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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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13/60

13.鍛冶屋街のジャンの家

「死者の体は、生前と同じようには動けません。職人のような繊細な動きは無理でしょう」

「腐りかけてるだろうしな。元々作ってた単純な製品ならともかく、精巧な意匠をつけた鎧なんかは無理だ。文字を書くのも怪しいからな」

「ニナたちのお父さんは、蘇ったらレシピを書き記して貰ったって聞いたけど」

「机に座って筆記するみたいな単純なやり方は無理だ。誰かに木の板を持ってもらってだな」

「こう?」


 ユーファが空のお皿を胸の前に掲げた。


「そう。そこにペンでガリガリと書く」


 レオンは当時の、ニナたちのお父さんの動きを思い出しながら真似してるのだろう。ニルスさんだっけ。


 掲げられたお皿に、ペンを走らせる仕草。本当にそうだったのだろう。大振りな、ぎこちない動きだった。


「なんとか判別できる文字を、ニールとサマンサで解読して、こういうことかと遺体に確認する。一晩掛かったぞ」

「そうなのね……」


 鍛冶仕事は無理か。


「とにかく、ジャンの様子を見に行こう。そして仕事の様子を親父さんにも見てもらう。どんな結末を迎えるにしてもな」

「もうひとりの、ドヴァンの家の方が仕事を勝ち取るって、レオンは思ってる?」

「可能性は高い。だとしても、あんたは冥界に行くんだぞ」


 またもジャニドに話しかける。霊は当然ながら返事をしない。


「手伝えることはないと思うけど、助けられる範囲で助けよう」


 助けられはしないだろうけど。レオンの口調は、そう言いたげだった。



 なんにせよ、霊を送ることは私たちの重大な仕事だ。サマンサに言えば、休みの融通は利く。

 というわけで、翌日にはさっそく鍛冶屋街にふたりで向かっていた。


 ジャンがヘラジカ亭まで通えるわけだから、王都の中心部からはさほど離れていない。一応は、町外れに向かう方向ではあったけれど。


 鉄製品の材料となる鉄は、王都では採れない。北部の山岳地帯から鉄鉱石が採れて、その近くに製錬所もあるらしい。

 鉄鉱石を製錬所でなんとかすれば鉄になるらしい。そこの仕組みは、私にはよくわからない。

 製錬所の近くにも鍛冶屋が集まる街があって、鉄製品が名物として町おこしがされているそうな。


 それとは別に、単純に人口が多く需要が集中する王都にも、鍛冶屋は集まるというわけだ。ヴィルオバルみたいな金持ちも集まるから、特別注文も見込めるし。


 ここの鍛冶屋は、遠くの鉄が採れる街から材料を輸入しているそうな。当然、鉄鉱石が採れる街よりも輸送の手間の分、材料費は高くなる。

 これを大量購入大量消費することによって、材料費を安く抑えるためにも鍛冶屋ギルドの存在は重要になっていく。


「気難しい職人の街とはいえ、仕組み自体は合理的だ。気性の荒い賊みたいな奴はいないさ」

「で、でも……」

「女子供を襲うような奴がいれば、むしろそいつが他の住民から袋叩きにされる。だから安心しろ」

「そ、そんなこと言われても! 周りの人みんな怖いんだもの!」

「だからって抱きつくな!」


 私はレオンに後ろから抱きつくような形で歩いていた。


 荒くれ者の職人が大勢いる街なんか、怖いに決まってるじゃない。レオンに、街の仕組みとか教えてもらったけど関係ない。


 道行く人のうち、男性はみんな体格がいい。特に腕は丸太みたいに太く、肌は浅黒く日焼けしている。目つきも鋭いようだ。

 レオンはうっとうしがってるけれど、怖いものは仕方ない。私だってレオンのこと、離すつもりはないから!


 まあ、実際に恐ろしい男に襲われるようなことはなかったわけで、レオンの言う通り住民たちの気質は善良とか、真面目とかそういうものなのだろう。


 互助会がある場所なわけで。下手に犯罪行為をしようものなら、そこから追放されてしまう。だからそもそも犯罪なんかとは縁の遠い街なわけだ。

 でも結局、ジャンの家に着くまで私はレオンに抱きつき続けていた。いいじゃない。なんか安心できるのよね。


「まったく…… 。ここだな」


 レオンが一軒の家の前で立ち止まった。


 ここ鍛冶屋街の建物は、煉瓦造りか土を固めて作った家が多い。火を使う職業が集まっている場所だし、木造建築よりはこっちの方が安心だ。

 外見はきれいな建物が多い。古さを感じられるものもあるけど、不潔ではない。


 ジャンの家も同じ。代々続いていたということだし、年季は入っているように見える。けど掃除が行き届いていて、きれいな家だった。

 小さいのは間違いないけど住居とその裏の工房が併設されているわけで。街の普通の家よりは大きく見える。


「ジャン! いるか? ヘラジカ亭のレオンだ」


 レオン的には、ジャンは既に気を許した相手なのかな。随分と横柄な声のかけ方だ。私がやるべきだったかな。


「はーい」


 ところが、中からは特に気にした様子のない返事が返ってきた。

 女性の声だった。


「ジャンから話は聞いています。どうぞ!」


 小柄で、きれいな黒髪の女性が招き入れてくれた。二十代前半で、ジャンより少し年下かな。


「お、お邪魔します……」


 ジャンじゃない誰かが来るとは思わなかったのか、レオンは少し戸惑い気味に家に上がりこんだ。

 普段から礼儀をしっかりしてれば、こんなことにはならないのよクソガキ。

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