12.ヴィルオバル家のこと
そんな官庁の中でのし上がったお役人さんは男爵となり、騎士の女と結婚した。
「貴族の邸宅が並ぶ一角に、居を構えてらっしゃいます! 伯爵の別邸ともすぐ近くですよ!」
「それは好都合ね。リリアが、そこの使用人と接触しやすい」
「はい! 屋敷の様子も観察できます!」
新しい情報を得るのも楽そうだ。
「家族構成ですが、夫婦の下には子供がふたりいます! 十六の息子さんと、十三の娘さんです!」
「鎧の発注は、息子の方ね」
「はい! 年齢の割には体格がしっかりしている、とても力強そうな男性とのことです!」
「そうなの」
普請の仕事というのは肉体労働だ。その監督をしている院の人間までマッチョである必要はないとはいえ、労働者たちと渡り合える程度の力強さは必要か。
母親も騎士の家系だそうだし、遺伝で息子の体格が良くなるのは理解できる。
「男爵の名前はヘルター。奥様はローラで、息子さんはヘクトル。娘さんはヘレンというそうです!」
「な、なるほどね。父親の名前から子供の名前をつける。よくあるやり方ね。ええっと、息子の……なんだっけ」
「ヘクトルだよ。ルイは名前を覚えるのが下手だな」
「うるさいわね! 一度にたくさんの名前聞いて、一気に覚えられる方がどうかしてるわよ!」
「はいはい。とにかく、ジャンはヘクトルの鎧を作ろうとしてるわけだ。ちなみに、ヘクトルはどんな奴だ?」
「それ、訊く意味あるの?」
「ないかもしれないけど一応は。鎧を着る本人だし」
それはそうだけど、こういうのは普通、両親の意向が重視されるものだ。
二百年前の伝統ある鎧を着させられる生徒と同じだな。あれは両親どころではない、二百年の先祖の意向が、ひとりの青年にのしかかっていると考えてよい。
庶民の目から見れば、馬鹿馬鹿しい話だ。
「それがですね。あまり乗り気ではない様子で」
「そうなのか?」
「あくまで噂ですよ? ヘクトルさんは争いごとを好まない、心優しい男性とのことです!」
「へえ……」
そういう殿方もいるわよね。私の在学中も、荒っぽい武闘大会にまるで興味を示さない男子生徒は多かった。
ヘクトルとやらも、そうなのだろう。
体格は良くて、いかにも強そうな外見らしいのが彼の不運。鎧を着こなせるし、使いたくないだけで腕力もあるのだろう。
外見で判断されて期待されるというのは、ちょっとかわいそうかな。
「でも、学生同士の試合だし。素人だしね。そういうものとして、無難にやり過ごしてしまえばいいのよ」
「そういうものか?」
「ええ。伝統は大事だけど、そこまで気負う必要はないわ。大人がそれを許さないのが、難しいのだけどね」
「逃げたルイは偉いな」
「褒めなくてもいいわよ。確かに逃げられたけど、運が良かっただけ」
そう。レオンと出会えたから、私は公爵家とは縁が切れた。
もしそれが叶わなければ……想像したくないな。
そんなレオンは、まだなにか考えてるようで。
「気になるの? ヘクトルって男爵の令息が」
「え、いや。そういうわけじゃない。金持ちは嫌いだし」
それは知ってる。
「じゃあ、なによ」
「弱いなって思って。争いを好まない割には、鎧は親の方針通りに作られて、それを着る流れになっている。反抗のひとつもすればいいのに」
「争いを好まないなら、反抗もしないものでしょ?」
「それが甘いんだよな。まあ、会ったことのない人物。そして家族だ。本当のことはわからないけどな。でも、身勝手な両親に、気弱すぎる息子。好きにはなれないな」
身勝手なのはレオンの言い分だと思う。大して知りもしない相手に好き勝手言って。
お金持ちが嫌いなのは自由だけど、当人の前で口に出すのはやめた方がいいわよ。
「なんとなく情報は手に入れられた。あとは直接確かめる。目的は、ルイに憑いた霊を祓うこと」
レオンは私をじっと見つめる。正確には、私の周りにいるはずのジャニドの霊に目を向けていた。
依頼主であるヴィルオバル家に悪い評価を下し、息子が鍛冶職人としてさほど腕がないらしいことにも異論を挟まなかった。
後者は自身が言っていた事とはいえ、ジャニドにとっては快い話ではないだろう。それを知りながら、レオンは悪びれる様子もない。
「あんたの息子は立派な職人だ。あんたと同じ凡人だとしても、真面目だ。鎧の件さえなければ、あんたは今も生きているし息子も嫁を迎えて幸せな日々を送っていただろう」
そうだ。ジャンは恋人がいるんだったか。
「依頼主の金持ちは、正直言って好ましい人間とは思えない。俺もよく知らないし、あんたの目にどう映ったかも知らないけどな。なあ。さっさと冥界に行かないか? 煉獄で罪を償えば、息子の様子も見守れるぞ」
もちろん返事はない。レオンは卓上の塩をわずかに撒いて、祈りを唱えた。
しばらく私の頭上を見てから、ふっと笑った。
「あくまで現世で、ことの結末を見届けたいらしい」
「面倒な性格ねー。職人だったから」
「ルイーザさん。生前のジャニド氏は、人当たりのいい穏やかな人だったそうですよ」
「そこから、あの怖い顔が生まれるのだから意外よね。ねえジャニドさん。いっそのこと遺体を蘇らせて、あなたの手で鎧を完成させるのは」
「無理だ」
「無理ですね」
レオンとエドガーに揃って否定された。




