在保のくせにナマイキ〜!
「ねぇねぇ在保せんせっ! なんでいきなりそんなイメチェンしたの??」
「やっぱ彼女出来たんでしょ〜!?」
「違うから……」
むしろつい最近別れたんだよなぁ……。
休み時間。いつもの授業が終わって、職員室に戻ろうとしたら、俺はあっという間にイケイケ系の女子生徒に囲まれてしまった。
俺は変な噂が立たないように、降参しているかのように両手を上げながら廊下を歩いた。
廊下を歩いていると、すれ違う男子生徒たちから「アイツ誰?」や「あんな奴ウチにいたっけ?」といった奇異的な目線を向けられたり、「女生徒に囲まれやがって死ね」といった殺意まで向けられているような気がする……。
頼むからあんまり近づかないでくれ……。少しでもクレームが入ったら俺社会的に死んじゃう……。
「前より全然イケてんじゃん! かっこいい!」
「それは、ありがとう……」
「ってか、逆になんで今までダサくて芋臭いカッコしてたわけ?」
「ひどいな……」
影で俺のことを『クソダサロン毛メガネ』だの『初見殺し名字ランキング圧倒的一位』だのと、散々イジり倒していたことはなんとなく知っていたけど……。面と向かってハッキリ『ダサい』と言われると流石に凹むなぁ……。
「ってかさ、先生なんかめっちゃいい匂いするんだけど。香水かなんかつけてる?」
「香水は付けてないけど……あ、前に知り合いから譲ってもらったクリームなら最近……」
「何使ってんの!?」
「教えて!」
リウさんに譲ってもらったボディクリーム、そんなに匂うのか……?
匂いがキツイなら平日の使用は控えようかと考えつつ、俺はスマホを操作して、譲ってもらったボディクリームの写真を、女子生徒たちに見せた。
「これ……」
「ロク○タンのボディクリーム!!??」
「え、なに、そんな有名なの……?」
写真を見せたら、女子生徒たちはまた声をハモらせながら驚いていた。
「在保のくせにナマイキ〜!!」
「ひどい……」
というか……、仮にも教員を呼び捨てにするんじゃありません……。
「はぁ……」
「勘解由小路先生」
なんとか女子生徒を撒いて、職員室へとつながる廊下を歩いていると、後ろから、聞き慣れた女性の声に呼び止められた。
「え、あ、はい……。なんでしょうか、弓削先生」
落ち着いた藍色のパンツスーツに、長い髪をポニーテールできっちりとまとめ上げた、黒縁メガネをかけた小柄な女性教師。
弓削篤美先生。俺と同い年で同期であり、ドがつくほど生真面目な人だ。
どれほど生真面目かというと、毎朝誰よりも早く出勤し、職員室内の軽い清掃や、校内の安全点検、書類整理など……。毎日欠かさずにやっている。
俺も初任から2年くらいは頑張っていたけど……、3年目くらいになったあたりから面倒くさくなって止めてしまった。
弓削先生は、教員のお手本みたいな人だ。
「随分と見た目が改善されましたね」
「あぁ、はい……。ちょっと、いい加減見た目にも、しっかり気を配ろうかと思って……」
今日は会う人会う人みんな、俺に対して同じことを口にする。
改善された容姿を褒めてくれるのは凄く嬉しいんだけど……。
それはつまり、どれほど前の格好が酷かったかも、同時に思い知らされていた。
人脈がエグいツナに頼んで正解だった……!!
そして本当にありがとう輝糸さん……!!
「その心意気は素晴らしいと思います」
「あ、ありがとうございます」
弓削先生も、他の人たちと同じように、俺の見た目の改善を評価してくれた。
その賞賛は素直に受け取るべきだろうと、お礼を言ったのだが……、
「ですが!」
「はい!?」
弓削先生はすぐ、語気を強めて、眉も釣り上げた状態で俺に詰め寄ってきた。
「先ほどは女子生徒たちに囲まれて何やら話をしていたみたいですが……!?」
「それは彼女たちが……!」
「学校の風紀を乱すようなことは、やめていただきたいです!」
「へっ!?」
何を言い出すんだこの人は!?
まるで俺が女生徒たちに囲まれて調子に乗っている、みたいな言い草じゃないか!!
これは誤解だ。
もしそんな誤解が広まったら、俺の首どころか、いよいよ社会的に抹殺されてしまう……!
「いや、お、俺はただ……!」
「はいはいそこまで!」
俺が急いで誤解を解こうとしたのと同時に、葛木先生が俺と弓削先生の間に入って仲裁してくれた。
「葛木先生……!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか! 在保先生がイメチェンして、よりかっこよくなっちゃったから、みんな気になってるってだけですよ! ね!」
「あはは……」
ここで「そうですよ!」と言ったら、なんか自意識過剰な男になったみたいで同調しづらいな……。
俺はとりあえず苦笑いをしてお茶を濁した。
「……とにかく! 教員としての自覚はしっかり! 持ってくださいね!」
「わかってますって! ね! 在保先生!」
「も、もちろん!」
「ささ、弓削先生! そろそろ予鈴が鳴っちゃいますよ!」
葛木先生に宥められた弓削先生は、まだどこか納得していない様子だったが、腕時計を見るなり、急いで職員室へと戻って行った。
「……ありがとうございます、葛木先生」
「いえいえ、……弓削先生も、もうちょっと肩の力抜けばいいんですけどねぇ」
「ま、まぁ……」
「俺は先生のイメチェン。めっちゃいいと思いますよ!」
「葛木先生……!」
圧倒的陽キャオーラ……!!
常夏ビーチのような、白い歯を輝かせて親指を立てる先生の笑顔が眩しい……!
この人はこの人で真っ直ぐすぎる……!
「おっと……、じゃあ、また後で!」
ここで予鈴が鳴り、葛木先生は急いで次の授業のために、まだ廊下を歩いている生徒たちに「早く次の授業の準備しろよー」と促しつつ早歩きで去って行った。
「俺も急がないと……」
「せーんせっ!」
「ん?」
俺も次の授業の準備のため、足早に職員室へ戻ろうとした時、今度は樹と美月が満遍の笑みを浮かべて、軽快に走り寄ってきていた。
「2人とも、どうし……」
「おれたちは最初から知ってたけどね!」
「? 何を?」
この双子は何の話をしているのだろう……。
突拍子のないセリフに俺が戸惑っていると、
「アタシたちは最初からせんせーのこと、一番かっこいいって知ってたからね!」
「えっ……」
そう言うと、踵を返して颯爽と走り去って行った……。
「…………え?」
風のようにやってきて風のように去って行った双子の無邪気な後ろ姿が消えた頃、ようやく2人の言葉の意味を理解した俺は、「廊下を走らない」という注意をするのも忘れ、年甲斐もなく顔を赤くさせてしまった。




