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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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22/60

22.家という呪縛

 この短いやり取りでもわかる。彼はずっと、両親に言われたままに動いていた。


「ヘクトル。君はどういう鎧が着たい? 君が着て、他の金持ちと試合する鎧だ。君の意見を優先したい」

「ま、待ってください。この鎧は次の代や、さらに次の代まで受け継ぎたい。ヘクトルだけの意見を反映させるわけにはいかないんです。複数の意見を聞いて……より優れたものにしないと」

「そうだ。これはヴィルオバル家に代々伝わるものになるんだ」


 夫婦が先にそれぞれ話して、ヘクトルの意見を口に出させなかった。

 ヘクトル本人も、また怯えたように縮こまってしまった。


「レオン」

「俺に話させろって?」

「そういうわけじゃないけど」

「ルイの言いたいことはわかる。次の世代まで伝わっていくような鎧が、立ち上がりの時点で躓いたら終わりだろって」

「ええ。私も似たようなこと考えてた」

「最初の世代から望まないような装備を着てるようじゃ、それは呪いだ。次の世代にも不幸が積もる。いっそのこと、ヘクトルが我慢して不完全な鎧を着て、それを息子に譲らず壊した方が、本人のためだ」

「そこまでは言ってないけど」


 そのやり方ではヘクトルが犠牲になる。


 まあ、在学中に年に一度やるだけの武闘大会をしのげば、あとはなんとでもなる。いずれ当主の座に着いて、息子が学校に入る前に鎧を破棄すれば……なんて、そう簡単にはいかないか。

 望まれてない鎧とはいえ、ジャンはそれなりに力を入れて仕事に取り組んでいるのに。


 力が入っているのは、依頼者の夫婦も同じだけど。この場合は金と言うべきか。


「なあ。こういうことは言いたくないのだが」


 ローラが口を開く。


 言いたくないなら言うな。言いたいから、あるいは言うことが自分の利になると思ってるから言うんだ。

 それをさも、あなたのためみたいな言い方をするのは卑怯者だ。騎士のくせに女々しいやり方をするな。まあ、あんたは女だけど。


「ドヴァンの工房は、なんとかすると言っていたぞ。こちらの意見を最大限反映すると」

「それを、言われるままに信じたのか?」

「向こうはやると言ったのだ」


 つまり信じたってことだ。ローラだけではなく、特に何も口を挟まないヘルターもだ。


「ドヴァンは本気でできるって思ってるんだろうさ。頭の数が多いから、いいアイディアも思い浮かぶと考えてるんだろうさ」


 レオンが小声で、大して知らないドヴァンの考えを口にする。


「それ、うまくいくの?」

「さあな。職人の中に天才がいれば、実現するだろうさ」


 いないって口ぶりだ。


「実のところ、折衷案なんて出したところで解決なんかしない。夫婦どちらにも不満が残るだけだ。どっちかが折れるか、どっちも折れるかだ」

「どっちも折れるのが折衷案って言うのよ」

「確かに。それをした場合、両方に禍根が残る結果が出るな」


 折衷案は最悪だと言いたいのか。


「だから、息子が頑張らないといけないんだ」


 こいつは、話したこともない相手について見透かしたようなことを言う。


 けど、言いたいことはわかった。


 その後夫婦は工房に移動して、ジャンの作りかけの鎧を見ながら意見を出し合った。

 やはり、夫婦で真逆のことを言っているようだった。



「面倒だ……」


 男爵家が去ってから、ジャンは机に突っ伏して力なく言った。


「夫婦で意見を統一しろ。というか、あの旦那の方だ。嫁を大切にするのはわかるが、言うことを聞かせるくらいは」


 最後まで言わず、ジャンは深いため息をついた。


「お互いを尊敬してる夫婦なんだろうさ」

「だから無茶がジャンの方に行くってわけか。大変そうだな!」

「お前は部外者だからいいよな」

「そうでもない。俺としても、ジャンには是非とも鎧を完成させてほしい。お父さんも、それを望んでるはずだ」


 そうじゃないと、私に憑いている霊がいなくならない。

 そこまで説明はしなかったから、ジャンもこちらの考えがわからないのだろう。単に、親切にしてくれる聖職者としか思われてない。


「親父、か」


 そんなジャンは、顔を上げてレオンを見て。


「親父は、俺が鎧を完成させるのを望んでいるのかな」


 そう呟いた。


「どうした? なにか心配事でもあるのか?」

「いや、そういうわけでは……」

「遠慮するな。言いにくいことでも聞いてやる。なんなら、教会の懺悔室まで行ってもいい」


 おいこら。あれは神父様が使うやつだ。レオンは関係者だけど、神父じゃない。

 ジャンもそれをわかっていて、ふっと笑みを見せた。怒ったような顔の彼が笑って見せても、怖いだけとは口が裂けても言えない。


「気にするな。弱気になっただけだ。鎧は完成させる」

「……そうか」


 レオンはなおも気になってる様子だけど、深追いして尋ねることはなかった。


「話は変わるけど、北の山の開拓地について、なにか知ってることはあるか?」


 ジャンへの気遣いなのか、レオンは話題を変えた。

 単に竜の噂について訊きたいから、とかではないはずだ。断じて違うと思う。


「開拓地?」

「あー。お父さんたちが大騒ぎしてたやつ。斧が必要だって」

「ああ……」


 ジャンにとっては、稼ぐ機会を失い他の職人からは白い目で見られることになった、あまり嬉しくない出来事。

 そこにさらに、嬉しくないニュースを畳み掛けるわけだ。


「そこで、人が何人か亡くなったって。現場では竜が目撃されたって噂が」

「竜?」


 ジャンは不思議そうに訊き返して、アニエスの方を見た。


「んー。わたしも、その噂は聞いたよ。家に、あ、お父さんの家にね、鉱山開発の責任者が来たんだ。昨日のことだよー」


 さすが、ギルド長の娘の方が詳しい。

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