払えません……
舞台上で“推し”に突如襲いかかった、俺の“彼女”だったバケモノは、美しい顔から毛が生え獣のように変形させ、綺麗に整えられた爪は鋭く伸び、腰からは9つの尻尾が生えていた。
「お前の“彼女”になりすましていた化け狐は、このHARUHI様に襲いかかって来たんだぞ?」
その姿はまるで、昔話に出てくる、あの狐の妖怪そのものだった。
「なんとか俺の華麗な拳と足捌きで撃退は出来たものの……」
けれども俺の“推し”HARUHIは、そんなバケモノの襲撃に遭っても、決して歌うのをやめなかった。
まるで振り付けの一部のように舞いながら、狐のバケモノに華麗なサマーソルトやドロップキックを打ち込んだ。
バケモノの懐を思い切り蹴り上げて、そのまま体を一回転させ、照明を全身に浴びながら舞い上がるその姿。
俺を含めた観客たちは、ペンライトを振るのも忘れ、ただ息を呑んで見惚れていた。
最後には決め台詞と共に、バケモノの顔面を右ストレートで殴り飛ばした時は、会場全体が最高潮の盛り上がりを見せていた。
演出の一つと言われても、何も違和感はない。
実際、HARUHIのライブを見に来ていた他の観客たちは、みんなHARUHIのかっこよさに湧き立っていて、誰も異常事態であることに気付いてはいなかった。
「おかげさまで衣装はボロボロ、いくつかの機材もお釈迦になっちまった……」
でもあの狐のバケモノは、確かな傷痕も残していった。
HARUHIが身につけている朱色のふりふり衣装は汚れ、破れている箇所もある。
狐のバケモノが暴れまくったせいで、照明などの機材も、いくつか破損していた。
「衣装、機材、その他諸々発生した損害賠償……」
HARUHIは何も言えずに俯いている俺の顎を掴むと、顔を強引にあげさせた。
そして目を背けることもできない距離の中で煙草の煙をふっと、俺の顔に吹きかけた。
煙は、俺がかけているメガネを通り越し、目に沁みて、思わず涙ぐむ。
「お前、耳揃えてキッチリ全額支払えるのか?」
煙で咳き込む暇さえ与えないかのように、真正面から瞳を覗き込まれた。
メガネ越しから見える“推し”の瞳は、舞台上で見る宝石のようにキラキラと輝く瞳ではなく、底なし沼のように深く、そして冷たかった。
「は、……払えません……」
俺は視線を逸らすことも出来ず、ただ支払い能力がないことを白状した。




