調子乗んな
先生方との飲み会から数日経った今日。
俺は美容院に行ってから初めて、事務所へと足を運んでいる。
イメチェンした俺をみて、HARUHIはどんなリアクションをとってくれるだろう。
「似合ってるね!」って、言ってくれるかな……。
俺は逸る気持ちを抑えつつ、事務所の扉を開けた。
「お、お疲れ様です……!」
事務所に入ると、いつも通り綺麗に整列されたオフィスの中、いつも通りたくさんの式神たちが、パソコンに向かって各々事務作業に励んでいる。
そのほとんどは、俺が入ってきても見向きもしない。与えられた仕事を淡々とこなしている。
けれども唯一、俺に懐いているというウサギの式神、健だけは、長くぴんと立った耳をこちらに向けた後、大きな赤い瞳で俺の姿を捉えた。
「あ、や、やぁ、健。げ、元気?」
見た目をちょっと変えただけなのに、なんだか変に緊張するな……。
足ダンとかされたらどうしよう……。
ウサギは怒っていたり、ストレスを感じたりすると、後ろ足を強く床に叩きつける『足ダン』という動作を行う。
動作そのものは可愛いのだが、ウサギにとってはネガティブな感情を表していることが多いので、『足ダン』をされた時はあまりしつこく構わないようにしている。
気づかずに構いすぎると、今度は強烈なウサギキックを喰らうからだ。
俺も少し前、調子に乗ってふわっふわな毛をなでなでしすぎて、思い切り顔面を蹴られたことがある。あれは痛かった……。
「ちょ、ちょっと、イメージ変えてみたんだけど、どうかな……?」
俺は健が座っているデスクの前まで移動すると、中腰になって、俺の顔をじっと見つめている赤い瞳を見つめ返した。
「……」
オフィス内に、キーボードを打ち込む音や、コピー機の機械音が忙しなく聞こえてくる。
……な、なんか……。
リアクションとってくれないかな……!?
ちょっと気まずい……!
内心タラタラと冷や汗を流しつつも、お互いにしばらく無言で見つめ合っていると、
「誰だお前」
背後から刺々しい言葉をかけられた。
「は、HARUHI!」
「だから誰だお前」
振り向くと、眉間に皺を寄せて、普段のかわいい顔を酷く歪ませて、まるで不審者を見るかのような視線で俺を見下している。
「部外者はとっとと出て行け。さもなくば窓から放り出す」
HARUHIは俺を俺だと認識できていないのか、今にも本当に窓から放り出そうと言わんばかりに、腕まくりをして臨戦体制に入り始めている。
「HARUHIまで……っ。ひどい……」
見た目は変わっても、声まで変わったわけじゃない。
それなのに気付いてもらえないなんて……。
なんだか一人で勝手に浮かれていたのが虚しくなってきた……。
落ち込んだ俺が膝を抱えしゃがみ込んだまま、いじけたように俯いていると、「……っふ」と軽く笑う声が聞こえた。
「冗談だ」
「……うぇ?」
見上げてみると、さっきの不機嫌な表情からは打って変わって、口元に指を当てて、やんわりと微笑んでいるHARUHIが俺を見下ろしていた。
「随分垢抜けたじゃねぇか。……まぁ、いいんじゃねぇか」
自分の顔が、だんだんとニヤけていくのが分かった。
なんて俺は単純な男なんだ。
俺は素早く立ち上がると、
「あの、HARUHIさん……。差し支えなければアイドルモードでお褒めいただいても……?」
「調子乗んな」
「ひどい……」
両手を擦り合わせながらお願いしたけど、ダメだったか……。
俺とHARUHIの間では、健が我関せずといった様子で、小休止におやつのチモシーをもそもそと食べていた。




