転機
翌朝、ティケは自室のドアが勢いよく開く音で目が覚めた。
入ってきたのはギムル師。フードに隠れて判然としないが、その表情はいつにも増して気難しそうに見える。
「おはようございます、師匠」
起き上がり、眠い目をこすっていると、ギムル師は、
「お前、昨晩、何をしていた?」
と、単刀直入に訊いてくる。
ティケは肩をぎくりとして揺らした。一気に眠気が吹っ飛んでいた。
もしかして、バレてるのかしら? とティケはおそるおそるギムル師の顔を覗き込む。
フードを深く被った師匠の表情は読めないが、纏っているオーラは明らかに『怒』だった。
まずい。バレてる。
ここは一旦、白を切るべきか。いや、そんなことをすると、おそらく師匠の怒りが上乗せされ、どんな罰が与えられることになるか判ったものではない。かといって、素直に話すのも怖い。
しかし……。
どうしてバレたんだろうか? それなりに対策をして臨んだはずだったのに。
「バレないとでも思っていたのかい?」
フードの下で、ニヤリと笑みを作るギムル師。その笑顔は、ティケからしてみれば最後通牒のようなものだった。
ギムル師は本気で怒っている時、笑うのだ。これまでティケも数回お目にかかったことがある。そして、その度に手ひどい罰を与えられた。例えば、食事抜き一週間とか平気でやるのだ。一週間では死なないとはいえ、空腹と精神的苦痛は相当なものだ。もちろんその間も弟子としての仕事はこなさなければならない。
つい最近、掃除中に本棚にぶつかって紋章本を落とし、バケツの水に浸けて本を台無しにした時の罰を思い出し、ティケは喉をごくりと鳴らした。
「いや、あの、ちょっと待ってください! これは不可抗力というか、どうしようもなかったというか!」
ティケは手のひらをギムル師に向け、待ってくれるよう懇願する。
「むう……」
ギムル師は唸ると同時に、ティケの左手首をがしっと掴んだ。
「ひぃ! ごめんなさい、許してください、もうしません!」
ティケは目をつむって懇願する。
返ってきたのは、想定とは違う問いだったのだ。
「ティケトス、この手の甲は、どうしたんだい?」
「え?」
おそるおそる目を開ける。目の前には未だ怒った様子のギムル師がいる。
「な、何のことでしょう?」
「気付いていないのか? 左手の甲を見てみなさい」
ギムル師はそう言うと、掴んでいた手を離す。ティケは言われた通り、自分の左手の甲を見てみた。「……なに、これ?」
「やはり、気付いていなかったのか」
呆れたようにギムル師がため息をつく。
ティケの左手の甲にあったもの。
それは、痣のように浮かび上がる紋章。




