なんでもない
「ふ、2人とも……」
「ねぇ、せんせー? なんか最近、いいことあった?」
「え」
「あ、それ、おれも思ったー!」
いきなり何を言い出すんだこの双子は……?
「だってさー。なんか最近服装がキッチリしてきてるしー!」
あぁ……、それはリウさんに『人は見た目の印象が全てを決めるのよ! だからあなたもいい加減きちっとしなさい!』
……と言われて、散々服屋を連れ回されたからだ。だから通勤時のスーツも新しくなって、他の先生たちには綺麗な二度見をされたりして驚かれた。
授業中に着ているジャージも新しくした。けれども生徒たちはみんな、机の下のスマホに夢中だからか、こちらの変化にはまだ気づかれていない。
「顔もなんか……肌が気持ち綺麗になってる気がする!」
それは……、ツナが『在保くん、肌荒れ気味だね〜。オレ少し前に化粧品メーカーとコラボして、その時に貰ったスキンケア商品いっぱい残ってるから、今度持ってくるねー!』
……と言われて、化粧水やら何やらを一式譲ってもらった。(ついでに使う順番も教えてもらった。)それが俺の肌との相性が良かったらしく、カミソリ負けして荒れまくっていた肌が、かなり改善された。
「メガネは変えないの〜? なんかダサ……、邪魔そうだし、いっそコンタクトとかにすれば?」
「あとこの調子で髪も切っちゃおうよ! そうすればもっとカッコよくなると思う!」
「……あのねぇ……」
メガネがダサいのは俺が一番よく理解してるよ!
それもリウさんやHARUHIにも全く同じこと言われたし!
でも……、コンタクトにするにしても……、眼球に異物を入れるのって、やっぱ怖いじゃんか……!!
髪だって……最後に切りに行ったのいつレベルで、いざ行こうとしても、どこの床屋に行けばいいのか分かんないし……。
結局ズルズルと先延ばしをしてしまって、メガネと髪だけは、そのままになっている……。
「このミサンガも新しいのにしたらどうっすか? かなり年季入ってるみたいだし」
今度は樹の方が、俺の右手首に、腕時計と一緒にひっそりと巻かれているミサンガを軽く摘んだ。
「いつからつけてるの? 今にも切れちゃいそう」
「2人とも……図書室では静かにしなさい」
「は〜い」
このミサンガは、俺が幼い頃世話になった、祖母が編んでくれたものだ。
大事なものだから、これだけは捨てられない。
あまりミサンガについては深入りして欲しくなくて、段々声が大きくなっている2人を注意すると、静かな図書室に、綺麗に被った2人の声が響く。
「ねぇせんせー。今日は部室来ないんスか〜?」
そんな息ぴったりで、見た目もそっくりで、人懐っこい双子だが……。
「怪談のネタ新しく仕入れたんだけど、せんせー以外に聞いてくれる人がいないんだから、暇なら聞いてってよー」
「分かった、分かったから……」
なぜか俺には、人一倍懐いてくれている。……ような気がする。
別に俺がこの2人に、何か特別なアクションを起こしたわけでもない。
強いて言えば、俺が顧問を務めている怪談愛好会のメンバーでもあり(と言ってもこの双子しかいないけど……)樹の方は、俺が担任を請け負っている2年2組の生徒でもある。
でもそれだけだ。
なぜこの2人がここまで俺に構うのか。その理由は分からない。
「はい! そうと決まれば早速!」
「部室へゴー!」
「こら……! 引っ張らないで……っ!?」
そんな中で、美月は俺の持っている本を取り上げると本棚に戻し、樹が俺の腕を引っ張ってくる。
俺はそんな2人のペースに飲み込まれそうになりながらも、軽く注意しながら図書室を出ようとした。
だがその時、俺は思わず歩こうとした足を止めてしまった。
「? せんせー。どったの?」
「Gでもいたー?」
「あ、いや、その……」
……先日、HARUHIとの特訓のおかげで、無事式神が見えるようになった俺だが……。それは同時に、厄介な弊害を引き起こしていた。
「何よ〜。ハッキリしてよ〜!」
「またせんせーの良くないクセが出ちゃってるよ〜!」
黒いインクを垂らしたような、ドス黒い影が、2人の背後にまとわりついているのが見えた。
俺は2人に言うべきかどうか、迷った結果。
「……ごめん。なんでもない」
「え〜!? 何それ〜!」
「ごめんごめん。虫かと思ったら、ただのホコリだった。それだけだよ」
綺麗に言葉をハモらせながら、ぷうぷうと頬を膨らませて文句を垂れている2人を尻目に、俺はその影を『見なかった』ことにして、図書室の入り口に向かって歩き出した。
「ほら、2人とも、部室行くんだろ」
せっかく見えるようになったのに、やることは昔と変わらない。
だって仮に、ここで「2人の後ろに何かいる」と答えたとして、この2人はどんな反応を返してくるか。
HARUHIやミチルさんたちは、元々その道の専門家だから、受け入れてくれただけであって……。(ツナはリウさんが同じように見える人だから抵抗がないだけ。だと思う)
普通の人は「こいつはヤベェ」となって、距離を置くだろう。
だから見えたからといって、調子に乗ってはいけない。
「……はぁ〜い」
それにせっかく、この2人は学校で唯一、俺を慕ってくれている生徒だ。(おちょくられているだけかもしれないけれど……。)
そんな信用を、下らない一言で無下にするわけにもいかない。
ちょっと不満そうな2人の声を背中に受けながら。俺は部室に向かって薄暗い廊下を歩いた。




