16.ドヴァン
「行ってくる。アニエスは出るな」
「でも」
「面倒なことになる。お前たちもここにいろ」
レオンにしっかりと釘を刺したけど、こういう忠告をレオンはあまり聞かないのだよな。
玄関の方に歩いて行ったジャンを、レオンは当たり前のように追いかける。
「ドヴァンって奴と顔を合わせなければいいだけだろ? そいつの顔を見ておきたい」
「見てどうするのよ」
「嫌な奴だったら笑う」
「人の顔を見て笑うな」
とはいえ、私だって気になるのは確かだ。これはレオンを追いかけているのであって、忠告を無視したのはレオンなんだからね。
「あ、あの。ふたりとも!」
アニエスも、声を押し殺しながらついてきた。
物陰に隠れながら、玄関の様子を見る。
「よう、仕事の様子はどうだよ? 鎧はできそうかよ?」
「お前に答える義理はない」
「つれないなあ。同じ鍛冶屋同士、仲良くしようぜ? なあ?」
ジャンが苛立っているのを察しているかは知らないけど、ドヴァンなる男は馴れ馴れしい口調で話しかけている。
四十代くらいの男。ジャンよりは随分年上だ。故にこの態度なのだろうか。
態度は軽薄だけど鍛冶屋なのは本物らしく、腕はそれなりに太い。ジャンほどではないけどな。
太めの体格の割には、顔は神経質そうでアンバランスな印象を受けた。
ギラついた目はジャンではなく、この家の中に向けている。私たちに気付いている? けどその素振りはない。
とすれば彼の興味は。
「なあ。鎧見せてくれよ。どんな感じなんだよ?」
「見せる奴がいるか。競い合ってるんだぞ」
「いいだろ? 少しくらいよお」
「大して興味もないくせに」
「……は。そうかよ」
ねちっこい、好きな種類の喋り方をする人間ではないけど、口調の割に思ったよりあっさり引き下がった。
いやいや。仮にも引き受けた大きな仕事なんだから。
「分業でやってる仕事だから、個人の思い入れは薄くなるんだろうな。それに、どうせ自分が勝つって確信してる」
レオンがつまらなさそうに指摘した。
それはあるかも。じゃあ、ドヴァンがここに来た理由は。
「なあなあ。アニエスはいるのかよ?」
「……いない」
「嘘をつくなよ。なあ」
おそらくこれが、ドヴァンの理由。
私の隣にいるアニエスが、名前が出た途端に身を震わせた。
「ユレーヌさんが、お前の所にいるって言ってたんだよ」
「誰?」
「お母さんです。わたしの」
ドヴァンの口から知らない名前が出てきて、アニエスが小さな声で返事をした。
つまり鍛冶屋のギルド長の奥さんか。
小声なのは、ドヴァンに存在を知られたくないから。なるほど、ジャンが出るなと言った意味はわかる。
けど、それだけではないらしい。
「お母さんと、あまりうまく行ってない……のですか?」
口から出た言葉に、アニエスは目を伏せるだけで返事をしなかった。
深入りするべきことではない。私もそれ以上は何も言わず、彼女の手を握って励ますしかできなかった。
「アニエスはいるんだろ? 会わせろよ」
「ここにはいない。さっきまで来ていたが、帰った」
「どこに行ったんだよ。なあ。教えてくれよ。母親が会いたがってたんだよ?」
「知らん。それに、アニエスに会いたいのはユレーヌさんじゃなくて、お前だろ。自分で探せ。俺は忙しい」
「なあなあ。待てよ。家の中にいるんだろ?」
「しつこい」
「ちっ……おいジャン。あまり調子に乗るなよな? アニエスはお前なんかには相応しくない」
「……なに?」
「こんな零細の鍛冶屋なんかに嫁ぐべきじゃないって言ってるんだよ。俺と結婚すべきなんだよ」
「それは、アニエスが決めることだ」
「なあなあ。女が自分で相手を決められるだなんて、本気で思ってるのか?」
こいつは。
飛び出して、あのデリカシーゼロの男の顔面をぶん殴ってやりたくなった。
確かにそういう世の中ではあるけど。私もちょっと前までそうだったけど。立場ある家ほど、娘の結婚の自由はないものだけど。でも。でも!
「ユレーヌさんもそう言ってるんだよ。俺と結婚すべきだってよ。これがどういう意味かわかるか?」
「知るか」
私やアニエスが聞き耳を立ててることなど知らないドヴァンは、なおも無遠慮な物言いを続けた。
こちらからジャンの顔は伺えないけど、きっと元々怒ってるような顔を、さらに険しくしているはずだ。
「お前はギルド長の家に逆らってるってことなんだよ。下手すりゃ、この街から追い出されることになるんだよ」
「言いたいことはそれだけか?」
「は。強がるな。おとなしくアニエスを差し出せ。あいつも、俺みたいな裕福な家の嫁になった方が幸せだろうよ」
「ムキむぐ!?」
「ルイは静かにしてろ……ジャンが庇ってくれてるんだ。下手に出てくるな」
怒りの声を上げようとした私の口をレオンが塞いだ。
わかってる。わかってるけど、黙ってられない時はあるの。
アニエスの方を見たら、彼女も怒りを抑えているようだった。
壁にもたれかかり、自分で自分を抱きしめている。二の腕に爪を立てて、感情を押し殺していた。
「決めるのはお前じゃない。帰れ」
「……覚えてろよ」
ジャンが本気で怒っていることは、ドヴァンにもなんとなくわかったのだろう。
彼は大きな家の人間だけど、今はひとりだ。自分が小さな人間なのも理解していそうだ。
ジャンが家の威光を気にしていないことも、自分が相手を言い負かせられないことも。




