久しぶりだね
(なんとか終わった……)
サイン会も滞りなく終わり、ステージの撤収作業に入り始めた頃には、陽が傾き客足もまばらになっていた。
(双子ももう帰っただろうし、もう喋っても問題ないよな……? というか、勝手に喋ってもいいのか……?)
俺は資材を裏口に運びつつ、術を施してくれたミチルさんに喋ってもいいのかを聞こうと、その姿を探した。
「まま、どこ……?」
ミチルさんを探しながら関係者のみが通れる開けた裏口を歩いていると、小さな男の子が1人、母親の姿を求めながら彷徨っているのを見つけた。
大きな目には涙を溜め、頬には幾筋もの涙の跡、足元はかなりふらついている。随分と長い時間、1人で心細い思いをしてながら歩いているうちに、裏口まで迷い込んでしまったのだろう。
「ボク、大丈夫……!?」
こうしてはいられないと、俺は声を上げつつ、その男の子に急いで駆け寄った。
だが、
「あれ……?」
傍まで来た途端、男の子の姿が、まるで煙に巻かれたように姿を消してしまったのだ。
「……幽、霊……だったか……」
誰もいなくなったその場所に、俺は1人立ち尽くした。
式神が無事見えるようになった弊害が、ここでも発揮されたみたいだ。
俺は幼い頃から、生きている人との区別がつかないくらいに、死んだ人の姿もハッキリと見えていた。
それは今こうして、見える力を取り戻したことで、再び俺を悩ませることになった。
(参ったな……)
いい加減、HARUHIに対処法を聞いた方が良さそうだ。
幸いにも、今の光景は誰にも見られていなかったからよかったものの……。
もしここに誰かが……、それこそ生徒だったり、俺の見知った人がいたら……、空虚に向かって話しかけるヤバい奴認定されるのは火を見るより明らかだ。
周囲に理解されず、後ろ指を刺されていたあの辛さをふと思い出すと、俺の額から滲み出た汗が頬を伝い、顔半分を覆っているマスクに小さなシミを作った。
俺は誰もいないのをいいことに、一度帽子とマスクを外すと、汗で張り付いた無駄に長い前髪をかき上げて、袖で汗を煩わしげに拭った。
「在保君」
汗を拭い、帽子を被り直そうとした、その時。
突然背後から、女性に話しかけられた。
____ドクン、
鼓膜に滑り込んできた懐かしい声。
俺の心臓が、跳ねるように大きく高鳴った。
「……在保君?」
____ドクン、
耳の奥で、警鐘のような鼓動が、うるさく鳴り響く。
「私の声、忘れちゃった?」
____ドクン、
忘れるわけがない。
ずっと独りで生きてきて、硬い殻の中に閉じこもっていた俺の心を、ふわりと包み込んでくれた。滑らかなシルクのように艶やかで、甘く優しげに響く声。
『振り向いてはいけない』
『逃げろ』
俺の中にいる理性が、必死に叫んでいる。
けれども同時に、『彼女を本気で想い、愛していた頃』の俺が、『もう一度彼女に会いたい』という本能に逆らえず、ゆっくりと、振り返ってしまった。
「久しぶりだね、在保君」
腰まで長く、サラサラと靡く。綺麗な銀色の髪。
穏やかに見つめてくる、少し垂れ気味の、愛おしげな瞳。
透き通るような、雪のように白い肌に、熟した林檎のように赤い唇。
その胸元には、俺が初めてプレゼントした、髪色と同じシルバーのネックレスをつけて。
服装もあの日、一緒にHARUHIのライブに行った時のまま、黒いニットにフレアスカート、足元には深紅のパンプス。
「……サキ……」
振り返った先に立っていたのは、
俺の人生初の彼女。『玉森サキ』だった。




