15.ジャンを好きな理由
「ジャン。客の夫婦に、ふたりで方針をよく話し合えとは言ったのか?」
「言った。そして同意はしてくれた」
ここ数日の間に、ジャンは客に会ってレオンのアドバイスを実行したらしい。
けど、彼の表情はすぐれない。
「ふたりの意見が合うことはなさそうだ」
「じゃあ、当主である夫の方に従うべきなんだろうな」
「そうだ。けど、あの様子じゃ無理だな。母の方が元騎士なだけあって、かなり苛烈で頑固だ」
「はっ! 意思の強い女は魅力的かもしれないが、それで他人に迷惑かけるようじゃ、わがまま言うガキと同じだな」
あんたもクソガキだけどね。
男ふたりが、あまり実のない会話をしてるのを、私はぼんやりと眺めていた。
ふたりは馬が合うのか、ジャンは半分未満の年齢のレオンと楽しそうに対等に話していた。
結局は、ヴィルオバル夫婦が家としてどうしたいかに掛かってるわけで。今の段階でこちらで出来ることはあまりない。
「ルイーザさんルイーザさん」
「はい?」
すると、アニエスの方が話しかけてきた。
「ルイーザさんは、レオンくんとどんな関係なんですか? ルイーザさんも教会で働くシスターさんとか?」
「いえ。私はただの友人です。普段は酒場で働いています」
本当のことを言うわけにはいかないな。
もしジャニドの遺体を蘇らせる必要が出てきたなら、その時に他言無用を付け加えて話せばいいだけで。
「子供ひとりで出歩くのは危ないから、ついていってあげてるんです」
本当は、私ひとりで出歩くと危ないからレオンがいるんだけどね。
「そうなんですね! 歳は離れていますけど、仲がいいんですね!」
「まあね。アニエスさんは、ジャンさんとどうしてお付き合いを?」
せっかくの機会だし、気になったことを尋ねた。
鍛冶屋ギルドの長といえば、上流貴族とは行かなくてもそれなりの権力者。社交界に出ることもあるだろう。
その娘の結婚相手となれば、それなりに意味を持つ。
街の有力な鍛冶屋が欲しがることもあるだろうし、家としても大きな鍛冶屋と関係を結んだ方が得。ジャンは誠実な人だけど、家としては弱い。
と、貴族出身の私は婚姻をそうやって捉えてしまっていた。
「そうですねー。ジャンのことが好きなので! 家族みんなが良い顔をしたわけじゃないですけど、押し切っちゃいました!」
「そ、そう」
「頑張りました!」
「すごいわね……」
「えっへん!」
てっきり、そういうのに厳しくない家柄なのかとも思ったけど、違うらしい。
ちょっと乗りが軽い子だけど、確固たる意志を持っているようだ。
「それに、ジャンは約束してくれたんです。わたしに、鍛冶のやり方を教えてくれるって」
「え?」
「ほら。女って家庭の仕事をやらせられて、男の人の仕事に口を出さないものじゃないですか。けど、わたし憧れてたんですよ。鍛冶職人に。小さい頃から見て育ってきたので」
女の役割というのは、鍛冶屋の界隈でも同じらしい。それに馴染まず、我が道を行こうとする女が稀に現れるのも。
「家族はそういうの厳しくて。女の役目を果たせって言ってきたんですけど。嫌だったんです。……お母さんも、それで嫁入りした頃は苦労したって聞いていましたし」
アニエスの母親も、ギルド長の家に嫁いで来たのだろう。
「お母さんも小さい頃から鍛冶職人に囲まれて育ってきたので、仕事をしたかったって言ってました」
「だから同じになりたくなくて、ジャンさんとの結婚を強行した?」
「はい! あ、もちろんそれ以上に、ジャンのことが好きなことが大きいですよ! 人柄とか、頼りがいとか! そういうのに一番惹かれました! えへへっ」
いいな。妬けるなあ。
「ジャンのこと、支えてあげてください。苦労を背負い込むタイプの人らしいし……って、そんなことはアニエスの方がずっとわかってますよね」
「はい! 頑張ります!」
「お前ら、さっきから何を話している」
ジャンが振り向いて話しかけてきた。レオンとのお喋りは一段落ついたらしい。
「これからどうするか、方針は決まった?」
「両親が膠着状態なら、息子の方を説得するしかないかなって」
レオンはそう言ったけれど、あまり芳しい口調ではない。
「俺は会ってないんだけどさ、なんか気弱な奴らしいじゃん?」
「そうなのね」
ジャンたちの前で、リリアからの情報を口にするわけにはいかない。レオンはジャンから、息子ヘクトルの人となりを聞いたのだろうけど。
「親にも逆らえない種類の人間っぽい。けど、頑張ってもらうしかない」
「会ったことない人にする期待としては、ちょっと大きいわね」
「本当にな!」
愉快そうに言うな。少しは悪びれろクソガキ。
金持ちなんて、みんな似たような性格だから会ってなくてもわかるとか、そんなこと考えてるのだろうな。
「それでも、両親よりは息子に期待した方がいい。対立構造が崩せるからな。そこから先は、ジャンに頑張ってもらって――」
「おーい。ジャンはいるかよ!?」
「お? お客さんみたいだぞ」
表の方から、知らない声が聞こえた。レオンは軽々しくジャンに話しを向けたけど、当のジャンは苦い顔をする。
「あいつ、何の用だ」
「嫌いな相手か?」
「ああ。ドヴァンだ」
「そっか」
ジャンと同時に受注の依頼を受けた、大手の鍛冶屋だったか。




