ここから先は
「……____ハルちゃんこの辺りなんかいる〜?」
「リアルな獣ならそこら中にいるだろうよ」
「そっかぁ〜出てきたら対処お願いね!」
「俺に死ねってか?」
森の中を歩き始めてしばらく、動画が回っている間はアイドルの『HARUHI』を演じつつもツナと軽快にトークを続けていく一方、動画が回っていない時のHARUHIは素の状態で、ツナへの受け答えも淡々としている。
「ふぅ……、はぁ……」
森の中は、ずっと緩やかな登り坂が続いている。道も長らく放置されているのか獣道同然と化しており足元がかなり悪い。
普段から校舎を駆け回って、授業中も基本は立ちっぱなしだから、体力には人並みにあると思っている俺でさえ、じわじわと体力が削られていくほどの悪さだ。
なのにツナやHARUHI、ミチルさんはそんな足元の悪さなんてものともせず、ズンズンと先へ歩いていく。
確かツナって、俺よりも年上だったはず……。一部の動画ではかなり体を張った撮影をしたりしているし、体力には人並み以上にあるのかもしれない。
HARUHIも動きやすいジャージ姿だし、ミチルさんに至っては相変わらずスーツを着込んでいるにも関わらず、一切呼吸が乱れていない。
俺がおかしいのだろうか……。
「在保さん。付いてきてますか」
「な、なんとか……」
一人息が上がっている俺に対して、ミチルさんが振り返って心配をしてくれた。
「時間が押します。急いでください」
……ですよね〜……。
そういえば俺のことを心配してくれる人なんて、いるわけがなかった……。
「……?」
更に歩いていると突然、前を歩いていたHARUHIが歩みを止めた。
「どうしたの?」
「……在保!」
「は、……はい……?」
そして後ろでヘロヘロとしながらも歩いている俺を呼んだ。
「なんですか、HARUHI……」
「何か感じるか」
「え? …………?」
なんとかHARUHIが待っている場所まで来ると、どことなく、表現し難い何かを感じた。
9月ももうすぐ終わりに差し掛かった今日。真夏の酷暑はだいぶ和らいだものの、まだ日本の夏特有の蒸し暑さは残っており、緩い坂道を登ってきたことで流れ出た汗が、シャツに張り付いてどこか気持ちが悪かった。
けれど、HARUHIが立っている場所の横に立った瞬間、その蒸し暑さはなくなっていた。風もこれまでは無風だったのに、どこからともなく涼しい風が吹き抜けている。汗をかいていたせいもあって、肌寒さすら感じられる。
「なんだ……?」
上り坂の終着点に来た訳でもない。周囲の景色に大きな変化があったわけもない。なのにこんなにも、あからさまに雰囲気が変わるものなのだろうか。
風に靡かれて、木々がざわざわと音を立てながら揺れている。先ほどまで耳障りな程に聞こえていた虫の鳴き声や、獣の気配もいつの間にか消えているのが、どことなく不気味さを更にかき立てている。
「ここから先は向こうさんの領域だ。気をつけろ」
「向こうさん……?」
俺が言葉の意味を聞き返す中、HARUHIはジャージのポケットからスマホを取り出して時刻を確認しながら
「23時……ちょうど陰と陽が切り替わる時間帯だ」
「陰と、陽……?」
「忌夜行日では無いが……、警戒しておいて損はないだろう」
「よるい……?」
「ツナ、目的の家まではあとどのくらいだ?」
「え〜っとね……、もうすぐだよ! あと10分くらいかな?」
「そうか。……気ぃ引き締めろよ」
聞いた事のない単語を羅列しつつ、HARUHIはツナに目的地まであとどれくらいかを聞いている。
俺の頭は全くついていけなかったけど、多分ここから先は、ちょっと用心した方がいいのかも。と、なんとなく直感した。
忌夜行日=別名『百鬼夜行日』。
街灯というインフラが存在しなかった平安時代。子の刻(夜23:00〜翌1:00までの時間帯)は陰と陽が切り替わる時刻とされ、この世ならざる者たちの活動が最も活発化する時間帯として、非常に恐れられておりました。なお万が一外出し百鬼夜行に遭遇してしまった場合はもれなく死にます。現代だったら死人が多数出そうですね。
また、忌夜行は、その月と日の干支によって該当日が異なります。
例えば2026年5月は日の干支が「巳」。つまり7日(辛巳)、19日(癸巳)、31日(乙巳)が忌夜行が該当します。
上記項目は室町時代頃に実在していた陰陽師、賀茂在方が撰した暦の教科書 『暦林問答集』の現代語訳より抜粋しております。




