七不思議
事務所でHARUHIから護身を教えてもらった翌日の昼休み。
「……う〜ん。できない……」
俺は手さえ空いていれば、『弾指』の練習をしていたのだが……。
これまでの一度も、未だ成功できていない。
何度指を弾いても、出てくるのは頼りない音ばかり。
「……手が乾燥しているからかな……?」
そう思った俺は、デスクの引き出しからハンドクリームを取り出すと、両手にぬりぬりとクリームを塗りたくった。そして再び、何度か指を弾いてみるも、やっぱりHARUHIのような心地の良い音は出なかった。
「……難しい……」
「在保先生。何やってるんです?」
「ぇあ!? は、はい!?」
びっくりした……。
手元に集中しすぎていて、葛木先生に呼ばれていたのにも気づかなった。
「す、すみません、気づかなくて……」
「いえ。平野姉弟が呼んでいますよ」
葛木先生に促され、職員室の入り口を見てみると、樹と美月が俺に向かって軽く手を降っていた。
何かあったのかな……?
俺は立ち上がって、二人のそばまで歩み寄った。
「せーんせっ!」
「どうしたの?」
「今日は部室来る?」
「行くつもりだけど……新しい怪談?」
「も、そうなんだけど……ちょっと一緒に見て欲しいものがあって!」
「見て欲しいもの? って、どんなの?」
「それはお楽しみ! ということで、待ってるね〜!」
そういうと、二人は颯爽と走り去って行った。
「……なんだったんだ? ……って、こら! 廊下は走らない!」
見て欲しいものなんだ……?
まさか新手の呪物とかか?
本物だったらそれはそれで困るけど……。というか校舎に関係のないものの持ち込みは禁止だって、前から言ってるのに……。
双子は過去にも数度「呪物発見!」と言って、よくわからない道具を持ち込んできては俺に怒られたことがある。
もしまた、本当に物を持ち込んでいるなら、まずは教員としていうべきことがあるな……。
俺は二人が変な物を持ち込んでいないことを願いつつ、残っている仕事を片付けるため職員室に戻った。
******
「二人とも、お待たせ」
「待ってたよー!」
「早く早く!」
放課後、約束通り部室……。という名の空き教室にやってきた俺は、教室の引き戸を開けるなり、上機嫌の双子に招き入れられた。
校舎の端にひっそりとあるこの教室は、普段は全く使用されておらず、もはや物置と化している。中は埃くさく、壊れてしまった椅子や机が散乱している。長年放置されているだろう照明も、点くには点くけれどどこか頼りなく、夕方であるのも相まって全体的に薄暗い。
俺は以前「空き教室は他にもあるのだから、他の場所に変えたらどうか」と二人に聞いてみたのだが、「ここが一番幽霊出そう!」……といった理由で断られた。
まぁ、気持ちはわからなくもないけど……。こんな埃くさいところに長時間居座っていると、二人の健康面が心配になってくる。
「……それで、見てほしいものって?」
「それがね……」
「ジャジャーン!」
「これは……?」
ガタガタだけど、かろうじて座れる椅子に座った俺の眼前に、二人が息を揃えて目の前に差し出してきたそれ。
「ノート……? 随分古いな……」
「でしょでしょ!?」
「美月が図書室の本棚の端っこに挟んであったのを、偶然見つけてきたんだ!」
「昔の生徒のもの……? かな……?」
俺はその古びたノートを受け取り、一通り眺めた。
20年以上前のデザインをした、当時からすればごく普通のキャンパスノート。けれども長年人目に触れられなかったのか、手触りはカサカサとしていて、まるで落ち葉を触っているかのようだった。表紙は色褪せており、氏名欄には何も書かれていない。
ページをパラパラとめくってみると、白かったであろう紙面の大部分が茶色に変色し、埃と古紙が混ざったような独特の香りが鼻をくすぐった。
「でねでね! 中に書いてあるのがね!」
「昔この学校にあった七不思議について書かれてるんだ!」
「七不思議……」
興奮気味に話す双子を見て、俺は改めて、今度は1ページづつゆっくりと、中に書かれていることを読んでみた。
「『……高校の七不思議……、実証実験を……記録をここに……』」
「これを書き残した人、七不思議が実在しているのかを、本当に試してたみたいなんだよね」
「その行動力! 痺れる憧れるぅ〜!」
中に書かれている文字は、年季が入ってしまっているせいで、所々掠れて読めなくなっている部分もあった。けれどもかろうじて読める文字はとても綺麗に書かれており、かつ女性特有の丸みを帯びた筆跡からおそらく女生徒が書いたものか。俺たちは読めなくなった部分を想像と文脈から補い、読み進めていった。
「『1つ、トイレの花子さん……。残念ながら現れず』うわっ、花子さんとか懐かしい〜……」
「トイレの花子さんって、むか〜しアニメかなんかでやってたんだよね?」
「俺がまだ1歳くらいの時だよ……」
「せんせーがまだ1歳ってことは、おれたちまだお腹の中にすらいないね」
「相当前のなんだね。でもなんで図書館にあったんだろう……?」
俺たちは昔を懐かしみつつ、そしてなぜこのノートが今になって発掘されたのか。そんな疑問を持つつつも慎重に読み進めた。
「『2つ、恐怖の13階段……全ての階段を登って検証してみるも、該当箇所なし』……一人でやったのか? すごいな……」
「『3つ、理科準備室の動く人体模型……変化なし』……うちに人体模型なんてあったっけ?」
「古くなったから随分前に廃棄したって、担当の先生が仰っていたよ。うちはタブレット教材導入したし……そもそもの必要性が無くなったんだろうね」
「え〜、みたかった〜」
その後も俺たちは、1ページづつめくりながら、このノートを書いた生徒が残した、七不思議実証記録を読み進めていった。
『4つ、夜一人でに奏でるピアノ……変化なし』
『5つ、深夜12時に姿を映すと必ず死ぬ、踊り場の鏡……全ての階段の踊り場にある鏡で実験してみるも、変化なし』
『6つ、プールから死へと引きづりこむ手……冬でプール一面に藻が張っており確認出来ず』
6つまで読み進めてみるも、書いた生徒は、これまでの実証実験では、それらしい現象に遭遇することはできなかったみたいだ。
「う〜ん……この生徒の七不思議に対する執念はすごいけど……。というか深夜の校舎に忍び込むんじゃありません……」
「読んだ感じ、ぜ〜んぶ空振ってるね」
「え〜な〜んだ」
先日の飲み会でも、滋丘教頭が昔少しばかり流行った程度で、すぐに廃れたとも仰っていたし……。やっぱり噂の域を出ることはなかったのだろう。




