貪狼
「本性見せやがった……な!」
HARUHIは勝ち誇った笑みを一切崩さずに、手の甲に特徴的な星型と格子柄の刺繍が施されている手袋をギュッとはめ直すと、拳を握り締め、襲いかかってきた玉藻前の顔面に拳を容赦無く叩き込んだ。
「ギィっ!」
顔面を殴られた彼女は、大きく吹き飛ばされた。
「ミチル!」
「了解」
HARUHIが一際大きな声を出すと、どこからともなく現れたミチルさんが未だ立ち上がれない俺の前に立つと、両手に持っていた4本のナイフを、何もない地面に向かって投げつけた。
「天為我父、地為我母、左青龍、右白虎、前朱雀、後玄武、前後扶翼急急如律令」
そして祭文のような呪文を唱えると、地面に突き刺さったナイフから光の壁のようなものが現れ、俺たちが今いるフロア全体を覆った。
「在保さん、自力で歩けますか」
「あ、はい……うっ」
「ダメそうですね、捕まってください」
立ちあがろうとするも、全く体に力が入らない。
見かねたミチルさんが、肩を貸してくれて俺たちはよろよろと歩きつつ、HARUHIと彼女から距離をとった。
「あの、今、何を……?」
「結界です。あの2人が暴れ回っている間、周囲に保管されている資材や備品を破損させるわけにはいきませんから……。次やらかしたらいよいよ代表にシバかれる……」
「そ、そんなことが……」
あれ……?
結界を張れるんなら、あのライブハウスもなんとかなったんじゃ……?
「あの時はどこかの誰かさんが、当日突然連れてきたので、対処が後手に回ってしまっただけです」
「……すみませんでした……」
ミチルさんの刺々しい口調が、俺の心にグサグサと突き刺さる。
あの日は、本来俺1人で参戦する予定だったのだが、ライブ前日になって彼女も「行きたい」と言ってくれて……、それで当日券で購入したんだっけ……。だから2人にとっても青天の霹靂だったんだろう。
そう考えている間にも、HARUHIと彼女の激しい戦闘が続いている。
HARUHIはあの日と同じように、自らの拳と脚のみで果敢に彼女と相対している。
彼女は銀色に輝く9本の尾を自在に操り、鋭い爪と牙でHARUHIへ襲いかかる。だが、それよりも速く動くHARUHIは、その攻撃を軽々とかわしていく。
そして攻撃が空振ったことで隙ができた彼女の懐に、HARUHIがまたもや強烈な回し蹴りを喰らわした。
彼女の体は大きく吹き飛ばされ、壁に強く叩きつけられた。
「……このっ……! チョロチョロと動く生意気な小僧め……!」
「もう終わりか? 日本三大妖怪も大したことねぇなぁ? それとも……」
HARUHIはあれだけ動き、彼女の攻撃を捌きながら、体やステージ衣装には一切の傷はない。しかも艶やかな黒く長い髪を手櫛で軽く整える余裕さえ見せている。
「テメェが日本三大妖怪の中で最弱なクソザコ……とかか?」
そして意地の悪そうな笑みのまま地面に伏せている彼女を見下ろし、更に煽り立てた。
「ほざけ!」
煽られて、銀色の毛に覆われていても分かるくらいに、額に青筋を浮かべて怒りの形相を露わにさせた彼女は、9本の尻尾を、鋭い棘のように突き立てながら、HARUHIの喉元に向かってまっすぐ伸びていった。
「は、ハル……!」
「第一星。『貪狼』」
相手の攻撃が迫っているのに、全く微動だにしないHARUHIに、思わず声が出てしまった。
けれどもHARUHIは動じず、小声で何かを呟いた。
「何!?」
次の瞬間、彼女の攻撃は、いとも簡単に弾き飛ばされた。
一体何が起こったのか。
よく目を凝らしてみると、HARUHIの前には、彼を守るようにして、一頭の巨大な白い狼が静かに佇んでいた。
「あれが、HARUHIの式神……?」
ただ座っているだけなのに、まるで神話の絵画から抜け出してきたかのような神々しさと、圧倒的な威圧感を放っている。
でも、依代は何だろう? 見た感じはどこにも無いけど、HARUHIがどこかに隠し持っているのかな……?
「貪狼、あの女狐のクソ喧しい口を喉ごと潰してこい」
HARUHIが淡々と言い放つ。
その言葉が終わるより早く、貪狼と呼ばれた狼の式神は、凄まじい速さで彼女に迫った。
彼女は尻尾を振り回して必死に応戦しようとしたが、狼はそのすべてを強靭な四肢で易々とねじ伏せ、無防備になった彼女の首筋へと容赦なく牙を突き立てた。
鋭い牙が肉を裂き、周囲に血を撒き散らしながらも狂ったようにのたうち、爪で狼の身体を引き裂こうと暴れた。
けれども狼は一向に離れる気配はない。それどころか、更に噛む力を強めて、深く、喉奥に牙を突き刺していく。
そして____。
骨が折れる、鈍い音と共に、彼女の首と胴体が離れて、頭はゴトリと地面に落ちた。




