わたあめみたいだ……
「葛木さん、大丈夫ですか」
「ウヘェ〜い! でぇじょうぶでーす!」
「……どっちだ……?」
「勘解由小路君。怪談同好会の顧問やってるよね」
「えぇ、基本は平野双子が自由にやっているだけなので……俺はいるだけ。って感じですけど」
「そうか。ちゃんと活動してくれていればいいんだ」
「そこはご心配なく、一応……」
「怪談といえば……、昔は学校の怪談とか、流行ってましたよね」
「ウチの学校にはないんですか? そういうの?」
「うぃ〜!」
「僕はかれこれ20年以上いるけど……、昔誰かが創作しただろう七不思議がちょっぴり流行った程度だよ。すぐに廃れたけれどね」
「そうなんですね〜。時代の流れを感じる」
夜は更け、外はより一層寒さが厳しくなっていく中、居酒屋は寒さに負けないくらいの熱気に満ち溢れていた。
「年末年始。みなさんは何か予定あります〜? ちなみに俺は久々に実家帰りまーす!」
「私も帰省する予定です。滋丘さんは?」
先生方との話題は尽きることなく、酒の入ったグラスが来ては空け、来ては空けてを繰り返すうちに、今度はそれぞれの年末の予定についての話題に移った(ちょっと唐突な気もするけど……)。
葛木先生はすでに出来上がっており、隣に座っている法野先生と一方的に肩を組んで、舌ったらずな口調になっている。
対して法野先生は、葛木先生に負けず劣らずの量の酒を飲んでいるにもかかわらず、来た時と同じ、涼しい顔でお酒と焼き鳥を淡々と口に運んでいる。
「僕は家で、猫とゆっくり年越す予定だよ」
「ニャンコ飼ってるんですか! いいですねぇ〜! 写真とかあります〜?」
「えっとね……ほら、可愛いだろ?」
滋丘教頭は、ほんのりと頬を赤くさせながらも、いつも通り落ち着いた表情のままスマホを取り出して、飼っているという猫の画像を見せてくれた。
スマホの画面には、もっこもこの長毛にカギしっぽが特徴的な黒トラの猫が、お行儀よくおすまししている画像が表示されていた。
「可愛い……わたあめみたいだ……」
「お名前はなんと?」
「『北斗』だよ」
「なんか、強そうですね……」
「子猫の時に妻が保護してきて、名付けてくれてね……」
そう言うと、教頭は親バカスイッチが入ったのか、「見てみて、夜になると僕より先にベッドに潜り込んで枕を占領しつつ『へそ天』になっている時のほっくん。超可愛い」と早口で自慢しながら、ベッドのど真ん中でお腹を丸出しにして爆睡している猫の写真を見せてくれた。
葛木先生は「え〜か〜わ〜いいぃ〜」とまるで現役JKのような口調になっているし、法野先生は「そうですね、可愛らしいですね」と教頭の猫愛に押され気味になっている。
「他にもね……」
「そうだ。在保さんの年末のご予定は?」
教頭が他の猫の画像を探している中、法野先生が猫の話題から逸らすように、けれども自然に俺に話題を振ってきた。
「それが……、ちょっと個人的な用事があって……奈良に行くんです」
「奈良! いいっすねぇ〜。観光です?」
「まぁ……そんな感じです」
本当はHARUHIたちと一緒に、ばあちゃんが生前に埋めたという道具を探しに行く予定だ。
「ちなみになんですけど、奈良のどのあたりを観光なさるのですか?」
「え、あ、まだ、それは決めてなくて……、これから……」
あの夢を見てから、俺は何度もマップアプリを開いた。もう一度夢にばあちゃんが出てきてくれれば、と願いながら眠った夜もあった。
けれども、どうしても場所を思い出すことは叶わず、ばあちゃんが夢に現れることもなかった。
俺は手持ち無沙汰に、お酒が入ったグラスについている水滴をなぞりながら、俯きがちに答えた。
「でしたら……」
すると、法野先生は手に持っていたお酒に口をつけて、一拍置いてから答えた。
「安倍文殊院オススメですよ〜!」
「春日大社オススメですよ」
……ん?
「え、な、なんて……?」
法野先生と、隣でベロベロになっている葛木先生が同時に口を開いた。
そのおかげで、俺は双方ともにうまく聞き取れず、少々戸惑ってしまった。
「俺は安倍文殊院って言いました〜!」
「私は春日大社と」
そんな俺の困惑を他所に、二人はそれぞれ何を言ったかを答えた。
「実は俺、奈良出身なんすよ〜」
「そうなんですか!?」
「おや、奇遇ですね。私も奈良出身です」
「そうなんですか!?」
マジかよ!
すげぇ偶然だな!?
いきなり葛木先生が割って入ってきたからびっくりしたけど、そういうことか……。
でも、それにしては二人とも、地方特有の訛りとかは全く感じられないな……。
これまで全然気づかなかった。上京して長いからかな?
「ガチっすか! え、奈良のどこれす!? ちなみに俺葛城で〜す! 葛木だけに!」
一方的に肩を組んでいる葛木先生が忙しなく動くものだから、法野先生の体も釣られるように動いてしまっている。けどそれでも法野先生は、嫌がる素振りは一切見せず、されるがまま、顔色ひとつ変えず静かにお酒を口に運んでいる。
「私は陰陽町という所です」
「陰陽町……?」
『陰陽町』
俺はその名前を聞いた瞬間、どこか聞いたことのあるような、それでいてどこか懐かしいような感覚に襲われた。
「あ〜はいはい、確かに春日大社近いすよね〜」
「そうですね」
葛木先生は自分の脳内に保管している、奈良県の地理を引っ張り出しているのか、天井を見上げながら軽く頷いている。
「あの、法野先生」
「なんでしょう」
「陰陽町って……、どのあたりですか?」
もしかしたら……!
俺はゴクリと一度、唾を飲み込んでから、意を決して法野先生に場所を伺った。
「奈良駅からそんなに遠くないですよ、……ここです」
法野先生は澄ました顔のままスマホを取り出すと、地図アプリを表示させた画面を見せてくれた。
「『鎮宅霊符神社』という神社があるので、そこが目印になっています」
地図には『鎮宅霊符神社』の場所にピンが立っていた。そして説明欄には、『かつてこの地で暦を作っていた。陰陽師たちにゆかりのある神社』とある。
そしてばあちゃん家も、奈良駅にほど近い場所にあった……。
俺の心の中でカチリと、欠けていたパズルのピースが合わさった。そんな音が聞こえた。
「あれ? 在保さ〜ん? お〜い?」
スマホの画面を見つめたまま固まっている俺に対し、葛木先生は俺の眼前で片手をひらひらと振っている。
「法野先生! 葛木先生! 教えてくれてありがとうございます!」
「どういたしまして」
「どういたしまして〜! 良い旅を〜!」
俺は頭を下げて、深い感謝を述べると、二人は人当たりの良さそうな柔和な笑顔を浮かべてくれた。
隣に座っている滋丘教頭も、「気をつけて」と言ってくれた。
良い職場に恵まれてよかった。
そう思いながら俺は、手元に残っていた酒を一気に飲み干した。
その時飲んだ酒は、今までで一番美味しく感じられた。




