そういうとこだぞ!!
「……、?」
あの鋭い尻尾が俺の体を貫通するのを覚悟していたが、いつまで経ってもその衝撃や痛みは襲ってこない。
恐る恐る後ろを振り返ってみると、HARUHIの式神である狼とミチルさんの式神であるウサギが、直前で攻撃を受け止めてくれていた。
そして胴体は、HARUHIが体術で捩じ伏せている。
「ふふ……」
こんな中でも、首だけになった彼女は妖しく微笑んでいる。
「いつか必ず……、この怨み……、晴らしてくれようぞ……」
そして最期にそう言い残し、首と胴体もろとも、砂のように散っていってしまった。
「……よ、よかった……」
急死に一生を得られた……。俺は安心して、大きなため息を一度ついた。
「え? ……もしかして、せんせー?」
すると樹の方が、早々に俺のことを認識したのか。じっと俺の顔を見上げてきた。
「せんせー! なんでここにいんの? しかもそのジャケット……」
「あ、いや、それは、その……」
双子は今、俺が羽織っているライブスタッフ専用のジャケットを見て、訝しげな表情をしている。
マズイ……! これで俺がバイトしていることが周囲にバレたら……!
「あ! さっきの双子ちゃんだ!」
「HARUHI!」
すると、アイドルモードになった状態のHARUHIが、さっき起こった惨状など最初から無かったかのように、明るい笑顔を浮かべたまま、俺の背後からひょっこりと顔を出した。
「こら! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「それよりHARUHI! さっきの女の人は大丈夫なの!?」
「女の……人?」
HARUHIが立入禁止区域にいる双子に対して、プンプンと頬を膨らませながら形だけの怒りを見せると、双子は焦った様子で倒れていた女性の安否を確かめた。
……この双子……、あの惨状を見たんだよな……?
それなのにどうしてこんなに、冷静でいられるんだ……?
グロに異常な耐性があるとか……?
俺が至って普段通りに振る舞っている、双子の様子を疑問に思っていると、HARUHIは双子の質問に対して、きょとんとしながら首を傾げた。
「ここにははるひと、はるひのマネージャーと、双子ちゃんたちしかいないよ?」
「えっ?」
双子は驚いて目を点にしながら、さっきまで激しい戦闘を繰り広げていた場所まで走った。
「あれ? あれ?」
「本当に誰もいない……おかしいな……」
「……何で、だ……?」
正直、俺も目を疑った。
今の今まで、地面には彼女の赤黒い血だまりがそこらかしこに出来上がっていた。
この一瞬で、そうそう綺麗にできるはずがない。
立ち会っていた俺でさえ、先ほどの惨状は幻だったのかと、疑ってしまうほど、彼女がいた痕跡は綺麗さっぱりなくなっていた。
「ねっ! だからほら、他のスタッフさんたちに見つかっちゃう前に、戻ろっか!」
「……はぁ〜い」
「よし! 良い子良い子!」
ついに諦めた双子は、どこか納得していない様子だったけど、おとなしく引き下がって入り口へと戻って行く。
「……で、せんせーはなんでここにいんの?」
「そのジャケット、HARUHIのライブスタッフの人が着ていたヤツだよね!?」
「あ、いや、えと……」
クッ……! そこは見逃してくれないか……!
双子の表情が、意地悪そうにニヤついている。
「勘解由小路君はね、はるひの昔からの友達なの!」
「そうなの!?」
そうなの!?
そんな設定聞いてねぇよ!?
「うん! それでね、今日のバイトの人数がどうしても足りなくって……、だから今回だけ、お願いしちゃったの……」
「そうなんだ……」
「勘解由小路君が学校の先生なのは知ってる……、それでいて、はるひのワガママを聞いてくれているだけだから……。今回のことは、他のみんなにはナイショにして欲しいな……?」
HARUHIは申し訳なさそうに顔を伏せながら、全力で上目遣いを作り、双子の同情を誘っている。
「じゃあ仕方ないね!」
双子がすぐ理解してくれると、HARUHIは影でニヤリと、してやったりといった風に笑ったかと思うと、すぐに涙ながらに「ありがとう!」とお礼を言った。
ほんっと……HARUHIのそういうとこだぞ!!
「せんせーはやっぱ優しいね! バイトがんばってね!」
「他のせんせーとか、生徒に見つからないようにね!」
「あ、うん……。ありがとう……」
「2人とも……、本当にありがとう……! せめてはるひからお礼させて!」
そう言うと、HARUHIは特徴的な刺繍の手袋をパッと外した。そして、自分の素手で双子の手を優しく包み込んだ。
「これからもはるひをよろしくね!」
「はーい!!」
双子は最後に元気な返事をしてから、嬉しそうにその場を去って行った。
「……ふー……」
「な、なんとか、なった……」
嵐のような事態が完全に収束し、俺は安心から一気に緊張が解けて、深く、長いため息が漏れる。
時間にすれば一時間も経っていないはずなのに、まるで何日も不眠不休で過ごしたかのような疲労感が、ドッと全身に襲いかかってきた。
「ミチル、平気か。結界を張ってくれたおかげで諸々助かった」
「どういたしまして、HARUHIは平気?」
「当然」
なんだか膝が震えてるし、足元もふらふらする。
メガネもしていないからか……、視界もいつも以上に曖昧になってきている気がする。
「さっさと撤収するぞ」
「了解」
HARUHIはさっきの弾けんばかりのアイドルスマイルから一点、ひどく険しい表情で、自分の手元を凝視していた。
ボヤける視界を必死に凝らし、彼の手元を見つめてみると、何やら茶色い物を手に持っている。
あれは……、藁人形……か……?
マズイ、視界がいよいよ……。
「お前は必ず俺たちが殺す。首洗って待ってろよクソ狐」
そんなHARUHIの冷徹でいて、けれども決意が垣間見える一言を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。




