合計20,000円になりま〜す
輝糸さんと会話を重ねているうちに、背中まで伸びていた俺の後ろ毛は、いつの間にか肩に付くくらいまで短くなっていた。
次に輝糸さんは、俺の顎下まで伸びている前髪を、慎重に整えていく。
最初目元までバッサリ切ったあと、全体のバランスを見ながら、ミリ単位で少しずつカットしていく。俺は切られた髪が目に入らないように、ぎゅっと目を瞑った。
至近距離で輝糸さんが前髪の長さを確認しているのか、耳元で彼の吐息が聞こえてくる。
俺は集中している彼の邪魔をしないように、身動き一つせずじっとしていた。
「……目、開けていいよ」
「あ、はい……」
「どう? もっと切って欲しいならそうするけど」
輝糸さんに促されて、ゆっくりと目を開けて、受け取ったメガネをかけてみると、そこには爽やかそうな好青年が座っていた。
「えぇ……これ、俺……?」
伸び切っていた長いだけの後ろ髪は肩に付く程度まで短くカットされて、顎下まで伸びていた前髪も眉毛が隠れるくらいの、瞼の上の位置まで短くなっていた。
もっさりとした印象はさっぱりとなくなって、全体的に軽くなって、雰囲気もかなり明るくなったような気がする。
「そう。あとでもう一回髪洗って、最後にアイロンとスタイリング剤でセットすれば、また印象変わるよ」
人って……、髪型一つでこんなにも変わるのか……。
「で、前髪、どうする? もうちょっと切ってみる?」
「あ、いえ、……これで全然! オッケーです!」
「了解。じゃあ流そうか」
「はい!」
すごい……!
ここに来た当初抱いていた、俺の不安は全くの杞憂だった。
輝糸さんの腕は本物だ! 完成形がとても楽しみになってきた!
俺はウキウキ気分のまま、輝糸さんの後をついてシャンプー台へと向かった。
「……よし、じゃあ、これからヘアアレンジの仕方教えるから、よく見てろよ」
「はい!」
プロによる超絶気持ち良いシャンプーを終えて、ドライヤーで髪を乾かしたあと、輝糸さんは俺一人でも髪が整えられるよう、アレンジの手順まで教えてくれるという。
「……ハーフアップはまとめる時、上すぎるとちょんまげみたいになって、一気にダサくなるから気をつけること。目安は耳の横くらいか。あとお団子に結ぶ時、余った毛先は下に向けて出す」
「はいっ」
「前髪はヘアアイロンを使って、後ろに流す感じで……。ワックスはつけすぎるとギトついて不衛生に見えるから、これも気をつけること」
「はいっ」
なんて至れり尽くせりだ……! 俺のわがままで休日を返上してくれたのに、ここまでしてくれるなんて……! 口調はちょっとぶっきらぼうだけど、人柄の良さが滲み出ている。
なるべくして業界のトップに登り詰めた人なのだろう。
そしてこんなに良い人を紹介してくれたツナにも感謝しないと……。
そうして輝糸さんの指示のもと……。
二時間半にわたる、大手術さながらのカットがすべて終了した。
「お〜……!! これが、俺……!?」
「良いじゃん。かっこよくなった」
鏡の中にいたのは、来た時の場違いも甚だしいクソダサ隠キャの姿ではなかった。
原宿や渋谷といった、若者御用達の洒落た街を歩いても絶対に指を差されないくらい、爽やかで清潔感のあるハーフアップがよく似合う好青年が、そこに映っていた。
「輝糸さん……! お忙しい中本当にありがとうございます!!!」
「どういたしまして、これでお仕事の両立頑張れ」
「はい!」
思わず俺は涙が出そうになるくらい感激して、両手で輝糸さんの手をぎゅっと握りしめて握手をした。
「んじゃ、指名料とカット、トリートメント。あとスタイリング剤も諸々込みで、合計20,000円になりま〜す」
「にまっ……!?」
生まれ変われて有頂天になっていた所に、突然料金という冷酷な現実を突きつけられて、俺の財布は悲鳴をあげた。




