は走らないって!」と注意しながら、下駄箱で靴に履き替え、校門から出ていくところまでしっかりと見送った。
「はいさようなら。気をつけてまっすぐお家へ帰るように」
「……ねぇせんせ〜……」
「ダメです」
「……む〜」
校門を出たところで、双子がしぶとく懇願してきたけど、俺は教師として突っぱねた。
校舎の時計を見てみると、時刻はすでに最終下校である17時半をすぎている。俺たちの他にも、部活動を終えて帰宅する生徒たちが、続々と校舎から出てきている。
「……もういいしっ! せんせーのばーか! 石頭! イケメン!」
「はいはいありがとうね」
双子はついに諦めたのか、俺に背を向け、大股で帰り道を歩き始めた。その後ろ姿からは不機嫌オーラが滲み出ているが、いちいち生徒たちの顔色を伺うわけにも行かない。
とりあえずは諦めてくれてよかった。
俺はほっとして、校舎に戻ろうとした。その時だった。
「っ!? ……」
視界を双子の後ろ姿から、校舎へ戻そうとしたその一瞬。
双子の背中にベッタリと、ヘドロのように黒く澱んだ何かがくっついていた。
そしてその何かは、笑っていた。
「……気の、せいか……?」
陽はすでに暮れ、辺りは暗い。道路を照らす街灯だけ僅かに地面を照らしている。
街灯の影が、そう錯覚させただけか?
俺はすぐに視界を戻してみたけれど、双子の姿はすでになく、影が影であるのを確かめることはできなかった。
「……」
冬の冷たい風が、俺の頬を刺すように吹きつけた。
以前も、双子の背後に似たような影を見たことがあるのを思い出した。
けれどもその後、あの二人に異常という異常は現れなかったから今まで忘れていたけれど……。
「……戻ろう」
なぜだが、心がザワザワする。
このまま何も起こらず、無事に帰宅してほしい。
あと今日は念の為、最後まで校舎に残って、帰る前の巡回を行おう。
もしかしたら、双子たちが諦めきれずに戻ってくるかもしれない。
寒さと夜の暗闇が増す一方で、俺は手に持った古びたノートを持ち直して校舎に戻った。




