もっとよく勉強したまえよ
「……よし、じゃあ。奈良の件は一旦ここまでにしておいて……、今日の特訓に入るぞ」
奈良県遠征の話を切り上げ、今度はいつもの特訓へと話が移る。
「お前に今日教えるのは、護身術だ」
「護身術?」
もしかして……、いよいよ喧嘩の心得とか習うことになる……!?
俺は体を縮こませた。
「お、俺、武術の心得とか全く無いけど……」
「お前にそっち方面の期待はしてねぇから安心しろ」
「……」
俺の不安を、HARUHIはバッサリと切り捨てた。
安心はしたけど……、はっきり言われるとそれはそれでちょっとムカつくな……。
「お前に習得してもらうのは、簡単な呪術を使った護身だ」
「護身? ……九字を切る、みたいな……?」
「そんな感じだ。と言っても、もっと簡単なやつだけどな」
「じゃあ、何を……?」
「これだ」
何をやらされるのか、ちょっとビクついている俺の前に、HARUHIは拳を突き出してきた。
まさか、ぶん殴られる……!?
そう思ったのも束の間、突き出されたHARUHIの拳から、
パチンっ____
と、何かを弾く乾いた音が、事務所内に響いた。
「……指パッチン?」
HARUHIの拳を見てみると、まっすぐ伸びた人差し指が俺を指している。
音といい、指の動作といい、指パッチンを想起した俺は、不思議に思いつつもHARUHIを見つめた。
「これは『弾指』だ」
「たんじ?」
聞き慣れない単語に、俺は首を傾げた。
「音を出すことで魔除けとするんだ」
「そんなことで魔除けになるんだ?」
「お前、獅子舞を見たことないのか?」
「獅子舞? 神社のお祭りとかで、時々……」
「獅子舞は歯をカチカチと鳴らしながら舞い、子どもの頭を噛んだりするだろ。あれは『叩歯』と言って、厄除けの効果もあるんだ」
「あれ、意味あったんだ……」
知らなかった……。
俺が感心していると、HARUHIは鼻で笑いながら、
「おいおい、お前日本史教員だろ? もっとよく勉強したまえよ」
「ぐぅ……!」
全力でバカにしてきた。
クッソ……!
言い返してやりたいけど、言い返したところで10倍になって帰ってくるのは目に見えている。
俺はムッとしながらも、大人しく引き下がった。
「先人たちが築き上げてきた伝統や文化には、そのすべてに意味がある。無駄なものなんか一つもありゃしねぇんだ」
「……おっしゃる通りで」
「じゃ、やり方に移るぞ。まずは握り拳を作る」
HARUHIの動作を真似て、右手の拳を突き出した。
「親指の腹を人差し指の第二関節に軽く添える」
「こう?」
「そう。で、そのまま、人差し指を素早く動かして、指差し確認をするような形にする。その時にパチンと音が鳴れば成功だ」
「……」
俺は言われた通り、指差し確認をするように、人差し指を動かした。でも、HARUHIのような心地の良い弾いた音はならず、代わりに肌同士を軽く擦り合わせたような、カサっとした心許ない音しか出ない。
「意外と難しいだろ。慣れればいつかできるようになるから、しばらくはその練習だ」
「……なんか地味……」
「それっぽい呪文を唱えるとでも思ったか? 漫画の読み過ぎだな」
……毎度毎度一言多いんだよなぁ……。
「今後もし、お前に対して攻撃的な存在に出くわした時には護身として役に立つ。だがあくまで護身だ。間違っても倒そうなんて思うなよ」
「……は〜い」
「よし、じゃあも一度やってみろ」
「……わかった」
その後も、時間のあるかぎり練習を続けてみたものの……。
ぺちっ
「違う」
すかっ
「違う」
ぱちっ
「もっと素早く指を動かせ」
「む、難しい……」
結局成功することは一度もなく……。最後にHARUHIから、
「後は練習あるのみだ。奈良へ行く日までには習得できるようにしとけ」
と言われ、その日は終わった。
「……」
事務所を出て、足早に自分の車に乗り込み、暖房で冷え込んだ車内が暖まるのを待ちながら、俺は何度か繰り返し練習してみたけど、一向に成功する兆しはない。
「……ちょっと指が赤くなってきちゃった……」
何度も指を鳴らそうとしていたせいで、擦りあっていた親指の腹と、人差し指の第2関節が少し赤くなり始めていた。
「本当に役に立つのかな……」
HARUHIは「漫画の読みすぎ」だと言っていたけど、イベントでミチルさんが術を使った時は、ちゃんと呪文を唱えていた。だから呪文が必要な術もしっかりあるんだろう。
……早くそっちを覚えてみたいな……。なんかカッコ良さそうだし。
俺はまた事務所に来たら、陰陽師が使う術にはどれくらいの種類があるのか聞いてみようと考えながら、車を発進させて帰路についた。
******
「……」
在保が帰宅し、再び静かになった事務所内。
デスクでは、多くの式神たちが、それぞれの仕事に取り組んでいる。
彼らは基本、言葉を発さない。クライアントとのやりとりはメールかチャットで行っている。
彼らが黙々と、パソコンを操作している機械音が響いている。
「どうしましたか。HARUHI」
その中でHARUHIは一人、ソファに深くもたれかかったまま足を組み、テーブルの上に置かれている黒い藁人形を険しい表情で睨みつけていた。
ミチルが話しかけても、HARUHIはその藁人形から視線を逸らすことはなかった。
「……ミチル」
やがて、HARUHIが静かに口を開いた。
「なんでしょう」
「お前の故郷周辺で、現在も民間陰陽師として活動している奴がいるとか。そんな噂は聞いたことないか」
HARUHIに問われ、ミチルは顎に指を当てて黙り込み、自らの記憶を辿った。
しかし、そういった情報はなかったのか、ゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ、私の身内以外では、聞いたことがありません」
「そうか……」
「何か気掛かりなことでも?」
「こいつだ」
そう言うと、HARUHIは再び黒い藁人形に視線を落とした。
「この藁人形……。あのクソ狐がどこで入手し、どうやって使用したのか。ずっと気になっていたんだ」
「……本人が準備して、使用したのでは?」
「その手順は誰から、どうやって学んだ?」
HARUHIに問われ、ミチルの表情がわずかに険しくなった。
「……敵側に、協力者がいるかもしれない。ということですか」
「確証はないがな。だが、お前の家のように、古来の民間陰陽道の知識を、陰ながら継承し続けている家がいてもおかしくはないだろうさ。そして……、もしその知識を悪用しているクソ野郎がいるのなら……」
宿敵となる玉藻前の後ろに、陰陽師が控えているかもしれない。
二人の間に、緊張感が走った。
「……あまり考えたくはないですが……、そうですね……」
「調べられるか?」
「……聞いてみます」
ミチルはすぐさま自分のスマホを取り出すと、どこかに連絡をとり始めた。
HARUHIは黒い藁人形を手に取り、懐から白い風呂敷を取り出した。そして藁人形を風呂敷に包み込むと、それを持って屋上へと向かって行った。
『弾指』ですが、普段はお坊さんが修行中などに使用していることがあるそうです。
なおお寺でお坊さんがいらっしゃる時に、興味本位で弾指はやらないように。お坊さんがざわつきます。
なお、書いている人もかれこれ半年くらい練習していますが、まだできません。なんでやねん




