死んだ……?
「……終わりましたかね」
「……」
俺は開いた口が塞がらなかった。
こんなに凄惨な場を目にしても、表情一つ変えないミチルさんもさることながら、恐ろしい化け物を前にして怯むことなく、むしろ一方的に攻撃を叩き込んでいたHARUHIの圧倒的な実力に、俺はただ、呆然とするしかなかった。
「……し、死んだ……?」
動かなくなった彼女の体を見て、俺は恐る恐る近寄ってみた。
「くく、……ははっ!」
「ひっ!」
すると首だけになった彼女の顔が、再び動き始めた。
体も僅かながらにピクピクと動いている。
ここまでコテンパンにやられているのに、まだトドメの一撃にはなっていないのか。
さすが日本三大妖怪と呼ばれているだけあるのか……。
「おっと、追い詰められてついに頭がイカれたか?」
「其方こそ、なぜここまで来てトドメを刺さない?」
「……」
彼女に問われた瞬間、それまで余裕を崩さなかったHARUHIの表情に、初めて陰りが差した。
「……、刺せないのであろう。其方は所詮分家……、安倍の正式な継承者ではないからのぅ」
その変化は彼女にも分かったのか、地面に転がった彼女の表情に余裕が戻った。
「そして……、唯一妾を討つことが可能だった継承者、土御門の当主は片腕を失い、事実上不可能になった……」
彼女は首や口から多量の血を垂れ流し、地面にどす黒い血だまりを作りながらも、下卑た笑いを浮かべている。
「つまり、今この世に、妾を斃すことのできる人間はもう、存在しない!!」
その様は、まるでホラー映画のようにグロテスクで、悍ましい光景だった。
「……の割には、随分と焦ってるように見受けられるが?」
「……何だと?」
彼女の言葉だけを聞く限りは、絶望的な状況にある。はずなのだが、それでもHARUHIは動揺することなく、冷静な表情のまま、一歩一歩彼女に歩み寄っていく。
「本当は分かってんだろ? お前を確実に仕留めることの出来る人間が、この世にまだ1人、残っていることを」
彼女を確実に倒すことのできる……、人間……?
「だからそうなる前に、さっさと殺しとこうとでも思ったんだろうが……、残念だったな」
ぴちゃり、と。HARUHIの白い靴が、彼女の血だまりの上に乗ったことで赤黒く染まっていく。
「どうせテメェはパチモンだろ。……だから本体に伝えろ」
HARUHIは転がっていた彼女の首を掴んで持ち上げると、大きな獣の耳に自分の唇を寄せて、低く冷たい声で吐き捨てた。
「テメェは昔から詰めが甘いんだよ……。化け物風情が、人間を舐めるなよ」
HARUHIがそう呟いた。その直後だった。
「こっちこっち!」
「待って美月、そっち従業員専用口だよ」
「だってすごい音だったじゃん? もし資材が倒れてて、誰かが巻き込まれてたら大変だよ!」
外の通路から、パタパタとこちらへ近づいてくる複数の足音が聞こえた。
この声は……!
ドッと血の気が引いた。
そして次の瞬間には、俺は重い身体を無理やり動かして、一目散に従業員専用と書かれた扉に向かって走り出していた。
もし、この凄惨な現場を彼らが目撃したら、あまりのショックからトラウマになりかねない。
そうなってしまう前に、俺はあの扉が開かないように扉を抑えようと、帽子やマスクといった変装用の小道具はもちろん、メガネさえもつけない状態で、ただ走った。
けれども、そんな俺の祈りや努力も虚しく、その扉は開いてしまい、樹と美月がひょっこりと顔を出した。
「あれ!? もしかしてHARUHI!?」
「本当だ! ……って、女の人が倒れてる!」
「ほらやっぱり! 急いで人を呼ばなきゃ! 救急車も!」
2人はHARUHIと彼女をみると、大慌てでカバンからスマホを取り出して操作を始めた。
「……ふふっ」
「! 貪狼! ミチル!」
背後から、妖しく笑う彼女の声と、珍しく焦った様子で式神とミチルさんを呼ぶHARUHIの声が聞こえた。
反射的に振り返ると、首を失った彼女の胴体が、操り人形のように不気味に動き出し、鋭い尻尾を槍のように突き立てて、こちら側に迫ってきていた。
「2人とも!!」
「えっ……わわっ!」
俺はスマホの操作で夢中になっている2人の身体を抱き寄せて、彼女の攻撃から身を挺して護った。




