エライアス・ノーン著『クヴァルティス記』より
昨日アップを失念してしまいました。
失礼しました。
星霜歴794年の出来事と言えば、まずは『ペーター・バルミスの処刑』があげられるべきであろう。バルミスはクヴァルティス帝国の大将軍職にあった人物で、ダールバイ神国を占領し、帝国の一部としたという功績の持ち主であった。
ダールバイ神国は古来、宗教的中心地として不可侵とされてきたが、滅亡直前の彼の国は『神国』を名乗るのも烏滸がましい程に歪みきっていたらしい。枢機卿たちは宗教的中心としての立場を利用し、各国から金を巻き上げ、遊興に耽っていたなどという話も、当時はよく耳にした。もし、その話が本当なのだとしたら、ダールバイが滅亡するのは必然であったのかも知れない。
ともかく、ダールバイ神国は『潔癖の人』、『鉄人』などとあだ名されたペーター・バルミスの手によって滅ぼされた。
この快挙はクヴァルティス帝国国内ではおおむね歓呼を以て迎えられた。
しかし、それをよろしくないと思う輩はどこにでも居るものである。賛同者が居れば、必ず反対者も存在する。だが、その反対者の筆頭が他ならぬクヴァルティス帝国皇帝だったというのは、この場合皮肉としか言い様がない。
皇帝は宗教的権威のある国を滅亡に追いやったことに罪の意識を感じたのではない。皇帝の心に芽生えたもの、それは、言ってみれば嫉妬から来る恐怖心だった。
当時、クヴァルティス帝国は帝国を名乗ってこそいたが、大陸列強の中では一段劣って見られるのが常だった。文化的発信地と言う訳でもなく、政治的に洗練されている訳でもない。
そんな国が他国を併合したのである。クヴァルティス帝国民の意気は上がり、必然的にバルミスの人気も上昇した。
ひとたびバルミスが街を歩けば沿道に人集りができ、バルミスの名を熱狂的に連呼する。そんな世情だったそうだ。
そんなバルミス人気は皇帝の耳にも届いた。
そこで猜疑心に囚われた皇帝は考えたのだ。
このままでは、皇帝の座が危ういのではないか。
皇帝である自分を差し置いて、バルミスの方が臣民の人気が高いというのはどういうことか。
バルミスが皇帝に叛旗を翻せば、軍はもちろんのこと、臣民までもバルミスに味方し、王朝の交代、すなわち退位を余儀なくされるのではないかーー。
そういう妄想にも似た恐怖に皇帝は取り付かれた。
権力を持つ者の妄想ほど恐ろしいものも、そう多くはあるまい。力の及ぶ限りを駆使して、無理難題をやってのける。場合によっては、意見を異にする者の粛正も平気で行う。
そして、この時、粛正対象となったのが、他ならぬペーター・バルミスだったのだ。
さらに言えば、バルミスの処刑が、後の『大陸戦争』またの名を『ディバイニス戦争』の発端になったのだが、それを知る者は予想外に少ないようだ。
そして、ペーター・バルミスという人物が、反乱を起こすような人物でなかったことは、どうやら間違いない。なにしろ、彼の渾名は『潔癖の人』だったのだから。
エライアス・ノーン著『クヴァルティス記』より




