22.家という呪縛
この短いやり取りでもわかる。彼はずっと、両親に言われたままに動いていた。
「ヘクトル。君はどういう鎧が着たい? 君が着て、他の金持ちと試合する鎧だ。君の意見を優先したい」
「ま、待ってください。この鎧は次の代や、さらに次の代まで受け継ぎたい。ヘクトルだけの意見を反映させるわけにはいかないんです。複数の意見を聞いて……より優れたものにしないと」
「そうだ。これはヴィルオバル家に代々伝わるものになるんだ」
夫婦が先にそれぞれ話して、ヘクトルの意見を口に出させなかった。
ヘクトル本人も、また怯えたように縮こまってしまった。
「レオン」
「俺に話させろって?」
「そういうわけじゃないけど」
「ルイの言いたいことはわかる。次の世代まで伝わっていくような鎧が、立ち上がりの時点で躓いたら終わりだろって」
「ええ。私も似たようなこと考えてた」
「最初の世代から望まないような装備を着てるようじゃ、それは呪いだ。次の世代にも不幸が積もる。いっそのこと、ヘクトルが我慢して不完全な鎧を着て、それを息子に譲らず壊した方が、本人のためだ」
「そこまでは言ってないけど」
そのやり方ではヘクトルが犠牲になる。
まあ、在学中に年に一度やるだけの武闘大会をしのげば、あとはなんとでもなる。いずれ当主の座に着いて、息子が学校に入る前に鎧を破棄すれば……なんて、そう簡単にはいかないか。
望まれてない鎧とはいえ、ジャンはそれなりに力を入れて仕事に取り組んでいるのに。
力が入っているのは、依頼者の夫婦も同じだけど。この場合は金と言うべきか。
「なあ。こういうことは言いたくないのだが」
ローラが口を開く。
言いたくないなら言うな。言いたいから、あるいは言うことが自分の利になると思ってるから言うんだ。
それをさも、あなたのためみたいな言い方をするのは卑怯者だ。騎士のくせに女々しいやり方をするな。まあ、あんたは女だけど。
「ドヴァンの工房は、なんとかすると言っていたぞ。こちらの意見を最大限反映すると」
「それを、言われるままに信じたのか?」
「向こうはやると言ったのだ」
つまり信じたってことだ。ローラだけではなく、特に何も口を挟まないヘルターもだ。
「ドヴァンは本気でできるって思ってるんだろうさ。頭の数が多いから、いいアイディアも思い浮かぶと考えてるんだろうさ」
レオンが小声で、大して知らないドヴァンの考えを口にする。
「それ、うまくいくの?」
「さあな。職人の中に天才がいれば、実現するだろうさ」
いないって口ぶりだ。
「実のところ、折衷案なんて出したところで解決なんかしない。夫婦どちらにも不満が残るだけだ。どっちかが折れるか、どっちも折れるかだ」
「どっちも折れるのが折衷案って言うのよ」
「確かに。それをした場合、両方に禍根が残る結果が出るな」
折衷案は最悪だと言いたいのか。
「だから、息子が頑張らないといけないんだ」
こいつは、話したこともない相手について見透かしたようなことを言う。
けど、言いたいことはわかった。
その後夫婦は工房に移動して、ジャンの作りかけの鎧を見ながら意見を出し合った。
やはり、夫婦で真逆のことを言っているようだった。
「面倒だ……」
男爵家が去ってから、ジャンは机に突っ伏して力なく言った。
「夫婦で意見を統一しろ。というか、あの旦那の方だ。嫁を大切にするのはわかるが、言うことを聞かせるくらいは」
最後まで言わず、ジャンは深いため息をついた。
「お互いを尊敬してる夫婦なんだろうさ」
「だから無茶がジャンの方に行くってわけか。大変そうだな!」
「お前は部外者だからいいよな」
「そうでもない。俺としても、ジャンには是非とも鎧を完成させてほしい。お父さんも、それを望んでるはずだ」
そうじゃないと、私に憑いている霊がいなくならない。
そこまで説明はしなかったから、ジャンもこちらの考えがわからないのだろう。単に、親切にしてくれる聖職者としか思われてない。
「親父、か」
そんなジャンは、顔を上げてレオンを見て。
「親父は、俺が鎧を完成させるのを望んでいるのかな」
そう呟いた。
「どうした? なにか心配事でもあるのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「遠慮するな。言いにくいことでも聞いてやる。なんなら、教会の懺悔室まで行ってもいい」
おいこら。あれは神父様が使うやつだ。レオンは関係者だけど、神父じゃない。
ジャンもそれをわかっていて、ふっと笑みを見せた。怒ったような顔の彼が笑って見せても、怖いだけとは口が裂けても言えない。
「気にするな。弱気になっただけだ。鎧は完成させる」
「……そうか」
レオンはなおも気になってる様子だけど、深追いして尋ねることはなかった。
「話は変わるけど、北の山の開拓地について、なにか知ってることはあるか?」
ジャンへの気遣いなのか、レオンは話題を変えた。
単に竜の噂について訊きたいから、とかではないはずだ。断じて違うと思う。
「開拓地?」
「あー。お父さんたちが大騒ぎしてたやつ。斧が必要だって」
「ああ……」
ジャンにとっては、稼ぐ機会を失い他の職人からは白い目で見られることになった、あまり嬉しくない出来事。
そこにさらに、嬉しくないニュースを畳み掛けるわけだ。
「そこで、人が何人か亡くなったって。現場では竜が目撃されたって噂が」
「竜?」
ジャンは不思議そうに訊き返して、アニエスの方を見た。
「んー。わたしも、その噂は聞いたよ。家に、あ、お父さんの家にね、鉱山開発の責任者が来たんだ。昨日のことだよー」
さすが、ギルド長の娘の方が詳しい。




