処刑3
たとえ王族であったとしても、なんの約束も無しに突然、皇帝に面会することはできない。官房長に話を通して待つ必要がある。待つ時間も日によりけりで、皇帝が忙しければーーそんなことはかつて無かったとマルティンは思っているがーー日をまたいで待たされることもある。そのため官房長には、急用であり、できる限り速やかにお目通り願いたいと伝え、「明日の処刑のことでだ」と付け加えた。
それで、意図は伝わるはずだった。
官房長であるザツィオン・リーズという老人は、若い頃は勇猛な戦士として名を馳せていたという。30年前にゲイルゴーラとの間に起こった、第四次及び第五次北方戦役で力を発揮し、帝国の勝利に貢献した。その時、騎士位から子爵位に昇ったという。
リーズ子爵は平時は温厚な性格だが、ひとたび戦場に出れば豹変し、情け容赦なく敵を貫き殺したという。彼は槍の名手だった。ゆえに、付いたあだ名が『凄槍』。
その彼が、なぜ官房長を務めているのかは謎に包まれているが、たたき上げの経歴を持つ人物が皇帝の窓口となっていることは、マルティンには幸運だったと言えた。
というのは、宮廷を2分する派閥、迎合派と革新派のうち、リーズ子爵のような経歴の人物はたいてい革新派に属しており、マルティンもまたそれに近い立場を取っていたからである。
リーズ子爵は白くなった口ひげを震わせるようにして小さく笑った。
「承りました、殿下。さすれば、すぐにでも手はずを整えましょう」
マルティンは控えの間に通され、そこでしばし時を過ごした。焦りが無かったと言えば嘘になる。一方で、焦りは無駄、むしろ邪魔になると自分に言い聞かせていた。
それから、1時間ほど経って。
どんっと床を叩く音に続いて部屋のドアが開き、現れたのはリーズ子爵だった。
「お会いくださるとのことです」とリーズ子爵。しかし、その表情は硬い。
「判った」
マルティンは気を引き締め、控えの間を後にした。
王座の間へ向かう途中、リーズ子爵が独り言のように情報を語り始めた。
「明日の処刑については、革新派からは非難の声が上がっております。それに皇帝陛下が耳を貸そうとなさならいのは、スティクトーリス公爵閣下が賛意を示しているからでしょうな」
「スティクトーリス公……」
それは爵位ををいただいている貴族の中でも別格の存在。
スティクトーリス、イルトゥース、ノイハルトの3公爵家は、元をただせば王族に連なる家柄であり、王族に皇帝位を継げる者が無い場合には、この3公爵家から皇帝が選出される習わしとなっている。『皇帝に最も近い公爵家』と言われ、貴族の間でも扱いは皇帝、王族に準じる。
そして、その3大公爵家は、その絶大な影響力から、これまでは政治的不干渉を貫いてきていた。つまり、これまでの慣例ならスティクトーリス公爵がバルミス将軍の処刑に賛成するなどあり得なかったのである。
逆を言えば皇帝は強力な後ろ盾を得たことになり、マルティンにとっては処刑を覆させる困難度が増したことになる。
現スティクトーリス公爵であるアレオスは傲慢で他者を下に見る傾向の強い人物だったが、帝国への忠誠心は一流だった。ただし、彼の忠誠心は『帝国』に向けられたものであって『皇帝』個人に向けられたものではない。ゆえに愚鈍とされる現皇帝のアレオスの扱いは辛辣なものがあり、皇帝の我が儘に賛意を示すとはとても思えなかった。
「スティクトーリス公の思惑は?」とマルティン。
「それは、なんとも」
リーズ子爵の返答は曖昧な物だったが、スティクトーリス公爵にも、何か思惑があるのだろうことはくらいは察せられる。
マルティンは考えを巡らす。しかし、もともと政略に疎い彼が思いつけることはほとんど無かった。
そうこうする内に、王座の間の入口までたどり着く。
「スティクトーリス公爵閣下も同席されます」と官房長がぼそりと付け加えて言った。
「なぜ、それをもっと早くに……」
「お伝えしたとして、何か事態が変わりますかな?」
マルティンは思い直す。
「そうだな。貴公の言う通りだ」
頷いたマルティンは扉の前に立った。すると、扉を警護している衛士が、手にした長槍で床を叩く。内側から扉が両開きに開き、その向こうに広い王座の間が現れた。
マルティンは無言で王座の間へ足を進める。後ろ手もう一度床を叩く音がして扉が閉まった。
王座の間の向こう正面に設えられた玉座に座る皇帝。
その隣には後ろ手に手を組むスティクトーリス公爵の姿がある。
それ以外の家臣の姿は無い。通常なら、大臣を名乗る貴族達がずらりと並んでいるのだが、今回は人払いされているらしい。




