若いっていいねぇ……
「あ! 在保さん! お疲れ様です!」
「お待たせしました! お疲れ様です!」
その日の夜。俺は学校から少し離れた居酒屋へとやって来ていた。
放課後、葛木先生から飲みのお誘いを受けたからだ。
ここ最近は、仕事終わりにそのままHARUHIの事務所へ行く回数が増えから、先生方と飲む機会がメッキリ減ってしまっていた。
けれども今日は事務所へ行く予定も無い、だからちょうどいいかな。と思い、そのお誘いを受けた次第だ。
教えてもらった居酒屋に入ると、いつもは活気のある開放的なお店なのだが、今回は個室の、ちょっとおしゃれな雰囲気が漂っている居酒屋だった。
「お疲れ様、勘解由小路君。一瞬どこのモデルさんかと思ったよ」
「教……じゃなくて、滋丘さんも、お疲れ様でございます……!」
店員さんに案内してもらって、個室の扉を開けると、先に到着していた葛木先生と滋丘教頭が出迎えてくれた。
滋丘海人教頭先生。
ベテラン中のベテランで、いつどんな時も平静さを崩さない。年齢も50を超えていながら、見た目はすごく若々しく、余計な脂肪も全く付いていない。理想的な歳のとり方をしているダンディなお方だ。ちなみに生徒たちからも『海人』というあだ名をつけられ親しまれている。
で、そんな教頭は俺の姿を見るなり、人当たりの良さそうなやんわりとした笑顔を向けて、俺の容姿を誉めてくれた。
そんな人に褒めてもらえると、嬉しくてついつい照れてしまう。
「法野さんは……?」
「さっき向かっていると連絡があったので、もうすぐいらっしゃると思いますよ!」
俺は上着を脱いで、滋丘教頭の隣に腰をおろした。そして注文用のタッチパネルで、ビールと肴を注文していると、再び扉が開かれた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です〜法野さん!」
涼しげな表情でやってきたのは法野安正先生。古典を担当している、俺より5年先輩に当たる方だ。(ちなみに葛木先生は俺の2年先輩。)
「法野さんもビールでいいです?」
「はい。ありがとうございます」
コートを脱いで、葛木先生の隣に腰を下ろした法野先生。
彼は明るくて快活な葛木先生とは対照的で、とても大人しい印象が強い。かといって、俺のような隠キャっぽさもない。どちらかというと、私生活が全く想像できないような、どこかミステリアスな雰囲気が感じられる。
「お待たせいたしました〜!」
注文してすぐ、ジョッキに注がれたビールが人数分と、枝豆や冷奴などの肴が運ばれてきた。
「じゃあ滋丘さん、お願いします!」
「僕でいいの? ……では、本日もお疲れ様でした」
「お疲れ様で〜す!」
冷え切ったガラスジョッキが心地よい音を立ててぶつかり合い、ささやかな飲み会が幕を開けた。
******
「……____にしてもここ、めっちゃ雰囲気いいっすね! 何より個室なのが最高! 法野さんいい場所見つけてくださってありがとうございます!」
「いえいえ。気に入っていただけてよかったです」
「焼き鳥うまぁ……」
「勘解由小路君……、さっきからぼんじりと皮しか食べてないけど……胃もたれしない?」
「もぐ……いえ、特には」
「そうか……、若いっていいねぇ……」
料理の匂いや肉を焼く度に舞い昇る煙。個室ではあるが天井は空いているため、店員さんの快活な声、別室から客の笑い声が聞こえてくる。
「……で! 在保さん! 何があったんですか!?」
「えっ!?」
「いったいどのような心境の変化で、イメチェンをしようと思ったんですか!?」
酒もだいぶ進み、頬を赤らめた葛木先生が、勢いよく身を乗り出した。すると法野先生も「それ、私も今日一日気になっていました」と言いながら、興味津々にその話題に乗ってきている。
「いや、え〜っと……」
俺はそんな2人の勢いに軽く狼狽えつつ、どこまで話そうか酔った頭を必死にフル回転させていると、
「もしかして……、サキちゃんに勧められた! とかですか!?」
と、葛木先生がサキ……、玉藻前が絡んでいるのではないかと推測した。
……そういえば、俺はまだ、彼女を紹介してくれた葛木先生に、別れたことを説明していなかった。
法野先生と滋丘教頭が「サキちゃん?」と聞き慣れない人名を不思議そうに呟くと、葛木先生が「半年くらい前でしたかね、俺が……」と簡単に説明してくれている。
「それが……、なんですけど……」
俺はビールの入ったジョッキをゆっくり机の上に置いて、俯きがちにポツポツと、彼女とは別れてしまったことを簡潔に説明した。
「そうでしたか……」
「すみません……。俺が不甲斐なかったから……」
説明を終えると、葛木先生の表情から、さっきまでの勢いが少しだけ消えた。
誰も次の言葉を見つけられず、水滴の張り付いたジョッキの中にある溶けかけの氷が、カラリと音を鳴らした。
「……よし! 気持ち切り替えていきましょう!」
ちょっとしんみりとした空気になってしまった中で、葛木先生が突然声を張り上げると、注文用のタブレットを手に取って、慣れた手つきで新しいビールを人数分注文してくれた。
「まだまだ人生これからですから! それにせっかくイメチェンしたんだから、今度は在保さんから色々行動してみるってのもアリだと思いますよ!」
「お、俺から?」
「そうそう! そのビジュアルならきっとモッテモテっすよ!」
「も……?」
そんな、見た目を変えただけで、そんな変わるだろうか……?
「そうだ! 今度景気付けにコンカフェにでも……!」
「葛木君。行くのはいいけれど、あまり羽目を外しすぎないようにね」
「あ、はーい」
身を乗り出して、ちょっと鼻の下を伸ばしている葛木先生に、滋丘教頭がピシャリと咎めた。すると葛木先生は、まるで教師に怒られた後の男子生徒のように軽く謝りながらもヘラヘラと笑っていた。
「そうですね……。では、その時はご一緒させてください!」
「その勢いですよ! その勢いでサキちゃんと同じくらい魅力的な女の子見つけましょ!」
せっかく紹介してくれたのに申し訳ないとは思いつつ、そういえば、と。俺の頭には疑問が浮かんだ。
葛木先生は、いつ、どうやって玉藻前と知り合ったのだろうか。
彼も、俺と同じように利用されていたのかな?
それにしても、やけに葛木先生は玉藻前のことをポジティブに評価している。
あの時紹介してくれた時だって、とても仲が良さそうに見えた。
……まさか、俺を嵌めるため……、とか……?
……いやいやいやいや!!
何を考えているんだ俺は!!
葛木先生ほど、赤の他人に対してここまで親身に相談に乗ってくれる人はそうそういないぞ!!
葛木先生はそんな、人を騙くらかすような人じゃない!!
俺と同じように、都合よく言いくるめられていたのだろう。きっとそうに決まっている。
俺は無理やり自分自身を納得させてから、新しく届いた、泡がこんもりと盛り上がったジョッキを持ち上げて、約束をするかのようにジョッキを軽くぶつけ合った。




