第205話 聖母悪女は、ドラゴンの名付け親になりましたわ。
「ピーピー」
真っ赤なドラゴンと思しき獣は、最初に目にしたジュスティーヌを母親だと思ったらしい。かわいらしい声を上げると、まるで母親に甘える子どものようにくっついてくるのだ。
「よしよし」
左腕でドラゴンの体を抱えて、右手でドラゴンの頭をなでなでする。
「ピピー! ピピー!」
伝説の生き物への刷り込み完了である。
「ジュティ、俺もよしよししてもらいたいな」
後ろからは、こちらも伝説の大魔王認定された自称夫のアルフォンスがくっつき、肩に頭を乗せ、甘えてくる。
「残念ながら、すでに両手がふさがっているわ」
伝説の大魔王はすでにジュスティーヌの掌中に落ちているので、よしよしをしてあげることで媚を売る必要などないのだ。
「ところで、グリフォンが守っていた宝が卵だったとしたら、無事に生まれたことで卵を守る役割からは解放されたったことかしら? もう街道を行く人を襲わなくなる?」
「そうかもしれないな。にしても、グリフォンがドラゴンの卵を守っているなんて初耳だな。確かにドラゴンは貴重な生き物ではあるが。一体どういう経緯でこんなことになったんだろうな」
グリフォンはこっちをじっと見てくるものの、特にドラゴンを奪い返そうとしたり、二人を追い払おうとしたりすることはなかった。
「ねえ、グリフォン、この子、わたしに懐いちゃったみたいなんだけど、わたしが育ててもいいの?」
「クァァ」
グリフォンはジュスティーヌの言葉を理解して、返事をするかのように一声鳴いた。
「じゃあ、街道を行く人のことももう襲っちゃダメよ」
また、ここにいる大魔王が討伐に来ちゃうからね。気を付けなさい!
「クァァ」
グリフォンはまた返事をするように一声鳴くと、宝の山からいくつか選んで咥えて持ってくる。珍しそうな武器や装飾品の中に、小さな角笛があった。グリフォンは多数渡した宝の中から、その角笛を選ぶとジュスティーヌの首にかけた。
「こんなにたくさん、もらっちゃっていいの? ありがとう。ねえ、グリフォン、わたしね、あなたに名前を考えてきたのよ。マーヴェリックというのだけど、どうかしら?」
「クァァ、クァァ!」
素敵な名前をありがとう。美しい姫君。困ったときはその角笛を吹いてください。すぐに助けに参ります。
グリフォンがそう答えてくれたような気がした。
「じゃあ、帰りましょうか」
「ああ、そうだね」
ジュスティーヌの言葉を聞くと、マーヴェリックはジュスティーヌとアルフォンスを前脚でつかみ、空高く舞い上がった。
そして、一瞬で最初に出会った場所まで運んでくれた。
そこでは、アルフォンスの愛馬、プラチナシップ(あだ名はプラシ)が呑気に木になったリンゴを食べながら待っていた。
この美しい白馬も、大魔王の馬なだけあってなかなか度胸がある。道端に放置されても、グリフォンを見ても、ドラゴンを見ても、マイペースそのもので、まるで動じないのだから。
マーヴェリックは二人と一頭を下ろすと、再び上空へと舞い上がり、別れの挨拶をするかのように高く長い声を上げると、住処へと帰って行ったのだった。
ジュスティーヌたちも一仕事終え、子どもたちの待つマールツァイトの街に戻ることにした。
今度こそ本当に母になってしまったジュスティーヌ。生まれたばかりのドラゴンは、ジュスティーヌの腕の中でスヤスヤと眠っていた。
「ジュティ、その子には名前をつけないのかい?」
「当然、つけるつもりだけど。この子、男の子なのか女の子なのかわかる?」
「うーん、さすがにドラゴンの性別の見分け方はわからないな」
「じゃあ、中性的な名前がいいわね。赤くて中性的なもの……」
先ほど、プラシが食べていた赤いリンゴを思い出すが、リンゴは女の子っぽいし、正直あまり強くなさそうだ。
ふと、ジュスティーヌの脳裏にある赤くて丸いものが思い浮かんだ。これだったら、男っぽいわけでも女っぽいわけでもない気がするし、弱そうでもない。
「うめぼしとか?」
「プッ」
即座に後ろでアルフォンスが噴き出す。
「いや、ジュティ。お姫様の君がよくそんなもの知っているね。アカネ経由の知識かな?」
アルフォンスは、自分の前でプンプンに怒った顔をしているであろうジュスティーヌの表情を思い浮かべていた。
「……よくも笑ったわね!」
「いや、すごくいいと思うよ。その名前」
「じゃあ、何で笑ったの!」
「うん、実にジュティらしいなと思って」
どこの世界に、世界最強の生き物であるドラゴンに「うめぼし」などという随分とすっぱい名前を付けようとするプリンセスがいるのだろうか。
「本当にすごくいいよ。その子を連れ歩くつもりなんだろ? だったら、親しみやすい名前の方がいいよ。ジュティは天才だな」
「当然よ! でも、笑ったことは許さないから」
「いや、ごめんごめん。ところで、ドラゴンもそうだけど、子どもたちをどうするつもりだい?」
「もちろん、連れて行くわ。子どもたちが嫌じゃなければ」
「パックスウルブスまで?」
「もちろん」
「連れ帰って、その後はどうするか考えている?」
「うーん、みんなでシェアハウスでも借りて、そこでPJLのメンバーたちと育てるとか……」
グランソードの公邸で育てられれば一番いいのだが、そこには王妃の手の者もいるかもしれない。そう思うと、心に傷を負っている孤児を連れて帰るなど、到底できようはずがない。
「ジュティさえよければ、子どもたちはブリオントクロヌの公邸で預かるよ。気心の知れた使用人がいるほうが君も安心だろ?」
しっかり者のマチルド夫人や、賑やかなおばちゃんたちであれば、子どもたちのお世話も慣れたものだろうし、愛情をもって接してくれるに違いない。子どもたちにとっては何よりも癒しになるだろう。
「本当に? いいの?」
「もちろんだよ!」
腹黒皇子、随分と気前がいいわね。一体何を企んでいるのかしら?
当然、子どもたちを盾に、ジュスティーヌを独占することを企んでいるのである。
「うめぼしの名前も、子どもたちの今後も決まったことだし、さあ、少し飛ばすよ」
いつの間にか険しい山道を抜けていた。
アルフォンスは愛馬プラシの手綱を引いて、スピードを上げると街までの帰り道を急いだ。




