あんたもかい……!
「これから行うのは『解除』と呼ばれる儀式だ」
「げじょ……?」
「ミチル」
「はい」
近くの川にやってきた俺たち。
ミチルさんは、先日撮影で向かった心霊スポットにて、ミチルさんが投げたナイフが黒い犬を貫き、姿を消した後に残されていた木の板を取り出した。
「この板……」
よくみると、すごく達筆な崩し文字が書いてある。そして形も、四足の獣の形に象られている。見た目の印象は完全に呪いの人形だ。『これから五寸釘を持って木に打ち付けます』と説明されても、何ら違和感は覚えない。
「この人形には今、先日の鬼が封じられている」
「鬼……? 犬……、ではなく……?」
「元はな、あの場所から出られずに長い年月を経て、鬼に成り果てた」
「……」
「で、今回俺たちがやるのは、まぁご供養みたいなもんだな」
「ご供養……」
ご供養って……、ここでお経を読みながらお焚き上げでもするのかな。
「人形を川に流すことで、水が魂を浄化し、在るべき場所へ導いてくれるんだ」
「え、火は使わないんですか?」
「使わない。俺たちのやり方は水を使う」
「そう、なんですか……」
「あぁ。じゃあやってみろ」
「……え、俺が?」
「返事は」
「はい……」
有無も言わせてくれず、俺は木の板を持たされた。
HARUHIの言う『俺たち』とは、やっぱり陰陽師のことなのかな……。
「……水に流すだけでいいんですか?」
「そうだ」
「お経とかは……?」
「いらん。さっさとやれ」
「はい」
HARUHIに急かされて、俺は両手に持った木の板を、川の水に浸からせた。すると板はすぐに俺の手を離れて、水の流れに従って、流されていった。夜なのも相まって、板はすぐに見えなくなってしまった。
「……よし、いいぞ」
「本当に……、これでいいんですか?」
「疑り深いな」
だって俺の知っているご供養とは、形式も手順も、何かも異なるからだ。
HARUHIにはすごく感謝している。けれどもももう少し、説明が欲しいところだ。
「このスーパーアイドルHARUHI様の言うことに、間違いなんざあるわけないだろ?」
俺の不満や心配をよそに、HARUHIは相変わらず勝ち気に微笑んだ。
「……ずるい」
そうやって笑えば、なんでも許されるとでも思っているのだろう。
実際俺は、HARUHIの笑顔にはどうしても弱い。
今の今まで抱えていた不満や心配が、あっという間に拭い去られてしまうからだ。
「さ、帰るぞ。戻って特訓だ」
「待って……」
HARUHIとミチルさんが、駐車場に向かって歩き出した。
俺も遅れて、二人を追おうと、川に背を向けた。
「わん」
すると、背後から犬の鳴き声が聞こえた。
こんな夜に犬の散歩か?
そう思いつつ、振り返ってみると、
「あ……」
川を挟んだ対岸に、一匹の黒い犬が、こちらをじっと見つめていた。
夜の屋外。街灯もほとんどなく、対岸は闇に包まれているはずなのに、その犬の姿だけははっきりと確認できる。
「もしかして……」
あの時の犬だ。
そう直感した。
心霊スポットで会った時のような、敵意をむき出しにしたような恐ろしい形相ではなく、とても穏やかな、どこにでもいそうな大人しい姿。あれが本来の姿なんだろう。
犬はしばらくこちらをじっと見つめた後、名残惜しそうに一度だけ小さく尾を振った。
そのまま、光の届かない夜の闇の中へと、溶け去るように姿を消していく。
「……」
やっぱり、HARUHIはずるい。
******
「ミチルさん、かっこいいよなぁ……」
「分かるわぁ、その辺のなよなよした野郎共よりよっぽど男前よねぇ」
「俺を見て言わないでください……」
事務所に戻ってくると、リウさんがお茶を淹れて出迎えてくれた。
HARUHIが喫煙所でタバコ休憩をしている間。俺はお茶を飲みながら一息ついていた。
視線の向こうでは、アニマルパラダイス……ではなく、式神たちに囲まれつつ、タブレットを見ながら仕事に励んでいるミチルさんがいる。
綺麗にセットされた金髪のショートヘア。
抜群に整った顔。ゆで卵のようにつるりとした瑞々しい肌。
スラリと細く、長い脚。
会うたび同じスーツを着ているにもかかわらず、シワは一つもない。
背筋もピンとしていて、言葉遣いも丁寧でしっかりしている。
全く隙の無いカッコよさが、ミチルさんにはある。
対して俺はどうだ。
忙しいからという理由で髪も伸び放題。セットするでもなく、邪魔にならないよう適当に髪ゴムで括っているだけ。
モテたことがないから、顔も良いとは言えない。
安物のカミソリを使用しているからか肌も荒れているし、遠視矯正のためにかけているメガネも、長年替えていないから、正直ダサい。
服だって、その辺のユニ○ロで適当に買った。一応学校へはスーツを着て行くけれど、こちらも長年使用しているからくたびれているし、授業中は動きやすさを重視して、安物のジャージを着ている時間のほうが圧倒的に多い。
そんな見た目だから、生徒たちは陰で俺のことを『クソダサロン毛メガネ』と名付けて、いじり倒している。
「同じ男なのに、……なんだか自分が恥ずかしくなってくる……」
つい小声で本音が漏れてしまうと、隣でリウさんがクスクスと肩を揺らした。
「あら、ミチルちゃんは女の子よ」
「……んぇ?」
……幻聴だろうか。
リウさんの衝撃的な言葉に、俺は思わず理解を拒んだ。
「あの子、元は某歌劇団の男役を目指して、日々練習していたらしいのだけれど、色々あって、今はHARUHIのマネージャーをやってくれているのよ」
「……」
「でも本当にあの子、カッコイイわよねぇ。アタシも何度か、裏方じゃなくてタレントとして出てみない? って提案したことがあったけれど、その度に『私はHARUHIの傍でHARUHIを支えたい』と返されて、フラれちゃうのよ……」
リウさんが色々と教えてくれているけど、俺はまだなかなか、現実を受け入れられていない。というか……。
「あんたもかい……!」
この事務所……、あまりにも癖が強すぎる……!!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この場をお借りしまして、改めてお礼申し上げます。
次回はHARUHIのイベントにスタッフとして参加した在保君が、また色々巻き込まれるお話です。
新キャラも出るぞ!
最後に、よろしければ評価、ブクマ、感想など、お気軽によろしくお願い致します!




