別に疲れてねぇ
「来たな」
「お、お疲れ様です……」
「別に疲れてねぇ」
「……」
挨拶だよ……!
事務所の扉を開けると、普段着に長い髪をポニーテールにまとめたHARUHIが、仁王立ちで待ち構えていた。
やっぱり見た目は可愛いんだよなぁ……。
「始めるぞ。座れ」
「はい……」
特にこれといった会話もなく、俺とHARUHIしかいない静かなオフィスの中、早速特訓が始まった。
「まず初めに、見えない存在を見るためには、元から機能している五感に加え、第六感をある程度鍛える必要がある」
「第六感……?」
「所謂霊感みたいなもんだ。霊感が高ければ高いほど、見えない存在を捉えられる確率が上がる」
「はぁ……」
「幸いにも、お前は元々五感には優れている。霊感も人並み以上にある。後はストッパーさえ取り払えば、すぐ見えるようになるだろうよ」
「そう、なんですか……?」
「そうなんだよ。現に昨日、このオフィスの違和感を、お前はなんとなく感じていたはずだ」
「……と、言いますと……?」
HARUHIは椅子に腰掛けながらも、誰もいないオフィスを見渡した。
「普通の人間は、『誰もいないオフィス』を見たら、『すでに従業員は帰宅しているんだろう』で思考を止める。目に見える情報が全てだと、現代の人間はそう思い込みがちだからな……。だがお前は違っただろう?」
HARUHIはさらに、近くのデスクに置かれていた、湯気立った湯呑みを指差した。
「誰もいないはずなのに、なぜ湯呑みは温かいのか。なぜコピー機は動いているのか。そういった“説明のつかない違和感”を、お前は無意識に拾ってる」
「……」
そういえば……。
昨日、俺も同じ違和感を持った。
「日常の中に紛れ込んでいるわずかな違和感を察知し、理由を求め、知ろうと考える。それが第六感の基礎だ」
俺は改めて、誰もいないオフィスを座ったまま見渡した。
相変わらず何も見えないけど、耳を澄ましてみると、どこからともなくキーボードを叩く音が聞こえてくるし、なんとなくだけど足音も聞こえてきた。
そう言えば昨日、リウさんが教えてくれた『かわいいもふもふの式神』とやらが座っていた椅子に顔を近づけたら、どことなくお線香の香りが漂ってきた。あと綿のような柔らかい感触もあった。
つまりあれが……式神だったのかな?
昨日感じた違和感を思い出していると、HARUHIが空いた椅子を指差した。
「以上の基礎を踏まえた上で聞くぞ。この椅子に座っている式神が見えるか」
「……」
そう言われて、俺は指された椅子を凝視した。けれどもやっぱり、何も見えない。
「普段使いの眼球だけで捉えようとすんな。五感を使え、眉間に『式神を見るための目』があると思え」
「五感と……、眉間に目……?」
HARUHIのアドバイスを聞いて、俺は一度目を閉じて、五感を研ぎ澄ましてみた。すると昨日と同じように、どこからともなくお線香の落ち着くような、心地よい香りが鼻をくすぐった。次に暗くなっている視界に、白い煙のような、モヤのようなものがゆらゆらと動いているのが見え始めた。
あと少し。あと一歩で、その姿が捉えられる。そう確信した、その時。
『……____だからっ……! 変なこと言わないで! お願いだから普通の子になって……!』
「!」
脳内を切り裂くような鋭い拒絶の声に、俺は弾かれたように目を開けてしまった。
「あ、……」
激しく脈打つ心臓を押さえながら見た空の椅子には、当然、何も座っていない。
「す、すみません……。やっぱ……」
俺は、やるせない気持ちでいっぱいになって、自分の腕を強く掴んだまま俯いた。
「……そうか……」
HARUHIはただ、怒るでもなく一言つぶやいた。




