俺は絶対に認めない
ツナが帰ってしばらく、俺は大人しく、手早くカットされていく自分の髪を鏡越しに見つめていた。
鋏がシャキシャキと音を立てるたび、長い間切らずに放置していた髪が、カットクロスを伝って落ちていく。
「……勘解由小路……だっけ?」
輝糸さんの脳内では、どんな髪型の俺が想定されているのだろう。
そんなことを考えていると、ふと輝糸さんの方から話しかけられた。
「あ、在保でいいですよ。名前の方が文字数少ないんで……」
「じゃあお言葉に甘えて……、在保はなんで九条の事務所で働いてんの?」
う〜ん、答えづらい……。
HARUHIのライブの邪魔をしたから……。なんて言えないし……。
「それは……、なんていうか……、成り行きと言いますか……」
色々と頭の中で考えた結果、すごく曖昧な返事を返してしまった。
「……強引に話進められたんだろ」
「……」
うっ……。
事の発端は俺だけど、契約に至るまでに、リウさんたちに多少の強引さがあったことも否めない。
違うとも言えずに、俺が気まずい表情をしながら俯いていると、輝糸さんは
「それはそれは……御愁傷様」
そう言って、軽く鼻で笑っていた。
「あいつら、兄弟揃って強引だからな……。昔から……いっつもいっつも自分都合で、人様の都合なんざ考えやしねぇ……。だから同情くらいはしてやるよ」
「あはは……」
会話を挟みつつも、輝糸さんの手は止まることなく、慣れたようにコームと鋏を使って、俺の髪をどんどん切っていく。
「……へぇ、あのアイドルの雑用を」
「はい。ご存知なんですか?」
「あぁ、何度かウチにも来たことあるよ」
「へぇ〜、そうなんですね」
輝糸さんと、それとない雑談をしていたら、今度はHARUHIの話題に移った。
「アイツも中々良い度胸してるよな。野郎だってバレたらどうするんだか……」
「ですよねぇ〜……って、えっ!」
あまりにも自然に話すものだから、思わず流しそうになったけど……!
「知ってるよ。アイツが実は男だってこと」
「そ、そうなん……」
「アイツ、普段はそこいらの野郎より低い声で喋ってんのに……。いったいどこからあんな可愛い声が出てくるんだか……」
確かに……HARUHIは、素の時は俺よりも低い声で喋っているのに、いざアイドルモードになると、途端に天使のような可愛い女性の声へと変化する。
昔動画サイトで、男女双方の声帯を巧みに使い分けて歌う、『両声類』持ちの歌い手なんかが流行っていたけど、まさにあんな感じだ。
初見ではまず、同一人物であることには気づけないだろう。
「……それにアイツ自体は中々の横柄ときた。九条の事務所には、そういった同類が集まりやすいのかねぇ……?」
「……お、俺は違うと……、思いますよ……?」
そ、そんな目で見ないで……。俺はただ、巻き込まれているだけなんだから……!
じとりとした目線で、鏡越しに俺を見つめてくる輝糸さんに、俺はやんわりと否定しつつ、彼の視線から逃れるように目線を逸らした。
「……でも、まぁ……、アイツの仕事に対する姿勢は、嫌いじゃないけどな」
「え……?」
「アイツがダンスや歌の練習している所を、何度か拝見させてもらったけど……。相当な努力を積んできたんだろうな。……ってのはよく分かった」
「……」
「目標達成のため、夢を叶えるために、ひたすら努力を重ねる人間は好感が持てる」
そういえば……、俺……、HARUHIが歌やダンスの練習をしているところ、見たことないな……。
いつも俺は教えてもらう立場だったから、意識したことなかったけど……。
そして、そう言った輝糸さんの表情は、どこか嬉しそうで、仏頂面の中に僅かな笑みが垣間見えていた。
「比べて……」
「?」
だけど、その笑みは一瞬で消えてしまった。
「……大した努力もせずに、生まれ持った家と、本人がたまたま運に恵まれていただけで……。それなりの地位を得、それなりの人生を歩んでいる……」
「……輝糸さん?」
「そんな奴、俺は絶対に認めない」
そう言って、鏡越しに映る輝糸さんの表情は、どこか特定の誰かを思い浮かべながら、どうしようもない怒りを抑えているように見えた。
「……なんて、ね」




