スーパーアイドルHARUHI様の言った通りだろ?
俺はHARUHIの言葉を信じて、一度呼吸を整えてから、目を閉じた。
目を閉じてしばらくすると、真っ暗になっている視界の隅で、以前とは違う、ヘドロのようにドロドロとしている黒い塊が現れ出した。
そしてその黒い塊は、俺のすぐ目の前まで迫ってくると、
「ヒィっ!?」
俺のすぐ真横を、何かが猛スピードで通り過ぎていく感覚に襲われた。俺はあまりの恐怖に思わず目を開けてへたり込み、情けない叫び声を出してしまった。
「健!」
すると、ミチルさんが何もない空間を目で追いながら、何かを叫んだ。
「おい、見えたのか?」
「そんなすぐには無理ですぅ……」
「情けねぇツラしてんじゃねぇ。さっさとしねぇとミチルが封じちまうぞ! もう一度!」
「はいぃ……!」
ミチルさんが封じるって、どういう意味だろう……。
そんな意味を聞く余裕すら与えられず、俺は半べそをかきながらも再び目を閉じた。
「……」
真っ暗になった視界の隅に、再び現れる黒い塊。
恐怖で荒くなった呼吸を、深呼吸で無理やり抑え込んでいく。
すると、黒い塊が、次第に四足の獣の形に象られていった。
「……!」
『……__あ! 嘘つきだ!』
また、頭の中で、昔の記憶が引きずり出される。
『……__ユーレーが見えるとか、アイツまだそんなこと言ってんの? ウケる』
思い出したくもないのに、黒い塊の形が、より鮮明になっていくに従って、過去のトラウマも釣られて思い出してくる。
目の前の恐怖とはまた違う、過去のトラウマからくる恐怖が、俺を追い詰めてくる。
「見えないモノを見る力は、今のお前にとっては大きな武器になるんだ」
けれども、その恐怖を拭い去るように、今度はHARUHIの力強い言葉が、俺の頭の中で響いた。
「だからもう恐れるな。お前らしく、堂々としていればいい」
もう、俺を否定してくる人はいない。
俺はただ、HARUHIを信じて、目の前のことに集中した。
「……」
暗い視界の中で、素早く動く、四足の獣の形をした黒い塊。そしてその後を追う、白いモヤも見え始めた。
余計なノイズが取り払われたことで、スムーズに、その輪郭が鮮明になっていく。
そうしてついに、四足の獣の形をした黒い塊は獰猛な犬の姿へ、白いモヤは、小さなウサギへと変わった。
「……ウサギ?」
こんな鬱屈とした場所にはおよそ似つかわしくない。可愛らしいシルエットに、俺は自然と目を開けてしまった。
「正解だ。やりゃ出来るじゃねぇか」
隣には、いつものように勝気な笑みを見せているHARUHIがいた。
更にその背後にはミチルさん、そして鋭い牙と爪を剥き出しにしながら廊下を縦横無尽に駆け巡っている黒い犬と、それを追いかける純白の可愛らしいウサギという、なんとも不思議な光景が広がっていた。
「ミチル! もういいぞ」
「了解」
HARUHIがそう言うと、ミチルさんは懐から小型のナイフを取り出した。そしてそれを勢いよく、黒い犬に向かって投げつけた。
まっすぐ飛んでいったナイフは、黒い犬の脳天に直撃した。すると犬は悲痛な叫び声と共に壁に打ち付けられ、そして暗闇に溶けるかのように、姿を消してしまった。
姿を消した黒い犬の跡に残されたのは、ミチルさんが投げたナイフと、ナイフに突き刺さった木の板だった。
「……」
あっという間の出来事に、俺はホコリだらけの床にへたり込んだまま、HARUHIとミチルさんを交互に見た。
「待たせたな」
「平気」
完全に置いてけぼりを喰らっている。
さっきの犬は結局なんだったんだ?
ミチルさんがなんか当たり前のように対応していたけれど、陰陽師なのはHARUHIだけじゃなかったのか?
頭の中が混乱している中、一羽のウサギが、俺に近寄ってきた。
大きくてクリっとした、赤い瞳がじっと俺を見つめている。
思わず俺は、そのウサギに手を伸ばした。
「……もふもふ……」
綿のように柔らかくて、触り心地は抜群だ。そしてどこからともなく、お線香のふわりとした心地の良い香りが鼻をくすぐる。
「……あ」
そういえば、以前リウさんが教えてくれた時も、同じような感覚があった気がする。
「もしかして、あの時の式神って……」
「許可なしに私の式神に触らないでもらえますか」
ウサギのもふもふを堪能していると、ミチルさんがウサギを抱き上げてしまい、強制終了されてしまった。
「す、すみません……。あの、ミチルさんって……」
「ねぇ〜、終わった〜?」
ミチルさんのことを聞こうとしたら、隣の部屋から、ツナがひょっこりと顔を覗かせていた。
「ああ、もういいぞ」
「りょ〜!」
「ツナさん、今までどこに……」
「オレ、ハルちゃんたちと違ってな〜んも見えないからさ〜。こういう時は邪魔になんないように隠れてんの」
あぁ、そういえば……、ツナは見えないんだった……。
「在保くんは無事見えるようになったの?」
「え? えぇ……まぁ、……」
「へー! よかったね!」
「よかっ …………」
俺は目を丸くしてツナを見た。
見えないものが見える。と言って、『良かった』と返してくれる人は、初めてだったからだ。
ツナはニコニコ笑いながら「幽霊見えた祝いに今度飲み行っちゃう? オレ奢っちゃうよー!」と相変わらずの調子で俺の肩を組んできた。
流石チャンネル登録者300万人以上を抱える、器の大きさだ。
「ツナ……、ありがとう……」
「? どういたしまして!」
超人気配信者にこんなことを言うのはお門違いかもしれないけれど、ツナとは仲のいい友人同士になれそうだ。
「な、スーパーアイドルHARUHI様の、言った通りだろ?」
友人ができて、自然と俺の顔はニヤけていたんだろう。
HARUHIもニヤリと笑いながら、俺の胸を拳で軽く叩いた。




